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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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領主補佐官のお仕事(1/2)

 徐々に日差しがきつくなり、山間のミースにも夏がやって来た。


 この土地の住民となったシャーロットは、ミース城の来客用の部屋からもっと広い居室へと移った。調度類や衣服も全てバスティアンが用意してくれ、そのどれもが最高の品質を誇る品である。


 だが、その気遣いがシャーロットの頭を悩ませていた。


「ミースの経営状態……思ったよりずっと悪いですね……」


 シャーロットはオーク材の机にずらっと並べた書類を前に唸る。


 ここはミース城に新しく作られた領主補佐官の執務室。つまり、シャーロットの仕事部屋だ。


 補佐官に任命したものの、バスティアンはシャーロットを顎で使う気はさらさらなかったようだ。仕事らしい仕事の依頼をシャーロットはまだ一度もされていなかった。


 しかし、彼女は名ばかりの助手になるつもりなどない。


 上司の命令がないなら、やることは自分で見つけよう。そう張り切り、バスティアンの執事のオラフを呼びつけて、ミースの現状が分かる資料を持ってこさせたのである。


 そしていくつかの書類に目を通した結果、ミースは経済的にすっかり破綻してしまっていると結論付けたのだ。


「どこを見回しても赤字だらけ……。このままでは悪徳商人辺りに目をつけられて、いつか借金の形に土地を乗っ取られてしまいますよ」


「ご心配なく。乗っ取られるほどの価値がミースにあるとも思えません」


 オラフが悲しい現実を指摘する。シャーロットは頭を抱えた。


(バスティアン様は……当然このことを知っていらっしゃるのですよね……)


 積み上げられた借金の山。だというのに、シャーロットには高級品ばかりを買い与えたのか。彼の気前の良さに目眩がしそうだ。


(何とかしないといけませんね……)


 今後は王妃からの寄付金も入ってくるとはいうものの、それだけでは到底間に合わない。この赤字を立て直すには、相当な努力を要するだろう。


「シャーロット様、庭の果樹園に果物狩りに行きませんか?」


 ドアにノックの音がして、晴れやかな顔の領主が登場した。手にはバスケットを抱えている。


「暑い日でも元気をくれそうなブルーベリーがなっていますよ! 今日の昼食はフルーツパーティーにしましょう!」


「バスティアン様……遊んでる場合じゃないですよ」


 シャーロットは暗い顔で言った。


「私、今夜は悪夢を見そうです。このままだとミースはダメになってしまうんですもの。まさに崖っぷちです」


「シャーロット様、ミースはもうとっくに崖下に落ちていますよ」


 バスティアンは苦笑いした。


「ここはこういう土地なんです。豊かさとは無縁の貧しい不毛の地。それを承知でシャーロット様はミースに移ってきてくださったのでしょう?」


「それはそうですが……」


 シャーロットは、バスティアンがかつてミースの経営改善に乗り出して、ことごとく失敗したことを思い出した。


(バスティアン様はすっかりこの土地を見限ってしまっている。だけど私は……)


 まだ新参者だからかもしれないが、何か手は残されているような気がしてならないのだ。諦めるには早いと直感が告げている。


「すみません、バスティアン様。果物狩りはお一人で行ってきてください」


 シャーロットは机の上の資料に視線を落とした。


「私には領主補佐官のお仕事がありますから。ここに置いてもらっている以上、ミースを救うのは私の役目です」


 陽光はあまねく照らす。たとえこんな辺境でも日は昇る。昇らせてみせる。シャーロットはそう決意していたのである。


「シャーロット様……」


 バスティアンは感慨深そうな声を出す。椅子を持ってきて、シャーロットと向かい合う形で事務机の反対側に腰を落ち着けた。


「バスティアン様?」


「あなた一人に重荷を背負わせるわけにはいきません。茨がはびこる苦難の丘を登るなら、わたしも共に。わたしが先に血を流して道を切り開き、あなたの歩む未来を真紅の玉敷で彩りましょう」


「要するに、私のお仕事を手伝ってくださるということですね。ありがとうございます」


「というよりも、これは本来なら領主の役目なので……。……オラフ、果樹園から果物を取ってきてくれ。シャーロット様に新鮮なジュースを差し入れるんだ」


「かしこまりました」


 今まで二人のやり取りを大人しく聞いていたオラフが一礼して退室する。書類を覗き込むふりをして、シャーロットはチラリとバスティアンに視線を遣った。


(バスティアン様はミースの経営には手を付けない方針を貫くと思っていたのに、まさかこんな展開になるとは……)


 シャーロットが思うに、バスティアンが土地の運営を放棄したのは自暴自棄になったからではない。ただ、過去を思い出したくないだけなのだ。


 失敗ばかりしていたダメな領主。運営に携わっているとそんな昔の自分の姿をありありと頭の中に思い浮かべてしまい、憂鬱になってしまうのだろう。


 バスティアンと過ごす内に彼の繊細さや傷付きやすさを理解していたシャーロットは、この想像がそう的外れではないに違いないと思っていた。


(それなのに、バスティアン様はもう一度ミースを立て直す気になってくださった。……やはり、バスティアン様は自信を獲得しつつあるようですね)


