最期の呪い
魔王の心臓を聖剣が貫いた。
自身の負けを悟った魔王は勇者を見つめながら言った。
「お前を呪おう」
宿敵の最後の言葉を勇者は無言で促した。
「全ての人の記憶からお前を消す」
勇者は笑った。
「平和の代償がその程度か?」
薄気味悪い笑みを浮かべたままに息絶えた魔王を勇者は冷たく見つめる。
「俺の名など残らずとも良い。世界が平和になるのなら」
それが勇者としての最後の言葉だった。
数十年の時が過ぎた。
誰が齎したかも知らない平和を傍受しながら人々は生きていた。
「おい。見ろよ」
「炊き出しか。国王陛下も随分と無駄なことをなさるものだ」
町人の言葉の先には炊き出しを受ける乞食たちの姿がある。
明日も知れない者達に施しを行う。
善意からではない。
政治的なしがらみのせいだ。
「慌てるな。皆の分がある」
群がる乞食たちに温かい言葉と冷たい視線が投げつけられた。
飯をねだる彼らの中に、かつて世界に平和を齎した者が居た。
しかし、今では誰の目にも留まらない。
そして、彼自身もそれを知らない。
魔王の最期の呪いは成就したのだ。