第28話:捕食者たちの休日
ふかふかの羽毛布団。
肌触りの良いシルクのシーツ。
そして、鼻をくすぐる焼きたてのパンとコーヒーの香り。
「……天国か?」
俺は重いまぶたを擦りながら身を起こした。
視界に広がるのは、薄暗い洞窟でも、カビ臭い安宿でもない。
王族が泊まるような、超高級ホテルのスイートルームだ。
「お目覚めですか、カナメ様」
ベッドの脇で待機していたシルヴィアが、優雅にカーテンを開ける。
窓の外には【商業都市ザラダス】の街並みが一望できた。
昨日の今日だが、街はいつも通りの活気を見せている。裏でマフィアの実質的なトップが俺に交代したことなど、一般市民は知る由もない。
だが、それでいい。
「おはよう、シルヴィア。……他の二人は?」
「朝食会場ですわ。待ちきれずに先に行ってしまいました」
俺たちは着替えを済ませ、ルームサービスが並べられたダイニングへ向かった。
そこでは、すでに戦争が始まっていた。
「ガウッ! お肉! これ美味しい!」
ルナが両手に骨付き肉を持ち、幸せそうに頬張っている。
その隣では、黒髪の美少女――人型の姿で顕現した刹那が、不満げにスープを啜っていた。
「……ッペ。味が薄いのう。料理人の腕は悪くないが、魔力がスッカラカンじゃ。こんなものでは腹の足しにもならん」
「文句言うな。人間の飯ってのはそういうもんだ」
「ルナはおいしいとおもうけどなぁ」
「それはお主が真の美食を味わったことがないからじゃ。あの命が染みついた魔力の味を知れば分かる。早い話、シャブじゃ」
「ルナに変なことを教えないでいただけますか?」
長い間、マフィアの見せしめ用の処刑道具とされていたからか、刹那の使う言葉はどうもきな臭いワードが多い。酒に酔っぱらえば、やれカチコミだの、やれ指詰めだの、昨晩も他の客に迷惑を掛ける大暴れっぷりで散々だった。
俺は席に着き、コーヒーを一口飲んだ。
黒竜商会のザガン会長に手配させた最高級ホテルだけのことはある。
「さて……飯のついでに、昨日の収穫を確認しておくか」
俺はフォークを置き、昨日の戦利品の棚卸しを始めた。
まず、俺自身。
新たに手に入れたのは、スキルではないが――【黒竜商会】という巨大な組織力だ。
ザガンを傀儡にしたことで、俺は面倒な交渉や裏工作をすべて奴に丸投げできるようになった。
戦闘用ではないが、金と権力は長く生き残るには必須の『力』だ。
次に、シルヴィア。
魔王軍マルバスを捕食した彼女の肌は、以前にも増して艶やかだ。
「あいつの魔術はどうなった?」
「消化しましたわ。……魔力総量は少し増えました。それに、あのピエロの持っていた『空間魔術』の知識も少しだけ吸収できましたので、容量が大きく増えた感覚がございますわ」
「優秀すぎるな」
「それに……ほらっ」
シルヴィアが急に空を切る動作をしたかと思えば、裂け目が発生した。
裂け目に腕を突っ込んだかと思えば、そこからティーカップを取り出した。
「ママすごぉ~~~い!!!」
「便利な魔術じゃのォ~!!」
肉にがっついていたルナと刹那が手を止めて、目をぱちくりさせて驚いていた。
俺も目を丸くして驚いた。
「すごいな、シルヴィア。一体どういう仕組みなんだ?」
シルヴィアは「えっへん」と得意げな顔をして説明した。
「空間魔術の原理を応用して、私の中の容量へ実体のあるものを置いてみたのですわ。そうしたら、いつでもどこでも好きな時に出すことが出来るようになったのですわ」
原理的なことはよく分からないが、とにかく便利だ。
動く要塞兼、収納庫。
旅の荷物持ちがいらなくなるのは助かる。
そして、ルナ。
彼女は昨日の戦闘で完全に自分の体の使い方のコツを掴んだようだ。
「ルナ、傷は痛まないか?」
「うん! ママが治してくれたから平気! それにね、なんか身体が軽いの!」
ルナが椅子の上でぴょんぴょんと跳ねる。
【獣化】の制御も完璧だ。昨日、圧倒的に格上だったマルバスの空間魔術に干渉した。シルヴィアの魔力と共鳴すれば、更に強くなるポテンシャルがある。ルナはキメラではなく、間違いなく捕食者側だ。
