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第10話:路地裏の廃棄物


 「飢えた獣」の気配に導かれるまま、俺は細い路地へと歩みを進めた。


 一歩踏み込むたびに、光が遠ざかる。

 華やかな石畳は汚水と泥にまみれた土へと変わり、甘ったるい香水の匂いは、鼻を刺すようなアンモニアと腐敗臭へと変貌した。

 これが、光り輝く商業都市の影。聖女の奇跡が届かない、掃き溜めだ。


「……(ひど)い場所ですわね」


 シルヴィアが、汚れた地面にドレスの(すそ)がつかないよう持ち上げながら顔をしかめる。


「空気まで(よど)んでいます。呼吸するだけで肺が汚れそうですわ」


「ああ。だが、あの表通りの嘘くさい空気よりはマシだ」


 俺は周囲を警戒しながら、今夜の宿を探していた。

 その時だった。


「……ん?」


 不意に、風向きが変わった。

 湿った生暖かい風に乗って、奇妙な臭いが鼻をかすめる。

 鉄錆(てつさび)のような鮮血の匂い。雨に濡れた獣のような野生臭。そして――何かが焦げ付くような、魔力の暴走臭。


「カナメ様、あちらです」


 シルヴィアが指差した先。ゴミ捨て場の陰に、汚れた麻袋(あさぶくろ)のような(かたまり)が転がっていた。


 ビクッ、ビクッ。


 不規則に痙攣(けいれん)している。


 俺は慎重に近づき、麻袋の口を縛っていた荒縄をナイフで切り裂いた。

 袋を開いた瞬間、俺は息を呑んだ。


 そこにいたのは、一人の少女だった。

 年齢は7、8歳ほど。だが、その姿はあまりにも異様だった。


 金色の髪の間からは灰色の「狼の耳」が生え、細い右腕には病気のように「爬虫類の鱗」がこびり付き、背中からは「翼の残骸」のような肉塊が突出している。そして、「蛇頭の尻尾」。

 まるで、異なる生物のパーツをパズルのように無理やり継ぎ合わせたような、悪夢のような姿。



 【対象:実験体109番(廃棄個体)】

 【状態:魔力暴走(崩壊まであと15分)、キメラ化進行中】

 【強奪可能:獣化、火炎ブレス、自己再生、他多数(ノイズ大)】



「キメラ……合成獣か」


「ですが……コレをキメラと呼ぶのは、料理人への冒涜(ぼうとく)ですわ」


 シルヴィアが冷ややかな目で見下ろす。


「本来のキメラは素材の長所を掛け合わせた芸術品。……ですが、これは相性の悪い素材をミキサーにかけただけの『残飯』ですわ。見たところ……あと十数分で破裂して『ボン』です」


 少女の呼吸は浅く、肌は高熱で燃えるように熱い。

 ただ死を待つだけの肉塊に見える。


 だが、俺は違和感を覚えた。

 ウィンドウに表示された【強奪可能】なスキルの羅列。

 『獣化』『火炎ブレス』『自己再生』……。

 どれも強力そうなスキルだ。これだけのポテンシャルを持ちながら、なぜ彼女は死にかけている?


「……いや、待てよ」


 俺は目を細め、【魔力感知】を最大出力で発動した。

 世界の色が反転し、少女の体内を流れる魔力が視覚化される。


「――なんだ、これは」


 少女の体内は、戦場だった。


 赤く燃える『火炎』の魔力。

 青く鋭い『獣』の魔力。

 緑色に脈打つ『再生』の魔力。


 それら複数の異質な魔力が、少女という小さな(うつわ)の中で、互いに主導権を奪い合って暴れ回っていたのだ。

 まるで、一つの鍋に肉も魚もケーキも洗剤もぶち込んで、強火で煮込んだような状態。

 互いが互いを邪魔し、相殺し合い、その余波(ストレス)が少女の肉体を内側から食い荒らしている。


「弱って死にかけているんじゃない……力が有り余って、消化不良(パンク)を起こしているのか」


 俺は一つの仮説に辿り着く。


 この暴走の原因は「過剰な因子」だ。

 ならば――その「邪魔な部分」だけを取り除いてやれば?


 俺の【万能強奪】は、触れた相手からスキルを奪う。

 だが、今のこの混沌とした状態から、俺が手作業で一つずつ引き抜くのはリスクが高すぎる。どの糸を引けば爆発するか分からない爆弾処理のようなものだ。


 だが、俺には『プロ』がいる。


「……シルヴィア」


 俺は隣に立つ捕食者を見た。


「お前の『調理』なら、このグチャグチャに混ざった中身を、()り分けることはできるか?」


「え?」


 シルヴィアは小首を傾げ、改めて少女を見た。


「つまり……この子の中で喧嘩(けんか)している『不味い(あばれている)部分』だけを食べて、『美味しい部分』だけを残すということでしょうか?」


「そうだ。毒となっているノイズだけを、お前が捕食()うんだ」


 俺の言葉に、シルヴィアの目が大きく見開かれ――やがて、妖艶(ようえん)な笑みに変わった。


「……ふふっ。なるほど。それは繊細な包丁捌き(ナイフワーク)が求められる注文(オーダー)ですね」


 彼女は舌なめずりをする。


「ですが、悪くありませんわ。素材そのものは悪くない……調理次第で、猛毒も極上のスパイスに変わります」


 いける。


 ロジックは通った。

 あとは、俺の覚悟だけだ。


 俺は少女の頬に触れた。

 少女がうっすらと目を開ける。濁った碧眼の瞳が俺を捉えた。


「……ころ、し……て……」


 (かす)れた声。

 生きていること自体が地獄なのだろう。


 その姿が、どうしようもなく前世の俺と重なった。

 使い潰され、価値がなくなれば捨てられる。誰にも必要とされず、孤独に果てる。

 俺もそうだった。


 ドクン、と心臓が跳ねた。

 同情じゃない。これは俺のエゴだ。

 俺は、この少女を救うことで、かつて無力だった俺自身(かこ)を救いたいのだ。


「……断る」


 俺は少女の瞳を真っ直ぐに見据え、言い放った。


「誰が死なせてやるものか。楽になんてさせてやらない」


 少女の瞳が揺れる。


「お前を捨てた連中を恨め。こんな姿にした世界を憎め。その怒りを牙に変えて、理不尽のすべてを食い千切ってから死ね」


 失敗作?


 ゴミ?


 上等だ。


 なら、そのゴミの中からダイヤモンドを磨き上げて、捨てた連中に後悔させてやる。

 俺の【強奪】と、シルヴィアの【捕食】があれば、それができる。


「シルヴィア。今日は『毒抜き』の練習といこう」


「はい、シェフ(カナメ様)。腕によりをかけて」


 俺は少女の小さな身体を抱き上げた。

 軽い。羽毛のように軽くて、高熱で焼けるように熱い。

 少女が俺らの話を聞き取ろうとするかのように狼の耳をひくひくさせていた。


「拾うぞ。俺たちの新しい『番犬(かぞく)』だ。……噛みつき方を教えてやる」


 少女は抵抗する力もなく、俺の胸に顔を(うず)めた。

 俺たちはゴミ捨て場を背に、早足で路地裏を抜けた。


 一刻を争う。


 これから始まるのは、最強の捕食者コンビによる、命懸けの「蘇生手術(リメイク)」だ。




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