2話:急転直下のニューフェイス
「ただいま! 母さん悪いんだけど僕の部屋から学校の荷物を取って来てくれない? この姿だと家に入れなくて――」
「きゃあああああ!? ワイバァァンよぉぉぉぉ!!??」
「僕だよ僕!? マティアスだよ!?」
道場から家へとひとっ飛びで一度帰ったマティアスを迎えたのは、母の新鮮な悲鳴であった。
腰を抜かした母に対し、マティアスは呆れ半分、驚き半分で自身が今ワイバーンに変身していることを訴える。
「ま、マティアス……! もうびっくりさせないで!」
「もう10年以上千変万化流やってるのに、いつになったら慣れてくれるのさ……」
「慣れるわけないでしょ見た目は完全にワイバーンなんだからっ!」
母の言う通り、マティアスは今、全身をワイバーンの姿に変身させている。その出来はまさに本物そのもので、もし仮にワイバーンの群れに混ざったとしても判別が不可能な程にはリアルで恐ろしい風貌だ。
しかもワイバーンは人間を食べる怪物なのである、そんなのがドアからこんにちはすれば、慣れる慣れない以前に驚かない方が異常なのであった。
マティアスの家は人の少ない田舎にあり、壁で囲われた裏口にマティアスが着陸したためバレていないが、もし他に人が見ていたら大騒ぎになっていただろう。
「うっ、それはごめんなさい。それで、僕の部屋から荷物を」
「はいはい、新学期早々から遅刻は嫌だものね。でも今度からは早く鍛錬を切り上げなさい」
「はーい……」
実際は寝過ごしてしまったせいで遅刻しそうになっているのだが、どちらにせよ自己管理が出来てないが故の失敗なので、マティアスはただ反省するのみであった。
「や、マティアス。おはよう」
「あ、おはよう父さん」
そうして母は家の中へ戻っていくのと入れ替えに、今度は父親が現れる。
どうやら食事中だったらしく、父は手にパンを持っていた。
「はい、鍛錬終わりで小腹が空いただろ? コレを食べときなさい」
「ありがとう父さん、あむっ」
父はパンを一切れ差し出してくれた。
鍛錬の前に朝食はとっていたのだが、父の言う通り小腹が空いていたので、マティアスはありがたく、ワイバーンの大口でパンを一飲みする。
「ふふふ、まるでワイバーンを餌付けしてるみたいだ。……さてマティアス、母さんの言う通りだよ、お前が千変万化流が好きなのは知ってる。でも、だからって学業を疎かにしてはいけない」
「……それは、そうだけど」
父はワイバーン姿に驚かないものの、食べ物をくれるついでに説教もついてきた。
とはいえやっぱりマティアスの落ち度であるため、ここでも何も言えない。
じいちゃんがいればちょっとはフォローしてくれるのになぁ、と思わなくもなかったが、今はもういない人を当てにしてもどうしようもないのであった。
「あら、アナタも出てきたのね。ほらマティアス。荷物はコレよね?」
「うん、ありがとう母さん」
「一応確認だけど、お昼のお弁当はいらないのよね?」
「要らないよ! 始業式だからお昼までには終わるから! それじゃあ行ってきます!」
両親が行ってらっしゃいと返した瞬間、突風と共にワイバーンの姿をしたマティアスははるか上空へと飛び立っていった。
ぶわあっ、と巻き上がる風に吹かれながら、両親は2人つぶやく。
「バレないようにね――ってもう遅いわよね。はぁ、マティアスの千変万化流好きには困ったものだわ……」
「全くだ。あまりのめり込みすぎるのも良くない。体と精神を鍛えるのは良いことだが、それで食っていけるわけでもなし……」
父と母のため息が虚しく響く。
魔物を倒すための力が、生きる為に必須だった時代はとっくの昔。
今や生きるのに必要なのは学や商売といったモノであるというのに、いまだに武術に心血を注ぐマティアスは、両親にとって不安の種であった。
「ひぃぃぃ遅刻しちゃうー!?」
両親とのやりとりでさらに時間を浪費し、さらに追い込まれたマティアスは、情けない声を上げながらワイバーン姿で空を飛んでいた。
本来であれば街中で魔法を使うのは御法度なのだが、超高高度を飛ぶマティアスは地上から見ればもはや点にしか見えておらず、誰に見つかったところでバレることはない。
「公園の木に突っ込んで降りて、人に戻って学校に――いやいや! 多分それでも遅刻だ! 人の姿に戻ってなんていられないよー!?」
故にマティアスは見つかるという心配はさほどしておらず、どのようにして遅刻せずに登校するかだけを悩んでいた。
遅刻しそうになること自体は初めてではないし、うまく隠れながら元の姿に戻れる場所も把握しているのだが、今回はその手でも時間が足りないほどである。普段なら既に教室内で座っている時間なのだ。
「こっ、こうなったら、学校に直で降りるしかないっ!」
そう言うわけで、マティアスは学校へ直接降下という賭けに打って出ることにした。
(校庭に目に見えない速度で落下して、着陸直前に砂を巻き上げる。砂煙で何も見えない中なら変身して元に戻る所は誰にも見られない……筈!)
