第20話:伝説の妖刀
オークション会場の空気が、唐突に変わった。
それまでの、禁忌の商品に群がる粘着質な熱気が、水を打ったように静まり返る。
代わりに満ちてきたのは、肌を刺すような冷気と、生物としての本能的な拒絶反応だ。
ゴゴゴゴゴ……。
舞台袖から、重々しい音が響く。
現れたのは、通常のワゴンではない。
四人の屈強な男たちが、脂汗を垂らしながら鎖を引いている、厳重な鉄の台車だった。
台車の上には、何重もの封印符が貼られた、古びた桐の箱が鎮座している。まるで、中身が勝手に暴れだすのを恐れるかのように、幾重にも巻かれた鎖が不気味な音を立てる。
「お、おい……嘘だろ?」 「まさか、噂のアレか? 本当に出品されたのか?」
客席の闇社会の住人たちが、ざわめき始める。
彼らの顔には、獲物を狙う欲の色はない。あるのは、純粋な「恐怖」だ。
司会者が、震える手でマイクを握りしめ、声を張り上げた。
「――お待たせいたしました! 本日の、いえ、今世紀最大の目玉商品!裏社会の歴史において、最も多くの血を吸い、最も多くの悲劇を生んだ『伝説』のお出ましです!」
司会者が合図を送ると、男たちが恐る恐る桐の箱を開けた。
箱が開いた瞬間、会場の照明が一斉に明滅した。
闇が膨れ上がるような錯覚。
箱の中から溢れ出した漆黒の瘴気が、ステージを侵食していく。
その中心に、ボロボロの布に巻かれた一本の刀と、その隣には漆黒の鞘があった。
「その名は――【妖刀・刹那】!!」
その名が告げられた瞬間、会場から悲鳴にも似たどよめきが爆発した。
「ひっ……! 馬鹿な、本物か!?」
「『妖刀・刹那』だと!? 先代の黒竜商会会長が、発狂して部下を斬り殺したっていう、あの!?」
「よせ! 見るな! ! 魂を吸われる!!」
客席の反応は極めて異質なものだった。
ある者は顔を覆って座席の下に隠れ、ある者は魔除けの護符を握りしめて祈り出し、出口へ逃げ出そうとする者さえいる。
ここにいるのは、海千山千のマフィアや、悪趣味な貴族たちだ。
その彼らが、たった一本の刀を前にして、子供のように怯えている。
「太古の昔、勇者が伝説の『吸血鬼』を封印したとされる、正真正銘の妖刀でございます!」
司会者が、客の恐怖を煽るように説明を続ける。
「この刀には意思があります! そして、持ち主の精気を一滴残らず吸い尽くすという、最凶の呪いがかかっております!歴代の所有者は例外なく発狂、あるいは精気を吸われてミイラのように干からびて死に至りました!これを持てるのは、死を恐れぬ英雄か、あるいは――狂人だけ!!」
会場の気温がさらに下がる。
ルナが俺の服を強く握りしめた。
「パパ……。あの刀……ないてる」
「泣いてる?」
「うん。……お腹すいた、ごはんよこせって、すごく怒って、泣いてる」
ルナの言葉に、俺は目を細めた。
俺の【万能強奪】にも、その正体が見えていた。
【対象:妖刀・刹那】
【状態:極度の飢餓】
【強奪可能:???】
「……なるほどな」
俺は口の端を吊り上げた。
周囲の連中は「呪い」だと騒いでいるが、本質は違う。
あれはただ、腹を空かしているだけだ。
食い意地が張っているという意味では、俺たちと同類だ。
だからこそ、並の人間では扱えない。握った瞬間に吸い殺される。
そして気になるのが『強奪可能』の欄にあるハテナマークだ。
妖刀という物質だからか、あるいは――俺の『強奪』すら拒むほど、中身の格が上なのか。
「ええ。なんて可愛らしいんでしょう」
隣でシルヴィアが、うっとりと頬を染めている。
「それでは、オークションを開始いたします!この呪われた、いえ、最強の力を手に入れたい命知らずの方はおられませんか!?スタート価格は……破格の、金貨5000枚から!!」
静寂。
誰も手を挙げない。
金貨5000枚。伝説の吸血鬼を封印したという妖刀にしては安すぎる価格だ。
だが、この会場にいる全員が知っている。「落札した瞬間が命日になる」と。
「おいおい、誰が買うんだよあんなモン」 「自殺志願者じゃあるまいし……」 「触るだけで寿命が縮むんだぞ……」
囁き合う声。
誰もが目を逸らし、自分にだけは火の粉が降りかからないように祈っている。
司会者が焦りの色を見せ始める。
このままでは不落札になる――そう思われた、その時。
「金貨5000枚」
静まり返ったホールに、俺の声がよく通った。
俺は悠然と、番号札を掲げていた。
一斉に、数百の視線が俺たちのボックス席に突き刺さる。
「なっ……!?」
「おい見ろ、あいつだ! さっきカジノで暴れてた……」
「あのFランクか!? 正気かあいつ!」
「死ぬ気かよ……子供も連れてるのに……」
嘲笑、哀れみ、そして狂人を見る目。
だが、俺は意に介さない。
聖女から奪った金だ。使い道としてこれ以上のものはない。
「5000枚! 5000枚の入札が入りました! ……他におられませんか!?」
司会者が救われたような顔で叫ぶ。
当然、競合者はいない。
誰もが、「あの馬鹿が呪い殺されるところを見てやろう」という下卑た好奇心で沈黙を守っている。
「……他になし! では、落札者はあちらのお客様です!!」
カーンッ!!
乾いた木槌の音が、会場に響き渡った。
落札決定。
俺は席を立った。
コートの裾を翻し、シルヴィアとルナを連れて、ゆっくりとステージへの階段を降りていく。
観客たちの視線が背中に刺さる。
まるで、処刑台へ向かう罪人を見送るような目だ。
「パパ……」
「大丈夫だ、ルナ」
俺はステージに上がり、台車の前で足を止めた。
間近で見ると、その瘴気の濃さが分かる。肌がチリチリと焼けるような感覚。並の人間ならば、近づくだけで気絶してもおかしくない。そんな禍々しい魔力が出ている。
ボロボロの布の隙間から、鈍い光を放つ刀身が見える。
ドクン、ドクン。
刀が脈動している。俺の魔力に反応して、「早くよこせ」と涎を垂らしているのが分かる。
「……待たせたな。さあ、飯の時間だ」
俺が手を伸ばし、その柄に触れようとした――その時だった。
「――待て」
会場の上空、貴賓席から、傲慢な声が降り注いだ。
俺の手が止まる。
見上げれば、そこには葉巻をくわえ、醜悪な笑みを浮かべたスキンヘッドの男が俺を見下ろしていた。
「会長権限により君の落札はキャンセルさせてもらうよ。Fランク風情が、その刀に触れる資格があると思っているのかね?」
会長権限……なるほど。コイツがマフィアのボスのザガンか。
合図と共に、ステージの周囲を、武装した黒服の男たちが取り囲んだ。
どうやら、素直に商品を渡してくれるような相手ではないらしい。
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物語はいよいよ第2章のクライマックスへ突入します。
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