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賢者の遺産  作者: TOMIKUA
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幻獣の住む森

第八章 幻獣の住む森


仕立屋キャット


 ゲッコーと馬でトリスタンに向かった。街に着くと直ぐに仕立屋キャットを探した。トリスタンの街は店も多いが、その店は大通りにあったので、すぐに見つかった。

仕立屋と聞いていたので、勝手にテイラーだと思っていたが、そこはまさかのドレスメーカーだった。

 どうも店に入りにくい。どうしようか思案していると、ゲッコーが様子を悟ったのか、まかせろと言って、一人店の中に入って行った。しばらくすると、店の扉から顔を出し、手招きしている。それに呼ばれ、店内に入る。

 店にはスーツを着た、スマートな獣人族の女性がいた。彼女がキャットか。ゲッコーは店内を物珍しそうに眺めている。話をするためにキャットは店の奥に案内してくれた。

「アナリストから話しは聞きました。あなたがオウルですね。鍵の情報はまとめておきました、これをお持ち下さい。」

 資料を渡され、中身を確認すると、知りたい情報が全て書かれていた。これはありがたい。早速ゲッコーに情報をインプットし、結果を聞く。

キャットにお礼を伝え、店を出ようとしたが、ゲッコーが店を出たがらない。ドレスを仕立てて欲しいのだろうか。ゲッコーも女の子だ、気持ちはわかる。だが、その時間は無い。

「ゲッコー、すまない。これからオーヴィル様に報告をしなければならない。その後の指令で、また移動かもしれないんだ。残念だか時間がない。」

 ゲッコーは珍しく、不満そうな顔をしてきたが、こればかりは譲る訳にはいかない。そのやり取りを見ていた、キャットが提案してくれた。

「もしよろしければ、報告に行かれる間、アナリストは私がお預かりします。いかがでしょう。」

 それを聞いたゲッコーは輝いた瞳でこちらに訴えかけている。

「ご厚意感謝します、では私はオーヴィル様に報告をしてまいります、その間、ゲッコーのことをお願いできますか。」

「承知しました、お任せください。」

 仕立屋キャットを出て、オーヴィル様が宿泊されている宿に向かい、そして、報告を済ませた。オーヴィル様の話しでは、この国での諜報活動は危険なようだ。

ゲッコーを連れている以上、危険な行動は慎むべきだ。お言葉に甘えて、5日間休息をとることにしよう。

 仕立屋キャットに戻ると、ゲッコーはドレスを着せてもらっていた。着飾れば、貴族令嬢と言われても分からない、そんな雰囲気と顔立ちをしている。

「良く似合うじゃないか、ゲッコー。」

 そう声を掛けると、ゲッコーは恥ずかしそうに笑った。

「ゲッコー、オーヴィル様から5日間の休暇をいただいた。この国で休息後、パノティアに向かおう。休暇の間に何かしたいことはあるか。」

 ゲッコーは少し悩んだ後、顔を輝かせ言った。

「また、釣りがしたい。魚も食べたい。」

 よほど、蜥蜴族の集落での渓流釣り体験が良かったのだろうか。いや、釣り以外の遊びをしたことが無いのかも知れない。何かこの国で、新しい体験をさせてやれないだろうか。思案していると、キャットが提案してくれた。

「この国でも渓流釣りは出来ますが、お勧めはカヌーでの川下りと森林浴ですね。

 トリスタンの東に広がる森の中にとても流れが穏やかな川があります。そこを上流からゆっくり下ると、色々な景色が楽しめますよ。

 それから、この森は常緑の針葉樹で形成されています。これらの木の中には、直径が20mにもなる巨木が存在します、そしてこの木はこの国にしか分布していません。この森にいると、いかに我々が自然の中では小さい存在なのか教えてくれます。それらの木々に囲まれていると、とてもリラックス出来ますよ。

 あと、この森は、国が管理をして、魔獣も魔物を駆除しておりますので安全です。いかがですか、日々の忙しさを忘れ、ゆったりとした時間が過ごせますよ。」

「とても魅力的な提案をありがとう。助かります。ゲッコーどうだ。」

 ゲッコーは、嬉しそうに、カヌーに乗りたいと言った。その返事を聞いて、キャットに依頼した。

「では、ご提案頂いた内容で、休暇を過ごしたいと思います。行き方やカヌーの手配なども教えていただけると助かるのですが。」

「はい、地図、カヌー、馬車、テント、食料3日分は私が明日の朝までに手配しておきます。」

「何から何まで助かります。ありがとう。」

「いえ、これがインフォーマントの仕事です。それに、アナリストはローレンシアの宝ですから。これぐらいは当然です。」

 キャットは終始笑顔で気持ちよく応対してくれた。常に緊張と隣り合わせの日常の中で、それはとてもありがたいことだ。ゲッコーに、着替えて宿を探そうと言うと、キャットがまた、提案をしてくれた。