マティアスは眼下にある街――ダルコの街から、自分の通う学校に焦点を合わせる。
人には点の様にしか見えなくとも、ワイバーンの視力を持つ今のマティアスなら目的地を見定めることができた。
その視界の中で、校庭を見定める。
ワイバーンの視力であってもややぼんやりとだが、落下地点と定めた校庭の中心には何もないように見える。少なくとも人はおらず地面しか存在していない。つまり今なら派手に落下しても誰も巻き込まない。
「いきます! 千変万化流、飛竜型。狗天直下――ッ!」
ぐぐぐ、とワイバーンの肉体を思いっきり縮こませ、頭を下へと向ける。翼を小さく折りたたみ余計な揚力を減らしたその姿は、まるで巨大な矢尻だ。
そうして重力に従うままに、マティアスは校庭目掛けて落下を開始する。
(……あれ? なにか……?)
加速していく視界の中、ワイバーンの視力を以て感じた違和感。
(人がいる……? いや)
校庭に人がいる事自体は想定済みだ。数人いたところで、落下地点に居なければ砂埃に塗れる程度の被害で済む。
違和感を感じたのは、数と位置だ。
(校庭で、何か、してる……?)
人がやたら多い、遅刻しそうな数人がいるというレベルではない、集団がワラワラと存在している。
それなのに、校庭の中央部分は穴が空いたように誰も居なかった。
まるで、生徒たちがわざと校庭中央に何もないスペースを作ろうとして、並んでいるかのような状態だった。
(降下に支障はない、けど、なんで? あんな不自然に中心だけに人がいない? まさか、僕が降りてくる事に気付いて――)
異様な光景にマティアスは、一瞬降下を中止しようと思考したが。
次の瞬間。
学校の校庭、不自然に開けた中央部分に、妙な黒色と緑色の混ざった閃光が迸って。
光の中から真っ白な肉塊が、濁流のように吹き上がった。
「え、は? えーーーっ!?」
その光景の何もかもを信じられず、マティアスは止まることさえ忘れてただ叫ぶ。
光と共に吹き上がる肉塊は、もごもごと膨れ上がり、絶えず脈動と変形を繰り返し、数秒としないうちに一つの形を作り出していく。
(なになになになにっ!!? 嘘っ、魔物!?)
その肉塊は魔物の形をとっていた。
巨大な体躯だ、マティアスが落下地点と定めた場所は、周囲に被害を出さぬよう相応に広い場所だったのだが、その全てがソレに埋められてしまうほどに。
真白い皮膚だ、しかし優しい色合いに反して、岩盤の如く厚く硬いのだとマティアスは聞かされていた。
太い四肢と大口は、いずれもその巨体を支え、維持するため。大地を踏み締め、一度に多くのモノを噛み砕くために存在するものだ。
その魔物の名は、ダーリックホエール。四足を有する肉食のクジラ型魔物である。
だが、それはあまりにも不自然であった。
魔物は確かに恐ろしい存在だが、生き物であるからだ。
生き物は、何もないところから現れはしない、ましてや肉塊が組み合わさって生まれ出ることなどあり得ない。
「なん、で」
目の前の光景に、マティアスは困惑で思考が埋め尽くされる寸前に――
『殺せ』
――祖父の教えを、思い出した。
『魔物見つけたら迷わず殺せ。周囲に人がいるならなお速く殺せ。人が殺される前に真っ先に殺せ』
この教えを以て。不自然極まりないこの状況における、マティアスの取る行動は決定した。
魔物がいる。周囲にはそれを囲うように人がいる。そして自分は武道者だ。ならば答えは単純にしてただ一つ。
(殺す。誰かが殺される前に僕が殺す!)