 式典でも、彼は母親に向かって思いの丈をぶちまけていた。バスティアンの成長に感嘆したシャーロットの頬が緩む。


「嬉しそうですね。何か事態解決の糸口でもありましたか?」


 書類から目を上げたバスティアンが期待を込めた口調で聞く。シャーロットは「別件です」と首を振った。


「少し楽しい気分になっていたのです。バスティアン様が強くなったところを見られましたから。誰かが幸福になってゆく光景というのは、見ていて気分が和みます」


「自分が幸福になるよりも?」


「え?」


 シャーロットは目を瞬かせた。バスティアンはふう、と息を大きく吐いて、書類を机の上に置く。


「わたしの目にはシャーロット様はいつも頑張りすぎているように見えますから。それに、あなたはとても無欲です。シャーロット様は他人の幸福ばかり考えていないで、少しワガママになってもいいと思いますよ」


「私のワガママなら、バスティアン様はもう充分聞いてくださいましたよ。私に協力して、ザビーネさんの罪を白日の下にさらしてくださったじゃないですか」


「罪人に相応しい罰を与えたいと願うのはワガママとは少し違いますよ。わたしはあなたの心の底からの望みが叶えば良いと思っているのです」


「心の底からの望み……」


 随分と難しいことを言ってくれる。これまで聖女の陰として生き、ワガママなど許されなかったシャーロットには、自分が心の底から望んでいるのは何なのかさっぱり分からなかった。


 けれど、難題に戸惑いながらもシャーロットの胸の中には温かなものが広がっていく。バスティアンが自分の幸せを考えてくれている。その事実がシャーロットの心を揺さぶった。


「ごめんなさい、バスティアン様。私自身が何を望んでいるのか、どんなワガママを言ってみたいのか、今はよく分からないです」


 シャーロットは正直に告白した。


「でも、いつかは理解できるかもしれません。もし本当の望みが分かったら、その時はバスティアン様にもお伝えしますね」


「ええ、ぜひそうしてください。あなたの助けになれるなら、わたしはミースで一番深い湖の底に沈められたって構いません」


 バスティアンは甘い笑みを浮かべた。


 その話題はそれで終了となり、二人の関心はミースの経営改善へと移っていく。


 だが、シャーロットの心の中にはバスティアンの「他人の幸福ばかり考えていないで、少しワガママになってもいいと思いますよ」という言葉が残り続けていた。



 ****



「……困りましたね」


 その日の夜遅く。ようやく書類に一通り目を通し終わったシャーロットは、気疲れを覚えて椅子の背もたれにぐったりと体を預けた。


「領民からの請願書に租税の記録、ミース城の使用人の給与明細……。あらゆる角度から検討しましたが、全く隙がありません。浮かすことのできそうな費用なんてどこにもない……」


 ひとまず節制を心がけて余分な出費を抑えようと思ったシャーロットだったが、書類を読んで分かったことが一つ。それは、懐事情がカツカツのミースには節約できるところなどないということだった。


(かつてバスティアン様が色々な事業に手を出した意味がようやく分かりました……)


 出ていくお金を少なくしようとする焼け石に水としか思えない苦労をするよりも、どうにかして収入を増やす方が手っ取り早い。バスティアンはそう考えたのだろう。


「土地を挙げてお金を稼ぐ手段……何かないでしょうか」


 シャーロットはオラフが用意してくれたポットから飲み物をグラスに注ぎ入れる。爽やかな甘酸っぱさが口いっぱいに広がった。新鮮なフルーツを使ったジュースだ。


「難しい問題ですね」


 バスティアンは苦々しい顔をする。当然だろう。上手い儲け話があるのなら、彼は十年間も苦しい思いをしなくて済んだはずだ。


 シャーロットはジュースの入ったグラスを見つめた。


「果樹園……」


 頭を目まぐるしく回転させる。


「このお城の裏手には果樹園があるんですよね。明日、連れて行ってくれませんか? それから、このお城と城下町以外の場所も見たいです」


「構いませんが……何をなさるつもりなのですか?」


「分かりません。ただ、執務室にこもっているばかりではなく自分の目で土地を見た方が、何かいい案が閃くのではないかと思っただけです」


「なるほど。さすがはシャーロット様。すご腕の領主補佐官なだけはあります」


「すご腕だなんて過大評価ですよ。私、まだ何もしていませんもの」


 そう、シャーロットは「まだ」何もしていない。けれど、いつかは絶対に成し遂げてみせる。この土地を生まれ変わらせるのだ。


 オラフにミースの地図を持ってきてもらい、本日の業務を終了する。その後のシャーロットは明日に備え、早々とベッドに入ることにしたのだった。

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