強者への共感と弱者への共感、それから鬼滅の刃の成功を分析する
鬼滅の刃は言うまでもなく、アニメ化の出来が素晴らしい、後は言い方は悪いがコロナという特殊な状況とマッチしたこれらがあり人気が出たのは間違いない。
しかしそれでも駄目な作品ならそのチャンスもいかせないわけで、鬼滅には何か凄い点があるのは間違いないだろう。
それについて、私なりの私見を述べる。
まず共感と言っても、少なくても二種類ある。
弱者への共感と強者への共感だ。
強者への共感は少年漫画や男性向け青年漫画では良く存在しやすい。
ようはすげーことをする奴がすげーとかこうなりたいぜとか、カッコいいぜとか、そういうのはみんなこうである。
共感というと弱者に同情するみたいなイメージが強いかもしれないが、これも立派な共感なのである。
しかし鬼滅の刃の共感はどちらかというと弱者への共感みたいなものが琴線に触れたのだろう。
それがコロナという時期とも一致した、それによる人気である。
だから少年漫画を日ごろ読まない層が火付け役となったというのに一致するのである。
では鬼滅は何が成功したのか。私が思うにこういうことだと思う。
例えば少年誌というのは少年向けという性質上、男性作家が多い、そらそうよ。
そして読者向けな意味合いでも、総じて強さへの共感を刺激する内容が多い。
そらそうよ。
だが問題は男性作家の場合、本来ならば弱者の共感を書くほうが得意なタイプでも、
社会の需要と自分のみみっちいプライドから、強者の共感を目指す作品を書いて貧相なことになるのは多々ある。
その点、鬼滅の刃の作者は女性作家らしい。ゆえにそういう見苦しいプライドが無く、
素直に弱者の共感をしっかり書けたからこそ、成功したのだと私は思う。
ようは強者の共感が向いた人はそれを書けばいい、弱者の共感が向いた人はそっちを書くべき。
男性作家には下らないプライドのせいでそれができない真なる弱者が結構いるというだけのことである。