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3話:俺と雇用契約してプロサブマッチャーになれ

(……うううう〜。お腹が、お腹が痛い……!)


 ギリギリギリ、とマティアスは16という年齢に見合わない胃痛に襲われていた。

 教室の自席に着いた彼は、誰とも目を合わせないよう視線を下へ向けている。

 とにかく地味に、とにかく静かに、このまま消え行ってしまうのではないかというくらい存在感を薄くしようと必死だった。というのも……。


「「「「じ〜〜……」」」」

(ひぃ〜!? みんな僕に興味津々だよぉ!?)


 分かるのだ。周囲のクラスメイト全員が自分に好奇の視線を注いでいることが。

 今現在、担任の存在によって教室には秩序が保たれているが、いなくなった途端にあっけなく決壊するだろう。そうなったら、自分は殺到するクラスメイトに質問攻めという名の蹂躙に遭うのである。

 そう予感したマティアスは恐れと緊張で、元々小さい身体をさらに縮こませてしまうのであった。



 デスティという男がサバイブ・マッチとやらの終了宣言をした後に、マティアスはようやく解放された。

 ただそれは、余りにも遅かった。

 なにせデスティはダルコ学園の全校生徒の前で、マティアスがダーリックホエールの死体をバラバラにしたことを大々的に暴露してしまったのだから。


 これが非常に不味かった。

 マティアスはそれまで、自分が変身魔法使いであることや千変万化流の使い手であることを他者に話した事がないのである。

 クラスメイトにとって今までのマティアス・リーヴィングというは、背格好が平均より小さめで、大人しめのごく普通の男子生徒でしかなかったのだ。


 今回の件で、そのイメージが完全に覆ってしまった。

 ワイバーンの姿に変身していたところは見られていない(というより人間の目で捉えられない)にせよ、大型の魔物をバラバラにできる何かしらの手段を会得していると、クラスメイトたちに知られてしまったのである。


 平和な時代を生きる今の人々にとって平和とは尊いものではあるものの、悪くいえば刺激やスリルがとても少ない生活を送っているということでもある。

 そんな中、降って湧いたマティアスという『刺激』は、クラスメイトたちの興味を唆るに相応しい。

 知りたい、聞いてみたい、一体何をしたのだ、いつも絵ばかり描いている地味なこの少年は、一体どんな力をもっているのか? そう、知らずにはいられなかった。


(ううう……このままだとみんなに質問攻めにされて、何もかも話すことになっちゃうよ……!?)


 そしてマティアスはというと、口が硬い方ではない――というより、質問攻めにされるなんてこととは今まで無縁だった故に、話すべきではないことまで話してしまう事を恐れていたのであった。


(千変万化流の事はまだ良いとして……体質(・・)の事だけは知られたくない……!)


「マティアス君。マティアス君? 特典を受け取りに来てくださいね」

「ひゃ、ひゃい!」


 担任に名前を呼ばれ、マティアスは慌てて席から立ち上がる。

 ちなみに今、教室では教師から生徒へ『特典』なるものが配布される最中であった。

 そういえば最後あたりにそんなことをデスティさんが言っていたような気がしてたっけ、などと思いながらマティアスは教卓まで足を進めると。


「せ、先生。コレ、中身お金です……?」

「お金ですね」


 じゃらっ、と小気味の良い金属音を奏でる小さな布袋を渡されて、マティアスは顔を引き攣らせる。

 中身は見ていないものの、学生が持つには充分そうな金額が入っていそうだった。

 

「い、頂いていいお金なんでしょうか……?」

「先ほどはありがとうございますね。どうやったのかはよく分かりませんでしたが、あの競技を君がクリアしてくれたお陰で、担任である私も思わぬボーナスが入りました」

「質問に答えてくださいよぅ!?」


 何という事でしょう。どうやら教師陣はすでにデスティに買収されているようではございませんか。

 規律正しかった筈の担任の先生も、すっかり欲望に満たされた笑顔でお礼を言うものだから、マティアスは背筋に寒気すら覚えてしまうのであった。


(というか、特典ってこのお金を全校生徒に配ってるの……!? デスティさんって、一体……!?)


