綴り字の追憶
在りし日の机の上には
書斎にも学校にも
役場にも銀行にも
郵便局にもアトリエにも
ペンとインクが置いてあった
英字にはGペン
製図には丸ペン
事務にはカブラペン
帳簿つけにはスクールペン
カリグラフィーにはラウンドペン
まぶたを閉じれば
枯れ草のような匂いとともに
利き手やカフスを汚しながら
ペンを走らせた記憶がよみがえる
インクの色も黒だけではなかった
星空のようなブルーブラック
深緑のようなリーフグリーン
夕焼けのようなバーミリオン
葡萄酒のようなスカーレット
あせた写真のようなチャコールブラウン
船底型のブロッターで
余分なインクを吸い取り
湿らせた海綿でペン先を拭き
キュッとインク壺の蓋を閉めて
ようやくひと仕事終わるのであった