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聖女、化けの皮が剥がれ始める(1/1)

「いやあ、まさかこのような辺境に聖女様がおいでくださるとは」

「この栄誉は末代まで語り継いでいきましょう」


 広間中から聞こえてくる大歓迎の声に、ザビーネはすっかりいい気分になっていた。


 ここはミースからずっと離れた場所に位置する土地の名士の城館である。朝から馬車を飛ばしたザビーネは、一夜の宿を求めてこの館に立ち寄ったのだ。


(ここも王都と比べれば随分と田舎ね。料理は大して美味しくないし、城主も流行遅れの服を着てて野暮ったいったらありゃしない。でも、ミースよりはずっとマシだわ)


 聞いていた以上に荒れ果てていたミースに、ザビーネはあっという間に嫌気が差してしまったのだ。おまけに飲んだくれの領主の相手までしなければならないなんて、考えただけでもげんなりしてしまう。


 自分は聖女なのだ。この王国で最も尊い女性。そんな自分が酔っ払いの世話? バカにするのも大概にして欲しい。


 すっかり憤慨してしまったザビーネは、雑用係シャーロットにあとを託して、さっさと余所へ移ることにしたのだった。


(本当にバカな子。こんなことになるのも全部自業自得よ)


 ザビーネは昔から妹が大嫌いだった。ちょっと容姿がいいだけでシャーロットは皆にチヤホヤされていたのだ。だから調子に乗らないように事あるごとにいじめてやったのである。


 だが、ザビーネが妹を嫌っている最大の理由は他にあった。そのことを思うと、苛立ちが止まらなくなる。そして、どうしてもシャーロットを許せないと感じてしまうのだった。


「聖女様、お一つ何かやってみせてくださいな」


 城主が期待を込めた顔で話しかけてくる。ザビーネは「分かったわ」とニコリと笑った。


(聖女歓迎の宴だなんて言っても、集まってる客のほとんどは近くに住んでる農民ね。こんな奴らがあたくしの偉業を目の当たりにするなんて不相応なことだけれど……まあいいでしょう。陽光はあまねく照らす。こいつらも、あたくしの輝きにひれ伏せばいいんだわ)


 天井から花でも降らせてやろうと思い、ザビーネは両手を掲げる。手のひらから魔力が漏れ出る感覚がした。


「さあ、これが聖女の力よ!」


 天井から何かがふよふよと落ちてくる。ザビーネは眉根を寄せた。花にしては随分と大きい。


(……いいえ、違うわ。あれは花じゃない!)


「キシャアァッ!」

「ウキー! キキキキ!」


 奇声を上げて天井から降ってきたのは、ガーゴイルの群れだった。


「いやあ! 助けてぇ!」

「や、やめてくれー!」

「ひいい!」


 ガーゴイルは宴の参加者たちを追い回し、脚で蹴り飛ばしたりシャンデリアにぶら下げたりして遊び始める。中には窓から野外に放り投げられる者もいた。


「聖女様、どうにかしてください!」


 何が起きたのか分からずに口を半開きにしていたザビーネは、助けを求められて我に返った。


(何これ!? どういうことなの!?)


 自分は花を出そうとしたはずだ。それなのに、何故ガーゴイルが現われたのだろう。


(まさか、魔法発動に失敗した? ……あり得ないわ! あたくしは聖女なのよ!)


「ザビーネ様!」


 ガーゴイルの攻撃から逃れようとテーブルの下に隠れた人たちから、必死な声が飛ぶ。ザビーネはイライラしながら、「分かってるわよ!」と返した。


「この醜い魔獣どもが! 消し炭にしてくれるわ!」


 ザビーネは炎魔法を放とうとした。けれど、現われたのは魔炎ではなかった。地面に出現した魔法陣から、上半身が牛の姿をした人型の化け物が召喚されたのだ。


「ミノタウロスだ!」


 悲痛な声が上がる。


 ミノタウロスはガーゴイルには目もくれず、宴の参加者たちに突進していく。悲鳴はますます大きくなり、我先に安全な場所へ逃げようと人々は押し合いへし合いしながらドアへ殺到した。


「なんてことをしてくれたんだ!」


 頬に大きな切り傷を作った城主がザビーネを罵倒する。


「貴様、わざとやったな!? 何が聖女だ、この悪魔が!」


「そうだ! こんな奴が聖女様な訳がない! こいつは聖女様の名をかたる詐欺師だ!」


「汚い奴め! おい皆、この女を囮にしてその隙に逃げるぞ!」


 ザビーネは魔法で動きを封じられ、魔獣たちの群れの中に放り込まれる。ミノタウロスがこちらに向かって突っ込んでくるのを見たザビーネは、必死で術を解いて拘束から逃れようとした。


 けれど、どうしても上手くいかない。そればかりか、骨をカチャカチャ言わせたスケルトンたちがどこからともなく出現する始末だ。


(何よ! 何なのよ、これは!)


 ミノタウロスの体当たりを食らったザビーネは、丸太のようにゴロゴロと床を転がる。口の中いっぱいに血の味が広がっていった。


(あたくしは聖女なのに! それなのに、農民どものかけた幼稚な術も解けないの!?)


 何が起きているのか理解できない。そんな中、頭に浮かんだのは妹のことだった。


 けれど、ザビーネはすぐにそのイメージを振り払う。


(あり得ない。あり得ないわ、これがあの子のせいだなんて! あのバカ女がこのあたくしに楯突くだなんて……! そうよ。きっと原因は他にあるはず……)


 スケルトンに体を持ち上げられ、ザビーネの物思いは断ち切られる。


「ちょっと、何するのよ! 離しなさい! あたくしを誰だと思っているの!?」


 どんなに抵抗してもスケルトンはザビーネを離そうとしない。哀れな聖女が行き着いた先は、城館の裏手にある墓地だった。


 墓石の傍に空っぽの棺が打ち捨てられている。ザビーネはスケルトンが何をしようとしているのか悟って、恐怖で顔を引きつらせた。


 案の定、ザビーネは棺の中に放り込まれる。


「嫌、嫌よ! 出してぇ!」


 声の限りに叫ぶ。棺の蓋が閉められ、外から釘が打ち付けられる音が聞こえてきたのはその直後のことだった。

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