 このお金といい、始業式を乗っ取った事といい、自分はとんでもない人物と関わってしまったのではないか……マティアスは不安と疑問で心をいっぱいにしつつ、特典を受け取って席へと戻る。


 そうして次々とクラスメイト達が特典を手にして、全員に行き渡った辺りで――。


「はい、これで全員ですね。それでは朝のホームルームを終わりますので、皆さんは暫くのあいだ休憩されていいですよ」

(ひぃ!? ついに来ちゃったぁ!?)


 朝のホームルームという名の現金受け渡しが終了し、担任の先生は教室から出ていってしまう。


「えっと……それじゃあ僕今日急いでるから――

「マティアス!」「マティアス君!」「ちょっと聞きたいんだけどー!」

――ひえぇぇ!?」


 マティアスは穏便かつ早急に帰ろうとしたが、無意味だった。

 クラスメイトたちがすぐさま駆け寄る。教室の外に張り付いていた他クラスの生徒(ホームルームを途中で抜け出したらしい)も突入してくる。そのままなだれ込む勢いで、周囲の人間がマティアスへ押しかけてきて。


「――――へ?」


 そして、なによりも真っ先に。

 ぐわし、と。胴体に何かが巻かれる感覚。

 マティアスは見た。自分の体に巻き付いているものを。

 骨だ。白く連々(れんれん)と繋がった、魔物の尻尾の骨。


(なに、これ。というか)

 

 ぐい、と凄まじい力でマティアスは引っ張られる。


(僕、窓の外に、引っ張られ――!?)


 身体は浮き、いつの間にやら開いていた、窓の外――それも廊下側ではなく、屋外の方へと引っ張り出されて。


「カッハッハッハァ! 悪いな野次馬共! マティアス(コイツ)は俺が頂いた!!!」

「ひええええええ!!?」


 窓の外から高らかな笑い声が響き渡る。

 魔物の尻尾の骨をロープのように扱い学校の外壁に張り付いたデスティが、マティアスを奪取したのだった。


「でっ、デスティさん!!? ていうか、ここ3階……!? おち、落ちるっ!?」

「落ちた所でオメーは怪我しねーだろ」


 骨の尻尾で簀巻きにされたマティアスを脇に抱えながら、こともな気にいうデスティ。

 デスティの手を見てみるとマティアスに巻き付いた骨の尻尾がもう一本握られており、その先は学校の壁面、それもマティアスの教室の上側に突き刺さっていた。

 どうやら骨の尻尾をロープのように使って、学校の壁面を崖登りの如く上がってきたらしい。


「ようやく校庭の整備が終わったんでな、スカウトに来た!」

「えっ、何のはなっ……〜〜〜!!?」


 一体全体どういう話なのだとマティアスは聞きたかったのだが、言葉を最後まで口に出すことはできない。

 話す暇もなく、自分の要件だけ伝えたデスティは颯爽と降下する。

 心の準備もできてないマティアスは、されるがままに連れ去られる。


「「「ま、マティアスが誘拐されたー!!?」」」


 クラスメイト達の、慌てふためいた叫び声のみがその場に取り残されるのであった……。



「っくっくっく。今日は午前中だけの授業、って話だからなぁ。ちょうどよかったぜ、食堂で食いながら話すってのも悪くねぇ」


 そうしてマティアスが連れ去られた場所といえば、香ばしい匂いが漂う食堂であった。

 昼時にも差し掛からない、そもそも今日は食堂が開く日でもないからか、他の生徒が通りがかる気配は全くない。

 だがよく考えて欲しい、食堂が開く日でもないのに、香ばしい匂いが漂うものなのだろうか?


