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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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26/50

帰りましょう、私たちのミースへ(2/2)

「バスティアン!」


 ふと、誰かが廊下を駆ける音が聞こえてきた。シャーロットは瞠目する。


「母上!」


 ドレスのスカートの裾をからげ、脇目も振らずにこちらに走り寄ってきたのは王妃だった。バスティアンは気が動転したような顔になる。


「何をしていらっしゃるのですか! そんなに慌てて、万が一転んだりなどすれば……」


「バスティアン、バスティアン!」


 王妃は息子の忠告など聞こえていないようだった。バスティアンの逞しい体を固く抱きしめる。


「ごめんね、バスティアン! 私、あなたを傷付けるつもりなんてなかったのよ! 本当に、本当にごめんね……!」


 王妃は息子の胸に顔を埋めてすすり泣きを漏らす。


「あなたは私の大事な息子よ。それなのに、あなたをずっと苦しめていたのね。バスティアン……はっきりと自分の気持ちを言ってくれてありがとう。お陰で私、気付いたのよ。魔力が無くったって、あなたは私の誇りだってことに……」


「母上……」


 バスティアンの金の瞳が揺らぐ。唇を噛んで苦悶の表情を作った。


「すみませんでした、あんなことを言って。母上がどれだけわたしを大切に思ってくれているかなんて、ちっとも考えていなくて……。わたし……わたしは……」


「……お姉ちゃん、先に馬車に戻っていましょうか」


 親子の和解に水を差したくなくて、シャーロットはリルと共にその場をあとにしようとした。


 けれど王妃は、「待って」とシャーロットを呼び止める。


「私はあなたにもお礼を言わないといけないわ。さっきの断罪劇は見事だったわよ。あなたの勇気を私も見習わなきゃって思ったほどだったもの」


「そんな……私は王妃様のお手本になるようなことなど何もしていませんよ」


「謙遜はよして」


 意外なセリフにシャーロットは驚いたが、王妃は緩くかぶりを振った。


「シャーロットさんの話を聞いてる内に、あなたと私は何だか似てるって思ったの。あなたは聖女の陰。そして、私は国王の陰なんだから。分かる? 王妃は王を支える存在。だから私は夫が気に入らないことをしてはいけない。そう思っていたのよ」


 王妃は国王の陰。今までシャーロットはそんなふうに考えたことがなかった。この鮮烈な魅力に満ちた人でも誰かの後ろで自分を殺さねばならない時があるだなんて、にわかには信じられない。


「だけど、もうそんなくだらないことを気にするのはやめたわ。私にだって、ある程度は自分のしたいことをする権利があるはずよ。実家の要求を突っぱねたシャーロットさんみたいにね」


 王妃は茶目っ気たっぷりに笑った。息子の頭を撫でる。


「出産が終わったら、私、絶対にミースへ行くわ。どうせなら、あなたのきょうだいたちも一緒にね。宿泊用の部屋、ちゃんと用意しておいてよ?」


「きょうだいたちも連れて……? そんなこと、とても父上のお許しが出るとは思いませんが……」


「出なくたって構わないわ。……ほら、これは約束の証よ」


 王妃は自分の指から指輪を抜き取り、息子の手に握らせた。バスティアンはあからさまに狼狽える。


「母上……いけませんよ。これは母上が父上と結婚する時にいただいたものでしょう。そんな大事な品は受け取れません」


「大事な品だからあなたにあげるのよ。愛の証として与えられた指輪。私と夫を繋ぐ煌めく架け橋。それが今度は息子が母をたぐり寄せるよすがとなるの。この指輪の円環を見てみなさいよ。まるで不滅のえにしを象徴しているようじゃないの」


 バスティアンの大げさで詩的な物言いは、どうやら母親譲りだったらしい。似たもの親子だと思ってシャーロットは微笑ましい気分になった。


(それにしても……私が王妃様にこんな決断をさせてしまうなんて……)


 自分の勇気が誰かの心を動かしたのだと思うと、何だか誇らしかった。


 王の不興を買うような振る舞いは王妃としては失格かもしれないが、彼女の母としての意志の強さにシャーロットは胸を打たれる。自分もこんな肉親が欲しかった、と羨ましくなってしまった。


「バスティアン様、いただいておきましょうよ」


 シャーロットは指輪を握るバスティアンの手に自分の手のひらを重ねた。


「ザビーネさんが私に贈ったのは最低のプレゼントでしたが、あなたがいただいたのは最高の贈り物なんですもの。誰かの愛が感じられる品って素敵じゃありませんか」


「そうだよ。もらっときなよ、バスティアン。これで装飾品を買うお金が浮いたじゃん! 貧乏領主なんだから節約しないとね」


「お姉ちゃん……勝手なことを言って……」


 バスティアンは気恥ずかしそうだった。節約、と聞いてシャーロットはあることを思い付く。どうせだからちょっぴり図々しくなってみようと、自分らしくない気持ちが湧いて出てきた。


「王妃様、このドレス、いりませんか?」


 シャーロットはスカートを軽く持ち上げた。


「バスティアン様が奮発して用意してくれたんですけど、私が……ミースの補佐官が着るにはあまりに贅沢な品なんです。ですから、良い値段で買ってくれる方を探していて」


「バスティアン……。あなた、苦労してるのね。自分のパートナーに着るものの一つも買ってあげられないなんて……」


 王妃は同情たっぷりな声を出す。


「分かったわ。その服は言い値で買いましょう。それから、来月から毎月ミースへ寄付もしていくわ。そんなにたくさんは無理かもしれないけど、ないよりはマシでしょう」


「やったね、バスティアン! これで厩舎のガタガタの扉と雨漏りが直せるよ!」


「……お気遣いありがとうございます、母上」


 バスティアンは穴があったら入りたそうな顔をしていたが、羞恥を誤魔化すように咳払いをして母に向き直る。


「では、この指輪はありがたくちょうだいいたします。ミースにいらっしゃる日を楽しみに待っていますね」


 王妃の表情が明るくなる。彼女はもう一度息子に抱きついた。


 こうして決別と再会の入り交じった王城での一日は終わった。シャーロットたちは揃ってバイコーンが引く馬車に乗り込む。


「さて、今度こそ帰りましょうか」

「出発進行!」

「目指せミース、ですね」


 車内に晴れやかな声が響き渡る。一行の帰路が終始明るい笑顔に満ちたものになったことは言うまでもない。

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