「アナリストは折角ドレスに着替えたのですから、これからレストランでお食事はいかがですか、この店の斜め向かいに、私の顔が効く店がございます。

 ただ、あなたは着替えが必要ですね。お着替えはお持ちですか。」

 キャットは笑いながら聞いてきた。ドレスに釣り合う着替えなど持っている訳もない。

「いや、あいにく持っておりません。」

「えぇ、そうでしょうね。私の主人の物をお貸ししましょう。少し大きいかもしれませんが、多少は調整しますので。」

 キャットはそう言って、店の奥からディナージャケットを持ってきて、着させてくれた。普段着なれないせいか、自分ではサイズが合っているのかどうかもわからない。着替えた姿をみて、ゲッコーは驚いた顔で呟いた。

「馬子にも衣裳、オウルも少しだけ、お金持ちに見える。」

 そんな、なんちゃって貴族の父と令嬢風の娘で、キャットの知り合いのレストランに入り、食事をした。ゲッコーのテーブルマナーに気を使いながら、何とか食事をえ終えた。ゲッコーはとても満足してくれた。

 その後、仕立屋キャットに戻り、十分に御礼を伝え、着替えて店を後にした。キャットの言う通り、ゲッコーはローレンシアの宝だ、大事にしなければならない。だが、過去はそうでは無かったと聞いている。

 

 ゲッコーの両親は、仕事を求めバルティカから、ローレンシアのケノーランドへ移住してきた。だが、ケノーランドは人族以外にはとても住み難い街だ。夢を見てケノーランドに来たのかも知れないが、それは本当に夢だった。

 生活は困窮を極め、日々生きて行くことに精一杯の生活だったところに、ゲッコーは生まれた。母親は何とか頑張ったようだが、父親はアルコールに溺れ、仕事をしなくなり、そしてある日、家を出て行ったまま戻らなかった。

 幼少期は母と二人で貧しい生活を送ったようだ。やがて、ゲッコーが10歳になったころ、母親が亡くなった。ゲッコーはあてもなく、スラムをさ迷う生活をしていたが、スラムの子供らをさらい、売り飛ばす輩に捕まってしまった。

 この人さらいには、見る目があったのだろう。ゲッコーの特殊能力に気付き、そして、有力貴族にゲッコーを破格の値で売った。貴族はゲッコーを自分の屋敷の地下牢へ閉じ込め、その力を使い、ローレンシアを乗っ取ろうとした。

 ゆくゆくは世界までも手に入れるつもりだったようだ。だが、そいつは、野心の大きさに見合わない低能力、家柄と財力だけが取り柄の、ローレンシアの典型的なボンボン貴族だった。

 ゲッコーを手に入れてから、3年も経たずに、謀反が露呈し、あっという間に自滅した。その後、ゲッコーはローレンシアの監視下に置かれ、諜報員としての知識を詰め込まれ、スネークとともにバルティカのアークテイカに配置された。

 ローレンシアとバルティカとの緊張が高まっていた時期でもあり、ローレンシアの諜報活動の優先順位と、ゲッコーがホビット族である点で、決められたのだろう。そこで、初めてゲッコーに会った。

 ゲッコーは会った時から、こことは違う次元ばかりを見ていて、現実を見てはいなかった。だが、今ならわかる、現実を見たくなかったのだ、だから、違う次元を見て、そこに逃げていたのだと。

 一緒に旅をするうちに、ゲッコーは解析をしない限りは、別な次元をあまり見なくなった。僅かだが、現実にも楽しいことがある、そのことを教えることが出来たと思う。だが、まだ全然足りない。確かにこの世界は、辛いことも多い。だが、楽しいことも少しはある。

 エゴなのかもしれないが、ゲッコーにはそれを知り、少しでもこの世界で生きたことが幸せだったと、感じてもらいたい。その為の努力は惜しまないつもりだ。


魔女と王子と王女


 アークテイカの地下遺跡で受けた傷はだいぶ癒えてきたが、自分の慢心による完全な敗北は、まだ心のどこかで痛みとして燻っている。俺とキャサリンが簡単に倒されたせいで、オーヴィルを殺すことが出来なかった、情けない限りだ。

 サリーは、俺とキャサリンを抱え、隠れ家まで連れ帰ってきてくれた。文句もあっただろうが、傷の手当てをし、飯を食わせてくれる。傷が癒えたら、鍛えなおしてリベンジだと、励ましてもくれる。

 だが、俺に可能だろうか。いや、俺たち兄妹にオーヴィル一行を倒せるだろうか。3人で連携を取れれば勝てる。だが、それをオーヴィルが簡単に許すとは思えない。であれば、個人の技量を高める以外にはない、ないが、その自信は無かった。

