第29話:マイホーム
「――で、ここが俺たちの新居か」
俺は見上げた。
【商業都市ザラダス】の一等地に聳え立つ、立派な豪邸。
広大な庭園に、噴水。窓ガラスは防弾仕様で、外壁には対魔法結界が施されている。
「は、はい……。私の別宅ですが、どうぞお使いください……」
案内役の黒竜商会ザガン会長が、揉み手をしながら俺の顔色を窺っている。
俺に支配されてからというもの、彼はすっかり忠実な「財布」になっていた。
「悪くない。セキュリティも万全だ」
正直、もっと普通の一軒家を提供されると思っていた。しかし、想像以上に立派な豪邸をくれたものだ。
「ケッ! 趣味の悪い城じゃのう」
俺の背後で、人型の刹那が毒づいた。
彼女は屋敷を見上げ、呆れたようにキセルを吹かす(中身はただの魔力の煙だが)。
「成金趣味丸出しじゃ。どうしてこうもマフィアの連中はギラギラしたものが好きなのじゃ」
確かに言われてみれば、アクセントカラーがゴールドになっているような気がしなくもない。
「せっちゃんはこのおうち嫌いなのー?」
ルナが無邪気な顔で刹那を見上げる。刹那はこう見えても面倒見がいい。
暇な時間を見つけてはルナと遊んでおり、懐かれているようだ。
「ケッ!そういうわけじゃないわい。ただ、人間どもを見るとムカムカしてくるんじゃ……!」
要は何でもかんでもケチをつけたいお年頃というわけか。
「あやつらと来たら……わらわのことを伝説の《《吸血鬼》》が封印された妖刀だと思っとる!!許せん……!!」
そういえば、オークション会場で司会者がそんなことを言っていたな。
「おなじじゃないのー?」
ルナが純粋な瞳で刹那に尋ねた。
正直、俺も「同じだろ」と思う。
「戯けっ!!吸血鬼だなんてチューチュー血だけしか吸わない辛気臭い連中と一緒にするでない!!わらわ達、暴食の眷属は完全なる【捕食者】!!魔力や概念も喰らう偉大なる存在じゃ。あんなケチな種族と一緒にするでない」
刹那が一人でテンションを上げて早口になっている。
しかし、シルヴィアも「うんうん」と同調している。
暴食の眷属なりのプライドがあるのだろう。
「ムムム……、ネズミの臭いがするぞ?」
一人で騒いでいた刹那のトーンが急に変わった。
「ネズミ?」
ルナが聞き返すと、刹那が手で双眼鏡を作った。
「ああ。それも、どデカいドブネズミじゃ」
刹那がニヤリと笑った瞬間。
屋敷の窓ガラスが割れ、数本のナイフが俺たちに向かって飛来した。
「ひぃっ!?」
会長が悲鳴を上げて腰を抜かす。
だが、ナイフは俺に届く前に、空中でピタリと静止した。
シルヴィアの展開した「影」が、物理的に飛来物を掴み取ったのだ。
「……あら。新居へのご挨拶にしては、随分と無粋ですわね」
シルヴィアが不愉快そうに目を細める。
屋敷の扉が開き、武装した男たちがぞろぞろと出てきた。
黒竜商会のタカ派か、あるいは荒れている黒竜商会にトドメを刺しにきた対立派閥か。
「我々のシマをよそ者に渡すわけにはいかねぇんだよ!」
なるほど。
俺がトップに立ったことが気に入らない連中が、この屋敷に潜伏していたわけか。
「か、カナメ様! 私は知らなかったんです! 信じてください!」
ザガン会長が必死に弁解する。
まあ、嘘ではなさそうだ。こいつに俺を嵌める度胸はない。
「……はぁ。引っ越しの初日から大掃除か」
俺はため息をつき、家族たちを振り返った。
「お前ら、自分の部屋が欲しいなら働け。……害虫駆除だ」
その言葉を待っていたかのように、三人の表情が変わる。
「ガウッ! ルナ、一番乗り!」
ルナが四つん這いになり、獣の加速で飛び出した。
迎撃しようとする男たちの剣を潜り抜け、その懐に飛び込む。
「なっ、なんだこのガキ――がはっ!?」
ルナの裏拳が男の鳩尾に入り、一撃で昏倒させる。 殺してはいない。ただ、二度と歯向かえないように心を折る一撃だ。
「カッカッ! 『カチコミ』じゃな! 腕が鳴るわ!」
刹那が宙を舞い、刀の姿に戻って俺の手の中に収まる。
『小僧、振れ! まとめて撫で斬りにしてくれる!』
「部屋が汚れるから斬るな。峰打ちにしとけ」
