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第14話:聖女の仮面


 宿に戻った俺たちは、震えが止まらないルナをベッドに座らせた。

 部屋のカーテンは閉め切り、薄暗くしてある。

 ルナは(ひざ)を抱え、自身の身体を守るように小さくなっていた。


 スカートの(すそ)から覗くエメラルドグリーンの蛇尻尾は、先ほどまでの元気が嘘のように萎縮(いしゅく)し、ルナの足首にギュッと力なく巻き付いている。


「……落ち着いたか?」


 俺はホットミルクが入ったマグカップを、ルナの手に持たせた。

 温かさが伝わったのか、ルナの震えが少しだけ収まる。


「……うん。……ごめんなさい、パパ」


 ルナが消え入りそうな声で謝る。


「せっかく、クレープ買ってくれたのに……落としちゃった」


「そんなことは気にするな。またいつでも買ってやる」


 俺はベッドの脇に腰掛け、ルナの頭を撫でた。

 反対側にはシルヴィアが座り、心配そうにルナの背中をさすっている。


「ルナ。……話せるか? あの聖女と、お前の関係を」


 俺が尋ねると、ルナはマグカップを両手で握りしめ、一度だけ大きく深呼吸をした。そして、ポツリポツリと、重い口を開いた。


「……ルナ、ずっとひとりぼっちだったの。パパもママもいなくて、路地裏でゴミを漁ってた」


 孤児、か。

 ルナを拾った路地裏でも浮浪者がたくさんいた。

 この街では珍しくない存在なのだろう。


「それで、孤児院のおじさんに拾われたの。……でも、そこは怖いところだった。毎日叩かれて、ご飯もくれなくて……」


 ルナが震える声で続けた。


「そんな時に、きれいなおねえちゃんが来たの。『可哀想に、私が救ってあげましょう』って言ってくれた。

 おねえちゃんの手は温かかった。教会に行けば、ご飯もお洋服もあるって。……ルナ、嬉しかった。神様が見ててくれたんだって思った」


 ルナの瞳が揺れる。


「でも……連れて行かれたのは、教会じゃなかった」


「…………」


 俺もシルヴィアもただ黙って聞いた。


「教会の裏にある、暗い階段を降りて……鉄の扉の奥。そこには、ルナと同じような、親のいない子がたくさんいたの。イリアルおねえちゃんは、ニコニコしてた。『あなたたちは選ばれたのよ』って。『神様の力を受け入れれば、特別な存在になれる』って」


