第23話:妖刀の目覚め
ドクンッ!!
ボロボロの布に巻かれた柄を握った瞬間、心臓が早鐘を打った。
視界が真っ黒に染まり、腕を通じて強烈な「渇望」が流れ込んでくる。
―――血をよこせ。
―――魔力をよこせ。
―――命をよこせ。
数百年もの間、暗い檻の中で飢え続けてきた獣の叫びだ。
『……腹が、減った……。久々のシャバじゃ……貴様の命、もらうぞ……』
脳内に、老婆のようにしわがれた……いや、古風な喋り方だが幼さの残る少女の声が直接響いてくる。
同時に、俺の右腕がミイラのように干からび始めた。
凄まじい吸引力。俺の生命力が、ストローで吸い出されるように刀へ奪われていく。
「が、ぁ……ッ!?」
膝が折れそうになる。
これが「呪い」の正体か。燃費が悪すぎるなんてもんじゃない。一瞬で成人男性一人分の魔力を吸い尽くしてもまだ足りないというのか。
「……馬鹿が。自ら呪い殺される道を選んだか」
背後で、ガランドが足を止める気配がした。
Sランクの彼から見れば、自滅した愚か者にトドメを刺す必要などない。放っておけば数秒で干からびて死ぬと判断したのだ。
確かに、普通ならここで終わりだ。
だが。
「……ハッ。いくらでも吸ってくれよ。俺は吸われても死なない。俺がお前を使ってやるッ!!」
俺は脂汗を流しながらも、ガタガタと震える膝に力を込め、口の端を吊り上げた。
『カッカッ!小童がぬかしよるッ!……その割には、随分と辛そうではないか』
命が吸い取られる感覚が一層強くなった。
「その代わり……俺からもくれてやるよ」
俺にはこの妖刀の飢えを満たす勝算があった。
いや、勝算と呼ぶにはあまりにも弱くか細い可能性だった。
以前、シルヴィアはスキルの味の良し悪しについて語っていた。俺も奪ったスキルの味が美味い不味いがあることを認識している。そして彼女は、スキルに宿る魔力が味になっていると言っていた。
――果たして、この妖刀はどうなのだろうか。
俺は意識を集中させる。
体内の奥底にストックしていた、あの「腐った果実」の蓋を開ける。
聖女イリアルから奪った【生命譲渡】と【人心掌握】のスキル。
そして、彼女が子供たちや信者から長年に渡って搾取し、自分の中に溜め込んでいたドロドロの魔力と生命力のすべて。
あの不味くて吐き出したくなるヘドロを、一気に剣へと逆流させた。
「腹が減ってるなら食わせてやるよ! ……とびきりの『ゲテモノ』をなッ!!」
俺の手から、汚泥のような魔力の奔流が、轟音とともにポンプのように妖刀へと叩き込まれる。
『――!? む、むぐぅッ!?』
妖刀がビクリと震えた。
吸引が止まる。いや、逆だ。俺が無理やり押し込んでいるのだ。
『な、なんじゃこれは!? 臭い! 不味い! 腐っておるではないか!?
貴様、わらわに毒を盛ったなァァァッ!!?』
脳内に響く絶叫。
先ほどまでの威厳ある態度はどこへやら、今はただのパニックを起こした子供のようだ。
「毒じゃない、栄養満点だ! 食え!」
『イ、イヤじゃ! こんなドブみたいな味で食えるかァ!馬鹿者!! オエェェ!! 吐き出させろぉッ!!』
「出された料理を残すな! 好き嫌いするやつは大きくなれないぞ!」
『オエェェェェッ!! 貴様ァァァッ!!』
俺と妖刀の、魂のレベルでの泥仕合。
だが、量ならこっちが上だ。聖女が溜め込んだ数百人分の生命力を、全てねじ込んだ。
やがて、許容量を超えた妖刀から、黒い霧が音を立てて噴き出した。
周囲の空間を侵食するほどの濃密な魔力。
その衝撃波で、刀身に巻かれたボロボロの布が弾け飛び、露わになったのは、濡れたように鈍く輝く漆黒の刃。
そして、その傍らに――ゆらりと、人の形をした影が実体化した。
腰まで届く長い黒髪は、毛先が綺麗に切り揃えられた姫カット。
透き通るような白い肌に、ルビーのように真っ赤な瞳。
黒地に赤い彼岸花が描かれた、艶やかな振袖を纏った少女。
見た目は15、6歳ほどの、息を呑むような絶世の美少女だった。
「……ッペ! ッペ! オェェェ……ッ!」
少女――妖刀・刹那は、涙目でえづきながら、その場に膝をついていた。
だが、その口からは、その美貌に似つかわしくない可愛げのない罵倒が吐き出されていた。
「な、何という不味さじゃ……!久し振りのシャバの飯が、こんな残飯とは……!死ぬかと思ったわ!」
刹那は肩で息をしながら、恨めしそうに俺を睨みつけた。
「おい、小僧! 貴様は呪われた武器を使う時のお作法というやつを知らんのか!?
まずは極上の魂とか、生娘の生き血とかを捧げるのがマナーであろうが! 」
「文句を言うな。カロリーは高かっただろ?」
俺はミイラ化しかけていた自分の腕を見下ろした。
魔力は吸われたが、聖女の分を肩代わりさせたおかげで、命までは取られずに済んだようだ。血色が戻ってくる。
「ふざけるな! 味の問題じゃ! ……想像を絶する不味さじゃ……この世の物とは思えん……。貴様、ロクな死に方せんぞ」
刹那は着物の袖で口元を乱暴に拭い、俺の手にある本体へと視線を戻した。
そして、ため息交じりに立ち上がる。
「……まあよい。不味いが、腹は膨れた」
彼女はパンパンと着物の裾を払い、俺に向かって不敵にニィッと笑いかけた。
「貴様の魔力、変な味がしたが……量だけは合格点じゃ」
刹那の切れ長の瞳が、すぅっと細められた。その視線の先。
ステージの下で、ポカンと口を開けて立ち尽くすガランドへと向けられた。
刹那はにやりと笑った。
「おい、小僧。貴様が寄越したゲテモノ料理が口に残って気持ち悪いのじゃ。……目の前におるシマ荒らしをしているガキで口直しといこうかのう」
「口直しって……あいつは元Sランクだぞ」
「カッカッ!シャバの尺度など知ったことか。美味そうか、不味そうか。基準はそれだけでよい」
ガランドは冷や汗を流しながら、警戒を強めている。
彼には見えているのだ。俺の背後に立つ、この禍々しい少女の姿が。
「……なんだ、その女は。召喚魔法か? いや、その剣から出てきたのか……?」
流石のSランクも、伝説の妖刀が美少女になって悪態をつくという光景は想定外だったらしい。困惑の色が見える。
「さぁな。」
俺は肩をすくめた。
手の中にある妖刀が、ドクンドクンと俺の心臓とリンクするように脈打っている。
不思議と重さは感じない。まるで体の一部になったかのように馴染んでいる。
「あいつを両断出来るなら、口直しに食わせてやるよ」
「カッカッ! 交渉成立じゃ。……行くぞ、小童!」
俺は妖刀を構えた。
漆黒の刀身が、俺の魔力を吸って妖しく輝く。俺のコートが、あふれ出す黒い魔力の波動ではためいた。