 キャサリンも自分の無力さを思い、落ち込んでいる。幼き頃より、魔法の天才と持て囃され、世界最強とも言われていた自分が、何の特技も無いと言われていたアメリアに、一方的に打ちのめされたのだ、無理もない。

 この先、我ら兄妹はどうすべきか。俺に退路はない、父親殺し、王殺しだ。だが、キャサリンは違う、今から国に戻ればいい。このくだらない争いから遠ざかればいいのだ。キャサリンには国に、ローレンシアに帰ってもらおう。サリーを探し、許可をとろう。

 サリーは、隠れ家のポーチにあるロッキングチェアに座り、外を眺めていた。

「サリー、相談がある。キャサリンをローレンシアに帰したい、良いだろうか。」

 サリーは座ったまま、俺をけだるそうに見上げて言った。

「ウィル、あんた、それキティに話したの。もしそうじゃないなら、あたしよりキティに話しをしな。それから、あたしに話しかけな。」

 そう言って、また外を眺め始めた。機嫌が悪いのか知らんが、なんて言い方だ。まぁいい、キャサリンを探そう。

 キャサリンは隠れ家の裏庭で体術の訓練をしていた。ここの所毎日だ、よほどアメリアに負けたのが悔しかったに違いない。ただ、言ってはなんだが、例え毎日訓練しても、アメリアに勝てる日が来るとは思えない。


 アメリアは幼い頃からオーヴィルと武術で遊び、技を磨いていた。今では、身体強化魔法も使わずに、あのオーヴィルの本気の拳を余裕で躱し、投げ飛ばせる。まさに達人なのだ。周囲の人間や実の親からも何の特技もないと言われているが、それもそのはずで、アメリアが達人であることは、俺と兄貴、それからショージおじさんぐらいしか知らないのだから。

 俺も、武術でアメリアに勝てる気がしない。それにキャサリンが言っていた技、マナの動きを上書きできる技、これがある限り、俺たち兄妹では勝てない。勝てるとしたらサリーだけだ。

 キャサリンの話しを聞く限りでは、アメリアはマナの動き、術者がマナを使おうとした時の指示を、正確に読めるのではないか。だからその指示を漏れなく、完璧に上書き出来ると推測できる。この考えに至ったのには理由もある。

 アメリアは幼き頃から、マナが見えるとか、マナの声が聞こえるとか、そう言ったようなことを言って、大人たちを困らせていた。俺も兄貴も、少しおかしな子だとしか思わず、相手にしていなかった。ただ一人オーヴィルを除いては。

 オーヴィルはこの能力の有効性に、いち早く気が付いていたに違いない。昔から抜け目のない弟だった。そして、アメリアにその能力の使い方を教えた。本当に、今も昔も変わらず、憎たらしい弟だ。

 

