1話:昔々を夢に見る
第一部完結まで、毎日更新します。
「襲撃だ! 魔物が大群で攻めてきたぞぉぉーっ!」
「いやあああっ!」
暗雲立ち込める空の下、ダルコの街に人々の悲鳴が響き渡る。
人類世界の平和は、今まさに崩壊の最中にあった。
討滅したはずの、人類種の天敵――魔物によって。
おおよそ80年前、平和を生み出すために討滅したはずのソレは、突如として再び姿を現したのだ。
「にげろ! 逃げるんだー!」
「みなさん「壁」へ! 壁の内側まで逃げてください!」
「俺の店が! 俺たちの街が……! ちくしょう! また壁の内側に引きこもるなんてっ……!」
数も種類もごまんとある恐るべき敵対者の牙から逃れるため、人々は壁と呼ばれる要塞へと逃げ出すほかなかった。
壁とはまだ魔物が蹂躙跋扈していた時代に、人々が身を守るために築き上げた大防壁だった。「もう2度と使われることがありませんように」という人々の願いは虚しくも破られてしまったのだ!
「誰か! 戦えるものは居ないのか! 誰かー!」
「無理だ! 大戦から何年経ってると思ってんだ! 生きててもみんな老いぼればっかりだぞ!」
憲兵の呼びかけに答える人間は居ない。
平和に現を抜かした人類は、平和を切り開くために使われた技術、力をすっかり衰えさせてしまったからだ。
かつて魔物と戦い抜いた猛者たちはもはや耄碌し、技術や力を継いだところで生きるための糧には出来ない。そのような社会を形作った人類への罰の如く、魔物は人々を一方的に蹂躙していく。
「皆さん逃げて! 壁へ……危ないっ!」
「きゃああぁぁっ!」
一軒家を超える程の大きさのサソリ型魔物が、少女を今まさに捕えんとしていた。
1人の憲兵が咄嗟に少女と魔物の間に割って入る。
「逃げろっ! うわああ!」
すかさず銃弾を放つも、硬い甲殻には傷一つつけられない。
少女よりも量の多いエサだと認識したらしいその魔物は、振り上げたハサミでたちまち衛兵をつまみあげた。
「たす、たすけ……っ!」
彼が今まさに魔物の口へと放り込まれんとした、その時である。
「助けますッッ!!!」
その衛兵は見た。1人の少年が空から降ってくる様を。
続けて、その少年の腕から先が一瞬消失し、そこから巨大な竜の頭が生えてくるのを。
ズゴン、と地面が爆発するかのような鈍い轟音が鳴り響く。
竜の頭と化した少年の腕が、落下と同時に魔物を噛み砕く音だった。
「大丈夫ですか!」
「うわっ!? え、あ。たっ、助かった……!?」
空中に放り出された衛兵は、少年によって受け止められる。
自身が助かったと安心するのも束の間、衛兵は目を白黒とさせた。
先程まで竜の咢と化していた少年の腕が、いつの間にか人の腕に戻っていたからだ。
「今、何が、さっき君の腕、ドラゴンの頭に?」
「僕は千変万化流後継者のマティアスといいます。魔物たちは任せて、あなたは住民の避難を!」
「千変万化流……っ! 変身魔法の使い手が生き残っていたのか! わかった! 頼む、この国を救ってくれ……!」
「当然です!」
衛兵と別れた少年――マティアスは、魔物の群れへと駆け出していく。
そんな彼に追従する人影が、もう一つ。
「マティアス! もたもたしておる場合ではないぞっ!」
「じいちゃ……師匠っ!」
その老人は駆けながら、両腕を夥しい数の、節くれだった黒い尻尾――マンティコアの毒尾に変身させて、次々と魔物達を刺し貫いていた。
道着を身に纏うその老人こそ、マティアスの祖父にして千変万化流3代目当主、オジンである。
「お前に千変万化流の全てを叩き込んだのはこの日のため! その力存分にふるい、再び魔物を撃滅し人類の平和を切り開くのだ!」
「押忍ッ!!!」
師弟は僅かな会話を交わし、2人で並び立つ。
目の前には魔物の大軍勢、常人なら絶望的な光景であっても、千変万化流にとっては絶好の機会だ。
「いくぞ魔物たち! これより先は千変万化流、マティアス・リーヴィングが相手だっ!!!」
マティアスは見栄を切り、魔物に真っ向から立ち向かおうと――
――ごちん、と側頭部に鈍い衝撃が走るのを。マティアスは感じた。
「うにゃ……あいてて……て?」
目を覚ましたマティアスは、自分が正座の姿勢から崩れて横倒しになっていることに、暫く気づけなかった。
「……あっ、夢かぁ」
いつもと変わらない千変万化流道場の空気を吸う。
そうして、自分が今しがた見ていたのは夢だと気づいた。
