表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/68

第1話 メイド、転生してもメイドになります

「え……なに、ここ?」


 目を覚ますと、視界に入ったのは見覚えのない茶色い天井だった。

 私が住んでいたマンションは壁も天井も真っ白だったはずだ。


 もしかして、酔っぱらって、誰かの家に泊まっちゃった?

 いやでも、昨日私は、家で一人でお酒を飲んでいたはずだ。外に出てすらいない。


 ゆっくりと起き上がり、私はそこでも違和感に気づいた。

 身体が軽いのである。


 起き上がって、部屋中を見回す。天井だけでなく、部屋の全てに見覚えがない。

 かなり狭い部屋だ。それに薄汚れてもいる。


「しかもなんか、古びてるような……」


 なんとなく、私は部屋の隅にある鏡の前に立った。

 そして鏡に映る自分を見た瞬間、私は大声を上げてしまった。


「え!?」


 鏡に映っていたのは、いつもの私……黒髪ロングで童顔の、25歳には見えない長谷川咲はせがわさきの顔じゃなかった。

 眩い金髪に、透き通った真昼の湖のように青い瞳。

 寝起きの肌はツヤもハリもある。おそらく十代の少女のものだ。


「嘘でしょ……」


 目が覚めたら知らない場所にいて、違う自分になっていました、なんて。


「これ、なんてアニメ……?」


 深夜アニメで何度か見かけたことがある。

 その時はあり得ないと思いつつも、違う世界にいけたら、なんてお酒を飲んで考えたりもしていた。

 でもまさか、あり得ないことが、私の身に起こるなんて。


 これは夢? そうじゃないなら、酔っぱらいの妄想?


 だけど、意識は明瞭だ。物にだって触れる。


「嘘……え、じゃあ、私は何か特別な力が使えたり、悪役令嬢や聖女だったりするの?」


 きょろきょろとあたりを見回す。

 この部屋はあまりにぼろいから、きっと裕福な家ではないのだろう。


 じゃあ、貧しい家に生まれた聖女かしら?


 何も分からないけれど、私には不思議な力があったりするんだろうか。

 手をやたらと動かしてみたり、脳内で魔法を使う想像をしてみる。けれど、何も起こらない。


「おかしいわね……」


 どうなっているのだろう、と首を傾げたところで、部屋の扉がゆっくりと開かれた。

 慌てて扉の方を向くと、涙目になった女性が立っている。

 年はおそらく40歳前後だろう。


「アリス、起きてたのね」

「えっ……あ、う、うん」


 たぶん、この子の母親よね?

 いきなり知らない人相手に、子供として振る舞えるか自信がないんだけど。

 っていうか、アリス? この子、アリスっていう名前なの?


 アリスといえば、私のメイドカフェでの名前である。

 そう、私は、メイドカフェで働いていたのだ。


 大学入学と同時に上京し、一年生の夏から私は秋葉原のメイドカフェ・すうぃ~とふぉ~むかふぇで働き始めた。

 可愛い顔と抜群の愛嬌で人気になった私は、辞め時を見失っていた。


 同世代の子が大学卒業を機に辞めていく中、たいしていい大学に通っていなかった私は、ずるずると就職を先延ばしにしていた。

 そうこうしているうちに人気はどんどん上がり、ますます辞められなくなっていた。というか、辞めたくなくなっていた。


 しかし、どんどん年はとっていく。

 いつまでもメイドカフェで働けるわけじゃない。


 昨日もそれで、十歳くらい下の高校生が入ってきて、むしゃくしゃしてお酒飲んじゃってたのよね……。


「アリス、大丈夫?」

「あ、ごめんなさい、お母さん」


 こんな感じでいいのよね? この人が何も言ってこないから、いいんだと思うんだけれど。


 今のところ、私にはこのアリスという少女の記憶は微塵もない。


「謝るのは私よ。本当にごめんね、アリス」


 ええっと、私はなんで母親に謝られてるの?

 しかも、すごく深刻そうな顔をしているし。


「でもありがとう。貴女のおかげで、おばあちゃんの薬を買ってあげられるわ」


 おばあちゃんの薬?


「でも心配よ。おとなしい貴女を、あのサリヴァン伯爵のところへ働きに行かせるなんて……」


 サリヴァン伯爵? しかも、あの、って言ってたわよね?

 それに結婚でも婚約でもなく、働きに行くの?


「あそこで働き始めたメイドは、次々に辞めていると聞くわ。貴女も本当に辛かったら、逃げ出してきてもいいの。私もおばあちゃんも、貴女が一番大事だから」


 言い終えると、母親は激しく咳き込んだ。

 よく見ると痩せているというよりやつれているし、顔色もあまりよくない。


 もしかしてアリスって子、病弱な母親と病気の祖母と暮らしていたの?

 それで、お金のために、恐ろしい伯爵のところへメイドとして働きに行くことに決めたの?


 なんということだろう。

 せっかく転生したというのに、私はお姫様でも令嬢でも聖女でもなく、とびきりのイケメンと結婚するわけでもない。

 メイドとして働くのだ。


 っていうか……。

 私、転生してもまた、メイドになるの!?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