 訓練をしていたキャサリンが一息つくまで見守る。そしてタイミングを見計らい、声を掛けた。

「キャサリン、今少し良いか。」

「なに、ウィルバー兄様。」

 キャサリンは汗をタオルでぬぐいながら、こっちを向いた。

「考えたんだが、お前は、ローレンシアに、ケノーランドに帰らないか。」

 キャサリンは、うんざりしたような顔になった。

「ウィルバー兄様のことだから、そう言うと思っていたけど。

 私は帰らないわ、このままじゃ退けないのよ。アメリアに負けたままじゃ。」

「だが、お前ではアメリアには勝てない。」

「だから毎日努力してるんじゃない、勝てるように。」

「いや、努力で縮まる力量じゃない。」

「兄様は、無駄な努力は止めて、私に諦めろと言いたいのね。」

 キャサリンはこちらをきつく睨んできた。しかし、いくら睨まれてもどうにもならないのだ。これはどうしようもない事なのだ。だから、感情がこもらない声で返した。

「そうだ、諦めて、国に帰れ。」

「嫌だと言ったら。」

「お前に拒否権はない、兄としての命令だ。」

「分かりました。でもウィルバー兄様、私と勝負してください。もし、私が勝てたら、ここに残ります。兄様に着いて行きます、良いですか。」

「何故そうなる。お前と勝負などしない、いいから俺の言う事を聞け。」

「兄様は、私に負けるのが怖いのですか。見下していた傭兵風情に負けたのがショックで、もう誰とも戦わないのですか。」

 嫌な挑発をしてくる、流石我が妹。だが、その程度の挑発に乗るつもりはない。

「戦うさ、あの傭兵団とも、ウィルバーとも。次に会ったら必ずウィルバーの首を取る。」

「出来るんですかそんなこと。妹の私にも勝てないのに。」

「お前とは勝負をしないと言った、勝てないとは言っていない。」

「でも逃げているじゃないですか、妹の挑戦を。しり込みしちゃって。」

 どうも、昔からそうだが、口で妹に勝てる気がしない。もう面倒だ、いっそのこと相手をして、自分の実力を分らせ、国に送り返そう。

「そこまで言うなら相手してやる。かかってこい。」

 俺は構えた。キャサリンは構えながら、静かに言った。

「怪我をしている兄様にハンデを上げます、私は魔法を一切使いません。」

 しかし、減らず口を良くたたく、しっかりと教育してやる。

 キャサリンが俺の顔面に向かって突きを繰り出す。それをヘッドスリップで躱す。キャサリンは次々とスピードを乗せ、拳を繰り出す。速さはあるが、軽そうだ。手で2、3発軽く捌く、やはり軽い、体重が乗っていない。

 これなら、疲れるまでやり過ごしても良いかと思った時、キャサリンが視界から消えた。キャサリンは俺の意識を前に集中させ、俺が気を抜くのを待っていた。気が付くとキャサリンは俺の左側にいて、拳で怪我をしているわき腹に強烈な一撃を入れた。

 激痛が体中を走り、一瞬で視界が真っ白になった。次の瞬間には、もう一つの怪我、右背中に衝撃が来た、蹴られたのか殴られたのか不明だが、もうこれ以上意識を保つことは出来なかった。


 目が覚めると、ベッドに横になっていた。サリーが近くの椅子に座り、こちらを見ていた。サリーと目が合うと、サリーは哀れみの表情を浮かべ言った。

「ウィル、あんたはいつまで経っても捨て犬だね。とうとう妹にも負けたかい。

 開いた傷口は治療したけど、後は自分でやりな。」

 そう言うと、サリーは立ち上がり、部屋を出て行った。またしても油断、妹に、キャサリンになぞ負けるわけがないという自信、でもそれは何の根拠もない物だった。俺は自分が情けなかった。

 夕方にはキャサリンが部屋を訪ねてきた。

「ウィルバー兄様ごめんなさい、むきになって、やり過ぎてしまった。でも、勝負は私の勝ちです。ローレンシアには戻りません。」

「分かっているよ、お前の勝ちだ。お前の好きにすればいい。

 それに、戦いで急所を狙うのは当たり前だ。狙われて、当てられた俺が悪い。」

「はい、でもサリーにはすごく怒られました。兄妹げんかで簡単に兄を殺そうとするなと。」

「へぇ、サリーがそんなことを言うとはね。意外だ。」

「そうですね、でもサリーは何だかんだで、私たちには優しいですから。」

「そうだな、サリーの優しさに甘えて、俺も強くなれるよう教えてもらおう。」

「えぇ、私たちは強くならなければならないと思います。ウィルバー兄様との闘いとは関係なく、ローレンシアを守る責任を果たすために。」

 キャサリンは強い決意を示し、言った。俺も負けてられないな。


 次の日の朝、サリーが隠れ家を離れるから急げ、と言った。体の傷が痛み、もたもたしていると、離れるのが遅かったことが分かった。隠れ家の玄関に、獣人族の屈強な戦士が3人立っている。その内の一人が、家の中に向かって声を掛けてきた。

「魔女、サリー・ライド。この家にいることは分かっています。あなたにはアバロニアの英雄、アレッサンドラへの暴行の容疑がかかっている。速やかに我々とオールド・レッドまでご同行いただきたい。抵抗は無駄です、この家は50人の衛兵で取り囲んでいます。」

 サリーは面倒臭そうな顔になり、俺に言った。

「あんたがもたもたしてるから、逃げ遅れたじゃない。めんどくさい。」

 そう言われても、今の俺には、謝るしかなかった。

「すまん、サリー。」

「ウィルバー兄様の怪我は私にも責任があります、サリー、私からも謝罪します。」

「あんたらに謝られても、解決はしないのよね。さて、どうしようかしら。」

「サリー、アレッサンドラさんとい方を暴行されたのですか、していないのであれば、堂々として、釈明すれば良いのではないでしょうか。」

 キャサリンの言うことは正しい、一般論的には。でもこの状況はそうじゃない。面倒にならないように逃げるが正解だ。サリーは考え込んでいる様だった、外では獣人族がしびれを切らして、サリー出てこいと叫んでいる。するとサリーが嫌そうな顔で言った。

「仕方がない、緊急事態だし、あれを使うわ。」

 サリーは、俺たちをサリーの部屋に連れて行った。そして、置いてあった酒樽の中に入り、俺達には、身体強化で腕を強化し、落とされないように、樽にしっかりと掴まれという。何をするかと思ったが、とにかくキャサリンと二人で酒樽にがっちりとしがみ付いた。

