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異世界恋愛(転移)

異世界転移癖のある大魔術師様と結婚してしまった王女の生涯

作者: 廻り


 魔王に支配されつつあった混沌の世。

 人間は最後の望みとして、勇者の召喚を試みた。

 世界中から百人の高名な神官が集められ、大規模な召喚儀式の末。一人の若い男性が召喚された。


 大魔術師ラウ。


 それが、召喚された男の名だった。この世界ではあり得ない漆黒の髪と、切れ長の黄金色の瞳。彼が異世界の人間であることは一目瞭然だった。


 ラウはこの世界の人々の願いを聞き届け、たった一人でいとも簡単に魔王を倒してしまった。


 今回の召喚の儀式を取り仕切った国王は大層感激し、褒賞として世界一の美女として名高い娘のミレーナを嫁にと差し出した。



 二人の結婚式が執り行われた夜。

 ミレーラ王女と大魔術師ラウは、初夜を迎えるベッドの上にいた。


「ミレーラ愛しています。貴女と結ばれることができて私は嬉しい」

「私もです。ラウ様のような素敵な男性の妻になれたなんて夢のようですわ。大好きです……っっ」


 彼と一つになれたことに全身で幸せを感じていたミレーラ。

 彼に嫁いだことで王女ではなくなったが、これからは彼の妻として精一杯の努力をしようと決意した、その矢先。


 二人を取り巻くように、どこからともなく光が溢れ出してきた。


「まずいっ。私から離れてくださいミレーラ!」


 ラウが慌て彼女から離れようとしたが、目を閉じていてこの状況に気がつかないミレーラは、ぴったりと彼の背中に腕を回していて放そうとしない。


「嫌ですっ!」


 ラウに恋した日から、ずっと彼の妻になる日を夢見てきた。やっとその夢が叶ったというのに。


「離れてくれ! 俺たちはもう終わりだ!」

「そんなっ! 私に不満があるのですか!」

「そうじゃない! お前はすごく……。いや、そんなことを言ってる場合ではない! とにかく離れろ女!」


 どんどんと口調が荒くなるラウだが、そんなことはミレーラにとって些細な事柄にすぎなかった。

 今は結婚したばかりの夫が、離縁をちらつかせている。そちらのほうがよほど重大だ。


 腕だけでは足りないと思った彼女は、両足も彼の腰に回してがっちりとしがみつく。

 王女とは思えないはしたない恰好になってしまったが、今の彼女は彼から離れたくない一心だ。


「馬鹿! 巻き込まれたいのか!」


 彼の怒鳴り声がなんだか、ぼやんと歪んで聞こえた気がしたミレーラ。

 直後に、浮遊している感覚に襲われた。


 そう思った瞬間――。


 どさりとベッドごと落ちる衝撃があり、同時に大勢の人の騒ぎ声が聞こえてきた。


(なにごとかしら……)


 ミレーラはずっと閉じていた目を、ようやく開けてみる。


 ベッドの周りには、見たこともない風貌の人たち。

 異常な状況に驚き、悲鳴を上げそうになるミレーラの口を、ラウの手が塞いだ。


「ベッドのおまけ付きで、良かったな」


 そう言ってシーツを剥ぎ取った彼は、素早くミレーラの身体をシーツで包んだ。このような異常事態にも関わらず、優しさと余裕を見せるラウをミレーラはぽかんと見つめることしかできない。


 それから上半身を起こしたラウは、一番偉そうな人に視線を向けた。


「いいところで邪魔してくれたな。俺は、どんな大層な要件で召喚されたんだ?」


 その言葉を聞いて、ミレーラはやっと理解した。

 ミレーラの父がラウを召喚したように、どこかの世界の誰かが、同じように彼を召喚したのだと。


 これがミレーラとラウの、幾度となく繰り返される安定しない結婚生活の始まりだった。



 

