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彼の不得手、あたしの得手




矛盾が体を満たす。


書きつつ、「どうして、ここに書けることを相手にもっと強く言えなかったんだろう」と悔いても仕方のない胸の奥にある重さを吐き出していく。


書かないと、その重さに耐えられなくなる気がしたのかもしれない。


次の荷物の場所を空けるために、先にあるものをレンタルスペースに置いておく。


イメージするなら、それが一番わかりやすかった。


とはいえ、吐き出しているものは汚物に近い。


毒をぺっぺぺっぺと唾を吐くように、同じ後悔をも重ねて吐くことになっても、その場所を失くすことは出来なかった。


読み返せばその時の自分を見つめることになっても、何度となく読み返していた。


――痛みを伴うのに。


平気じゃないその行為を、無意識で選択していたようだった。


担当医にその方法は、本来一人じゃやりませんと言われてフリーズした。


実際に自分がやった方法は一人で、けれど自分の中の感覚では自分であって自分じゃない数人と行っていた認識があって。


プラスで、そのブログ以前に知り合っていた執筆仲間がブログを読んで何かと声をかけてくれ、やりとりをする中で吐き出したことを深く理解していくことになった。


吐き出した本人が見つけられなかった小さな綻びに、第三者ならば気づけるんだと知る。


仲間からも何度か問われたことがあって、それと同じことをある日の診察で問いかけられた。


その話に至る前に補足する話が一つあって、睡眠を奪いまくったその元旦那は現在障害者になっている。


理由は、離れて暮らすようになって一年が経過した頃に、当時従事していた業務の作業準備中に高所から落下。


そして、左半身に麻痺部分を抱えることとなった。


損傷したのは右の脳。


一部がつぶれて脳内出血もあり、そのまま放置していたら他の脳を圧迫して、死ぬ確率と(生き延びても)障害の度合いが高くなる状態だと告げられた。


“手術をしなければならない”


その言葉が、ひどく重い。


会社経由であたしにと手術の同意確認の連絡が入り、損傷した部分が部分だけに迷っている暇はないと説得される。


当時の彼は両親とはほぼ絶縁状態で、その時にあたしとは籍を抜いていた。けど、元・妻だろうが唯一同意を頼める相手として、連絡が来た。


あたしがダメなら子どもの誰かにしか同意を求められない状態。


子どもになんて本来求められないでしょう。二十歳になっていようがいまいが。


どこに行こうが、彼はあたしと縁が切れないのか? と担当医の説明を聞きながら唇を噛んだ。


そうして、一瞬の躊躇いはあったものの手術に同意。


労災案件だというのも手術を同意した理由の一つになる。


そうして、数時間の手術を終えた彼。


一時は亡くなるかもしれないと言われ、術後には意識が戻らないかもしれないと言われ。


意識が戻った後には、話せないかもしれないと言われ。


舌の動きが鈍く、飲み込みに問題があるかもしれないので胃に直接流動食を流し込むための手術が必要になるかもしれないと言われ。


食べられるようになってからは、歩けるかどうかわからないと言われ。


歩けるようになった後には、階段は上がるのが厳しいかもしれないですと言われ。


入浴も完全に介助付きかもしれない話も出て。


そんな予想を順番に覆すほどの回復を見せつけていった彼。


冗談抜きに、●キブリ並みの生命力と思った。


病院関係者は、いっちゃ悪いが動揺して困惑してもいた。


それまで診てきた患者たちとは違う生き物みたいで、こうなる確率が……と簡単に言えなくなってしまった。


生きることに特化型の、変わった生き物。


生きていたらどうにかなるもんだからと過去に彼が口にしていたことだけは、珍しく有言実行していた。


こっちがアレコレやめてとお願いしたことは、有言実行してきた試しがなかったくせに。


最終的に彼の手術やそれに伴う入院、そして各種手続き、障害者となった際の諸々の申請を会社とあたしとでこなしていった。


関わらずにすむのなら、関わりたくはなかったのが本音。


けれど、彼が在籍していた会社へと声掛けしてくれた知人は、あたしも知り合いで。


「親とほぼ縁を切っている状態の瀕死の人を、何の手続きもなしに手術は出来ないし、サポートもしなければならないでしょ? 俺ならそんな人でなしなこと出来ないけどね」と詰るように頼んできた。