 すると、酒樽は底から炎を吹き出し、あっという間に屋根を突き破り、空中に舞い上がった。家が小さく見えるほど高く飛び上がった酒樽は、次に両脇から真っすぐな板が飛び出した。そして、板が地面と水平になるように横向きになった。

 必死に飛び出した板にしがみついていると、樽は底から火を噴いたまま、横向きに飛び始めた。サリーは樽から顔を出して大声で叫んだ。

「とりあえず、落ちてなくて良かったわ。これ1人乗りだから、三人も乗ってたら、すぐに墜落するから、飛べるとこまで飛ぶわよ。」

 樽は、大きな音と炎を出しながら、飛んでいく。だが、どんどん高度を下げているようだ。木が迫ってくる、サリーが、飛び降りて、と叫んだ。樽から手を放し、落ちながら、木の枝を掴む、体重と加速に耐え切れず、枝は折れるが、何とか次の枝を掴み、それを繰り返しながら、減速し、何とか地上に降りた。

 キャサリンもサリーも、怪我もせず、無事なようだ。さてここはどこなのか。これからいったいどうしたものか。サリーは服の埃を丁寧に叩きながら、身なりを整えると、俺とキャサリンに向かって言った。

「ここはもう、バルティカとの国境近くよ、今日中にバルティカに入るわ。」

「サリー、待って、オーヴィル兄様とアメリア達は北に向かったのよ、何故南に向かうの。」

「南に向かう理由は二つあるわ。

 一つは今のあなた達では、オーヴィルを殺せない。だから、鍛える必要がある。

 二つ目は、オーヴィルたちは、パノティアで最後の鍵を手に入れたら、必ず、スターテン樹海に来る。

 だから、私たちは今からスターテン樹海に入り、あんた達が、オーヴィルを殺せるように鍛え、待ち伏せるわ。以上、分かったわね。」

「オーヴィル兄様は殺させないけど、分かったわ。私はアメリアに勝つ。」

 キャサリンをローレンシアに帰そうとしていたが、結局決戦の地はローレンシアか。まぁ色々あるが、俺も頑張るさ。今度こそ頑張れるさ。


巨人たち


 僕たちは、トリスタンから西に向かい、ミュライユに向かう。馬車は使えないので、全員分の馬を用意し、馬で向かうことにした。ノーマンが馬に乗る姿が想像できなかったので、心配したが、全く問題なかった。すまん、ノーマン。

 オウルの情報通り道は使われなくなって、年数が経ち、草も伸び放題、倒木もあり、なかなか進み難かった。ゴブリンやオーガなども魔物も良く出てくる。今までの旅は、人が整備した道を順調に移動してきたので、魔物との遭遇や、野宿など、とても新鮮な体験だった。

 強い魔物はほとんど出現しないため、ユーリとリサが殺すか、追い払ってくれた。他のメンバーはピクニック気分で、のんびりとさせてもらっていた。夜は土属性魔法で、弱い魔物では壊せない土壁を作り、その中で寝た。

 道に入って3日が過ぎ、明日には巨人達の集落が見えるといいなと思っていた。しかし、アナリストは巨人族と対話をしろと言うが、何を話せば良いのだろうか。全く想像がつかない。巨人族、一度スターテン樹海で見たことはあるが、話したことは無い。

 彼らはこの大地にほとんど生き残っていないのではないか、と言われている。この国、ゴンドワナは西の半分が人の手が入っていない、未開に近い。ひょっとしたら、この国には、未だ、数多くの巨人種が残っているのかもしれない。


 4日目も何事もなく終わり、5日目に入った。そして一人の巨人族にであった、名はスピロ、身長が5mはある、男のギガスだった。スピロは僕らを見つけると、大きな振動と共に走って近づいてきた。

 ユーリを筆頭に、炎の旅団が陣形を組む。しかし近づいてくると、笑顔で手を振っていることが分かり、陣形を解いて迎えた。

「やっと見つけたよ、二日も探し回ったんだから。頼むよほんと。」

 僕が代表して、相手をする。

「すみません、お探しいただいていたようで。ところで、どうしてあなたは僕らを探していたのですか。」

「あ、すまんすまん。俺はスピロ。この先の巨人の村に住んでいる者だ。うちの村に変わった人が住んでいて、名前はアグリオスって言うんだが、その人が、種族が混じった7人組が村の近くを通るから、連れてこいって言うんだよ。

