表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/65

第4話:暴食の眷属(プレデター)


 チンピラ冒険者を撃退げきたいした俺たちは、逃げるようにギルドを後にした。

 背後からはざわめきが聞こえてくるが、俺の意識はそれどころではなかった。


「……くっ、頭がれそうだ」


 路地裏ろじうらに入った瞬間、俺はかべに手をついた。

 ズキズキと脳がみゃく打つ。


「どういうことだ、シルヴィア。さっき言っていた『食べ過ぎ』というのは」


 俺が脂汗あぶらあせを流しながら問うと、シルヴィアは人差し指を口元に当て、妖艶ようせん微笑ほほえんだ。


わたくしたちのような捕食者は、総じて『暴食の眷属(プレデター)』と呼ばれます。ダンジョンにいるミミックやマンイーターも広義の意味では同類ですが……一緒にしてほしくはありませんね」


「何が違うんだ?」


「『格』が違います」


 シルヴィアはうっとりと自分の身体をいた。


「奴らはただ肉を喰らうだけの『下位種(レッサー)』。対して、わたくしやカナメ様のような『神話級(ネームド)』は、概念がいねんことわりすら喰らう『始祖(オリジン)』を超える‥‥…、生態系の頂点です」


「ネームド……?」


「ええ。世界に数体しかいない、神にあだなす災害。……ですが、おかしいですね」


 シルヴィアは俺の顔を覗き込み、不思議そうに小首を傾げた。


「カナメ様ほどの『たましい』があれば、神話級の封印すら飲み干せるはず。それなのに、たかが人間の剣術ごときで消化不良(パンク)を起こすなんて……」


「……人間の脳味噌のうみそってのは、性能が悪いんだよ」


 俺が自嘲じちょう気味に答えると、シルヴィアは「あぁ」と納得なっとくしたようにポンと手を打った。


「なるほど! 人間の肉体に擬態ぎたいしている弊害へいがい、というわけですか。不自由なうつわに押し込められて、カナメ様も大変ですね」


 ……盛大な勘違いをしてくれたおかげで助かった。  彼女の中では、俺は「すさまじい本体を、人間の肉体に無理やり押し込んでいる高位の存在」ということになったらしい。


「ああ、全くだ。すぐに一杯になってしまって鬱陶うっとうしい」


「でしたら……あふれた分、わたくしいただいてもよろしいですか?」


 シルヴィアが、熱っぽいひとみで俺を見つめてくる。


いただく?」


「ええ。王子様の『排出はいしゅつ』のお世話をするのも、お姫様のつとめですから」


 シルヴィアは楽しげに微笑ほほえむと、俺の腕を引いて安宿やすやどへと入っていった。


   ◇


 銀貨1枚で借りたせまい部屋。

 ベッドに腰を下ろした俺の前に、シルヴィアが立つ。

 彼女はフードを外し、その銀髪をファサリとほどいた。ランプの光にらされたその美貌びぼうは、安宿やすやどの汚い壁紙には似つかわしくないほど神々しい。


「さあ、カナメ様。わたくしに『パス』してください」


「パスって……どうやるんだ?」


「簡単です。わたくしに口移しで食べさせてくれればいいんです。不要なスキルをイメージして、息を吐き出すように……」


「口移し?キスじゃないとダメなのか?」


「はい♪キスでないとダメなのです!」


 シルヴィアが顔を近づけてくる。甘い香りが鼻孔びこうをくすぐる。

 俺が戸惑とまどいとまもなく、彼女の冷たく柔らかいくちびるが、俺のくちびるに重なった。


「んっ……!?」


 不意を突かれた俺の唇を、シルヴィアがむようにふさいだ。

 単に触れ合うだけではない。かわいた砂が水を吸うように、強烈な吸引力が俺の魔力を根こそぎ吸い上げにかかる。


「ちゅ……、ん、くちゅ……ッ」


 静かな部屋に、粘膜と粘膜が絡み合う水音が響く。

 俺の脳を圧迫していた頭痛の種――過剰なスキルエネルギーが、彼女の柔らかい舌に絡め取られ、ドロドロと溶かされて彼女の喉の奥へと流し込まれていく。


「んん……ッ、あ……♥」


 シルヴィアの喉がなまめかしく鳴った。

 それは医療行為なんて生易しいものではない。文字通りの「捕食」だ。

 彼女は俺の唇を、舌を、そして溢れ出る魔力の味を、一滴たりとも逃すまいとむさぼっている。


 甘いしびれが背筋を駆け上がる。

 俺が主導権を握っているはずなのに、気づけば俺の方が、彼女という「沼」に引きずり込まれそうになっていた。


「お、おい……もう十分だ、シルヴィア……!」


 俺は酸欠になりかけ、慌てて彼女の肩を押した。


