第17話:腐った果実
いつまでも口の中に残る余韻だけでも吐きそうになる。
「……オェ。不味すぎる」
俺は口元をコートの袖で拭いながら、顔をしかめた。
聖女イリアルから強奪したスキル【生命譲渡】と【人心掌握】。その味は、想像を絶する悪食だった。
まるで、砂糖をまぶした生ゴミだ。
表面だけは甘ったるい香水の味がするが、噛み砕いた瞬間、中からドロリとした腐敗臭と、他人の脂ぎった生命力が溢れ出してくる。
栄養価はあるかもしれないが、精神衛生上、二度と口にしたくない味だ。
すると、 シルヴィアが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫ですか、カナメ様? ……お口直しに、私の指でも舐めますか?」
……コイツは何を言っているのだろうか。しかし、その紫の瞳には、俺への気遣いと、少しばかりの期待が混じっている。
「……気持ちだけ受け取っておく。今は水が欲しい」
俺はテーブルにあった冷めた紅茶を一気に煽った。
口の中の腐敗臭を流し込み、俺は床に這いつくばる元・聖女を見下ろした。
「あ……ぅ、あぁ……」
イリアルは、自分の手の甲を見つめながら震えていた。
シワシワになった手。老婆のように浮き出た血管。
鏡を見なくても分かるのだろう。自身の誇っていた「美貌」が、永遠に失われたことを。
「返して……私の、若さを……美しさを……!」
彼女が縋るように手を伸ばしてくるが、その動きは緩慢で、今の彼女には立ち上がる体力すら残っていないようだ。
今まで他人から搾取した生命力で維持していた肉体が、年相応――いや、過剰な魔力行使の反動で、それ以上に老化している。
「それがお前の本当の姿だ。……似合ってるぜ、魔女」
俺は彼女を跨いで、部屋の奥にある豪奢な執務机へと向かった。
イリアルが必死に守ろうとしていた場所だ。
「やめ……見ないで……!」
背後で枯れた叫び声が聞こえるが、無視する。
俺は机の引き出しを開け、不自然な厚みがある底板を指で叩いた。
コン、コン。
空洞の音がする。
「ここだな」
俺が底板を強引に外すと、隠し金庫が姿を現した。
鍵がかかっていたが、シルヴィアが影を鍵穴に侵入させ、内部構造ごと破壊してこじ開けた。
「……ビンゴだ」
中には、革袋、帳簿、用途不明の魔導具や古文書、本人の手帳があった。
革袋の中身は、すべて白金貨だった。
信者から巻き上げた寄付金と、裏取引で得た汚い金だろう。
この世界の正確な物価はまだ把握しきれていないが、手触りと重量感、そして前世の記憶と照らし合わせても、一般市民が一生かかっても拝めないような莫大な金額であることは間違いない。
そして、帳簿の方は――。
パララ……。
ページを捲ると、そこにはおぞましい取引記録がびっしりと記されていた。
『○月×日 素材(孤児)入荷:10名』
『○月△日 実験体No.098~105、廃棄処分』
『○月□日 成功体No.108、納品完了』
「……吐き気がしますわね」
横から覗き込んだシルヴィアが、嫌悪感も露わに眉をひそめた。
「人間というのは、同族を家畜のように管理するのがお好きなようですわ」
「一部の腐った連中だけだと思いたいがな」
俺はページをさらに捲る。
そして、取引先の欄に書かれた名前を見つけた。
【納品先:黒竜商会 ザガン会長】
さらに、技術提供者の欄には、奇妙なサインと共に【技術顧問:M】と記されている。
「黒竜商会……聞いたことはないが、この取引量と『会長』という肩書き……」
俺は帳簿のページをパラパラと弾いた。
聖女だけでなく、武器商人や奴隷商との取引記録もある。
「十中八九、この街の裏社会を取り仕切っている胴元だろうな」
――『イリアルおねえちゃんと一緒に、ときどき怖い人たちが来てた。……ひとりは、太ったキラキラしたおじさん』
ルナの勇気の告白が脳裏に浮かんだ。
彼女が言っていた「太ったキラキラしたおじさん」というのは、このザガン会長で間違いないだろう。
そして技術顧問と書かれた「M」というのは、ヤギ頭の魔族のことか?