全身に硬く力を込めて、より速く更に速く落下を敢行する。
ワイバーンは、竜種の中では最も小さな魔物である。
ブレスを吐くこともなく、腕は翼と一体化している。
しかしそれは他の竜種と比較して弱いとは、決して言わない。
力に劣る分、より高く飛べる。体躯に劣る分、より速く飛べる。
そして身体の頑健さは、他の竜種と変わらない。
それ故に、ワイバーンによる超高高度からの激突は。
「狗天直下・貫突」
小隕石の直撃に匹敵する。
爆音と共にダーリックホエールの肉体が弾けて飛び散った。
マティアスの落下は正確に心臓を狙ったものだが、あまりにも過剰な威力に身体の隅々は破壊され、その体躯をバラバラの肉片に変えてしまった。
(殺った……!)
巻き上がる肉片の中心に落ちたマティアスは、目標の殺害を確信する。
落ち着くような、はしゃぎ出してしまいそうな、不思議な感覚が胸の奥から湧き上がってくる。
無理もなかった。マティアスは人生で初めて、魔物を相手に正しく技を振るうことができたのだから。
(って、興奮してる場合じゃないっ。速く戻らないと、肉片が飛び散ってる今のうちに!)
とはいえ、いつまでも達成感に浸っている場合ではなかった。
魔物は葬ったが、この校庭には何故か人が集まっており、マティアスは焦りに焦る。
マティアスは学友たちに変身魔法を使えることや、千変万化流の後継者であることを隠していた。
別に魔法や武道を収めることが、違法という訳ではない。
ただ話してしまうことで、自分の特殊な『体質』まで知られるのを恐れていたのだ。
(大丈夫、変身する瞬間は見えない。万が一見られてても、普通はわかんないし……!)
幸いにもダーリックホエールの肉片が、計画当初の砂煙と同じように周囲の目線を遮ってくれている。いまなら人に戻ってどさくさ紛れに人混みに隠れてしまえば、自分が何をしたかはバレないはず。
ワイバーンの姿が一瞬消え去って、マティアスは人の姿に戻る。
あとは降り注ぐ肉片を避けながら、適当な人混みへ駆け出そうとして。
「オイお前。名前は?」
「えっ?」
走る前に、腕を掴まれた。
マティアスの背筋に冷たいものが走る。
接近する気配を気づけなかった事もあるが、何より掴んだ相手の風貌に怯んだのだ。
(ひぃ!? こ、こわっ!? 誰なのこの人っ!?)