「あの、どうして午前中しか学校ないのに食堂が開いてるんでしょうか……?」

「そりゃあ俺が「マティアスくんのためにどうか開けてください」と食堂のマダム達に頼み込んだお陰だな」

 

 デスティが調理場の方へ手を向けると、そこにはせっせと調理師たちが料理を作っていた。

 耳を澄ましてみると、声もちらほら聞こえてくる。


「もっと料理を作るのよ!」「作れば作るだけボーナスがもらえるわ!」「頑張ればお給料10倍だって夢じゃない!」「デスティ様バンザイ!」


 とても、とても労働意欲に満ち満ちた、気合の入った声であった。


「多分違う……絶対ちがう……お金で解決してるよ……!」


 思わず小声でぽつりとつぶやくマティアス、しかし呟いたところで何かできるわけでもなく。

 デスティとマティアスはテーブルに向かい合って座ると、すぐさま料理が運ばれて来た。普段は生徒が取りに行くルールなのに。しかもどう見ても食堂のメニューに無い豪華な料理が。


「まあ食えよ。きっとうめーぞ?」

「確かに美味しそうですけど不自然すぎて凄い怖いです!?」

「今回のサバイブ・マッチМVPのマティアスクンをもてなすんだ、これぐれーはしないとな。それにまだ『賞金』の方も渡してなかったし――」

「ひええ何ですかその重たそうなカバン!? な、なんで僕なんかもてなすんです!?」

「そりゃあ、競技で素晴らしい成果を出した選手に対して相応の報酬は必要だ。要らなくとも受け取ってもらうぜ」


 教室で渡された小袋とは比べ物にならないほど重量感溢れるカバンを渡されそうになり、小市民なマティアスは大いにビビりまくる。

 料理はとても美味しそうに見えても、これではとても食事が喉を通りそうにない。


「そんな、賞金なんて本当に要らないです。料理だっていら『ぐぎゅるるるる』………………ちょっと頂いてもいいですか?」

「食え食え」


 前言撤回、食事はちゃんと喉を通りそうであった。千変万化流の技はお腹が空くのである。


====


「そもそも僕、あのサバイブ・マッチ? っていうのに参加するつもりなんてなかったし、アレも魔物の死体を本物と見間違えちゃって、誰かが危ない目に遭わないようにってよく見ずに突っ込んじゃったってだけなんですよ……」

(……まさか軽く平らげるとは、3人前はあった気がするが。しかもまだ余裕がありそうだなコイツ)


 マティアスはひとまずテーブルの上にある食べ物を速攻で片付けて、マティアス達は会話を再開した。

 心なしか驚いている様にもみえるデスティに向かって、マティアスは丁重に賞金の受け取りを断ろうとする。


 自分では管理できそうにもない大金を持たされる事が恐ろしいのもあるし、単純にデスティが信用できないという事情もあった。

 始業式を乗っ取ってまでサバイブ・マッチなるものを行い、そうとは知らずに乱入してきたマティアスに対し異常なまでに好意的で、ほぼ初対面で多額の金銭を渡してくるような男である。信用しろという方が難しかった。

 

「っくっく、簡単に金にゃ釣られねーか。ますます気に入ったぜ」

「金額の大きさが怖いんですよっ、絶対学生が手にしちゃいけないお金ですって!」

「そうか? 相場的にはこんなもんだが……。まあいいか、それなら先に本題に入らせてもらうか」


 このまま賞金について問答した所で進展はないと思ったのか、デスティはひょい、とマティアスの方へ一枚の紙切れを投げ渡した。

 マティアスはテーブルを伝ったその紙を手に取ると、そこに書いてあることをそのまま読み上げる。


「『サバイブ・マッチ振興委員会、総会長、デスティナ・ズゥ・ハーク』……」

「俺の肩書きだ。改めて自己紹介するぜ。俺はデスティ、死霊魔法使い(ネクロマンサー)だ。『サバイブ・マッチ』っつー競技を考案し、興行として立ち上げて、全世界に広めてる真っ最中でもある」


「サバイブ・マッチ。略称サブマッチってのは形式が色々あるんだが、基本原則は『死体人形(したいにんぎょう)標的ターゲットと見立て、選手(プレイヤー)が自分の力を使ってどれだけ破壊したかを競う』。そして観客は観て楽しむもよし、どの選手が最も良い成績を出すかで金を賭けるもよし」