夜が明ける前から早起きして道場で鍛錬を終え、体力を消耗した結果、睡魔に負けて船を漕いでいたのだった。
「ふあぁ、そうだよね。あんなの夢に決まってるよ。魔物とかもう居ないし……じいちゃんも、もう居ないし」
マティアスは道場の上座を見上げた、そこには顔に傷がある老人の絵が飾ってある。
礼儀作法に厳しくもうるさく、しかし優しかった祖父はほんの数年前に亡くなっている。
「それにしても、なんというか、なんて恥ずかしい夢……」
夢の中でバッタバッタと魔物をなぎ倒し、人々を危機から救うヒーローとなっていた自分を思い出し、マティアスは一人顔を赤くする。
心の底では自分はあんな感じで目立ちたいのだろうか、などとマティアスは考えていると……。
「……ああああっ!? が、学校は!? 今何時だっけ!?」
今日は平日で、学校があって、よりによって始業式の日であることを思い出した。
「あわわわわ、ギリギリかも……!」
外から差し込む光は明るく、太陽も登って時間が立っているように見える。
流石に初日で遅刻はあまりにもマズイと、マティアスは焦りに焦った。
「じいちゃん! 鍛錬お疲れ様でしたっ!」
パンっ、パンっ、と大急ぎで祖父の写真に向かって柏手を打つ。
どんなに急いでいようと、礼に始まり礼に終わるという、千変万化流の基本の「き」だけは忘れずに済ませておきたかった。
そうして礼を済ませ鍛錬を終了とし、更衣室で道着を学生服へと着替える。
「早く帰らなきゃ――あっ、山を戻してない」
更衣室から出たマティアスは、道場の外にある山の方へ目を向けた。
山の麓にあるこの道場は、弓の鍛錬場に似ていて、常に外へ開けた構造をしている。
弓の鍛錬場と違う点を挙げるならば、開けた先には芝生がひかれた射場や的が存在せず、ゴツゴツとした地面と、鍛錬を始める前であれば、突き当りには岩山の斜面が存在していた。
「〜〜っいいや、山は学校から帰ったら元に戻そう!」
マティアスは道場中央に備え付けられた、山を再生するための時間遡行魔法陣を踏んで起動すること無く、一旦放置しておこうと決める。
――道場の外、山があったはずのそこは、今は何も無くなっている。
焼け溶けた跡と、冷えて固まり黒くなった黒い地平が広がっているだけで、そこに山があった形跡は、どこにもなくなっていた。
これは、マティアスが日々の鍛錬として千変万化流の技を岩山にぶつけた結果である。
「それじゃあ、じいちゃん! 行ってきます!」
マティアスは祖父へ挨拶をすると、意識を全て内側へと向けた。
学校へいく前に、一度家へ帰る必要がある。
学校も家もどちらにせよ距離が遠い、なので、速く移動するために変身しなければ。
マティアスは想像をしていた。想像こそが彼が会得している千変万化流において、最も肝要となるものだから。
それは空で最も速い魔物だ――硬い鱗に包まれていた――人より大きい肉体を持ち――その体躯より巨大な翼で空を飛び回っていた――
「千変万化流、全身変形、飛竜」
――そしてそれは強大なる竜の血族である。それこそが、自分なのだ。
マティアスの全身が、ほんのわずかな一瞬だけ消えて見えた。
そう思った次の瞬間に、そこに居たのは青い鱗に包まれた飛竜が入れ替わるように出現している。
マティアスの想像通りの大空の支配者が、翼をはためかせて道場から飛び去って行ったのだった。
千変万化流、それは変身魔法使いと呼ばれる者たちが、魔物の大軍を掃討するため生み出した武術である。
矮小な人間の肉体ではなく、あらゆる魔物の肉体を魔法により模倣構築し、人間の合理によって武術的動作を執り行い、魔物以上にその肉体を使いこなす。
だが、千変万化流は途絶える寸前だった。
祖父は流派を受け継いだ三代目で、マティアスはたった一人の弟子。
他に門下生はおらず、祖父とマティアス以外で流派を学んだものは連絡が途絶えて久しい。
なにより、技の使いどころが無かった。
人間相手には殺傷能力が高すぎた、それどころか多くの人間も巻き込んで殺してしまうほどに。
そして、技を振るうべき相手――魔物は、もういない。少なくとも、人類の脅威にならない程に減らした。減らし過ぎてしまった。
とてもありふれていて、よくある事情だ。
魔物を打倒し、平和な時代を築き上げるために生み出された力の多くが、この平和の時代において不必要とされ、消え去っていく。
今の世界は、そういう時代であった。
そして。この日マティアスは。
千変万化流の流派を以て、大興行を成し遂げることとなる。