 ミレーラ王女が彼を初めて目にしたのは、勇者召喚の義だった。


「おお! 其方が勇者か!」

「はい。いかにも私は勇者であり、大魔術師のラウと申します」


 彼女の父である国王にそう名乗った彼は、魔法陣から出ると国王の前まで進み出て、不可思議な礼を取った。

 この世界では見たことがない黒髪が、さらりと揺れる。


「異世界人ゆえ、この国の礼儀作法がわからず申し訳ありません」


 顔を上げて微笑んだ姿は息を呑むほど麗しく、黄金色の瞳はこの国にあるどの装飾品よりも美しく見えた。

 その場にいた女性は皆、頬を染め、ミレーラの母である王妃すらその表情を悟られぬよう扇子で隠した。


 けれどそんな女性たちの中でミレーラだけは、彼を冷ややかな表情で見つめていた。


(自ら勇者と名乗るなんて、どうかしているわ。あのような怪しげな方に、魔王討伐なんてできるのかしら)


 そう思っていたミレーラだったが、彼はあっさりと一人で魔王を倒してしまった。

 魔王を倒した後もおごることなく始終、礼儀正しく振る舞う彼の姿に、ついにミレーラの心も奪われたのだった。


 ミレーラにとってラウは、紳士的で礼儀正しく、いつも麗しい笑みを絶やさない最高に素敵な人。


 そのはずだったが、目の前で異世界人と交渉している彼は、ちょっと俺様な感じであり、魔法をちらつかせて異世界人を委縮させながら、有利な交渉に持ち込んでいる辺りが、山賊っぽくもある。


 これが本来の彼の姿なのか、はたまた演技しているだけなのか。それともミレーラがいた世界での彼が演技の塊だったのか。

 どちらにせよ、ミレーラは理解した。


(騙されましたわ……!)



 『交渉』もとい『脅し』で勝ち取った離宮は、ミレーラが住んでいた王宮の何倍も豪奢で、魔王によって虐げられていたあの世界とは雲泥の差があるほど平和に見えた。


「まあまあの宮殿だな」

「何も、あんなに脅さなくても……。ラウ様は勇者として召喚されたのでしょう?」


 ラウは難なく異世界人と会話していたが、ミレーラには異世界人の言葉はわからない。彼らとどのような交渉をしていたかまでは、理解していない。


「気がつかなかったか? あいつら拘束具を用意していた。俺たちを捕まえて、いいように利用するつもりだったんだ」

「そんな……。勇者を利用するなんて……」

「ミレーラの世界は切実に、世界を平和へと導く勇者を求めていたが、全ての世界がそうではない。自分たちの利益のために召喚をおこなう場合も多いんだ」


 まるで幾度となく召喚されてきたような貫禄だ。


「あの……。ラウ様は、今までも召喚を体験されてこられたのですか?」

「これが、俺の体質でな。巻き込んで済まなかった」

「私はもう、元の世界へは戻れませんの?」

「悪いが、もう一度、あの世界から召喚してもらう他には方法がない」

「そんな……」


 突然に王女と勇者が消えてしまったことで王宮は今頃、大混乱となっているだろう。せっかく平和が訪れたというのに。皆には悪いことをしてしまった。

 転移が始まった時に、おとなしくラウに従うべきだったようだ。


「巻き込んでしまったからには、一生を添い遂げるつもりだ。不自由なくとは断言できないが、最善は尽くすつもりだ」

「もしかして、こちらの離宮を勝ち取ったのは……」

「俺が仕事をしている間に、不便があっては困るからな」


 彼の性格には騙されたが、無責任な人ではないようだ。ミレーラの世界を救ってくれた頼もしさや、誠実な態度を取り続けていた彼の本質はかわらない。


「ありがとうございます」

「許してくれるのか?」

「許すなんて。体質なら仕方ありませんわ。ラウ様に悪気があったわけでは……」


 そう言いかけたミレーラは、改めて自分たちの置かれた状況を整理する。

 彼は異世界召喚体質があると知りながら、ミレーラと結婚したのだ。

 なぜ?

 異世界召喚が始まった際、彼はミレーラを巻き込まないようにしていたが、初めからそのつもりだったとすると……。

 あれれ?


