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第48話:園遊会


 陽光が窓から差し込み、部屋を金色に染めている。空気は澄み渡り、どこか凛とした冷たさを含んでいた。絶好の社交日和だ。


 俺は、シルヴィアたちが着替えを終えるのを待っていた。


 今日は園遊会だ。ドレス、髪型、化粧——全てを完璧に整えるために、朝から準備が始まっていた。


 応接間で待っていると、階段を降りてくる足音が聞こえた。


 最初に姿を見せたのは、シルヴィアだった。


 息を、呑んだ。


 深い紺色のドレス。銀糸が繊細に編み込まれ、光の加減で星空のように煌めいている。胸元には三日月を模した宝石——淡い紫の輝きが、彼女の瞳と同じ色をしていた。裾は足元まで流れ、歩くたびに星屑が舞うような錯覚を覚える。


 そして、背中は大きく開いていた。白い肌が、惜しげもなく露出している。彫刻のように完璧な曲線。触れれば壊れてしまいそうな、繊細な美しさ。


 銀色の髪は、複雑に編み上げられていた。月の光を閉じ込めたような(つや)。うなじが露わになり、細い首筋が強調されている。



「カナメ様」



 シルヴィアが、優雅に微笑んだ。



「いかがですか?」



「……言葉が出ないな。本当に美しいよ」



 本音だった。これほど美しい女を、俺は見たことがない。



「まあ。お上手ですこと」



 シルヴィアが、くすりと笑った。だが、その頬がわずかに赤く染まっている。俺の反応が、嬉しかったのだろう。



「パパー!ルナも見てー!」



 ルナの声が聞こえた。

 振り返ると、ルナがドタドタと階段を駆け下りてきていた。


 柔らかいクリーム色のドレス。金色の髪に合わせた、優しい色合いだ。肩にはふわふわのリボンが付いていて、スカートにはたくさんの花の刺繍が施されている。


 そして、狼の耳は隠していなかった。金色の毛並みが、ドレスの色と調和している。



「ルナ、可愛い?」



 ルナが、くるくると回って見せた。スカートがふわりと広がり、花の刺繍が踊る。



「ああ。世界で一番可愛い」



「えへへ……」



 ルナが、照れたように笑った。

 最後に、ミラが階段を降りてきた。


 深緑のシンプルなドレス。胸元には小さな銀の羽根のブローチ。普段は研究室に籠もりきりで、身なりに構わない彼女だが、今日は少し違う。



「私は目立つ必要はありませんから……」



 ミラが、少し恥ずかしそうに俯いた。

 刹那が、じろりとミラを見た。



「普段は地味な格好ばかりしておるから気づかなんだが、磨けば光る玉じゃな。うむ、良い良い」



「え……」



「カッカ!お主は普段全く色気がないからのぅ!その身なりであれば男からも声が掛かるじゃろうな!」



 褒めているのか貶しているのか、微妙な言い方だった。

 だが、刹那なりの賛辞なのだろう。ミラの頬が、わずかに赤くなった。



「……ありがとう、ございます」



「ああ、見違えたよ。似合っているよ」



 俺も軽く頷いた。ルナもシルヴィアも同調するように頷いている。

 ミラは更に頬を赤くして、小さく頭を下げた。



   ◇



 馬車が、園遊会の会場に到着した。


 街の有力者が所有する邸宅の庭園。広大な敷地に、色とりどりの花が咲き誇っている。噴水が涼やかな音を立て、白いテントの下では貴族や富裕層たちが歓談していた。


 馬車から降りた瞬間、周囲の空気が変わった。



「ん?見慣れない顔だな」



「ああ、あれがトゥランドール殿の言っていた……」



「隣に越してきた成金とやらか」



 人々の視線が、俺たちに集まる。だが、その目は歓迎ではなく、値踏みするような冷たさを帯びていた。トゥランドールが事前に悪評を撒いていたのだろう。


 しかし——


 その視線が、一瞬で変わった。


 シルヴィアが、馬車から降りた瞬間だった。



「なんと……美しい……」



「あれは誰だ……?」



「銀の髪……まるで女神のような……」



 囁きが、波のように広がっていく。先ほどまでの冷たい目が、驚きと感嘆に変わっていた。


