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聖女の陰として生きてきた私が、廃太子と幸せになるまで  作者: 三羽高明@『廃城』電子書籍化


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17/50

お姉ちゃんは邪神様(2/3)

「何してるんですか! ケガしますよ! 危ないから降りてきてください!」

「平気だって」


 と言いつつも、少女は「よいしょ」と屋根から身を躍らせる。シャーロットはまっ青になって「きゃああ!」と悲鳴を上げたが、少女は華麗にバルコニーの上に着地してみせた。


「あなた、大げさすぎ」


 少女はニィッと笑って室内へ入り、ベッドに横になった。夕焼け色の髪が、白いシーツにふんわりと広がる。


「やっぱり寝具で寝るのって最高。固い地面とは大違い」

「地面?」

「アタシ、山の洞窟に住んでるんだ」


 どうやらシャーロットの推測は当たっていたらしい。バスティアンは「人の住むところではない」と言っていたけれど、そんなこともなかったようだ。


「あの、私、あなたに聞きたいことが……」

「これでしょう?」


 少女の突然の出現にまだ戸惑う気持ちはあったものの、シャーロットは本題に入ろうとした。


 すると、こちらの言いたいことを察したように、少女はスカートのポケットから青い石がついたペンダント取り出す。シャーロットがあげたものだ。


「やっぱり、まだ持っていたんですね!」


 シャーロットは胸をなで下ろした。


「一度あげたのにこんなことを言うのは忍びないのですが、どうしてもそれがいるのです。どうか返していただけませんか? もちろんタダでとは言いません。すぐには用意できませんが、謝礼は必ずお支払いしますから……」


「嘘吐かないでよ」


 少女が身を起こす。ペンダント放って寄越してきたので、シャーロットは慌てて両手で受け止めた。


「そんなものじゃ、アタシを止められないって分かったんでしょう? 人間って皆そうだよね。自分勝手っていうかさ。そっちがその気なら、アタシにも考えがあるけど?」


 宿泊室の床に巨大な魔法陣が出現する。そこから現われたのは、真っ黒な体毛を持つ血のように赤い目をした犬だった。その口からは炎が吹き出している。


(ヘルハウンド……!)