「ぷはっ……!」


 強引に唇を引きがす。

 その瞬間、俺と彼女の口元の間に、銀色の糸がとろりと濃厚に引いた。


「はぁ、はぁ……っ」


 俺が荒い息をつく一方で、シルヴィアはまだ足りないと言わんばかりに、濡れた唇を指先でなぞっている。その瞳は、とろりと潤んで熱を帯びていた。


 俺の頭痛は嘘のように消え去っていた。


「……痛みが、消えた」


 無意識のうちに呟いていた。

 シルヴィアはというと、うっとりとしていてどこか上の空だった。


「んー……」


 シルヴィアは舌なめずりをして、味わうような仕草をした。


「甘くておいしい……」


 シルヴィアが恍惚とした表情をした。


「お前もスキルに味があるのか」


「……えっ?ええ。ん……。正確に言いますと、魔力が宿っていますからそれが味になっているのですわ。カナメ様が(うば)ってくる力は、わたくしにとっても最高のかてになります。……もっと、強くて美味しいスキルをくださいね? 」


 妖艶ようえん微笑ほほえむ彼女を見て、俺は背筋が震えるのを感じた。

 彼女は俺の剣であり、盾であり、そして俺の罪(万能強奪)を喰らってくれるゴミ箱でもある。

 言わば、最凶の共犯者だ。


「ああ、約束する。次はもっと上等なやつを食わせてやる」


「楽しみにしています♪」


 俺たちはその夜、泥のように眠った。


   ◇


 翌朝。

 宿を出た俺たちを待ち構えていたのは、計算通りの人物だった。


「やあ、昨日の新人君たちだね」


 爽やかな笑顔を張り付けて近づいてきたのは、昨夜ギルドの奥にいた金髪の男。

 俺の視界に、彼のステータスウィンドウがポップアップする。


 【対象:バクス(Aランク冒険者)】

 【強奪可能:音速加速ソニックアクセル、上級剣術、短剣術】


 装備からして高ランクだとは思っていたが、まさかAランクの冒険者だったとは。

 『音速加速ソニックアクセル』とはなんだろうか。

 俺は内心で舌なめずりしながら、表面上はビクついた演技をする。


「あ、あなたは……昨日の」


「俺はバクス。『疾風』の二つ名でパーティリーダーをやっている。」


 バクスの視線が、チラリと俺の胸元――昨日の宝石を入れたふところへと向けられた。


「あのチンピラを一撃で無力化するとはね。君、Fランクとは思えない身体強化の魔法を使っていたじゃないか。……もしかして、なにか『特別なアイテム』でも持っているのかな?」


 バクスはニヤリと笑っている。


 カマをかけてきた。

 俺はあわてたような態度たいどで、ポケットを押さえ、視線を泳がせた。


「い、いえ! そんな大層たいそうなものは……! たまたま、相手が油断していただけで」


「ははは、謙遜けんそんしなくていい。俺には分かるよ」


 バクスは俺の反応を見て、「やはりアイテムの力だ」と確信かくしんしたようだ。満足げにうなずくと、俺の肩をれしくいた。


「実はね、俺たち、急遽荷物持ち(ポーター)を探していてね。元々荷物持ち(ポーター)をやっていたやつが怪我けがでしばらく動けなくてさ」


「えっ……俺たちを、ですか? でも俺たちはFランクで……」


「ランクなんて飾りさ。君の実力を見込んでの頼みだ。どうだい? 俺たちと一緒にダンジョンにもぐらないか? 報酬ははずむし、安全も保証するよ」


 甘い言葉。だが、その裏にある殺意と強欲がけて見える。

 おおよそダンジョンの奥で俺たちを殺し、宝石を奪うつもりだろう。

 となりにいるシルヴィアが、俺のそでをクイと引いた。彼女もこの男の狙いはお見通しのようだ。

「この男、美味しそうね」といった表情で吟味するように見つめていた。


 俺はおびえたフリをして、しかしハッキリと答えた。


「……ありがとうございます。ぜひ、お願いします」


「交渉成立だ!」


 バクスが満面の笑みで手を差し出してくる。

 俺はその手をにぎり返した。


 ――接触せっしょく


 今ここでスキルを奪うこともできる。だが、まだだ。

 ここで奪えば街中で騒ぎになるし、今の俺の身体能力では逃げ切れないかもしれない。

 狩場はダンジョンの中。あるいは、誰の目もない密室みっしつがいい。


「よろしく頼むよ、カナメ君」


「こちらこそ、バクスさん」


 俺たちは互いに腹の底で黒い笑みを浮かべながら、固い握手を交わした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