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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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39/50

わたしの大事なものをこんな奴に渡してなるものか!(1/1)

 その日の夜。一日の仕事を終えたバスティアンは、居室のソファーに腰掛けてリンゴジュースの入ったグラスを片手にぼんやりしていた。


(シャーロット様……)


 考えていたのはシャーロットのことだった。


 バスティアンはいつだって暇さえあれば麗しの女神に想いを馳せているが、近頃はそんな言葉では足りないくらいに頭の中はシャーロットのことでいっぱいだった。


(どうやらわたしの恋の病は悪化しているようだな。ああ、シャーロット様……)


 バスティアンはグラスを傾けながら感傷的なため息を吐いた。ジュースの表面に小さなさざ波が立つ。空いた手は無意識の内に首から提げた指輪をいじっていた。


 バスティアンはまだシャーロットにプロポーズできていなかった。彼女に求婚することを考えると足が竦んでしまう。最近はなりを潜めていた自己否定的な側面が息を吹き返しそうになるのだ。


 その反面、シャーロットと将来を誓うなら今しかないような気もしていた。


(最近のシャーロット様は何だか大胆だ。わたしに対していつもより強い愛情を示してくれるようになったというか……)


 腕を組んだことを皮切りに、シャーロットはバスティアンと目が合う度に微笑み、馬車の中ではわざとやっているとしか思えないほど体を密着させてくるようになっていた。


 そんなことが起きる度にバスティアンの胸は高鳴った。だが、彼はそのスキンシップをもっと親密な触れ合いに発展させることはできないでいたのだ。


 バスティアン自身の臆病さもさることながら、原因は主に彼女の元婚約者にある。


(シャーロット様のご様子が変わったのはエドガーが来てからだ。彼の来訪とシャーロット様の態度の変化は何か関係があるのだろうか?)


 例えば、元婚約者に自分の想い人は他にいると暗に示して、早く追い返そうとしているとか。


 もしそうなら、バスティアンが彼女の気持ちを激しい恋情の表れと勘違いして今以上の関係になろうとするのは、見当違いも甚だしいというものだ。


 バスティアンにとって幸いだったのは、シャーロットがエドガーを好いていないということだった。


 シャーロットへの愛に目覚めたエドガーが辺境まで追いかけくる、というのはバスティアンも想像したことのある展開だった。


 もしそうなった場合、二人が顔を合わせた途端にかつての恋心が再燃するのではとバスティアンは恐れていたのだが、そんな心配はしなくてよさそうである。


 エドガーがどれだけ手練手管をろうしてシャーロットを誘惑しようとも、これからも彼女は決して元婚約者にはなびかないだろう。


(あいつも早くそのことに気付いて、さっさとミースから出ていけばいいのに)


 バスティアンやシャーロットだけではなく、ティモやリルもエドガーを全く歓迎していないのだ。


 そんな状況でいつまでも居座るなんて厚顔無恥としか言いようがない。もしバスティアンが彼の立場ならいたたまれなくなって、即日荷物をまとめて帰郷していただろう。


 ドアにノックの音がした。オラフが明日の予定を伝えに来たのかもしれないと思い、バスティアンはジュースを飲みながら「入れ」と言った。


「お邪魔します、兄上」


 朗らかな声と共に入室してきた弟の姿を見て、バスティアンは眉根を寄せた。


「何の用だ、エドガー。一日の終わりに見るのがお前の顔だなんて不愉快だ。早くどこへなりとも行ってしまえ」


「入室を許可したのは兄上でしょう」


 エドガーは澄まし顔で出窓に腰掛けた。兄は決して自分に椅子など勧めないと分かっているのだろう。


「今日の牧場見学、とても楽しかったですよ。ありがとうございます」

「分かったから帰れ」


 エドガーがただ礼を言うためにここへ来たとは思えない。バスティアンは弟の魂胆を見透かそうと金の瞳を酷薄に細めながら、冷たい言葉を口にした。


「あの施設は実に将来性がありますね」


 エドガーはバスティアンの命令を無視した。


「もっと土地を拡張してはいかがでしょう? 魔獣の数もずっと増やすのです。そうすればお聞かせいただいた計画よりもさらなる収益が見込めますよ。……いいえ、そんなことは兄上にはできませんね」


 エドガーはわざとらしく残念そうな顔になった。


「ミースは貧しいのですから。先立つものがあれば事情も違ったのでしょうが……」


「エドガー、何が言いたいんだ」


 バスティアンが問題の核心に切り込む。エドガーがニヤリと笑った。


「兄上、こんな寂れた土地の活用方法をよく思い付きましたね。王族として褒めて遣わしましょう。ですが廃太子の出番はこれで終わりです。ミースは王家に返上してください」


「……何?」


「どうぞご安心を。兄上にはもっと別の住まいが与えられるでしょうから。あなたには雑草のような魂が宿っているようですからね。どこへ行ったってきっと生き延びられますよ」


「待て、何を言っているんだ」


 バスティアンはすっかり困惑していた。


「ミースを王家に返上だと? それは一体……」


 死肉に群がる獣のように貪欲な表情の弟を見て、バスティアンは黙り込んだ。怒りのあまり臓腑が冷たくなる。


(こいつの本音はミースの返還などではない。金の卵を産むこの土地を自分に寄越せと言っているんだ)


 バスティアンがミースの返上に同意したら、恐らくどうにかしてこの土地を自分に移譲させるつもりだったのだろう。そうしてエドガーは己の懐を暖めようとしたのだ。


(浅ましい奴め……)


 バスティアンはもう少しでエドガーに拳を入れるところだった。両手を固く握りしめ、必死に気持ちを落ち着かせる。


(シャーロット様もミースも、こんな奴に渡してなるものか……!)


 バスティアンは、テーブルに置かれたリンゴジュースのグラスを見ているエドガーを睨みつけた。「帰れ」と再び命じる。


「二度とこの土地に足を踏み入れるな。次にわたしの前に現われたら身の安全は保証できないぞ」


「……その決断、後悔しますよ」


「失せろ」


 バスティアンはソファーから立ち上がり、エドガーに向かって魔法を放った。壁に叩きつけられたエドガーはショックを受けたような顔になる。


「兄上……? あなたには魔力がないはずでは……」

「消えろと言っているんだ!」


 バスティアンの剣幕にさしものエドガーも口を閉ざす。そして、何も言わずに退室していった。


「どこまでも不愉快な奴め……」


 バスティアンはリンゴジュースの残りを一気に煽る。グラスを割ってしまいそうなほどに強くテーブルに置くと、寝所へ直行した。

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