マティアスと同じ制服に身を包んだその男は、すらりと背が高く、短い白髪の短髪を逆立てて、ドラゴンの如き鋭く大きな翠緑色の瞳をこちらに向け、魔獣のように歯を剥き出しにした笑みを浮かべている。
本当に同じ学生なのか? 本当にマティアスと同じ人間なのか? 2人を並べたらそう疑問に思える程に、小動物的な雰囲気を持つマティアスと全く逆。
正に、悪魔的容姿としか言いようがない見た目をしていた。
マティアスが内心震え上がっていると、その男は更に言葉を続ける。
「っくっくっく……。見えたぞ。俺が精製したダーリックホエールの死体人形を、ワイバーンが一瞬でぶっ壊したのも、そのワイバーンの姿がお前に変わったのも。オメー変身魔法使いだな?」
「え!? あ、あの、あのっ。だ、誰にも言わないで……」
「悪い様にするつもりは一切ないから、名前教えろ。じゃないと俺が困る」
「な、名前ですか?」
「ちなみに俺はデスティ。本名はデスティナ・ズゥ・ハークだ。ほら言え名前! いち、に、さん、ハイ!」
「まっ、マティアスです。マティアス・リーヴィング」
マティアスか。覚えた。とデスティと名乗るその男は心底愉快そうに笑みを深めた。
マティアスはデスティの言う事の半分も理解できていなかったものの「もしかして僕、悪魔に本名を教えちゃった的なマズイ事をしてしまったのでは……?」とだけは思っていた。全ては遅かったが。
何にせよ腕は掴まれたままなので、マティアスは逃げることができないのだ。
「あの、そろそろ離して貰えませんか?」
「離す? そりゃまだ無理だ」
「うえっ!? こ、困りますっ! 僕、速く逃げなくちゃ……」
「勝者には相応しい勝鬨を上げて貰わなきゃ、盛り上がらねーだろ?」
「何を言って――」
変身をしていないマティアスは非力で、とてもデスティの腕を振り払う事はできない。かといって変身するとデスティに怪我をさせてしまうかもしれない。どうする事もできず、アレコレと言い合っているうちに、飛び散っていた肉片が一つ残らず消え去ってしまった。
そうして視界が晴れて、マティアスは周囲がどんな状況なのか、ようやく知る事となる。
校庭には大勢の人がいた。彼らは、規律正しく並ぶように、あるいは――校庭の中心部を観戦するために、並んで立つなり、座るなりしていた。
マティアスが初めに感じた違和感は、間違いではなかったのだ。
視線、視線、視線。馴染みのある生徒先生の視線が、全て校庭の中心にいるマティアスとデスティに注がれている。
彼らは皆一様に、危機感や緊張感というものは皆無で、ただ突然の事に何が起きたかわかっていないような表情をしていた。
「なに……この状況……?」
「あの魔物は俺が死霊魔法で精製した死体だ。壊れりゃはじめから消えるようにしてあるんだよ。――さて!」
「わっ!?」
デスティは掛け声と共に、マティアスを掴んだ腕を天へ高く振り上げた。
それはまるで、勝者を称えるが如き動作だった。
そうしてデスティは何処からともなく拡声器(音響拡大の魔法陣を施した棒状のマジックアイテム)を取り出して、観衆に向けて思い切り叫ぶ。
「お待たせしたな観衆共!!! 始業式乗っ取り形式で行われた今回の『サバイブ・マッチ』!! 難攻不落の最終種目が! たった今! 一瞬で! 天より現れたスーパールーキーがクリアした!!!」
「聞いて驚け!!! スーパールーキーはこのマティアス・リーヴィング!!! 『ダーリックホエール解体タイムアタック』の最速記録を! 超・大幅・更新だぁぁぁぁ!!!」
「「「「うおおおおおおおおおおおっ!!?」」」」
「どひゃぁ!?」
「おい、マティアス。オメーも勝鬨あげろ。うおーって」
「へ? は、はい。……お、おー!」
「わあああああああ!!!」「何したんだマティアス!」「全然見えなかったけどすげえ音したぞー!!」
「わひゃぁ!?」
腹の底から轟く大歓声が観客から発せられる。マティアスはデスティに腕を天に突き上げられたまま、叩きつけられる熱量に困惑するしかないのであった。
「これにて今回のサバイブ・マッチの全種目を終了する! 喜びやがれ! 最終種目クリアで観衆共含め全員に特典をプレゼントだ!! っくっくっく……カーッハッハッハッハァ!!!」
(な、何が起きてるの!? 僕、何をしちゃったのーーー!!?)
こうして千変万化流のマティアス・リーヴィングは、文字通り『サバイブ・マッチ』の世界に飛び込んでいった。
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サバイブ・マッチ、それは力が死にゆく時代に生まれた、力を生かすための競技。
――即ちこれは、先なき力の『先を創る』物語である。
読了の為時間を割いていただき、誠にありがとうございます。次話は明日投稿予定です。感想や評価していただきますと励みとなります。




