第33話:黒竜の情報網
午後になり、ザガンが屋敷を訪れた。
スキンヘッドに、恰幅のいい体躯。高そうな仕立てのスーツを着こなし、貫禄のある歩き方で応接間に入ってくる。
かつて黒竜商会の会長として、この街の裏社会を牛耳っていた男だ。正確に言うと、今でも黒竜商会の会長ではある。ただ、この男の上に俺がいるというだけだ。
「お呼びとあらば、いつでも参上いたします。カナメ様」
ザガンが、深々と頭を下げる。
俺に敗北して以来、この男は完全に俺に従属している。目には依然、野心家としての炎を感じる。だが、俺を打倒してどうこうするというよりかは、その目は商売に向けられているように見えた。
「急に呼びつけて悪いな、商会の調子はどうだ?問題なく回っているか?」
「はい。『汚れたシノギ』の取り扱いをやめましたが、黒竜商会は純利益が大きく膨れ上がっております。ご心配には及びませぬ」
「純利益が?」
「はい。全て、計算通りに進んでいるかと……」
計算通り、その言葉を聞いて俺は驚嘆した。恐ろしい男だ。流石は裏社会の帝王と呼ばれた実力者だ。
俺はザガンに、薬物や奴隷の売買はしないように指示した。単純に不快だったし、家族のいるこの街でそんな汚いものは見せたくなかった。
だが、金貸しや賭博、その他の表の商売などについては好きにやらせている。
マフィアであるザガンには、俺の要求は無茶なものだったのかも知れない。しかし、ザガンは文句ひとつ言わずに言いつけを守ってくれていた。
それどころか、薬物や奴隷など、稼ぎ頭と思われる稼業を削っても、力が削がれるどころか、黒竜商会は以前にも増して力をつけている様子だ。
やはり、この男は有能だ。残しておいて正解だった。
「立ち話もなんだ、座ってくれ」
「失礼いたします」
ザガンがソファに腰を下ろす。俺はその向かいに座り、シルヴィアが淹れた茶を差し出した。
「ありがたく頂戴いたします」
ザガンが、恭しく茶を受け取る。
俺は本題に入った。
「単刀直入に聞く。高ランクの魔物を狩りたい。何か方法はあるだろうか」
ザガンの目が、一瞬だけ鋭くなった。
「シルヴィア様から連絡があった際に少しだけお話を聞きましたが……。しかし、高ランクの魔物……でございますか」
「ああ。Cランク以上の獲物が必要だ」
「差し支えなければ、理由をお聞きしても?」
俺は少し考えてから、正直に答えることにした。この男は今や敵意は全くなく、それどころか俺や家族に対して全力で尽くしてくれている。隠し事はせずに、本音を伝えた方が良い結果を齎すだろう。
「俺の家族は、特殊な体質を持っていてな。魔力を食事としている。魔力がなければ、力を維持できない。俺のランクで調達出来る低ランクの魔物では、維持するための魔力が足りないんだ」
「なるほど……」
ザガンが、神妙な顔で頷いた。
「つまり、食料の問題でございますな」
「そういうことだ」
「承知いたしました。では、いくつかお話しさせていただきます」
ザガンが、茶を一口啜ってから話し始めた。
「高ランクの魔物を狩る方法……。まず、ギルドを通した正規のルートについてですが……これは、お勧めいたしかねます」
「どういうことだ?」
「この街の、ザラダスの冒険者ギルド支部長、ゴズという男をご存じでしょうか」
「名前だけならばギルドで聞いたことはあるが、直接関わったこともないし、詳しくは知らないな」
「あの男は、黒竜商会の上客でございました」
俺は眉を上げた。
冒険者ギルドの支部長が、黒竜商会の客だと?
「闇オークションの常連でして、珍しい魔道具や違法な品を好んで買い漁っておりました。ヤツは私腹を肥やすことしか考えておりません」
「成る程な。だが、それが俺たちと、何の関係があるんだ?」
「ゴズはそれらを、《《王都のコネ》》を使って、高額で王都の貴族に売り捌いていたようです。カナメ様が商会を制圧なさったことで、ゴズは利権を失いました」
ザガンが、声を低くして続ける。
「あの男にとって、カナメ様は敵でございます。ギルドでは、特定数の依頼をこなしたのち、指定されたランクの魔物の素材を納品することで昇格が可能です。ゴズが支部長のうちは、依頼をこなしたとしても、昇格申請は、何かしら理由をつけて妨害される可能性が高いかと」
「……なるほど」
つまり、俺たちは知らないうちにギルドの支部長を敵に回していたわけか。
「ゴズと商会の取引の証拠はあるのか?」
「商会の帳簿に記録がございます。カナメ様が商会を接収された際に、すべてお渡ししておりますので、この屋敷の倉庫に置いてあります」
「その証拠があれば、ゴズを失脚させられるだろうか」
「難しいかと」
ザガンが、苦い顔をした。
「ゴズには強力なバックがついております。ザラダスの領主であるヴァルトハイム伯爵でございます。ギルドからの上納金を重要な収入源の一つとしております。
ヴァルトハイムは王都に居て、所謂、不在領主をしておりますが、先ほど言っていたゴズの《《王都のコネ》》がヴァルトハイムです。
ヴァルトハイムにとってもゴズは都合のいい駒でしょうから、失脚させようにもヴァルトハイムの妨害があるでしょう」
王都の伯爵ともなると、政治にも影響力がある大物だ。そいつがバックに居るとなると、一筋縄ではいかないだろう。中々手強そうなやつを敵にしてしまったようだ。
だが、時間がない。家族の飢えは待ってくれない。