 アグリオスは面倒な人なんだ、機嫌損ねたくないから、仕方なく探してたわけよ。で、今見つかったから、これで村にやっと帰れる。

 と。言うことで、突然で申し訳ないんだが、村まで一緒に来てくれ。嫌とは言わんでくれよ、まためんどくさいからさ。」

 スピロはそう言うと、返事も聞かず歩き出してしまった。巨人の足は速い。馬を連れながら、森の中を進むと、全く追いつけず、とうとう見失ってしまった。しばらくすると、気付いたスピロが戻ってきて言った。

「いや、すまんすまん、早く村に帰って飯を食べたくて。すっかりお前らのこと忘れてたわ。

 今度はゆっくり歩くから、はぐれずに付いて来てくれ。」

 今度は歩調を合わせて歩いてくれるスピロを先頭に進んで行く、しばらく歩くと、10m以上の木でできた柵で覆われた、村にたどり着いた。村に入ると、スピロはここで待ってろと言い、1人の巨人を連れて帰ってきた。

 そのギガスは隻眼、隻腕の男だった。スピロと同じ5mはある身長で、スピロよりは大分年上のような見た目だった。

「来たか、人族の王子。おれがアグリオスだ。お前だけに話がある。すまんが、仲間の者達はここで時間を潰していてくれ。何か用があればスピロに言いつけてくれ。

 では、こちらに、俺の家に来てくれ。」

 そう促され、1人でアグリオスに付いて行く。後ろを見ると、アイリーンが心配そうにこちらを見ている。心配いらないと声を出さず、口を動かし伝えると、頷いて、気を付けて、と返してくれた。


 アグリオスの家は、さすが巨人族の家で、何もかもが大きかった。圧倒されて見回していると、アグリオスは椅子に座り、こちらを見て言った。

「すまんな、人族用の椅子がない、悪いが立って話しをしてもらっても良いか。」

「えぇ、構いませんよ。ところで、私に何のご用でしょうか。私がローレンシアの王子であることも、ご存じのようでしたが。」

「ま、少し、年寄りの話しに付き合ってくれ。話しの中で、お前さんの疑問は解決するかもしれない。

 俺は、長いこと生きてきた。ここに住むエルフたちよりもずっと長くだ。その長い人生の中で、闘いに巻き込まれたこともあった。他種族間の争い、魔物たちとの争い、そして同族同士での争い。

 いくつもの戦場で活躍したが、大分昔にあった、同族同士の争いの中で、右目と左手を失った。その争いは凄惨を極め、ギガスもサイクロプスもほとんどが死に、巨人族は、滅びの一歩手前となった。

 俺も詳しくは知らねぇが、多分個体数としては、ギガスとサイクロプス合わせても50はいないはずだ。もともと俺たちは、賢者に選ばれなかった種族だ、いつ絶滅してもそれは仕方がない。

 ま、そんなことがあって、俺はサイクロプスと同様に、片目になっちまったわけだが、そのおかげで目覚めた能力があったんだ。それは未来視だ。近い未来も遠い未来も見える時がある。

 ただ、自分が見たいと思って見れるわけじゃねぇし、その未来は確定されたものでもない。干渉すれば、変えられる未来もある。

 俺は、先日見たんだ、お前さんを。ここに来ること、ユニコーンに会うこと、パノティアに行くこと、最後にスターテン樹海に行くこと、そして、そこでとった選択を。

 繰り返しになるが、俺は長いこと生きてきた、そして同族も滅びの寸前だ。だから、お前がやることを止めるつもりはねぇ。でも、お前が後悔することが、あっちゃならねぇと思うんだ。だから俺は未来のお前を見たんだと思う。

 だから、わざわざここに連れてきて、話しをした。

 忠告したぞ、お前が後悔をしない選択をしてくれ、俺からは以上だ。」

「なるほど、あなたは未来を見て、僕が訪れることを知ったのですね。そしてこれから行く場所、そしてやることも知った。興味深いです。

 そして、ご忠告ありがとうございます。僕はどんな選択をしても、結局後悔をしてしまうのではないか、そう考えてしまいます。女々しいのでしょうね、性根が。

 これから、あなたが言った意味を考えて、行動したいと思います。何だか僕みたいな人間の為にありがとうございます。」

 僕は言いながら涙を流していたようだ。アグリオスは黙って、僕の顔を優しく見ていてくれた。僕はひとしきり泣いた後、アグリオスに別れを告げ、皆の所に戻った。


 皆は僕を見て安心したようだった。皆にはアグリオスとの会話の内容を話すつもりはないし、誰も聞いてはこなかった。スピロに話しが終わったことを告げ、元の道まで案内して欲しいと伝えると、明日ミュライユまで送ってくれることになった。

 今晩は巨人の村で、お世話になる事になった。この村の住人はアグリオスとスピロ、あと二人だけしかいないそうだ。あとの二人もアグリオスと年が変わらない年寄りで、スピロだけが極端に若い。つまり、年寄りが亡くなれば、この村はスピロ一人だけになってしまう。