「やっぱり、聖女なんてただの末端に過ぎない。この胸糞悪いキメラビジネスの胴元は、そいつらだ」
俺は帳簿を閉じ、懐に収めた。
これは決定的な証拠になる。そして、次の獲物への招待状でもある。
「パパ……」
ルナが俺のコートの裾を引っ張った。
彼女は、床に倒れているイリアルをじっと見つめていた。
その目には、もう恐怖はない。あるのは、哀れみと、決別。
足元の蛇の尻尾も、イリアルに向かって「シャーッ」と短く威嚇した後、プイッと顔を背けて俺の足に巻き付いた。
もう、興味はないと言わんばかりに。
「カナメ様。この女はどうされますか? 食べても美味しくはなさそうですが……、息の根を止めておきますか?」
シルヴィアが、ゴミを見るような目でイリアルを見下ろす。
イリアルは「ひっ」と悲鳴を上げ、ガタガタと震えている。
「殺さないで……! な、何でもする!お金も渡すわ! だから……!」
命乞い。
かつて自分が殺した子供たちの声は聞こえなかったくせに、自分の命となると必死なものだ。
「殺しはしないさ」
俺は冷たく言い放った。
「死んで楽になれると思うなよ」
「え……?」
「お前からは力も奪った。今のシワシワのお前を見て、信者たちはどう思うだろうな?」
俺は窓の外、広場を指差した。
今日はミサの日だ。聖女の姿を一目見ようと、外で待っている数千人の信者がいる。
「若さを失い、奇跡の力を失ったお前が、のこのことあそこに出て行ってみろ。『お前は誰だ』『聖女様をどこへやった』『金返せ』……暴動が起きるぞ?」
「あ……あぁ……」
イリアルの顔が絶望に染まる。
彼女にとって、死ぬことよりも恐ろしい未来。
築き上げてきた名声と虚飾がすべて崩れ去り、騙してきた民衆から石を投げられる地獄。
「精々、言い訳を考えるんだな。……ま、俺たちにはもう関係ないが」
俺は金と帳簿を回収し、踵を返した。
床に這いつくばり、枯れた声で泣き喚く元聖女には、もう目もくれない。
「行くぞ、シルヴィア、ルナ。ここにはもう用はない」
「はい、カナメ様!」 「うん、パパ!」
俺たちは教会の裏口から抜け出した。
背後で、イリアルの絶叫が聞こえた気がしたが、すぐに教会の鐘の音にかき消された。
◇
外に出ると、日は高く昇っていた。
まぶしい太陽が、路地裏の湿った空気を焼き払っていく。
「ふぅ……。ひと仕事終えた後の空気は美味しいですわね」
シルヴィアが伸びをする。
ルナも、憑き物が落ちたような顔で、空を見上げていた。
「ルナ。怖かったか?」
「……ううん。パパとママがいたから怖くなかった」
ルナがにっこりと笑い、蛇の尻尾をブンブンと振る。
よかった。どうやらトラウマの一つは乗り越えられたようだ。
「さて、資金と情報は手に入れた」
俺は懐の帳簿を取り出し、ポンと叩いた。
次なる目的地は決まっている。
この帳簿に記された、諸悪の根源。
―――ちょうどいい。ここならば俺たちが探している「呪われた装備品」が集まりそうだ。
「次は【黒竜商会】主催の闇オークションだ。……あそこなら、もっとマシな『食材』が手に入るだろ」
俺は歩き出した。
腐った聖女の味を洗い流すための、極上のメインディッシュを求めて。
驚きました……!
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正直、自分でも何が起きたのか分からず困惑していますが、これも一重に読んでくださっている皆様の応援(ブックマークや評価)のおかげです。本当にありがとうございます!
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