第47話:招待状
ルナが眠りに落ちた後、俺は書斎に戻った。
怒りは、まだ収まっていない。拳を握りしめると、爪が掌に食い込んだ。あの男の顔が、脳裏にこびりついて離れない。バルコニーから見下ろす、あの嘲笑。ルナの額から流れる血。小さな体が震えていた光景。
殺してやりたい。今すぐ隣の屋敷に乗り込んで、あの男の首を捻り潰してやりたい。あの光景を思い出すと殺意が抑えられなくなってしまいそうだ。
だが、それでは駄目だ。
殺すだけでは足りない。あの男が最も大切にしているもの——「勇者の末裔」という肩書、Aランク冒険者という地位、貴族たちからの尊敬。それを全て剥ぎ取って、二度と立ち上がれないようにしてやる。
通信用の魔道具がけたたましく音を立てて、発光した。
「カナメだ」
『ザガンでございます。先ほど新たな情報が入りました』
「聞かせてくれ」
『トゥランドール家の家系図について、有力な情報を掴みました』
ザガンの声が、わずかに弾んでいる。獲物を見つけた猟犬のような声だ。
『王都に紋章院という機関がございます。貴族の家系図、爵位、紋章を管理する王立機関です。そこの記録と、グラディウス家が主張する家系図を照合したところ——明らかな矛盾が見つかりました』
「矛盾?」
ザガンが、一拍置いた。
『グラディウス家の先祖に、勇者は一人もおりませんでした。五代、十代と遡っても、皆無です』
「つまり、『勇者の末裔』という主張は……」
『根本から虚偽でございます。家系図の偽造、と断じてよいかと』
俺は、唇の端を歪めた。偽りの血統。偽りの栄光。そんなものに縋っている男が、俺の娘を傷つけた。
「その記録、手に入るか?」
『既に手配しております。闇オークションで奴隷を買っていた紋章官を脅しました。紋章院の公式記録の写しを、王印と魔術封印付きで入手できる手筈です。偽造の余地はございません』
ザガンは本当に有能な男だ。
やって欲しいことを先読みしてくれる。
「流石だな」
『恐れ入ります。それから、園遊会の件でございますが』
「園遊会?」
『はい。一週間後、この街の有力者たちが主催する社交の場がございます。商人組合の重鎮、ギルド幹部、近隣領主の代理人、有力貴族など、ザラダスの実力者が一堂に会します。参加者は例年八十名~百名ほどですが、その全てがザラダスの支配層でございます』
「ほう。随分な規模だな」
『この区画は富裕層向けの住宅区でして、園遊会の招待状は区画内の全屋敷に届くのが慣例となっております。カナメ様の元にも届くはずです。……トゥランドールにも、当然届いているはずです。そして、この園遊会での評判は、ザラダスでの社会的地位に直結いたします。ここで失態を演じれば……』
「二度と這い上がれない、か」
『然様でございます』
俺は、口元に笑みを浮かべた。
「舞台を用意してくれるとはな。ありがたい話だ」
『いかがなさいますか』
「決まっている。その園遊会で、全てを終わらせる」
窓の外を見た。夕陽が沈みかけていた。空が赤く染まっている。血のような赤。あの男を、あの夕焼けよりも真っ赤に染めてやりたい。だが、それよりも効果的な方法がある。
「その園遊会とやらでヤツの正体を暴いてやろうか。全てを貴族たちの前で白日の下に晒してやる」
『なるほど。公開処刑、というわけですな』
「ああ。殺すよりも残酷な方法で、社会的に抹殺する」
ザガンが、くぐもった笑い声を漏らした。
『流石はカナメ様。それはさぞかし、見物でございましょうな。それでは「紋章院の公式記録の写し」が用意出来ましたらすぐにでもお渡しします』
「本当に助かるよ。何から何まで悪いな」
『いえいえ、お役に立てて何よりです。それでは失礼いたします。』
ザガンからの通信が切れた。俺は窓の外を見た。隣の屋敷。あの男がいる場所。夕陽が、屋敷を赤く染めている。
待っていろ、トゥランドール。お前がルナにしたこと、全て返してやる。
◇
その夜、俺は家族を集めて話をした。
応接間に、シルヴィア、ルナ、刹那、ミラが揃っている。ルナの額には、まだ薄い傷跡が残っていた。シルヴィアの治癒で傷は塞がったが、完全には消えていない。
「一週間後、園遊会がある。俺たちも招待された」
「園遊会?」
ルナが、首を傾げた。
「簡単に言うとこの街の偉い人たちが集まるパーティだな。美味いものがたくさん出るぞ」
「美味しいもの……」
ルナの耳が、ぴくりと動いた。食べ物の話には敏感だ。だが、すぐに耳が垂れる。
「でも……石を投げた人も、いる……?」
「ああ。いる」
ルナの体が、僅かに震えた。無意識に額に手を当てている。シルヴィアが、そっとルナの肩を抱いた。
「おいで、ルナ」
俺は、ルナの前に膝をついた。彼女の目を、真っ直ぐに見つめる。
「お前を傷つけた奴がいる場所に、行くのは怖いか?」
ルナが、小さく頷いた。正直な子だ。
「なら、無理に来なくていい。シルヴィアと留守番していても構わない」
「……でも」
ルナが、俺の袖を掴んだ。
「パパは行くんでしょ?」
「ああ」
「なら、ルナも行く」
その声には、震えがあった。でも、俺の目を見つめ返す瞳には、小さな決意が宿っていた。
「パパとママがいれば、怖くない。……たぶん」
俺は、ルナの頭を撫でた。柔らかな金髪の感触。
「ああ。パパとママがいる。せっちゃんもミラお姉ちゃんもいる。誰にも、お前を傷つけさせない」
刹那がルナの頭を撫でた。
「カッカ!安心せい。生意気なやつらは、わらわが首を刎ねてやろう。血祭りじゃ」
「せ、刹那さん……ルナちゃんの前でそんな物騒な……」
ミラが刹那に突っ込む。
少し、刹那に引いているような目で。
「では、当日は皆で着飾りましょう。ルナには可愛いドレスを用意しますわ」
「ドレス……?」
「ええ。お姫様みたいな、ふわふわのドレスを」
ルナの目が、少しだけ輝いた。まだ不安は残っているが、それでも「楽しみ」という感情が芽生えている。
刹那が、腕を組んで言った。
「カッカッ!わらわも楽しみじゃ。久々の宴席というものを見物してやろう」
「おいおい、暴れるなよ」
「それは分からぬな。わらわが大人しくするかどうかは、《《隣人》》の出方次第じゃな。まあ、元より貴様の腰で出番を待つとするかのぅ」
ミラが、控えめに頷いた。
「私も、お役に立てることがあれば……」
「ああ。頼りにしている」
俺は、家族の顔を見回した。
窓の外では、月が静かに輝いていた。




