第19話:狂気の競売場
カジノフロアの奥にある巨大な扉を抜けると、空気の質が変わった。
そこは、すり鉢状の構造をした巨大なホールだった。
階段状に配置された客席には、仮面をつけた貴族や、目つきの鋭い商人たちが無言で陣取っている。
カジノのような喧騒はない。あるのは、これから始まる禁忌の売買に対する、静かで、粘着質な期待感だけだ。
「……嫌な静けさですわね」
シルヴィアがロイヤルパープルのドレスの裾をさばきながら、案内されたボックス席に腰を下ろした。
その優雅な所作は、ここが闇オークションの会場であることを忘れさせるほど美しい。だが、彼女の瞳は氷のように冷え切っている。
「不快な空気ですわね。長く居たい場所ではありませんね」
「同感だが、買い物が終わるまで我慢してくれ」
俺はルナを膝の上に乗せ、安心させるように背中を撫でた。
ルナは小刻みに震えている。
ここには、彼女が囚われていた研究所と同じ、「命をモノとして扱う」空気が充満しているからだ。
ジャァァァン!!
不快な銅鑼の音が響き、スポットライトがステージを照らし出した。
「さあ、紳士淑女の皆様! 今宵も選りすぐりの逸品をご用意いたしました!」
燕尾服を着た司会者が、大袈裟なジェスチャーで叫ぶ。
オークションの始まりだ。
最初に運び込まれてきたのは、巨大な鉄の檻だった。
「本日のトップバッターはこちら! 東方の島国より仕入れた、希少な『エルフの奴隷』でございます!」
檻の中で鎖に繋がれていたのは、耳の長い少女だった。
服はボロボロに引き裂かれ、肌には折檻の跡がある。虚ろな目は光を失い、ただ怯えて震えていた。
「まだ誰も手をつけていない極上品! 寿命の長いエルフです、壊れるまでたっぷりと遊べますぞ!」
会場からドッと下品な笑い声が起きる。
あちこちからパドルが上がり、次々と高値がつけられていく。
「……吐き気がします」
シルヴィアが不快そうな表情をした。
そして、ルナは俺のコートに顔を埋めた。
かつての自分を重ねているのだろう。
続いての商品は、「呪物」だった。
「次は武具をお求めの方に! 古代遺跡より発掘された『鮮血の魔鎧』!」
ワゴンに乗せられてきたのは、赤黒いオーラを放つフルプレートアーマーだ。
鎧の表面は脈打つように蠢いており、近づくだけで精神を蝕みそうな気配を漂わせている。
「装備した者に狂化の呪いをかける代わりに、驚異的な防御力を与えます!コツは精神が壊れる前に脱ぐこと、使いこなせれば最強の盾となるでしょう!」
会場がどよめく。
「あれは本物だ」「呪いが強すぎる」と、恐怖と興奮が入り混じった声が上がる。
俺は【魔力感知】で鎧を見据えた。
そして、鼻を鳴らす。
「……パスだな」
「ええ。腐りかけですわ」
シルヴィアも即座に同意した。
「あれはただの怨念の塊。味付けも単純で、泥水のように濁っています。あんなものを食べたら、お腹を壊してしまいますわ」
「同感だ。俺たちが求めているのは、もっと純度の高い『力』だ」
俺たちにとって、あれは料理ですらない。ただの不衛生な古鉄だ。
俺たちが興味を示さないまま、魔鎧はどこかの商人に高値で落札されていった。
そして、次に運ばれてきた商品を見た瞬間、ルナの反応が変わった。
「続きましては……少々『ワケあり』ですが、強力な護衛をお求めの方に!」
運び込まれたのは、拘束具をつけられた大男だった。
だが、その姿は異様だ。右腕が巨大な蟹のハサミになっており、左半身は岩のように硬質化している。
目は焦点が合っておらず、口からは涎を垂らしている。
「人造兵士の試作品! 知能はありませんが、命令には絶対服従! 壊れても代わりは幾らでもいます!」
「……ぁ……」
ルナが小さく悲鳴を上げ、俺の服を強く握りしめた。
彼女の視線の先にあるのは、商品の男ではない。
その男の首に打ち込まれた注射器と、横に置かれた予備の薬品だ。
毒々しい紫色に発光する液体。
「パパ……。あのおくすり……」
ルナがガタガタと震え出す。
スカートの下で、蛇の尻尾が恐怖で硬直しているのが分かった。
「イリアルおねえちゃんのところにあったのと、おなじ匂いする……。いたい、おくすり……」
「……そうか」
やはり、だ。
聖女イリアル、そしてこの闇オークション。
すべては一本の線で繋がっている。
あそこで売られているのは、ルナのような「失敗作」の成れの果てか、あるいは実験の過程で生み出された副産物だ。
シルヴィアはステージ上の商品――命や、禁断の薬に、微塵も興味を示していない。
だが、俺の膝の上のルナが震えているのを見て、その瞳に冷酷な光が宿る。
「……カナメ様。ここの主催者は、随分と死に急いでいるようですわね」
「ああ。地獄行きの特急券をお望みらしい」
俺はルナの頭を撫でながら、ステージを見据えた。
胸糞悪い見世物はもう十分だ。
そろそろ、本命のお出ましだろう。
俺の【魔力感知】が、舞台袖から漂ってくる異質な気配に警鐘を鳴らしている。
それは、これまでの腐った呪物や薬品とは次元が違う。
呪いというにはあまりにも――純粋で、強烈な「空腹」の気配。
「――お待たせいたしました! 本日の目玉商品はこちら!」
ジャァァァン!!
一際大きな銅鑼の音と共に、会場の空気が一変した。
それまでの熱狂が水を打ったように静まり返り、代わりに肌を刺すような悪寒が走った。
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物語はいよいよ第2章のクライマックスへ突入します。
そこで、明日12/31(水)から1/4(日)までの5日間、
【毎日2回更新(12:20 / 19:20)】の年末年始スペシャル更新を行います!
カナメと家族たちの激闘、そして結末まで、一気にお届けします。
1月4日の夜には「第2章完結」となりますので、ぜひリアルタイムで追いかけていただけると嬉しいです!
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それでは、明日のお昼12:20にお会いしましょう!
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