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第11話 メイド、ご主人様の生い立ちを知る

 玄関を掃除していると、扉がノックされた。

 ヴァレンティンさんは厨房にいるし、ランスロット様は部屋にいる。


 とりあえず、私が出るのが正解よね?


 ここで働き始めて一ヶ月近く経ったものの、この屋敷を誰かが訪ねてくるのは初めてだ。

 少し緊張しながら扉を開けると、そこに立っていたのは配達員だった。


「サリヴァン伯爵へお手紙です。……貴方は、新しいメイドですか?」

「ええ。一ヶ月ほど前からここで働いています」


 そう答えると、配達員の男は目を大きく見開いた。


「一ヶ月もいた方は見たことがありませんよ。……あ、申し訳ありません、無駄話を」

「いえいえ、ご苦労様です」


 とりあえずにっこりと笑ってみせると、配達員は一瞬でデレデレした顔になった。


 やっぱり普通はこうよね?

 可愛い可愛い私が笑顔を向けたら、デレデレするのが普通よね。


 うんうん、と心の中で頷きながら、配達員から手紙を受け取る。

 配達員は、頭を下げて去っていった。


「それにしても、手紙ね」


 もちろん中身を見ることはできない。裏面と表面を見ても、差出人の名前は書いていなかった。


 誰からなんだろう。

 まさか、女の人だったり……しないよね?


 ランスロット様が連絡をとり合っている女の子がいたら、溺愛されるという私の計画が狂ってしまう。


「おい」


 不意にランスロット様の声が聞こえて、飛び跳ねるように振り向いた。

 私の右手にある手紙を、ランスロット様が睨みつけた。


「ごみだ。捨てておけ」

「え?」

「……いや」


 悩むような素振りを一瞬だけ見せ、ランスロット様は私の手から手紙を奪い取った。

 そしてその場で、手紙をびりびりとやぶる。


「えっ!?」


 私が驚いている間に、ランスロット様は手紙をこまかくやぶり終えてしまった。

 これではもう、手紙を読むことはできない。


 何も言えずにじっとランスロット様を見つめていると、ランスロット様が申し訳なさそうに私を見た。


「悪いな。これは要らない手紙なんだ。捨てておいてくれるか?」


 びりびりになった手紙を、ランスロット様は私の手にのせた。

 破片を落とさないように受け取ると、ランスロット様は頼む、とだけ言い残して立ち去ってしまう。


 これじゃ、さすがに復元なんてできないよね。


 この手紙は捨てるしかなさそうだ。





「あの、ヴァレンティンさん、ちょっといいですか」


 厨房に入り、作業中のヴァレンティンさんに声をかける。

 どうしても、先程の手紙のことが気になって仕方なかったのだ。


「先程手紙が届いたんですが……」


 びりびりになってしまった手紙を見せると、ああ、とヴァレンティンさんは複雑そうな表情で頷いた。


「アリスさん。少しだけ、坊ちゃんの話をしましょうか」

「……いいんですか?」

「ええ。私がそう判断しましたから」


 くすっ、とヴァレンティンさんが笑った。まるで、悪戯が見つかった幼い子供のような笑い方だ。


 私は、ランスロット様のことをほとんど知らない。

 伯爵様と言いながら質素な屋敷に暮らし、使用人も少なく、メイドたちはすぐに嫌がって逃げてしまう。

 それくらいのことしか、私は知らないのだ。


「この手紙は、坊ちゃんのお母上からのものなんです」

「えっ?」


 母親からの手紙? それを、捨ててしまってもいいの?


「こうして時折手紙が届くんですが、坊ちゃんは一度も読もうとはしません」

「……どうして?」

「坊ちゃんは、お母上に捨てられたと思っているからです」


 ヴァレンティンさんがゆっくりと息を吐く。

 私も、心を落ち着かせるために深呼吸した。


「坊ちゃんのお母上は、この国の王女様でした」

「えっ!?」

「ですが、坊ちゃんの父親は、彼女の旦那様ではありません」


 ヴァレンティンさんは俯いて、近くにあった水を一気飲みした。


「当時、婚約者がいたお母上は、他の方との子を身ごもりました。

 お母上はそのことを隠していて、周囲が気づいた時にはもう、産むしかない状態だったのです。

 実際生まれたのが坊ちゃんです。ですが、婚約を控えた王女が他人との子を産んだなど、知られてはいけないことです」


 そうよね。この国のルールや倫理観なんてあんまり分かっていない私でも、それくらいは分かる。

 婚約は破談になるだろうし、未婚で妊娠した王女へのイメージは地に落ちるかもしれない。


「そこで坊ちゃんは、お母上の兄……国王様の、隠し子ということにされました」

「国王様の……」

「ええ。表向き、坊ちゃんは、国王様が娼婦に産ませた子、ということになっています」

「……ご主人様の、本当のお父上は?」


 ヴァレンティンさんはゆっくりと首を横に振った。


「それは誰も知りません。お母上は、相手が誰なのかを喋ることはありませんでした。

 そして国王の隠し子となった坊ちゃんは、辺境のここへおいやられたのです。伯爵なんて名ばかりのものですよ。

 厄介払いのように、跡継ぎがいなかった伯爵家を継がされたのです」


 だからこんなに屋敷は小さくて、伯爵様だというのに、領地だって小さいのね。


「この村も、ほとんど領民たちだけで運営されています。いきなりやってきた坊ちゃんはここの厄介者で、坊ちゃんもそれを分かっているんです」


 ヴァレンティンさんは瞳に涙をためて、じっと私を見つめた。


「私は老いていくだけです。だからせめて私以外にも、坊ちゃんの話し相手が欲しかったんですよ」


 ああ、そうか。

 それが、メイドを探していた本当の理由だったのだ。


 年老いたとはいえ、ヴァレンティンさんは一人で完璧に仕事をこなしている。

 きつくなってきた、というのはきっと建前に過ぎないのだろう。


「だからお願いします、アリスさん。どうか坊ちゃんに、優しくしてあげてください」

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