 ミレーラの手がいつのまにか拳を作り、その拳がぷるぷると震え出した。


「――ラウ様。なぜ私と結婚なさったのですか?」

「いや……。俺の故郷には『据え膳食わぬは男の恥』という偉大な言葉があってな……」

「つまり、少しだけ甘い新婚生活を味わってから、消えるおつもりでしたのね?」


 ミレーラの怒りの圧に耐えかねたラウは、くったりと肩を落とした。


「…………心から謝罪する」


(やっぱり、騙されましたわ!)


「ラウ様、ひどいですわ……。もしかして、様々な世界で結婚していたのですか?」


 誠実さだけは真実だと思ったのに。それすら嘘だったなら彼の何を信じてこれから一緒にいなければいけないのか。

 いっそのこと、ここでさよならしたほうがお互いのためなのかもしれない。


 けれどラウは、血相を変えながらミレーラの手を取った。


「それは違う! これだけは信じてほしい。結婚したのはミレーラが初めてだ」

「本当ですか……?」

「本当だ。こんな体質なんだ。わざわざ結婚なんて手段は必要ないだろう?」


 確かにラウの言うとおりだ。すぐに別れる相手ならば、わざわざ結婚せずともお付き合いだけで十分なはず。


「ではなぜ、私と結婚したのですか……」

「それは、色眼鏡で見ることなく俺と向き合ってくれたのは、ミレーラだけだったからだ」


 常に勇者として召喚され続けてきたラウを、偏見なく見てくれる者などいなかった。

 勇者という肩書や、それなりに整った容姿の影響で、第一印象は大抵、良く見えているようだった。


 それに伴う、羨望の眼差しはまだ良いほうで、独占欲や、見栄を張るための飾り、優位に立つための道具など、さまざまな欲で人々はラウを利用しようとした。

 もしくは、ラウに嫉妬し悪意を持つ。ラウが今まで出会ってきた人々はそのどちらかしかいなかった。


 そんな中で、ミレーラが初めてラウを見た時の、不審者を見るような目が非常に新鮮だった。

 初めは何らかの理由でラウに悪意を持っているのかと思っていたが、ミレーラは淡々とした態度で、ラウの討伐に必要な手はずを整えてくれた。

 そして国民を主導し、ラウの討伐が成功するよう毎日、神に祈りを捧げる儀式をとりおこなったという。


 魔王を討伐して戻った際には、国民が平和の訪れを喜ぶ中、彼女だけは真っ先にラウの無事を喜び、怪我はなかったかと心配してくれた。彼女だけが、素のラウ自身を見てくれていた。


 そんな彼女と祝賀会でダンスを踊り、心奪われるのはあっという間だった。


「こんな体質でも一度くらいは、心から愛する女性と結婚してみたかった。だが、不安定な生活に巻き込みたくもない。俺の子を産んでもらって、平和な世界で暮らしてくれるだけで満足するつもりだった……」


 一方的な感情ですまん。とラウは後悔するように呟いた。


(ラウ様がそこまで私を想ってくださっていたなんて……)


 この結婚は、ミレーラの父である国王が、歓喜に浮かれて提案したものだった。嫌だったなら、遠慮なく断ってくれたら良かったのに。そんな気持ちがずっと心の片隅にあったが、彼の心はいつも真剣だった。

 むしろ、いつも彼の上辺でばかりで判断してきた自分が恥ずかしい。


「ラウ様は本当にひどいですわ。初めからそのお気持ちを伝えてくだされば、私は喜んでついてきましたのに」

「君は王女だろう。こんな生活は嫌ではないのか?」

「平和な生活があっても、大好きな方に会えないなら地獄と変わりませんわ」

「それじゃ、ミレーラも……」

「私もラウ様を愛しております」


 ラウは孤独から開放されたように、安堵したような涙を浮かべながら、ミレーラに抱きついてきた。

 魔王すら一人で倒してしまえる力があるのに、こんなことに涙を流すなんて。


(私の旦那様は案外、可愛かったのね)


