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第32話:ザラダスの帝王


 黒竜商会の本部は、商業都市ザラダスの東区に位置していた。


 表向きは、貿易と金融を手がける大商会。裏では、この街の闇を牛耳る組織。

 その会長室で、ザガンは一人、窓の外を眺めていた。


 恰幅(かっぷく)の良い体躯、スキンヘッドに、鋭い目つき。

 一見すると、貫禄のあるマフィアの恐ろしいボス。だが、その目には、どこか疲れたような色が浮かんでいた。



「……やれやれ」



 ザガンは、小さく溜め息をついた。


 自分が会長になって、もう十年が経つ。

 だが、この地位は、自分が望んで手に入れたものではない。


 十年前のことを、ザガンは今でも鮮明に覚えている。


 当時、ザガンは黒竜商会の「右腕」だった。

 その頭脳で頭角を現していたザガンは、二十七歳にして、

 会長の側近として、汚れ仕事から交渉まで、あらゆる仕事をこなしていた。


 先代の会長は、カリスマ性はあったが、狂人でもあった。

 暴力的で、組織が会長に怯えていた。


 ある日、黒竜商会が、対立マフィアとの抗争で『呪いの妖刀』を戦利品として得た。

 その『呪いの妖刀』を、会長は(いた)く気に入ってしまい、私物化してしまった。

 

 会長が狂うのに、そう時間はかからなかった。


 『呪いの妖刀』の瘴気に当てられ、日に日に正気を失っていった。

 以前にも増して、部下に当たり散らし、些細なことで激昂し、最後には――。


 あの夜のことを、ザガンは忘れない。


 会長が妖刀を抜き、部下を斬り殺し始めた。

 悲鳴と血飛沫が飛び交う中、ザガンは逃げることしかできなかった。

 いや、命からがら逃げ延びることが出来たのも、ある男のおかげだった。


 そして、会長は妖刀に生気を吸い尽くされ、干からびた死体となって発見された。


 残されたのは、混乱した組織と、大量の死体。

 誰かがまとめなければ、黒竜商会は崩壊する。


 そして、当時、最も有力な「右腕」だったザガンが、成り行きで会長の座に()いた。



「……あの妖刀が、今はカナメ様の手にある」



 ザガンは、窓の外を見つめながら独り呟いた。

 先代を狂わせた呪物を、カナメは「家族」として隣に置いている。その異常性にも、今ではすっかり慣れてしまった。



   ◇



 ザガンが会議室に入ると、幹部たちが一斉に起立した。

 机の上に並んでいる最新の収支報告書を前に、彼らは一様に困惑の表情を浮かべていた。



「ご苦労。座ってくれ。……では始めようか」



 ザガンの一言を受けて、幹部の一人が冷や汗を拭いながら口火を切った。



「……会長、不可解です。あの方の命で薬物と奴隷を捨て、全体の売上は三割落ちました。……ですが、手元に残る純利益が恐ろしいほど増えています。

 このままいけば、前期の純利益と比較して倍を超える……いえ、もしかしたら、それ以上になるでしょう。

 帳簿を何度検算しても、この異常な数字に説明がつきません。……一体、何が起きているのですか?」



 幹部たちの困惑。それを聞きながら、ザガンは手元の報告書を一瞥(いちべつ)しただけで、その「真意」に辿り着き――全身に静かな、しかし激しい戦慄(せんりつ)が走るのを自覚した。



(……全く、私は何を見ていたのだ。カナメ様は、最初からこの『盤面』が見えておられたというのか)



 ザガンは、自分がこれまで「商売」という小さな枠組みでしか物事を考えていなかったことを恥じた。



「……お前たちは、カナメ様が『汚れたシノギ』に対して、『不快だ』と切り捨てたあの言葉の本当の恐ろしさを、(いま)だに理解していないようだな」



 ザガンの静かな声が、会議室を支配する。



「正直に言おう。私もあの日、あの方に『汚れたシノギ』をやめろと言われた時、()()()()()()()()()、『汚れたシノギを切り捨ててもそこまで影響はないだろう』と予測していた。

 薬物も奴隷も入ってくる数字は大きいが、出ていく数字も大きい。騎士団や役人への裏金がなくなれば、その分が金庫に残る。この『汚れたシノギ』は、全体の売上という数字だけでは大きいが純利益だけで見たらそうでもないのだ」