 シルヴィアの美貌が、会場を支配していた。彼女が一歩踏み出すたびに、人々が道を開ける。まるで、女王の行進のようだ。



「成金と聞いていたが……あの気品は……」



「只者ではないな……どこかの名家の血筋か……?」



 人々が、困惑した表情で囁き合っている。トゥランドールから聞いていた話と、目の前の光景が一致しないのだろう。

 シルヴィアは、そんな視線を涼しい顔で受け流していた。この程度の注目など日常茶飯事なのだろう。


 だが、ルナに向けられる視線は、シルヴィアへのそれとは異なっていた。



「……獣人か」



「翼が生えているとは珍しい獣人だな」



「なぜあのような者を連れてきたのだ」



 囁きが、とげのように飛び交う。


 この街は、亜人への風当たりが強い。シルヴィアの美貌で空気が和らいだかに見えたが、ルナの姿を認めた途端、再び冷たくなった。

 ルナの耳が、ぴたりと伏せられた。尻尾の蛇も、不安そうに丸まっている。


 俺は、そっとルナの手を取った。小さな手が、俺の手を握り返す。


 ——大丈夫だ。パパがいる。


 言葉にはしなかった。ただ、手を握る力で伝えた。


 ルナが、俺を見上げた。不安げな目をしていた。

 だが、俺が傍にいることで、少しだけ強張りが解けたようだった。


 俺は、会場を見回した。



 すぐに、あの男を見つけた。


 トゥランドール・ヴァン・グラディウス。


 奴は、数人の取り巻きたちに囲まれていた。腰には、剣が()かれていた。

 派手に発光している。黄金色の光が、剣身から溢れ出ている。まるで、太陽を閉じ込めたかのような輝きだ。



「見たまえ、諸君。これこそが、勇者の血統の証だ」



 トゥランドールが、剣を抜いて見せていた。周囲の取り巻きたちが、感嘆の声を上げている。



「おお……なんという輝き……」



「流石は勇者の末裔……」



「この光こそ、神の加護の証ですな」



 だが、俺の【魔力感知】では全くそのような剣には見えない。

 ただ、発光しているだけの下品な剣。

 俺は、ミラに小声で尋ねた。



「ミラ、あの剣……どう思う?」



 ミラが、目を細めて剣を観察した。数秒の沈黙の後、彼女は静かに答えた。



「……本物ではありませんね」



「確かか?」



「はい。……あれは発光魔石を仕込んでいるだけです。本物の神授の聖剣とは、魔力の質が全く違います」



『くだらぬ偽物じゃな』



 刹那がつまらなそうに呟いた。

 


『本物の神授の聖剣なら、もっと深い魔力の脈動がある。あれはただの飾りじゃ。一撃で折れるぞ』



 シルヴィアも、剣を一瞥(いちべつ)した。

 その目に、かすかな侮蔑(ぶべつ)が浮かんでいた。


 その時、トゥランドールがこちらに気づいた。


 奴の目が、俺たちを捉える。最初は驚きの表情。次に、嘲笑。そして——シルヴィアを見た瞬間、欲望に歪んだ。

 俺が最も嫌悪する目。シルヴィアを「物」として見る目。所有したい。手に入れたい。そんな欲望に(まみ)れた感情が、隠しきれずに滲み出ている。


 トゥランドールが、剣を鞘に収め、こちらに歩いてきた。



「おや、成金殿もいらしていたか」



 開口一番、侮辱だ。俺は表情を変えずに応じた。



「ご招待いただきましたので」



「ふん。社交辞令を真に受けるとは、やはり平民上がりは作法を知らんな」



 トゥランドールの視線が、ルナに向いた。



「その獣耳の化け物も連れてきたのか。迷惑千万だな。せめて首輪くらいはしておいてくれよ」



 ルナの体が、びくりと震えた。狼の耳がぺたんと倒れ、尻尾の蛇が怯えたように丸まる。 シルヴィアの影が、足元でざわりと蠢き、殺気が、一瞬だけ漏れ出る。


 俺は、ルナの肩にそっと手を置いた。大丈夫だ。俺がいる。



「ルナは私の娘です。どこに連れて行こうが、私の自由でしょう」



「娘?獣を?ははは、笑わせる」



 他の貴族たちが俺とトゥランドールに注目している。

 もうそろそろ、だろう。

 お前を地獄に落とすための園遊会は、これからだ。


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