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風に乗って空を泳いでいたイベリアだったがあまりにも寒い夜だったので途中貨物列車の荷物に紛れて一晩列車の中に揺られていた。
イベリアの瞼に眩しい光が差した時、景色はすっかり王宮の城下町に近づいてホッと一安心する。
(さて、王宮に入るまでにどうするかな。)
イベリアは豪華なネグリジェを身に纏っていて、この姿で歩けば立派な娼婦。
朝方の街に不向きな装いをしていた。
列車も城下町の終点で停車、仕方なく近くにあったマントを被り降車した。
王宮に向かって街を歩いていると朝方から新鮮な魚に野菜、パンの香り賑やかな人だかりでそこにいるだけでワクワクした。
どんどん歩いていくと時期に食品からじきに本や雑貨等の店が立ち並ぶ。
「服を販売している魔法商店があれば良いんだけど。」
魔法商店でお馴染みの水晶や箒のオブジェがないか念入りに探し歩いていると商店街に所々営まれている博打の広場や願い事に使われるミサンガにタロットカードの販売をしている雑貨店が目に入った。
(こんな詐欺に近い素人が作った媒体。ホントに買う人いるの?)
ふらっと店に入ってみればたくさんの種類の占い道具がずらりと並んでいた。
しかしこれは全て魔法がかかっていないし魔術の使用印もないから絶対とは言えない詐欺に近い代物なのに自分と近い年頃の女の子達が興味深々に品物を選んでいた。
「お嬢さんもいかがですか。ゆっくりしていってね。」
難しい顔をしていたイベリアを見て店主の老婆がニコニコ話しかけてきた。
魔法が添付されていない魔法道具を売る商店だからインチキな雰囲気の店主だと勝手な偏見を持っていたイベリアだったが客にミサンガやビーズをサービスする様子から本当に雑貨の一部として販売しているんだなと気が抜けた。
店をぐるりと見渡せば雑貨店と名乗るだけあって小さいオルゴールや香水入れ若い女性が喜びそうなペンやレターセットが置いてあった。
角には何やら別スペースがある。
「ここはね、占い師が前まで占いをしてくれるスペースだったけれど少し前に辞めてしまってね。占いというよりかはお客様の良い相談相手だったのよ。」
占い師と思われる人物が残していった客用のブランケットやハンドクリームの数々。よほど客思いだったに違いない。
占い師って人間の安定剤のような存在にもなるからな。
店の客もおそらく不安を紛らわす為に占いの道具に頼っている。ここでするべきことは一つ。
「店主様?私が期間限定で勤めてもよろしいですか」
目標は銀貨20枚これだけ貯めれば王宮の魔法部まで行ける。
「本物の魔法の力を教えてあげるわ。」
魔法で未来を予知、それはイベリアでも容易くできる魔法だがそれはその瞬間の未来であってこれからそうなる確信は一才ないからイベリアは人間関係にたいして占うという魔法はあまり好きではなかった。
「ここは恋愛占いをしてくれる店じゃないの?」
茶髪の三つ編みをした少女が不思議そうにたずねた。
「私は恋愛占いで悪い結果なんてお金もらってまで言いたくないのよ」
古びた机は広げた両腕ほどあり、店主から借りた黒のランチョンマットで店のレイアウトは占い師のようにする。
「だから私は恋愛が成功する魔法をかけてあげるわ。いらっしゃい1人銀貨1枚!リンゴ3つ分よ!」
大魔術師が格安で恋のキューピッドになってあげる。
そう言ってイベリアは若い女性客を呼び込み微弱な魔法をかけた。普段は内気で小心者のイベリアは魔術を使うときは明るく積極的になることは自覚していてほとんどがイベリアと同じ年だったのでイベリアも夢中になって客と話しをしたり魔法を大サービスした。
主に色の魔法が好きなイベリアは地表情報の魔法を優先的に彼女らに自信が持てるようにと似合う服に巡り会えないという客には似合う色に服を変化させた。
どうしても占って欲しいという客には占いをして恋愛話に華を咲かせた。
そんなこんなで大盛況丁度商店街もお昼時、人々が仕事を中断しパンをかじり休憩して始めた頃にイベリアは十分すぎる報酬を手に入れた。
「ありがとうイベリア!今から祭典に誘ってみる!」
恋愛相談をしにきた客にデートに合わせてリップクリームの色をパーソナルカラーに魔法で変化してあげるととても喜んで店から出て行った。
早朝から正午までの時間に服を買うには十分な報酬を得たイベリアは占いスペースを閉じた。
(服を買うお金に余裕があるしごはんにしよう)
マントを羽織ってゴロゴロなる腹の虫を抑えて店を出る、店主がカギを持って店を閉じる支度をしていた。店主の顔を見たイベリアは満面の笑顔で報酬の三割を頭を下げて手渡した。
「午前中でも十分すぎる程お金が入りました。ありがとうございます。」
「こちらこそ、商品も飛ぶように売れたわ。魔法も添付してくれてありがとう。」
彼女は微笑みながらイベリアに外出におかしくないワンピースを着せて髪をとかして結ってくれた。イベリアはいつも魔法で簡単にまとめるため、恥ずかしくて顔が赤くなるのが分かった。
「はい出来た!早速一緒にお昼はどうかしら?」
店主がそういうとイベリアはぎこちなく笑った。
”お腹なってるのバレてた!!”