 幹部たちが息を呑んでザガンの話を聴いた。



「この『汚れたシノギ』というのは、火種になりやすく、対立マフィアとの抗争にもなることもあれば、騎士団に摘発(てきはつ)され、その後の後始末に莫大(ばくだい)な金がかかり、赤字に転じることもよくある。

 そうでなくても、平時ですら賄賂や揉み消し、口封じで出ていく金は決して少ないものではないのだ」



 幹部の一人が手を挙げた。



「ひとつよろしいでしょうか」



「よろしい、話したまえ」



「確かに時々赤字になっていたとはいえ、利益が出ていたのは確かです。赤字になり続けていたわけではありません。

 純利益だけで見たら他のシノギに比べて、優秀でないことも認識しておりますが、『汚れたシノギ』をやめただけで、なぜここまで純利益が増えているのか……説明がつきません」



「そうだな。確かに、利益が出ていないわけではなかった。我々がそれで稼いでいたのは間違いない。

 だが、……そこまでは、誰でも思いつく()()()だ。そもそも『汚れたシノギ』というのは金を儲ける儲けないでやっていたわけではないのだよ。なんのためにこんなリスキーなことをやっていたか、分かる者は?」



 幹部が誰一人として手を挙げない。薬物と奴隷の売買が、(もたら)す利益の割にリスクが高すぎるということは、ここにいる全員の共通認識だ。

 だが、なぜリスクを冒してまで『汚れたシノギ』をやっているのかについては、彼らは理解出来ていないようだ。



「そう、お前たちの認識の通り、『経営』という面だけで見たら、『汚れたシノギ』というのは大した金も稼げない割にリスクだけは大きい事業だ。だが、マフィアとしての力を、他のマフィアに誇示するシノギが、『汚れたシノギ』なのだ。

 『汚れたシノギ』をやめることで、他のマフィアから力が弱くなったと見られて、そこからシマ取りの抗争になる。マフィアだけではない、裏社会の住民は狡猾だ。少しでも弱ったような素振りをしたら、ハイエナが死肉を喰らうが如く、一瞬で持っていかれる。

 『汚れたシノギ』をやめることで、我々の息がかかっている商売も、乗っ取られる恐れがあった。だから『汚れたシノギ』というのはやめるにやめられなかったのだ」



 幹部たちが一様に目を見開いてザガンの話を聴いていた。



「ではなぜ、カナメ様は我々に『汚れたシノギ』をやめるよう(おっしゃ)ったのでしょうか」



「そう、そこがあの方の恐ろしいところなのだ」



 ザガンはニヤリと笑い、報告書を閉じた。

 そして、幹部たちを鋭く見据えた。



「改めて認識してほしい。

 『汚れたシノギ』というのは、『武器』でもあり、同時に我々の首を絞める『鎖』でもあったのだ。

 裏社会で力を誇示するためには『汚れたシノギ』が必要だ。

 だが、『汚れたシノギ』を続けている限り、我々は常に騎士団に弱みを握られ、役人に頭を下げ、影でこそこそと生きるしかなかった。」



 幹部の間に緊張が走った。



「あの方は、我々に『汚れたシノギ』をやめさせて、まずは騎士団や役人からの『鎖』を外したのだ。

 そして、『元Sランク冒険者を(ほふ)った化け物』という『最強の武器』を(もっ)て裏社会の住民に力を誇示をしたのだ。

 その結果、どうなったと思う?」



 ザガンは、先ほど挙手をした幹部を指さした。



「わ、私には考えも及びません」



「『鎖』のない我々は、もはや誰に怯える必要もない。

 賭博や金貸しは騎士団が取り締まるシノギではない。騎士団や役人への賄賂費用がなくなった。

 そして、『最強の武器』を持った我々は、対立マフィアが抗争を避けるようになり、小競り合いの人件費や武装費、建物などの修繕費や構成員の治療費などの、過剰な出費もなくなる。

 更に『絶対に手出しできない、清潔で最強の組織』へと生まれ変わった結果、我々を避けていた真っ当な大商人たちが、『黒竜商会なら安心だ』とこぞって巨大な商談を持ち込んできた。

 当然だ、武力も問題なし、そして国家権力を恐れるような黒いこともしていない。商売相手として見たら、これほど都合のいい組織もあるまい。

 ……不潔な小銭を稼いでいた頃には決して踏み込めなかった、この街の経済ルールそのものを、あの方は一瞬で書き換えてしまわれたのだ」



 幹部たちが、雷に打たれたような顔で絶句する。

 ザガンは椅子に深く背を預け、自嘲気味に笑った。



(なんという恐ろしいお方だ……)



