第18話:白金の通行手形
聖女イリアルから奪った「裏帳簿」には、金の流れだけでなく、この後の予定も記されていた。
『〇月△日 深夜、黒竜商会主催・定例オークション開催』
『場所:旧市街・廃劇場地下』
ミサがあった日に深夜での闇オークションとは、聖女様も中々高尚な方のようだ。表向きは聖職者、裏では人身売買の片棒を担ぐマフィアの出資者。その二面性には呆れるほかない。
俺たちは一度宿に戻って身支度を整え、夜の帳が下りるのを待ってから行動を開始した。
旧市街の一角。
街灯もまばらな石畳の道を抜けた先。
かつては貴族たちが観劇を楽しんだであろう廃劇場の前には、厳つい黒服の男たちが立ちはだかっていた。その奥からは、微かに漏れ出る紫煙と、欲望の熱気が漂ってくる。
「……ここだな」
俺はコートの襟を正した。
隣には、夜闇に溶け込むようなロイヤルパープルのドレスを纏ったシルヴィア。
そして、俺の手を握る、白いワンピース姿のルナ。
どこからどう見ても、夜会に迷い込んだ貴族一家だ。場違い極まりないが、それが逆に怪しさを醸し出しているだろう。
「止まれ」
入り口に近づくと、黒服の大男が立ちはだかった。身長は2メートル近い。腰には蛮刀を帯びている。
その目は、俺たちの服装を値踏みし、次に首から下げていた冒険者プレートを見て、露骨に侮蔑の色を浮かべた。
「ここは会員制だ。……Fランクの冒険者風情、子連れで冷やかしに来る場所じゃねぇぞ」
威圧的な態度。殺気すら滲ませている。
普通の市民なら、これだけで尻尾を巻いて逃げ出すだろう。
「招待状ならある」
俺は懐から、イリアルの金庫に入っていた封筒を取り出し、男に手渡した。
男は怪訝そうな顔で中身を確認する。
そこには、聖女イリアル宛の招待状が入っていた。
「……確かに、本物の招待状だが」
男は俺と招待状を交互に見た。
「この招待状はイリアル様専用のものだ。お前らのような無名の冒険者に宛てられたものじゃない。……どこで拾った? いや、盗んだのか?」
鋭い。
流石は裏社会の門番だ。ただの脳筋ではないらしい。
だが、俺は表情一つ変えずに嘘を吐く。
「人聞きが悪いな。俺たちはイリアル様の代理だ。聖女様は急な体調不良でな……代わりに、欲しがっていた『商品』を落札してくるよう頼まれたんだよ」
「代理だァ? 聖女様がFランクなんぞ雇うわけが……」
男が手を伸ばし、俺の胸倉を掴もうとする。
力尽くで排除する気だ。
俺はため息をついた。
言葉で通じないなら、この街の共通言語を使うしかない。
俺は懐から取り出した革袋を、無造作に男の胸に押し付けた。
ずしりとした重み。金属同士が擦れ合う、心地よい音が響く。
袋の口が緩み、中からキラリと光るものが覗く。
「……なっ!?」
男の動きが止まった。 革袋の中身は、聖女から巻き上げた白金貨だ。
門番の給料の何十年分、いや、一生分かもしれない金額が、そこにあった。
「金ならある。イリアル様の依頼というのも本当だ。……これでもまだ、俺を通す資格がないと言うか?」
俺は冷ややかに見下ろした。
男の額から、冷や汗が流れる。
疑念はある。だが、目の前の「圧倒的な暴力」の前では、理屈など無意味だ。この門番の男の心情が手に取るように分かる。
――もしこの男が本当に聖女の代理で、大口の客だとしたら?――
門番の男は追い返した責任は取れない。クビならばまだマシだ。
最悪の事態もあり得る。その恐怖が、門番の職務への忠誠心を容易く粉砕した。
「……し、失礼いたしましたッ!!」
男は卑屈な笑みを浮かべ、深々と頭を下げて道を開けた。
これぞまさに「Money Talks(金が物を言う)」。
実力がなかろうが、身分が低かろうが、現ナマさえあれば扉は開く。現金なものだ。
「行きましょう、カナメ様。……あの男、脂汗の臭いがして不快でしたわ」
シルヴィアが扇子で鼻を覆いながら、俺のエスコートを受ける。
「パパ、すごい! お金ってつよいの?」
ルナが無邪気に聞いてくる。
「ああ、強いぞ。時には剣よりもな。……使い手の品性は問われるがな」
俺たちは悠然と、劇場の奥へと足を踏み入れた。
◇
重厚な扉を抜けた先には、外の廃墟ぶりからは想像もつかない、煌びやかな別世界が広がっていた。
巨大なシャンデリア。真紅の絨毯。
ルーレットの回転音。チップがぶつかる音。そして、紫煙の向こうで交わされる、欲に溺れた人間たちの高笑い。
地下カジノだ。
ここには、昼間の街の喧騒とは違う、もっと濃密でドロドロとした「欲望の臭い」が充満している。アルコールと香水、そして焦燥感が入り混じった、鼻孔にこびりつくような甘ったるい悪臭。
「……うぅ。ここ、ゴミみたいな変なにおいする」
ルナが鼻をつまみ、顔をしかめた。
野生の勘を持つ彼女には、ここにある空気が、腐った肉のように感じられるらしい。
スカートの下で、蛇の尻尾も落ち着きなくモゾモゾと動いている。
「無理して息を吸わなくていい。ここにあるのは、他人の不幸と欲望を煮詰めた空気だからな」
シルヴィアが、妖艶な笑みを浮かべてフロアを見渡した。
「見てくださいまし、あそこの太った男。全財産を賭けて負けたようですわ。絶望の味が漂ってきていますわね。まるで腐りかけの果実のようです」
彼女の視線の先では、貴族風の男が頭を抱えて崩れ落ちていた。
それを冷笑しながらチップをかき集めるディーラーたち。
「……それで、カナメ様。オークションはどこで?」
「さらに奥だ。カジノはただの前座らしい」
俺の【魔力感知】が、フロアの最奥にある巨大な扉の向こうに、異質な魔力の塊を感じ取っていた。
数多の魔導具、魔物の素材、そして――。
一際、禍々しく、それでいて「空腹」を訴えるような、強烈な漆黒の気配。俺の持つ【万能強奪】と共鳴するかのような、底なしの食欲。
「……感じるか? シルヴィア」
「ええ。……ゾクゾクしますわ」
シルヴィアが自身の二の腕を抱き、恍惚とした表情を浮かべる。
「あの中に、とびきりの『ゲテモノ』が眠っています。……呪いというにはあまりにも純粋な、飢餓の気配が」
「ああ。俺たちの求めていた『呪いの装備品』だ」
間違いない。
聖女の腐ったスキルを食べた後の口直しに相応しい、極上のメインディッシュが俺たちを待っている。
「行くぞ。……今日は『買い物』だ。遠慮なく金を使わせてもらう」
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