「では、ギルドを通さない方法はあるだろうか」
「いくつか考えられます」
ザガンが、コホンと咳をした後、指を折りながら説明した。
「一つ目は、未登録の狩り場を探すこと。ギルドが管理していない場所であれば、ランクに関係なく狩りができます」
「未登録の狩り場……?具体的にはどういうものだ?」
「未発見のダンジョンや迷宮の類でございます。この街の近郊にも、ギルドが把握していない場所がいくつか存在すると噂されております」
「そんな場所があるのか」
「はい。ただし、正確な場所は誰も知りません」
「二つ目は?」
「他の街のギルドで活動すること。ゴズの影響力は、このザラダスに限られます。ただし、移動に時間がかかりますし、家族を連れての長旅は負担になるでしょう」
俺は頭を抱えた。
こうしている間にもシルヴィア達は飢えてゆく。
だが、この街のギルド支部長が俺たちと敵対しているのであれば、無断で高ランクの狩り場に行くことはかなりリスキーだ。ギルドや他の冒険者に目をつけられでもしたら、冒険者の資格そのものを剥奪されかねない。
あまりにも損失が大きい。
しかし他の町を移動する時間も今は惜しいし、どの道、行った先でイチから依頼をこなしてランク昇格を待つのも現実的ではない。また、折角手に入れた黒竜商会だ、この組織の影響力がない街に移動するのはデメリットしかない。
「他にはないのか?」
「……実は、一つだけ、心当たりがございます」
そう言うとザガンは、懐から古びた羊皮紙を取り出した。
黄ばんだ紙には、見たこともない文字が記されている。所々かすれて読みにくくなっている。
「『可能性』にはなりますが、未登録の狩り場ならば見つけることが出来るかも知れません。これは、イリアルとマルバスの持ち物から出てきたものです。地図のように見えますが、古代語で書かれており、私には読めません。しかし、もしこれが未登録の迷宮の情報であれば……」
ザガンがそう言って取り出した羊皮紙は、確かに、何かの地図のようにも見えた。
「なるほど。これが未登録の狩り場の地図ならば、ギルドを通さずに高ランクの魔物を狩れるかもしれない、ということか」
「然様でございます」
ザガンは真剣な面持ちで答えた。
しかし、仮にこれが地図だったとして、ひとつ問題がある。
これが俺が求める宝の在り処を示す地図だったとしても、読めなくてはボロボロのゴミと変わりない。
この宝の地図を読み解ける人材――それが必要だ。
「この羊皮紙を解読できる人間に、心当たりはあるのか?」
あまり期待せずにザガンに問う。
たが、ザガンの返答は俺の期待を超えたものだった。
「一人、おります」
即答。やはり、この男は有能だ。
シルヴィアから、俺が高ランクの魔物を狩る方法を知りたがっていると聞いて、ここまで答えを用意して来てくれるとは。
ザガンを廃人にしなかったのは本当に英断だった。
「ミラという名の研究者がいます。腕は超一流。古代語の解読も、希少な魔道具の鑑定も、すべてこなせる天才です。商会でも、以前オークションの商品を鑑定してもらったことがあります。ただ、少々、変わり者でして……」
ザガンが、苦笑いを浮かべた。
「研究以外のことには興味がなく、生活能力が皆無なのです。商会の取引先の情報屋から聞いた話ですが、最近、家賃を滞納して住居を追い出されたばかり。ここ数日、まともに食事もしていないようです」
「飢えている、ということか」
「はい。……路地裏で行き倒れかけているとか」
俺は、シルヴィアを見た。
彼女の目が、少しだけ潤んでいる。
「お腹を空かせた方がいらっしゃるのですね」
「ああ」
「それなら、私が何か用意しましょうか。温かいスープと、焼きたてのパンを」
シルヴィアの声には、切実な響きがあった。
彼女自身が長い間飢えていたからこそ、他者の飢えに敏感なのだろう。数百年の封印の中で、何も食べられず、誰にも触れられず、ただ闇の中で待ち続けた。その記憶が、彼女を突き動かしている。
「シルヴィア……」
「飢えている方を、放っておけませんわ」
シルヴィアが、静かに、だが強い意志を込めて言った。
「この羊皮紙が重要なものであれば、なおさらです。その方に解読していただいて、その代わりに食事と住む場所を提供する。それで、皆が救われますわ」
俺は頷いた。
シルヴィアの言う通りだ。利害の一致する取引。誰も損をしない。
「ザガン、その鑑定士の居場所は分かるか?」
「はい。今朝方の情報では、東区の路地裏にいるとのことでした」
「案内してくれ」
「かしこまりました」
ザガンが立ち上がり、頭を下げる。
俺も立ち上がった。
「シルヴィア、準備を頼む。その鑑定士を連れて帰ったら、まずは食事を出してやってくれ」
「はい、カナメ様。任せてくださいまし」
シルヴィアが微笑む。
その笑顔には、温かな光があった。
「パパ、ルナも行く?」
ルナが、俺の手を握りながら聞いてきた。
「今回は留守番だ。シルヴィアと一緒に、お客さんを迎える準備をしてくれ」
「わかった!ルナ、お手伝いする!」
ルナが元気よく返事をして、シルヴィアの方へ駆けていく。
俺はその背中を見送ってから、ザガンに向き直った。
「行くぞ」
「はい、カナメ様」
俺たちは、屋敷を後にした。
東区の路地裏に、飢えた天才がいる。
その天才が持つ知識が、俺たちの状況を変える鍵になるかもしれない。