 ザガンは震えた。ザガンも商売にかけては天才と呼ばれていた。

 黒竜商会も、ザガンが会長になってから規模は三倍になった。決して自惚(うぬぼ)れていたわけではない。だが、自身が他の者よりも優れているという自負はあった。


 しかしこうして、結果という『答え合わせ』がされるまで、カナメの狙いの本質に辿り着けなかった。

 打算や経験に縛られたザガンには、この『汚れたシノギの一掃』という劇薬を、これほど鮮やかに使いこなすことは不可能だったのだ。

 仮に思いついたところで、対立マフィアを恐怖させるほどの『力』がないと出来ない。


 カナメは、恐らく経営の教科書など一度も開いたことはないだろう。


 だが、彼は「力の流れ」の本質だけを見抜いている。

 無駄な枝葉を切り捨て、最短で最強の果実を手に入れる。そのあまりにも純粋で冷徹な采配(さいはい)は、もはや人知を超えている。神の一手と言っても差し支えない。



「結論を言う。あの方に従えば必ず勝てる。王都の商会すらも飲み込む巨大な竜になることも出来るだろう。……ならば、もはや疑うことすら不要だ。我々はあの方の右腕として、至高の結果を捧げ続ければいい。……異論はないな?」



 会議室に幹部たちの歓声が(とどろ)いた。一切の揺らぎがない「肯定」の雄叫び。



 ザガンは立ち上がり、窓の外を見つめた。

 あの男が創り出す、かつて誰も見たことのない「支配の形」。その最前線で采配を振るえる悦び。ザガンは一人の男として、魂の底から惚れ込んでいた。



   ◇



 会議が終わった後、ザガンは一人、会長室に戻った。


 すると、通信用の魔道具が赤く発光し、激しく音を鳴らしていた。

 ――カナメの屋敷からだ。



「ザガンでございます」



『シルヴィアです。今お時間はよろしいですか?』



「はい、問題ございません」



『カナメ様が高ランクを狩る方法について知りたがっています。ギルドのことや、街のことも……。緊急のお話です。本日、屋敷まで来ていただくことは出来ますか』



「高ランクの魔物……でございますか」



『ええ、詳しい話はまた後ほど。よろしくお願いしますわね』



「承知いたしました」



 シルヴィアとの通信が切れた。

 ――高ランクの魔物を狩る方法。


 カナメはFランクだが、仮にAランク、いや、Sランクの魔物が相手でも倒してしまうだろう。だが、問題は、高ランクの魔物が出現する場所は()()()()()()()()()()ということだ。

 実力はあってもFランクのカナメは、ギルドの管轄下にある場所で魔物は狩れない。無理に立ち入れば冒険者の資格を剥奪されてしまう。


 それに()()()()()ギルドを通すことに、一つ懸念があった。

 シルヴィアは『緊急』とも言っていた。となると、時間の余裕もないのだろう。



(正攻法ではいけぬな……)



 ザガンは通信用の魔道具を手に取り、部下へ連絡した。



「私だ」



『お疲れ様です。ザガン会長。いかがされましたか?』



「イリアルとマルバスの持ち物の中に、あったものを覚えているか?」



『はい、覚えております。()()でしたら、金になりそうもないので、どうしたものかと思い、まだ商会の倉庫に置いてあります』



「よろしい。それを急ぎで私のところまで持ってきてくれるか?それと、以前、オークションの商品を見てもらった時に世話になった()()がいるな?今も()()と連絡は取れるか?」



『……少し前の話ですが。残った商品を見てもらうために、()()に連絡を取ろうとしたのですが音信不通でして……。家にも訪ねたのですが、もぬけのからのようで、消息を絶っております』



「なに?どうにかして居場所を特定することは出来ないか?」



『商会と取引している情報屋も、よく()()に世話になっているので、もしかしたら居場所を知っているかもしれません』



「では、情報屋に連絡を取ってくれ。金ならいくらでも出す。そしてすまないが、至急対応してほしい」



『承知いたしました。それでは失礼いたします』



 思いつく限りの、最善手。

 部下が()()を持ってくるまでの間、しばしの休憩としよう。




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