彼のことをまだ父親だと思っている子どもたちを思うと、自分の感情だけを優先出来ない。


特に手術に関しては同意しなきゃ自分も目覚めが悪そうだと思ったこともあり、他にも順次必要なことをやれる範囲で協力した。


結果、約一年ほど常に何かしらの手続きやどこかと電話をして交渉をする状態は続き、その間のあたし自身の心身は疲労困憊といっても過言ではなかった。


特にメンタルの方が常に張りつめた糸みたいで、いつプツンと切れてもおかしくなかったと思う。


自分がそんな状態になりながらも、彼に関わらずにすむ未来のために必死になっていた。


おまけで、彼がちゃんと生きているというのが好ましい……程度には考えていたんだ。


自分のことのすべてを後回しにして過ごす日々。


なんでこんな思いをしながらしなきゃいけないんだと自問自答を繰り返しては、これが今後に活かされるためにと歯を食いしばった。


時には話せるようになった彼からの電話に、心臓がバクついてめまいを感じたって、電話の後に過呼吸を起こしそうになったって。


自分がやらなきゃ、まもなく社会人の長女に負担が行くかもしれないということも不安だった。


そうするわけにはいかない。


自分ですら抱えきれない荷物を、今の子どもたちには抱えさせられない。


年齢的なことと、自分のことだけで精いっぱいの子どもたちに甘えるなんて、自分をきっと許せなくなるだろうとも思えたからだ。


いつか子どもたちに甘える日が訪れるとしても、それは今じゃないと。


必死に一日一日を積み重ねすべてをクリアーしていく中で、それまでとは違った人脈を拡げていく。


コミュ障の彼にはきっと出来ない。


もしも彼が普通に立ち回れたとしても、ここまではやりきれないままで途中で放置する可能性もあった。


「あーもー、なんでこんなめんどくさい下準備とか連絡を前もってとかあるのさ」


何かしらと関わる回数を極力減らしたい彼が、よく漏らしていた言葉だ。


「でもね」


あたしは彼にこう言ってきた。


「いらない準備なんてないんだから」


各方面への根回し。無駄なんじゃないの? と言われそうな回数の電話での確認。


各方面だから、似たようなことをいろんな人に問いかけて、確かめて、漏れがないようにと積み重ねていくものを増やしていく。


その中で得られる信頼というモノが、どれだけその後の自分を救ってくれることか。


困った時に頼れる場所を、自分自身で開拓していく。


その重要さに何故気づけない? と何度も思った。


不器用にしか生きられないのなら、尚更、人脈という力が必要なのに。


一つでも多く。広く。長期に渡って。


彼に必要だからしてきたことだけど、自分の心身をギリギリまで削りながらやっておいて、自分に何一つ得がないのは癪だった。


ならば、何か得てやろうと踏ん張った。


それだけの話――。


打算といえば打算だ。


目に見えないものとはいえ、財産になるものを彼本人が知らないうちにもらおうとしている。


自分のためにやっているんだという、打算。


そう認識しながらやっていても、どうしても泣けて仕方がないことが少なくはなかった。


気持ちが何度も右へ左へと、揺れに揺れた。


上げて落とされたこともたくさん。


彼の元々の性格か、脳の損傷の影響か。


無機質な機械から聞こえてくる彼の言葉の中には、事故前と変わらず無遠慮にあたしの傷口を抉るものが多かった。


吐き出すことで、相手がどう感じるかなんて躊躇った形跡なんかないような言葉。


そこにどんな形でも“情”はないと思いながら、その場は聞き流して曖昧な相槌を打った。


後からそれらの言葉が、時差かよ! とつっこみたくなるようなタイミングで胸に何度も刺さることを知りながら。


彼で満たされた毎日だった。


いない日がなかった。


そうして眠れない夜が増えていく。




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