 それを思うと物悲しくなるな、とアランとノーマンは話していた。他の国に同族を探しに行くことも必要ではないのかと、アランは言っていたが、当のスピロは一人になってみないとその先は考えられないと言った。ただ、その時、別な場所に行く勇気があれば、行ってみたいとも言った。

 翌朝、スピロの案内で、ミュライユに向かって出発した。険しい道を通ると言われたので、馬は村で預かってもらい、徒歩で移動することにした。


幻獣ユニコーン


 スピロの言う通り、ミュライユまでの道は険しかったが、2時間ほどで到着した。そこはかつての城がそのままの形で残り、しかし、城の外壁は様々な植物に覆われ、とても幻想的な雰囲気のする遺跡となっていた。

 スピロは、城の中にユニコーンがいるが、自分は城に入れないので、外で待っていると言った。スピロを城外に残し、城の奥へ入って行った。

 大きなホールを抜ける。城内も、外壁と同じで、蔦が壁をそこかしこにはっていた。天井近くに取り付けられた、ステンドグラスから、外光が入り、部屋中を埃が舞っているのが見える。だが、不潔な印象は全くなかった。それどころか、とても空気が澄んでいるようだ。

 ホールを抜け、更に奥へ進む。その先には、立派な装飾が施された、真っ赤な大きな扉があった。その扉を押し開けると、そこは広間になっており、奥にユニコーンが座っていた。近づくと、ユニコーンは立ち上がり、こちらに歩いてきた。

 ユニコーンの前に立つ、普通の馬より一回りは大きい。真っ白な体、50cmはあるかと思われる角、知性の宿った瞳、本の中で見たことのある、幻獣そのものだった。幻獣は僕を真っすぐに見つめ話しかけてきた。


「やぁ、よく来たねオーヴィル、待っていたよ。君の目的は知っている。鍵はこの城の地下だ、好きに持って行ってくれて構わない。僕には興味が無いからね。

 先に、取りに行っておいで、僕はここにいるから、取ってきたら、話しをしよう。」

「ありがとうございます、ユニコーン。では、お言葉に甘えて、先に鍵を見つけに行ってまいります。では、後ほど。」

 ユニコーンは頷き、また、元の場所に戻って行った。


 地下への入り口を手分けして探す。アランが地下への階段を見つけ、全員で階段を降りて行った。降りた先にはいくつか扉があり、順番に扉の先を確認していく。一つの扉の先に、他の部屋とは違う大きな空間があった。

 今までの傾向から考えると、この部屋が怪しい。アメリアに探ってもらうと、案の定、隠し部屋への通路を起動するスイッチを見つけ、隠し部屋で台座に置いてあったプレートを僕の体に取り込んだ。これで4枚、残りは1枚だ。

 僕らはユニコーンの待つ部屋に戻った。


 先ほどと同じように、赤い大きな扉を開けると、ユニコーンが近づいてきて、対峙した。

「無事に手に入れたようだね、これで残りは1枚かな。最期の1枚はフェンリルを相手にしないといけないから、大変かもしれないけど、まぁ、頑張ってね。

ヨルムンガンドが首を長くして、君が来るのを待っているよ。てか、あいつの首ってどこからどこまでなんだろ。全部首じゃね、うける。」

 ユニコーンは下品な笑いをまき散らした。城の中の清浄な空気や、その真っ白な奇麗な毛並みとは裏腹に、ユニコーンの中には何か黒い、そう真っ黒い何かを感じる、とても嫌な感じがする。

 アナリストの解析では、敵でも味方でもないが、脅威だと言っていた。この、見た目の美しさとは中身が全く違う怪物を怒らせてはいけない、絶対にだ。アメリアは感じ取っている様だが、炎の旅団のメンバーは、安心して気を抜いている。

 何とか無難な会話で終わらせ、全員無事にこの城を出る。

「ご助言ありがとうございます。必ず最後の鍵も手に入れ、究極の扉を開けてみせます。」

「うん、頑張ってね、興味ないけど、ははは。」

「ところで、マティアス・ディアス卿より、伝言を頼まれておりますので、それをお伝えします。

 どうかこの国から出て行っていただけないでしょうか。

 そう伝えるように頼まれました。では、確かにお伝えしましたので、私たちはこれにて、退室させていただきます。」

 そう言ってユニコーンに頭を下げた。だが、そう簡単に帰してはくれない。

「マティアスからの伝言は分かったけどさ、返事は持ち帰らなくていいの。」

「はい、お伝えするだけで良いといわれておりますので。」

「ふーん、そうなんだ。でさ、オーヴィルは、何故僕がこの国を出ていけと言われているか知ってるの。マティアスから聞いたのかな。」

「いいえ、聞いてはおりません。」

「知りたいと思わないの、ね、聞きたいよね、ね、ね。」

「興味が無いわけではありませんが、他国の内政のことですので。」

「興味あるんじゃん、じゃぁ、聞かせてあげるよ。」

 ユニコーンはとても楽しそうに、国を出ていけと言われる理由を話し出した。

「僕はこう見えても随分と長い間、魔物や魔獣、それから他国の侵攻からこの国を、エルフ達を守ってきたんだよ。でもね、エルフたちはちっとも成長しないんだ。何千年も変わらず同じ生活を繰り返しているだけなんだよ。

