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第53話 メイド、ご主人様に怒られる

「ランスロット様……」


 どうしよう。私、どんな顔をしたらいいの?


 私が戸惑っている間に、ランスロット様が目の前にやってきた。

 走ってきてくれたせいか、かなり呼吸が荒い。


「なんでこんな時間に、こんなところにいるんだ」

「……お散歩、です」

「こんな格好でか?」


 ランスロット様は溜息を吐くと、私が羽織っていたサイモンさんの外套を奪った。


「うちのメイドが面倒をかけたな」


 そう言いながら、外套をサイモンさんへ押しつける。

 そして、自分が羽織っていた厚手の外套を肩にかけてくれた。


 さすがは伯爵の服だ。かなり温かい。


「服なら他にもあるだろう。風邪でも引きたいのか?」

「……そうじゃないですけど」

「だったらなんだ?」


 ランスロット様は私を鋭く睨みつけた。


「俺が心配すると思わなかったのか?」


 全く思わなかった、と言えば嘘になる。

 ここへきたのだって、見つけてほしいと心のどこかで願っていたからだ。


「領主様、アリスさんもいろいろと悩んでいたんだと思います」


 黙り込んでしまった私に気を遣ってくれたのか、サイモンさんがそう言った。


「今、俺はアリスと話してるんだ」


 そう言うと、ランスロット様は私の腕を強く引っ張る。


「帰るぞ、アリス」


 私が頷けずにいると、ランスロット様はいきなり私を抱えた。

 しかも、俗に言う、お姫様抱っこというやつである。


「ら、ランスロット様?」


 お姫様抱っこをされたのなんて、子供の時以来だ。

 少しでも動けば落ちてしまいそうだし、顔をあげればすぐ近くにランスロット様の顔があるし、落ち着かない。


 なにより、こんな状況なのにときめいてしまう……!


「アリスさん!」


 ランスロット様が歩き出すより先に、サイモンさんが私の名前を呼んだ。


「僕でよければ、いつでも話くらい聞きますからね!」


 そう言ったサイモンさんは、少しだけランスロット様を挑発しているように見えた。気のせいかもしれないけれど。


 ランスロット様は何も言わないまま歩き出す。

 そして、サイモンさんの姿が見えなくなったあたりで立ち止まった。


「なんで、こんなことしたんだ」

「こんなことって……」

「散歩だとは言わせないからな」


 ぎろり、と睨みつけれ、私は目を伏せた。

 お姫様抱っこで怒られるなんて、なんだか変な気分だ。


「朝起きて、お前がいないことに気づいて、俺がどんな気持ちになったと思う?」

「ランスロット様……」

「ずっと一緒にいると言ったのはお前だろう」


 怒った顔をしているはずなのに、なぜかランスロット様が泣きそうに見える。


 私、酷いことをしたんだわ……。


 レストランの空き部屋で、ランスロット様を抱き締め、ずっと一緒にいると言ったのは私だ。

 それなのに、勝手に一人で悩んで、ランスロット様を不安にさせてしまった。


「お前がいなくなったら、俺はもう生きていけない」


 ランスロット様の言葉に、身体中が熱くなる。

 まるで、全身の血液が沸騰してしまったみたい。


 お前がいないと生きていけない、なんて、これほど強烈な愛の言葉があるだろうか。


「遠慮するなと何度も言っただろう。なのになんで、勝手に出て行くんだ」

「……ごめんなさい」

「謝ってほしいわけじゃない。事情を聞いてるんだ」


 きっともう、素直に話すしかない。


 そもそも私、相手のためを思って身を引くような、そんな健気なタイプじゃないし。


 私らしくないことをしてしまった。

 それくらい、ランスロット様のことが好きだってことなんだけど。


「私、聞いちゃったんです」

「なにを?」

「……ランスロット様の、お見合い話」


 私がそう答えると、ランスロット様は目を丸くした。

 そして、はあ……と深い溜息を吐く。


「お前、ちゃんと最後まで話は聞いたのか?」

「え?」

「見合い話なんて、言われた瞬間に断っただろう」

「……え?」


 ランスロット様が、ゆっくりと私を地面に下ろした。


「ちゃんと聞いてなかったんだな」

「え、あ、えっと、その……」


 そういえば、そうだわ……!

 あれ以上話を聞きたくなくて、急いで部屋に駆け込んだんだもの!


「盗み聞きするなら、ちゃんと最後まで聞け」


 呆れたように言うと、ランスロット様は膝を曲げて目線の高さを合わせてくれた。

 先程までと違い、私を見つめる眼差しはとても柔らかい。


「要するにお前は、俺が見合いをすると思って、不貞腐れていたわけか?」

「不貞腐れてたなんて……」


 うん、その通りかも。

 作り笑顔で誤魔化そうとしたくせに、こうやって朝に屋敷を抜け出したりして。


 自分の行動を思い出して、急に恥ずかしくなってきた。


 ランスロット様のためを思ってだとか、今だけは悲しみに浸りたいだとか、私、勝手に悲劇のヒロインぶってたってこと!?


「アリス」

「か、勘違いしてごめんなさい……!」

「本当にお前は、どうしようもないな」


 ランスロット様はくすっと笑って、私の頭をそっと撫でた。


「お前は本当にどうしようもない。だから……」


 ランスロット様が、ぎゅっと私の手を握った。


「ずっと、俺が傍にいてやらないとな」

「……はい」


 ああもう、私、やっぱりランスロット様が好きだ。

 どんな事情があったって、この人の隣を手放したくない。


 どれだけ高貴な令嬢との見合い話がもちかけられたって、もう悩んだりしないわ。

 だって私が一番可愛くて、一番、ランスロット様が大好きなんだから!


「帰るぞ。ヴァレンティンに、温かいスープでも作ってもらおう」

「はい、ランスロット様!」


 心の底からの笑みを浮かべて、私はランスロット様の手を強く握り返した。

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