「ミレーラ。これを受け取ってくれないか」

「腕輪ですか……?」

「これをはめている限りは、俺と離れていても必ず一緒に転移できる。嫌になったらいつでも外してくれ」


 想いが通じ合ったのに、このような発言をするなんて。意外と彼は、自分に自信がない人なのかもしれない。


「ラウ様が嫌でも、ずっと外しませんからね」


 少し怒り気味にそう宣言すると、ラウは嬉しそうにうなずきながら、ミレーラの腕へと腕輪をはめた。


 これが、幾度となく繰り返される、二人の異世界転移生活の始まりだった。



 異世界転移とは、本当に不安定で過酷だということを、ミレーラは一年もしないうちに実感した。

 すでに転移回数は五回を超えている。長くて三か月、短ければ一週間ほどで転移していた。

 そのたびにラウは新しい世界の人々と交渉し、淡々と問題を解決していく。

 ミレーラがいた世界へ召喚された際のラウが、胡散臭いほど好感度が高かったのは、円滑に新しい生活を築くための彼の処世術だったようだ。


 きっとラウ一人だけならば、それほど苦労もせずに活動基盤を作れたのだろうが、彼はいつもミレーラの安全を第一に考えてくれた。

 初めは足手まといになっている気がして申し訳なく感じていたが、ミレーラはこの生活から離脱する気は毛頭ない。

 腕輪が翻訳機になっているおかげもあり、異世界でも不自由なく会話できるようになったミレーラは、王女だった頃の知識を生かして交渉に参加するようになり。徐々に自分の居場所の確保方法や、ラウの仕事を支える方法を手探りで会得していった。


 苦労しつつも順調に異世界転移を繰り返し、その間に愛も育んだ二人の間には新しい命も宿った。

 しかしもうすぐ産まれそうな頃になって転移した場所は、今までで一番ひどい場所だった。


 そこは地下牢と思われる場所で、ジメジメとした石の床と壁。牢の鍵には、ラウでも解けないほどの強力な魔法がかけられていた。


「どうやら、次の転移でも始まらない限りは出られそうにないな」

「なぜわざわざ、こんな場所に召喚したのかしら……」

「世の中には常識では考えられないような、特殊な信念を持った奴がいるからな。今までの経験だと、黒魔術の生贄にしたいとか、勇者が朽ち果てることで土地が浄化されるとか――」

「そんなっ! ラウがそんなものの犠牲になるなんて嫌よ…………痛っ!」


 腹部に痛みを感じたミレーラは、その場にうずくまった。


「陣痛が始まったのか?」

「そうみたい……。でもこんなところでは産めないわ……」

「心配するな。俺はどの世界でも、最も有能な大魔術師だ。必ず安全に産ませてやる」


 ラウの浄化魔法によって、牢の中はまるで神殿の中にでもいるかのような、清浄な空間へと生まれ変わった。

 お産に必要な道具も全て彼のカバンに入っている。お湯すら、ラウの魔法で生み出せた。彼に不可能はない。これほど頼もしい旦那様はいるだろうか。

 ミレーラはひたすらラウに身を委ねながら、必死に子供を産んだ。



 生まれた子は、ラウに似て黒髪の可愛い女の子だった。

 この子にも異世界転移の不安定な生活を、強いることになる。持ち物はラウのカバンに入るだけしか手に入れられないが、愛情だけは溢れるほど与えよう。

 この日、二人でそう誓い合った。




 その誓いどおり、ラウは勇者の仕事をこなしつつも、良いパパとなってくれた。ミレーヌに負担がかからないよう、これまで以上に生活環境には気を遣ってくれたし、仕事の合間にはできる限り娘と過ごす時間を作ってくれた。

 娘が大切にしていた人形が転移で置いて行かれそうになった時は、床にダイブして取りに行くほどの熱心さだった。


 娘が成長するにつれて、転移生活での子育ての難しさに何度も直面した。物心がつく頃には、友達と離れたくないと泣かれたこともあったし、何よりも難しかったのが知識をどう学ばせるかだった。

 言葉は翻訳機でどうにかなるが、世界が変われば学ぶことが大きく変わる。価値観や常識ですら、世界によって真逆の考えになるほど違っていた。

 子育てについて誰にも相談できずに困っていたミレーラに、助言をくれたのもラウだった。


「常識は違えど大切なのは、相手を見極める力と誠意を持って接する心だ。俺たちはこれに関しては、先生と呼べると思わないか? 俺たちが堂々とした態度で世界と接している限りは、娘も道を踏み外すような人間には育たないさ」