最後に、刹那。
「わらわか? フン、昨日の餓鬼から食った『技術』なら、ここにあるぞ」
刹那が胸元から、赤黒く光る小さな球体を取り出した。
ガランドから食い千切った【幻影歩行】と【防御無視】の概念だ。
「食ったんじゃないのか?」
「貴様が昨晩スキルスキルうるさかったからのぅ。吐き出してやったのじゃ。……ほれ、小僧にやる」
刹那が球体を俺に投げてよこした。
俺は咄嗟に手で受け取ってしまった。
「……ゲロとか付いていないよな?」
「ついておらんわッ!!!」
心なしか、昨日の酒のニオイがついている気がしなくもない。
コイツが“吐き出した”というと、本当にゲロゲロ言いながら吐き出している絵面を想像してしまうのは俺だけだろうか。
俺がそれを受け取ると、球体はスッと俺の手のひらに吸い込まれた。
『――スキル【幻影歩行】および【浸透勁(防御無視)】を獲得しました』
脳内に、達人の体術知識が流れ込んでくる。
【幻影歩行】は【音速加速】のように汎用性が高く重宝しそうだ。俺の身体スペックでは、打撃力は直接叩き込んだところでダメージは知れてそうだが……。まあ、ないよりはマシだろう。
「……至れり尽くせりだな」
金、拠点、戦闘力、物資。
全てが揃った。
Fランクのゴミ扱いされていた数日前が嘘のようだ。
「それで、カナメ様。今日はどうなさいますの?」
シルヴィアが、期待に満ちた目で俺を見てくる。
戦闘狂の彼女のことだ、次はどのダンジョンを壊滅させに行くかとか考えているのだろうか。
「今日は休みだ」
「……え?」
「昨日は働き詰めだったからな。今日はこの街で買い物でもして、ゆっくり休むぞ。新居の下見もしないとな」
俺の言葉に、シルヴィアがポカンとし――次の瞬間、顔を輝かせた。
「き、休日……! つまり、家族水入らずのショッピング……デートですのね!?」
「まあ、そうなるか」
「やったぁ! ルナ、新しいお洋服欲しい!」
「わらわは甘味じゃ! 昨日の口直しに、極上のスイーツを所望する!」
色めき立つ女性陣。
やれやれ、戦闘よりも体力を使いそうだ。
◇
その後、俺たちは街へ繰り出した。
ザガンの手配した馬車に揺られ、高級ブティックや菓子店を巡る。
ルナはフリルのついた可愛らしいワンピースを買ってもらい、鏡の前でくるくると回って喜んでいる。
刹那は老舗の団子屋で、みたらし団子を頬張りながら「シャバも捨てたもんじゃないのう」とご満悦だ。
そしてシルヴィアは、終始俺の腕に抱きつき、「新婚旅行みたいですわ」と上機嫌だった。
平和だ。
ここが、悪魔の聖女が子供を食い物にしていた街だとは思えないほどに。
「……ねえ、パパ」
夕暮れ時。
買い物を終え、新しい拠点となる屋敷へ向かう馬車の中で、ルナがぽつりと呟いた。
「ん? どうした」
「パパは、どこまで行くの? この街の悪いひと、もういなくなったよ?」
純粋な疑問。
確かに、当面の脅威は去った。
金もある。このままこの街で、ザガンを操りながら贅沢三昧の暮らしをすることもできる。
だが。
「……まだ、足りないな」
俺は自分の手を見つめた。
ガランドのスキル、ザガンの組織力と資金力。
確かに強くなった。だが、世界は広い。
昨日見た魔王軍マルバス。あいつですら、組織の中では一端の駒に過ぎない。
そして、シルヴィアを封印したという太古の「勇者」たち。
「この世界には、まだ俺の知らない『ご馳走』がたくさんある」
俺はニヤリと笑った。
「俺は強欲なんだ。目につく理不尽、美味そうな力、全部食い尽くさないと気が済まない」
それに――俺の視線が、シルヴィアに向く。
彼女のステータスウィンドウには、まだ多くの『???』が残されている。
神話級の彼女を完全に満たすには、今の俺の器じゃまだ足りない。
「付き合ってくれるか? シルヴィア」
俺の問いに、彼女は妖艶に微笑み返した。
「愚問ですわ。貴方が世界の全てを喰らい尽くすその日まで――私は貴方の『共犯者』で、貴方は私の『王子様』なのですから」
馬車が屋敷に到着する。
休息は終わりだ。