 ヘルハウンドは魔獣の一種。非常に凶暴な性格をしており、爪や牙であらゆるものを引き裂くとされていた。


「あなたのことは好きだったんだけどな」


 少女の青い目が冷酷に光る。


「悪いけど、アタシが生き延びるために死んでちょうだい」


 ヘルハウンドがシャーロットに向かって飛びかかってくる。シャーロットは魔法で盾を出現させようとしたが、不発に終わった。


「……っ!」


 ヘルハウンドに弾き飛ばされ、シャーロットは壁に叩きつけられた。一瞬息ができなくなり、床に崩れ落ちる。ペンダントが手から滑り落ちた。


「ごめんね、痛いよね」


 ヘルハウンドを引き連れながら、少女が近づいてくる。


「すぐに楽にしてあげる。大丈夫、皆も一緒だから。アタシを殺そうとしてるこのお城の他の人たちも、すぐにあなたのところへ送ってあげるよ」


 ヘルハウンドがシャーロットの喉笛に噛みつこうとした。その時、ドアが勢いよく開かれる。


「シャーロット様、今悲鳴が……ヘルハウンド!?」


 シャーロットの胸元に前足を乗せて動きを封じている魔獣を見て、バスティアンが目を丸くした。同時に、彼の金の瞳が少女の姿を捉える。


「君は……どうしてここに?」

「バスティアン様、逃げて!」


 シャーロットは必死になって叫んだ。


「この子、バスティアン様のことも殺すつもりです!」

「まあ、そういうわけだから食べられちゃってよ。……彼女の次にね」


 ヘルハウンドが大口を開けてシャーロットの頭をかじり取ろうとした。バスティアンが「シャーロット様!」と叫び、ヘルハウンドに体当たりを食らわす。


「グルル……」


 よろめいたヘルハウンドは床に倒れそうになったが、すぐに体勢を立て直した。残忍そうな声で鳴き、バスティアンに飛びつこうとする。


「やめて!」


 シャーロットが叫んだ。その途端、ヘルハウンドが見えない壁にぶち当たったかのように弾き飛ばされる。少女が舌打ちした。


「魔法障壁か……。……いいよ。あなたの魔法とアタシの魔獣、どっちが強いか力比べといこうじゃない」


 ヘルハウンドが見えない壁に向かって突進してくる。シャーロットは意識を集中させた。


「キャイン!」


 全ては一瞬の出来事だった。ヘルハウンドが魔法の鎖でがんじがらめになり、床を転がる。シャーロットの魔法が魔獣を捕縛したのだ。


「そんな……! アタシの魔獣が負けるなんて……ふがっ!」


 少女が床に押し倒される。彼女を拘束したのはバスティアンだった。馬乗りになり、四肢を使って少女の自由を奪っている。


 その手には、宿泊室の果物カゴに入れてあったナイフが握られていた。バスティアンはナイフの切っ先を、少女の細い首に真っ直ぐに向けている。


「これ以上妙な真似をしてみろ。わたしは躊躇いなく君の首を落とすぞ。もっとも、その状態では何もできないかもしれないが」


 少女の口には、シャーロットが取り落としたペンダントが押し込まれていた。


「ふが……ふがっ……!」

「何故シャーロット様を殺そうとした。答えろ」


 ペンダントを少女の首に押し当てながらバスティアンが尋ねる。気丈なことに震えもせず、少女は「アタシの命を守るためだよ!」と返した。


「アタシは何にもしてないのに! それなのに、アタシを殺そうとするから……!」

「何の話だ」


 バスティアンは困惑していた。シャーロットは少女の傍らに膝をつく。


「私はあなたのことをどうにかしようなんて思っていませんよ。あなたを捜していたのは、ただペンダントを返して欲しかったからです」


「嘘はいいよ」


 少女は頑固に言い放った。


「でも、ペンダントが欲しいのは本当かな? それ、貴重なものだもんね。すごく珍しい術がかけてあるから」


「これが何か分かるのか!?」


 バスティアンがペンダントと少女を交互に見た。少女は「当たり前でしょ」と返す。


「特殊な魔法は隠匿しにくいもん。時には、気配だけでどんな術が使われてるのか分かっちゃうんだよ。そのペンダントには、持ち主の魔力を吸い取る力があるんでしょう? ……え、知らなかったの?」


 バスティアンとシャーロットが顔を見合わせたものだから、少女は戸惑うような声を出す。


「そのペンダントで力を奪って、アタシを無力化しようとしたんじゃないの?」

「違う。どうしてわたしたちがそんなことをする必要があるんだ」


 バスティアンがこちらをチラチラと見る。シャーロットは拳をギュッと握りしめた。


(お姉様……やっぱり私を……)


 シャーロットの中で強固に築き上げられていた完璧な聖女のイメージは、もはや跡形もなく消し飛んでいた。ザビーネは自分を利用した。妹から魔法を奪い、奴隷に仕立て上げたのだ。


「どうしてアタシの力を奪おうとしたかって……それは、アタシの能力が厄介だからでしょう?」


 いきなり顔色が悪くなったシャーロットが気になるのか、少女がこちらを見つめる。


「あなたたち、アタシが魔獣を呼び寄せるのが気に食わなかったんじゃないの? だから、このペンダントで力を封じようとしたんでしょう? でも、やっぱりそれだけじゃ足りないって思って、全ての元凶であるアタシを殺そうと……」


「してませんよ」


 シャーロットは幽霊のように力なく立ち上がった。


「バスティアン様、その子を解放してあげましょう。心配なら少しの間、どこかに閉じ込めておいてもいいですが、命まで取ることはありません。何か誤解があったようですもの。事情を説明すれば、きっと分かってくれますよ」


「事情って?」


 少女が目を瞬かせる。


「あなたたち、アタシが邪神だから倒そうとしたんじゃないの?」

「……邪神?」


 意外な言葉に、これ以上は応対する気力も無いと思っていたシャーロットの食指が動く。


「邪神とはどういうことですか?」

「どうもこうも、そのままの意味だけど」


 少女が眉根を寄せる。


「アタシはこの国に住まう神の一柱、リル。でも、皆は邪神って呼ぶの」

「待て。君が神? まだほんの子どもじゃないか」

「子どもじゃないよ。少なくとも、あなたよりは年上!」


 リルが頬を膨らませた。バスティアンはポカンとする。


「何だか信じられない話だが……君が悪しき神だなんて……」

「バスティアン様、神様にいいも悪いもありませんよ」


 シャーロットは再びリルの傍に膝をついた。姉のことはあとで考えるとして、ひとまずはこの少女を何とかした方がよさそうだと思い直したのだ。


「人の都合で、勝手にいい神様と悪い神様に分けているだけです。本来神というのは、全て尊い存在なのですから……」


「ふーん。よく分かってるじゃない。あなた、人間にしては見所があるね」


「私は教会に勤めていますからね」


 シャーロットが小さく頷く。


「この国には多神教の文化が根付いていますもの。神様にも色々いるんです。あなたのような、少女の姿をした神がいたっておかしくはありませんよ」


「じゃあ、人間の下敷きにされてる神様がいても変じゃないってことだね」


 リルが皮肉たっぷりに言った。シャーロットはリルを拘束するバスティアンに、「どいてあげてください」と頼む。


「わたしにはどうも信じられませんが……」


 バスティアンは渋々ながら、シャーロットの言葉に従った。それでも、警戒心は残っているらしく、果物ナイフは手放さない。

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