矛盾だらけの日常と環境
あたし?
他の、誰か?
ふと思いついて、かたわらにあったメモとペンを手にする。
見た目→×
Hの回数→×
ケンカ後のフォロー→×
趣味→△
嗜好→……〇
考え方→×
コミュニケーション→仕事中以外は×
声→くやしいけど〇
センス→〇
パーツ→手は〇
「んー……」
特に後半が性癖丸出しじゃないか。
というか、本当に彼のことを見ていたのかあやしくなってきた。
彼に自分を見て理解してほしがっておきながら、自分も彼を見てこれていたのかわからないじゃないか。
こんなにもあやふやな関係の人と、20年以上もつながっていたの? あたし。
それで、眠れると思っていたの?
「やっぱ、彼はいなくてもいいってことかな。いなくてもどうにかなることばかり〇ついてるし」
なんてボヤきながら、メモを閉じる。
あたしの中にいる誰かは、彼のいいところを見つけられていたのかな。
「あの男の、一体どこに?」
チョコを口に放り、眉間にしわを寄せる。
どこに? と自分へ問いかけてみたのに、答えが見つけられる気がしないのだ。
寝れずに体調を崩した嫁よりも、自分がその時その瞬間に吐き出したい欲求が優先の男。
こっちは40度近い熱があるのに、用事を頼んでくる男。
女を100人斬りしたと豪語したけれど、100人イかせたわけじゃないだろうから、斬っただけの通り魔みたいな男。
実際、あたし自身だって相性が良かったとは思ってないし。
100人斬っただけで、ちゃんと女の躰を熟知していたわけでもなさそうだった。
(女は気持ちよくなると弛緩しがちなのに、ずっと締めつけていないとこっちが悪いみたいな物言いになったしな)
気を使うような行為をしている時点で、彼とは相性が悪かったのだろう。
ただ、濡らすことが出来ただけ。
それも、あたしへの扱い方にブチ切れたクレームをつけて以降、ようやく中まで潤うほどに触れるようになってからの話。
「体が繋がってさ、気持ちよくなってさ。心身ともに満たされたなら、その疲労感ですら心地いい眠りのキッカケになるはずだったのにね」
なんてぼやいても、誰かに届くわけでもないのに呟かずにはいられなかった。
電気ケトルでお湯を沸かしつつ、コーヒーの準備をして。
スプーンでコーヒーを掬いながら、あれやこれやを思い出して苦笑いする。
彼があたしに与えてくれた環境は、決してあたしに優しい場所ではなかった。
(それは間違いないな)
マグカップにサラサラとこぼれ落ちていくコーヒー。
彼との今までのことも、目の前で美味しそうに湯気を立てるもののように簡単に溶かして飲み干して。
何もなかったようにできたらいいのに。
けれど、それは体内に取り込んで、自分の一部にしちゃうということにもなる。
「…………矛盾」
ぽつり呟き、マグカップを手にした。
基本的に砂糖もミルクも入れずに、コーヒー自体の味を楽しみたい派のあたし。
「苦い……」
当たり前のことを、まるで確かめるように吐き出す。
苦かろうが、飲みたきゃ飲む。
自分が飲みたくて淹れたのだから。
こくりとコーヒーを飲みながら、あの日の担当医からの提案を振り返る。
「結局、アラームの変更は中途半端だもんな」
提案は、起きる時間とその前のみアラーム設定をすることだったっけ。
その後のあたしがやれたのは、起きる時間とその前にプラス二回アラーム設定。
どうしても不安な気持ちの方が大きくなってしまい、どっちも優先しどっちも優先しない……みたいな曖昧な状態になってしまった。
決していい状態ではないのだろう。
実際、以前よりはちょっとだけ眠れるけれど、質がよくなったというわけでもないのだから。
知識を得ただけで、当事者が活かそうとしていなきゃそれこそ無駄でしかない。
コーヒー好きのあたし。
目を覚ますためにコーヒーを飲んでも、困ったことに効果がない体質。
かといって、飲みすぎや飲む時間を考えないわけにはいかない。
なんせ、睡眠障害なんで。
効果がない=飲んでも大丈夫……ではないだろう。
なので、寝たい時間帯の数時間前は極力睡眠の質を上げる努力を試みる。
やれる時とやれない時があるのは、素直に認めよう。
きっと“もっとがんばりましょう”のスタンプが押されているはずだ。
たとえ眠れる時間が短くとも、せめて質をよくしてかなきゃ。
そう決意するのに、結局は自分も自分に甘い部分があるということだ。
甘やかす相手がいなくなったら、自分を甘やかしていい割合が上がった。
それ自体は悪いことばかりじゃないのに、まるでリバウンドみたいに一気に甘やかして、やらかしを許してしまうみたいだ。
あぁ、よくはない。悪くもないけど。
「……はぁ」
ため息をつきながら外を見やる。
天気はいいのに、気分が上がらない。
体調もいい方ではない。
なんのために他者に助けを求めたんだ。
誰でもいいから話を聞いてくださいと言いに行ったわけじゃなかった。
眠れないこと、自分の体に起きている幻覚や幻聴などをどうしていいのかわからなくなっていたこと。
眠れないということは命をつなげられないし、そもそもで体にいろんな不調をきたしかねないし。
そして、普通に生きたい自分にとって、次から次へといろんなことが起きた時に冷静でいて、決断が必要になった時に視野を広くして情報を集めて結論を出せるかどうかというのは、心底大事なことで。
もう、別な自分を生み出してしまう事態に陥るのは嫌。
弱くなりたくない。
強がりたくもない。
必要な時には頼るべき相手を見極めて、相談をし、自分で出来ることと頼ることを分け合いたい。
それが対・子どもたちになるか、いつか出会えるかもしれない誰かかもしれない。
これまでの睡眠障害や解離症のあたしを見守ってくれたネット仲間かもしれないし。
それらを考えるための脳は、ちゃんと眠れていなきゃ働けない。
眠ることは、生きることだ。
考えれば考えるだけ、そう思えた。
担当医からアラームの提案を受けた日に、同時に渡されたものがある。
睡眠の状態などを色分けするものだ。
熟睡・うとうと・ボンヤリ・覚醒の四つで色分けをし、横になっていた時間は両端に矢印があるもので始まりと終わりを記す。
脱力発作や金縛りにあった場合の記載もする。
入眠時幻覚というものを記入するものもあり、寝言や悪夢、うなされた場合にも記録として残すというものだ。
薬を使えばその記録も残しておく必要があるとか。
その表をもらって、自分の状態も知ることが出来るし、こういった表自体がすこし懐かしくもなって書く気満々だった。
……の、だ、が。
「これって、提出してもいいものなのかな」
ピラッと色分けされたそれを目の前にぶら下げては、ため息をつく。
理由は覚醒とぼんやりばかりで、ちゃんと眠れている時間が少ないからだ。
睡眠と起床のための生活環境の改善のためにもらった、ちょっとがんばれば出来そうな内容のアドバイス。
努力していないわけじゃないけど、足りていないところも多い。
「あの先生に叱られるというか、呆れられるというのを、想像だけでもしたくないなぁ」
怒らせちゃいけなさそうでもある担当医の笑顔を思い出す。
「どんだけぼんやりして過ごしてるんだろ、あたしって」
出していいのか悩ましいそれを手にして後日提出をしてみるのだが、案の定、呆れた顔をされた。




