第一話 旅立ち
「どの鉛筆が良い?HBと2Bならここだよ」
「ありがとう」
香織は小さな声で文房具屋のおじさんにそう言った。
ずらりと鉛筆の箱が並ぶこの棚に、香織は一際輝く鉛筆たちに目をつけた。
鉛筆は、皆"我こそが!"と気合満々だ。
しかし、香織はその輝く鉛筆たちを手に取った。
そしてもう一つの2Bも輝くものを選んだ。
「これください」
「はーい、〇〇円ね」
チャリン。
「まいど〜」
香織は帰っても宿題が待ち受けていることを思い出し、肩を落として帰途についた。
対照的に、澄んだ夕焼けの空の先を見ながらわくわくしているものがいた。
紙箱の中の鉛筆たちだ。
「僕ら、これからどう使われるんだろうね?」
「きっといろんなことに使われるさ、漢字練習とか、筆算とか、他にも沢山」
「わくわくが止まんないよ!」
「そうだな、俺が先に使われると思うが」
「何だって?僕が先だよ」
ワイワイ、ガヤガヤ。
そうしている内に香織と鉛筆たちは家に着いた。
「おかえり〜」
「ただいま、本読んで良い?」
「先に宿題しなさい」
「ええ〜?」
「文句言わないの、やればできるんだから!」
「・・はーい」
香織とお母さんの会話を聞いた鉛筆たちは今か今かと使われる時を待っていた。
香織は漢字ノートを取り出して、鉛筆の紙箱を開けた。
香織は鉛筆を手に取った。
「やったー!!俺が使われるんだ!!」
それはHBの鉛筆の一本だった。
しかし、その喜びは恐怖に一転した。
何故なら目の前に鉛筆削りが現れたからだ。
彼は恐怖のあまりうめきながら紙箱を見つめた。
しかし、仲間たちは彼のことも知らずに羨ましがっている。
そして彼は鉛筆削りの中に挿し込まれた。
ガリガリ、ガリガリ。
彼は意外にも痛くなかったので少し安堵した。
むしろ歯車が自分の身体を包み込む感覚に心地よささえ感じた。
そうして彼が出てくると紙箱から歓声があがった。
「すげえ!!」
「良いなあ」
次に選ばれたのは2Bの鉛筆だった。
彼も同様最初は怖がっていたが、鋭くなったことに満足して出てきた。
そして遂に彼らが使われる時が訪れた。
使われたのは2Bだった。
香織は黙々と漢字を書いていく。
その光景を見た削られたHBも、自分も使われたいと思っていた。
しばらくして、香織の手にHBがフィットした。
しかし、HBは少し使われた後、机の角に寄せられてしまった。
書き心地が2Bの方が合っていたのだろうか。
そうして香織は漢字練習を終え、鉛筆を筆箱にしまった。
HBは言った。
「なんで俺の方は全然使われないんだよ・・」
「わかんない、でも一回使われたんだから良かったじゃん」
「まあ、そうか」
二本は暗い筆箱の中でそんなことを話しながら一日を終えた。