「このサブマッチを広めてく一方で、俺はこの競技に相応しい選手――サブマッチャーも探してる。今朝のサブマッチもオメーみたいな奴を探すデモンストレーションだったってわけだ」

「僕みたいなやつ?」

「変身魔法とそれに伴う攻撃。明らかに威力は過剰だ。どうみても100年前の魔物が跋扈する時代に使われた、魔物の軍勢相手を想定した武術だな?」

「っ!?」


 デスティの言葉に、マティアスはどきりとする。

 今朝の一瞬を見ただけで、千変万化流がどういう武術なのかを見抜かれていたのだ。


「俺はそういう力を持った奴を探してる。今の平和な世界じゃ使いどころなんて無いって言われてるが、俺はサバイブ・マッチという興行の中で、そいつらが力を振るって生きていける場所を創りたい」


「そこで、だ。マティアス。お前その力で食っていきたくねーか?」

「僕の、力で?」

「ああ。お前の力なら間違いなくプロのサブマッチャーになれる。サバイブ・マッチのトップに君臨して、この世界に力の存在価値を叩きつけてやろーぜ!」


 デスティはマティアスを指さして、力強く言い放つ。


 魔物の大群を屠るための力、平和な今の時代を築き上げ、そして不要となってしまった力。

 千変万化流もそうした力の一つだった。時代に取り残され、一生振るわれることもなく、マティアスの代で途絶える。

 だがデスティは、サバイブ・マッチという競技の世界で、その力を使わないかと勧誘しにきたのだった。


 それはまさしく、千変万化流を活かすための、千載一遇の出会い。

 その問いにマティアスはというと――



(あわわわわ……!? ぷっ、プロ!? サブマッチャー!?!? えっ、僕、まだ学生なんですけど!?!?)


 ――内心大いに動揺しまくっていた。

 仕方のない事である、マティアスの中の常識では、学園を卒業してから就職というのが通常なのだから。

 突然よく知らない競技にスカウトされたのでプロになります、などと即答できるわけがなかった。



「ちょ、ちょっと、待って下さい、突然すぎて何が何だか――」

「あーっ! ようやく見つけマシターッ!」


 デスティの勧誘にマティアスは待ったをかけようとしたその瞬間、とてもよく通る声が食堂の入り口から発せられた。

 結構な声量だったので、思わずマティアスは驚き口をつぐみ、デスティは訝しげに後ろを振り向いて、2人は声を発した人物の方へ視線を向ける

 そこには女生徒がいた。長い金髪をポニーテールで結び、くるっとした朱色の瞳に、健康的な肌色と大人顔負けのスタイルが溌剌とした印象を与える、そのような女生徒だった。


「オメーは……?」

「え、ガーネットさん?」


 同じクラスメイトであるマティアスは、どうしてここに彼女が来たのだろうか? という疑問を浮かべつつ、その名前を呟いた。

 ガーネット・トウニー。一年前に外国から入学してきた生徒で、学校内でもかなりの有名人である。主にその容姿が人気という理由であるが。

 そんな彼女はこちらを見つけるなり、ドタバタと椅子やテーブルを飛び越えて、最短距離で詰め寄って来た。


「デスティナ・ズゥ・ハークさんデスヨネ!?」

「おう、そうだが。……何のようだ?」


 デスティの横に立ち、びしり、と人差し指を突きつけるガーネット。

 どうやら彼女はデスティに用事があるらしかった。

 マティアスは2人は知り合いなのかなと思ったものの、一方のデスティは眉をひそめていて、どうにもそう見えない。

 学校の人気者である彼女が、デスティというサバイブ・マッチの伝道者に何の用事があるのだろうか?



「やり直しデスッ! 今朝のサブマッチのっ、やり直しを求めマスッ!!!」

「「……やり直し?」」


 予想外も予想外の言葉に、デスティとマティアスは揃って首を傾げる。

 サバイブ・マッチ。その第二幕が、早くも上がろうとしていた。

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