 ルナが自分の腕をさする。そこには、かつて鱗が生えていた痕跡がある。


「注射、痛かった。……身体の中に、ドロドロした熱いものを入れられて……。たくさんの子が、叫んで、暴れて……動かなくなった。そして袋に入れられてた」


 間違いなく魔物因子の注入だ。そして、拒絶反応で死んだ子供たちは、そのまま廃棄されたのだろう。


「毎日毎日体が痛かったの。でも、ルナは死ななかった。……身体がどんどん変わっていったの。耳が生えて、尻尾が出てきて……」


 蛇の尻尾が、恐怖に呼応するようにキュッと締まる。


「そしたら、おねえちゃんが言ったの。『あら、惜しいわね』って」


 ルナの声が震える。


「『……これじゃあ売り物にならない。失敗作(ゴミ)ね』って」


 ――失敗作。命懸けで耐え抜いた結果が、その一言だ。


「それで……黒い服のおじさんたちに袋に入れられて……ゴミ捨て場に……」


 話を聞き終えた部屋には、重苦しい沈黙が流れた。

 俺の中で、怒りを通り越して、冷え切った殺意が固まっていくのが分かった。

 シルヴィアの足元で彼女の影が(うごめ)いていた。


 ――聖女イリアル。

 表では孤児を救う聖女を演じ、その実態は、虐待された孤児を言葉巧みに誘拐し、材料(リソース)として消費する悪魔。

 しかも、失敗作は生きたまま廃棄する。


「……許せませんわ」


 静寂を破ったのは、シルヴィアの低く、地を()うような声だった。


「なんて非道な……(わたくし)たちの(ルナ)を……実験動物扱いした挙句、ゴミとして捨てた? あの厚化粧の女……!!」


 バキッ。

 シルヴィアが掴んでいたベッドの木の枠が、握力だけで粉砕された。

 彼女の紫色の瞳は、完全に「捕食者」の色をしている。今すぐにでも教会へ飛び込んで、聖女の首を食いちぎらんばかりの勢いだ。


「待て、シルヴィア」


 俺は彼女の肩を掴み、制した。


「まだだ。話には続きがあるはずだ」


 俺はルナに向き直った。


「ルナ。その実験をしていたのは、聖女一人だったか?」


 高度なキメラ合成技術を聖女が一人で持っているとは考えにくい。


「……ううん。ちがう」


 ルナが首を振る。


「イリアルおねえちゃんと一緒に、ときどき怖い人たちが来てた。……ひとりは、太ったキラキラしたおじさん」


 黒い服に、怖いおじさん。そして、キラキラした――成金趣味の男、か。

 間違いなく裏組織の人間だろう。このあたりのマフィアだろうか。世にも珍しい、人と魔物を混ぜたキメラならば、気の狂った貴族が愛玩動物として買ってもおかしくない。

 キメラはマフィアにとって、金のニオイがする『商品』になり得る。


「それと……もうひとり。すごく怖い人がいた」


 ルナの瞳に、新たな恐怖が宿る。


「……ヤギの頭をした、背の高い人」


「ヤギ?そいつもキメラか?」


「ううん。人間の服を着てるけど、頭はヤギで……目が、金色で……。その人が、お薬を作ってたの。『もっと混ぜろ』『効率が悪い』って……」


「ヤギの頭。人語を解し、魔法薬を精製する知能。魔族で間違いありませんわね」


 俺とシルヴィアは視線を交わした。



 パズルのピースが全て()まった。


 【聖女イリアル】は、素材(孤児)の調達と、隠れ(みの)

 【マフィア】は、資金提供と、完成品(キメラ)の販売ルート。

 【魔族】は技術提供と、実験の主導。


 恐らく、この街の裏側で回っているのは、人間と魔族が手を組んだ、大規模な「生体兵器製造ビジネス」だ。


「……なるほど。腐っているのは聖女だけじゃなかったか」


 俺は冷笑を漏らした。

 根は想像以上に深い。だが、やることは変わらない。


「パパ……」


 ルナが不安そうに俺を見上げる。

 俺は彼女を抱き寄せ、その背中にある小さな翼を撫でた。


「大丈夫だ。もう二度と、あんな場所には戻さない」


 俺はルナの耳元で、誓うように囁いた。


「お前を泣かせた連中全員、俺たちが残らず『掃除』してやる」


「……ほんと?」


「ああ。俺たちは強欲だからな。お前を傷つけた代償は、そいつらの命と財産、全てで払ってもらう。だから、お前はずっとここに居ていいんだよ」


 俺はルナの頭を撫でた。シルヴィアもルナの背中をいたわるように撫でている。

 ルナはようやく安心したように表情を緩め、俺の胸に顔を擦り付けた。

 足元の蛇尻尾も、ゆっくりとだが、俺の足に甘えるように巻き付いてくる。


「さて、シルヴィア」


 俺は共犯者の方を見た。

 彼女はもう、怒りで震えてはいなかった。

 代わりに、獲物を前にした爬虫類のように、静かで冷徹な笑みを浮かべていた。


「はい、カナメ様」


「ターゲットは確認した。……聖女、マフィア、そして魔族。フルコースだ。まずは手始めに……一番目障りな『広告塔』から潰すぞ」


 先ほど外で歓声をあげていた信者たちが、「明日は聖女イリアルによる大規模なミサが行われる」と言っていた。

 悪魔の化けの皮を剥ぐにはお(あつら)え向きの舞台じゃないか。


「最高のショーにしてやりましょう。……神の奇跡とやらが、いかに薄っぺらいメッキなのかを」


 俺たちの瞳には、同じ(くら)い炎が宿っていた。





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