「チッ、注文の多い小僧じゃ!」
俺は【音速加速】を発動し、男たちの間を駆け抜ける。
刹那の切っ先が男たちの急所を的確に叩き、次々と無力化していく。
そして。
「……我が家に巣食うゴミは、消毒ですわ」
シルヴィアが屋敷の前に立ち、優雅に手をかざした。
彼女の足元から、無数の影が触手のように伸びる。
「ひ、ひぃぃぃッ!?」
屋根の上に潜んでいた暗殺者や、物陰に隠れていた伏兵たちが、次々と影に捕縛され、宙吊りにされていく。
「あら。殺しはしませんわよ? ……掃除の手間が増えますから」
シルヴィアは微笑みながら、捕まえた男たちを屋敷の外――大通りのゴミ捨て場へと放り投げた。
文字通りの「ゴミ出し」だ。
戦闘開始から、わずか三分。
屋敷を占拠していた五十人の武装集団は、一人の死者も出すことなく、全員が「粗大ゴミ」として処理された。
◇
「……ふぅ。これで綺麗になったか」
静まり返った屋敷のエントランス。
俺たちが足を踏み入れると、そこには埃一つない、広々とした空間が広がっていた。
「わぁ……! ひろーい!」
ルナが目を輝かせ、大理石の床を走り回る。
そのまま階段の手すりを滑り台のように滑り降りて、キャッキャと笑っている。
「悪くないのう。……まあ、防衛拠点としては合格点じゃ」
刹那が再び人型になり、ふわりとシャンデリアの上に座った。
高いところが好きなのだろうか。
「カナメ様、見てくださいまし! キッチンも広いですわ!」
シルヴィアが奥の厨房から顔を出した。
その手には、どこから取り出したのか、真っ白なエプロンが握られている。
「これなら、本格的な『調理』ができますわ。……ふふっ、カナメ様のために、毎日腕を振るいますわね?」
彼女の言う「調理」が、普通の料理なのか、スキルの合成のことなのかは聞かないでおこう。たぶん、両方だ。
「よし。ここを俺たちの拠点とする」
俺はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。
マフィアの会長から巻き上げた豪邸。
最強のセキュリティ(家族)。
そして、無限の可能性を秘めたスキル強奪の力。
これ以上の環境はない。
「パパ! ここ、ルナのおうち?」
ルナが走ってきて、俺の膝に乗っかった。
「ああ、そうだ。もう狭い檻も、冷たい実験台もない。……好きなだけ暴れていいぞ」
「わーい! パパ大好き!」
ルナが俺の頬にスリスリと顔を寄せる。
それを見たシルヴィアが、「ズルいですわ!」とエプロン姿のまま飛んできて、反対側の腕を確保する。
天井からは刹那が「やれやれ、騒がしい家じゃ」と苦笑しながら見下ろしている。
騒がしくも、温かい。
前世の社畜時代には考えられなかった、俺の居場所。
この奇妙な「家族」を見渡した。
社畜の俺。
神話級の魔物。
実験体のキメラ。
呪いの妖刀。
社会からはじき出された、はぐれ者たちの寄せ集め。だが、だからこそ、この場所は心地いい。
……守らないとな。
このふざけた、愛すべき日常を。
俺は窓の外、広がる青空を見上げた。
平穏は手に入れた。だが、それを脅かす敵が現れるなら――。
徹底的に、食い尽くすまでだ。
「さて、と。引っ越し祝いに、今日はとびきりの肉でも焼くか」
「「「賛成ー!!」」」
三人の声が重なった。
(『第二章 悪魔の聖女と闇オークション』 完 )
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【第二章 完結!】
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!
これにてこれにて第二章『悪魔の聖女と闇オークション』は完結です。
三章は、2月初旬に一気投稿いたします。
物語のクオリティアップのため、過去に投稿した話もリライト作業中です。
お待たせして申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
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