 そうして娘が成人したある日。娘はある男性を滞在先に連れてきた。


「お父様、お母様。私、この方と結婚したいんです。ですからその……。腕輪を外そうと思います」


 娘も二十歳となった。大抵の世界では成人。結婚を考えてもおかしくはない年齢だ。

 彼はこの国の公爵令息で、今回の転移では非常にお世話になった。その親切心が、娘に対する好意であることも知っていた。

 娘が会いたいと言えば、夜中でも駆けつけるような人だ。そういう人になら娘を安心して任せられる。

 短い期間ではあるが家族ぐるみのお付き合いもし、安心して娘を嫁がせられる家だとも、納得もしていた。


「でもあなた。腕輪がなければ言葉を……」


 ミレーラが心配すると、娘は腕輪を外してにこりと微笑んだ。


「だいじょう……ぶ。うでわなくても……はなせるわ」

「まあっ。この国の言葉を覚えたの?」

「かれにおしえ、もらったの。だから、けっこんさせて、ほしの」


 そこまでの努力もしていたなら、もう反対する理由もない。ミレーラはちらりとラウを見て意思確認をしようとした。

 けれどラウは無言のまま、娘が外した腕輪を、娘の腕へとはめなおす。


「お父様……!」

「お願いします大魔導士ラウ様! お嬢様のことは必ず幸せにしてみせますから!」


 こんなに真剣な二人が認められないのは、母親としても辛い。けれど、ラウは娘を溺愛していた。その気持ちも無視はできない。

 普通の家なら嫁いだ娘にも会いにいけるが、ラウとミレーラは転移してしまえば、もう娘とは会えなくなる。正直なところ、ミレーラもこの選択は辛い。


「ラウ……」

「……反対しているわけではない。転移機能は解除した。それは餞別だ」


 ラウは、今にも泣きそうな顔をしながら、視線を皆からそらした。


「パパありがとう!」

「その腕輪を見て、たまには俺たちを思い出してくれよ。――これでいいんだよなミレーラ」

「ええ。愛しているわラウ」


 なんとか次の転移が始まる前に、結婚式がおこなわれ、娘の幸せを見守ることができた。

 この世界には『写真』という、見た光景をそのまま紙に写せる装置がある。その装置のおかげで、これからも紙ごしに娘と会える。娘もきっとそうしてくれるだろう。


 その写真を見てミレーラは、改めて月日の流れを感じた。ラウと結婚して二十一年。ミレーラもすっかり中年女性だ。

 そして、なんとなく気になっていたことが、いよいよ本格的に気になりだす。


「ラウ。あなたって、歳を取らないのね……」


 ミレーラは順調に歳を重ねた容姿となっているにも関わらず、ラウは出会った頃から何も変わっていない。あの時にときめいた姿のままだ。


「隠していてすまない。俺はもう、ミレーラの何倍もの時を過ごしている」


 やはりそうだった。

 彼は出会った時すでに、若者とは思えないほどの天才的な魔法能力と、対話術を兼ね備えていた。

 ミレーラと出会う前の思い出話も幾度となく聞いたが、年齢に対する経験量が多すぎると感じていた。


「その間、ずっと一人で転移を繰り返していたの?」

「初めは勇者パーティーだった。その時に倒した竜から、俺だけ永遠の命を受け継いだらしくてな。あっという間に仲間は老いて、いなくなったよ」

「なんてこと……。私はあなたに、また辛い経験をさせてしまうのね」


 そんなことも知らずにミレーラは、ラウと離れたくないがためにここまでついてきてしまった。

 彼の当初の考えどおり、ミレーラとの結婚後にすぐに別れていたら、彼はずっと良い思い出だけを胸に閉まって生きていられたかもしれない。


「ミレーラ。そんなふうには思うな。俺は、ほんのひと時でも、ミレーラと一緒に居たかったんだ」

「ラウ……」

「だから約束してくれないか。これからどれだけ老いても、腕輪を外さないと。俺の前から突然消えることだけはしないでくれ」


 彼は心からの願いのように、ミレーラの手を両手で取り、自身の額へと当てた。