店主が案内してくれた仕立て屋はサイズごとに同じデザインの服を販売するだったのでイベリアはすぐに礼服を購入することができた。店主はイベリアが礼服を必要とする理由、お金が無かった理由を聞かずに親身になってくれた。
買い物袋を手に店主がおすすめだという定食屋に入ると店主はなれたように店員にオーダーした。
「何から何までありがとうございます。」
イベリアが何度も礼を言うと店主はイベリアに気にしないでとほほ笑み靴をプレゼントした。
立派なダークチョコレート色のブーツはイベリアが渡した三割の売り上げよりも高額でイベリアは驚いた。
店主の名はべニア。べニアは結婚した後夫婦で農業を営み二人の息子がいたが15年前ドラゴンに襲われ家族と命からがら街へ避難した。農地はドラゴンの住処に近い地域だったがその地を治めている貴族のおかげで50年も魔獣が降りてきていないと不動産で言われていたためまさかドラゴンに襲撃されるとは思わなかったようだ。そしてドラゴンに襲撃されても何もしなかった貴族をひどく恨んだ。ふたりの息子はドラゴンに復讐するために王室の騎士団に見習いから入団し夫は公爵と組んだ新興財閥の企業へ武器の製造を学びに出た。
「公爵のいう通り魔法なんて嘘だと思っていたの。でもあなたがいたおかげで本物だと思ったのよイベリア、あなたの仕事を見ているうちにもしかしたらと思ったけど魔術師候補のイベリアよね?」
5年前イベリアが魔法でドラゴンの住処に結界を張ったことで避難区域だったべニアの農地が解除されてまた農業を出来るようになったのだった。息子と同じくらいの年齢の少女が自分の土地を取り戻してくれたことに感銘し今の店を立ち上げたのだという。べニアは魔法を扱えなくても皆が身近に魔法を信じてイベリアを慕ってくれたらと街に降りて雑貨を販売していると話した。
ドラゴンがよく出没するようになってから貴族に人々は疑いの目を向けて魔法を嫌っていたことはイベリアもよくわかっていた。貴族を信用しなくなった国民は武器や工業に力を入れており大半が公爵を支持しているという。それなのに魔法雑貨を販売して親しみやすいものにしたべニアの努力は計り知れないものだ。
運ばれたサンドイッチやスープを口に運び食事をしていた二人に2メートルほどあるがっしりとした体形の人のよさそうな大男が笑顔でテーブルに近づいてきた。
「母さん久しぶり!やっぱり昼はここにいると思ったよ。」
「ニールもきっと驚くわ。素敵な魔法使いさんに会ったのよ」
ニールはイベリアを見ると目を見開きこんなところに、、と口をこぼした。
素早い動作でイベリアの目線にしゃがみ、お怪我はないですか?何か不自由なことはありませんかと聞くので服もおいしい食堂も紹介してくれて本当に助かったと笑顔で言った。
ほっと一息ニールが安心の溜息をつくと騎士団の紋章が彫られた笛を窓に向かって吹いた。そして新聞をコートの内ポケットから取り出しはがきの大きさに丁寧に千切ると何やら文字を書いて糸で結ぶ。しばらくすると笛に呼ばれた鷹が窓の縁に着地してニールに紙を巻き付けられるとすぐにどこかへ飛んで行った。
ニールの持っていた新聞の破かれていないページを見るとそこにはイベリアの写真と称号のネックレスの写真が載っていた割と大きな一面で見出しには「後の大魔術師は公爵に潰される」と大きくかかれていた。