 ミレーラも、ラウと離れ離れな人生など嫌だ。彼にとってはほんのひと時かもしれないが、ミレーラにとっては人生そのもの。


「わかったわ。私は命が尽きるまであなたと一緒にいるわ。その代わり、私を看取ったら、私のことは忘れて楽しく自由に生きてね」

「…………わかった。俺の自由にするよ」




 そんな約束をしたのがつい、最近のことのように思える。

 ミレーラはあっという間に歳老いて、病にも蝕まれてしまった。


「そろそろ、私の寿命は尽きそうだわ」

「ミレーラ。そんなことを言うな。次の世界へ行ったら、良い薬が見つかるかもしれない」


 大魔導士であるラウでも、命を脅かす病は魔法で治せないのだとう。それが自然の摂理なのだとか。

 ここ数年は転移するたびに、彼は薬を探すために奔走している。


「ラウ。寿命を延ばす薬なんて、どこにもないのよ」

「だが、俺という前例がある」

「ラウに永遠の命が与えられたのはきっと、世界がラウを求めているからよ。ラウにとっては過酷な人生となってしまったけれど、おかげで私のいた世界は救われたわ」


 ミレーラが生まれ育った世界をラウが救ってくれなければ、ミレーラはきっと長くは生きていられなかった。

 ミレーラの両親も感謝しているはずだ。いや、娘を連れて逃げた男として恨んでいるかもしれないが。その娘は、ラウに愛され続け、幸せな人生を終えようとしている。


「それなら俺は、ミレーラを求め続ける。世界が俺を望むなら、俺の望みも叶えてくれるだろう?」


 その質問を、慰めの言葉で返すのは、あまりに酷だ。

 ミレーラにはもう本当に、時間が残されていないから。


「ラウ……。愛している……わ……」

「ミレーラ! 俺も愛している! これからもずっと!」


 ミレーラの瞳に最後に映ったのは、泣きながらも笑みを浮かべるラウの姿。ミレーラの顔にぽたぽたと落ちてくる彼の涙。


「だからごめん……。俺も一緒に逝かせてくれ」


 そして彼の、悲しい言葉。


(やめてーーーーーーーーー!!)


 そう叫んだ気がして、ミレーラは心臓をばくばくと波打たせながら目覚めた。


「あれ……。私……」


(生き返った?)


 ラウが死ぬなんていうから、驚いて目覚めたというのか。ぽかんとしながら、ミレーラはラウを見つめた。

 彼もまた、驚きに満ちて言葉を失っている様子。


 けれど、何かが変だ。ラウからは涙が消え去っているし、先ほどまでは服を着ていたはずなのに、今は全裸でミレーラを組み敷いている。


「……巻き戻ったみたいだ」

「え……?」


 意味がわからず辺りを見回してみれば、そこは懐かしい場所。ミレーラが生まれ育った王宮の、ミレーラの部屋だ。まさかと思い腕を確認すると、かさかさに痩せこけていた肌も、潤いを取り戻している。


「もしかして、新婚初夜に……?」

「そうみたいだな」


 状況を理解した二人は、笑いがこみ上げてきた。

 どうやら世界は本当に、ラウの願いを聞き届けたようだ。


「そろそろ転移が始まるはずだ。どうするミレーラ?」


 ラウは遊びにでも誘うような笑みを浮かべる。先ほどまでは泣きながら懇願していたのが嘘のようだ。

 けれどそれだけ、二人の間には信頼関係が築かれている。新たな人生への誘いは、これくらいで十分。


「もちろん行くに決まっているわ。はやく着替えなきゃ、二度も裸を見られるなんてごめんよ」


 慌てて身支度をしようとするミレーラの腕を、ラウが掴む。


「待て。これを忘れるな」


 ミレーラの腕には再び、添い遂げる証がカチャリとはめられた。





お読みくださりありがとうございました!


追記

自分でもびっくりしているのですが、タイトル間違っていました!

✕転生 ○転移

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