 その点、他種族は違う。


 人族は、欲望のままに人口を増やし、国土を切り開き、文化を広めている。

 ホビット族は、街道を整備し、自ら新たな産業を生み出そうとしている。

 獣人族は、他種族の欲望を利用し、金を集め、街を発展させている。

 ドワーフ族は、自分たちの技術を発展させ、新しい技術を生み出している。


 成長しているんだよ、そして、自らの暮らしが楽になる様に、長い時間をかけて、色々な物を生み出しているんだよ。でもね、エルフ族はいくら待っても、何も生み出さない。やっていることは、他国の要人暗殺だけ。

 僕はね、創造主として恥ずかしいんだ、わかるかい。他の奴らが造った種族が発展する中、僕の造った種族だけが、何も進歩しない。これは耐えがたい屈辱だよ。

 だからね、やり直そうと思っているんだ。エルフ族を根絶やしにして、新たなエルフに変わる種族を生み出そうと。それをマティアスに言ったら、困るって言うんだ。ま、言われたところで知ったことではないんだけどね。

 でもさ、いくら少ないって言っても、エルフ族もそこそこ人数いるじゃん、世界に散らばってもいるし、悩んでたんだよね。そしたらさ、オーヴィル、君が究極の扉を開けるって言うじゃない。だったら、これに乗っかれば楽できるじゃん。

 で、しばらくは静観しようかなって思ってるんだ。

 そういうことで、マティアスとしては、僕を殺すことも止めることも出来ないから、せめて国を出て行って欲しいと。エルフ族には二度と関わり合いを持って欲しくないって言うんだ。困ったものだよ、わがままが過ぎて。」

 僕は、この話しの落としどころが全く見えなくなってしまった。とにかく、話しを聞いたし、このまま退出して良いのだろうか。それとも何か言った方が良いのだろうか。炎の旅団のメンバーもやっと話しの内容が異常なことに気付いて、緊張をしている。

 とにかく、この場は一刻も早く去らねばならない。

「なるほど、お話しの内容は良くわかりました。私が究極の扉を開けて、世界を平和にすることをお待ちになられているのですね。では、早速トリスタンに戻り、パノティアに向かうとしましょう。では、我々はこれにて。」

「世界平和、うける。オーヴィル、君本当に面白いよね。ま、頑張ってよ。期待せず待っているからさ。

 でもさ、さっきから気になってたんだよね、そこにエルフがいるじゃん。出来損ないの種族、しかも、僕の設計ミスによる記憶障害がもうすぐ始まる奴。あれも僕の汚点だ、見ると存在を消し去りたくなるんだよね。

 オーヴィル、そいつは置いて行きなよ、ここに。」

 全員の緊張が一気に高まる。僕はアイリーンを守るべく、あえてユニコーンに近づいた。

「それは困ります、彼女は大事な仲間ですので。」

 そう言うか言わない内に、ユニコーンは頭を下げて、アイリーンに向かおうとした。僕は咄嗟に、その動きを止めるべく、ユニコーンに体当たりをした。そして、僕の腹はユニコーンに貫かれ、頭を上げたユニコーンの顔に体ごと乗っかった。

 口から鮮血が噴き出す。何とか自分の背中を見ると、角は僕の背中から、僕の体液をまとわりつかせ、生えていた。

「あぁ、何やってんだよ、オーヴィル。君の血液で体が汚れたぞ。それに、君すぐに死ぬよ。しょうがないな全く。」

 そう言ったユニコーンは、僕の体を、頭を振って乱暴に降ろし、マナを使って治療をしてくれた。損傷した脊髄を丁寧に治し、神経を繋ぎ合わせ、血管を繋いだ。不足した血液は、筋肉を溶かし、栄養素に変え、造血もした。

 あっという間だ、ものの1分もかかっていない。治療は終わったが、流石に立ち上がる力は残されていなかった。そこへ、アメリアに止められていたアイリーンが泣きながら僕にすがってきた。何を言っているのか分からないが、怒っているようだ。

 アメリアはじっとユニコーンを見つめている。炎の旅団の他のメンバーは僕の様子を見て安心しているようだ。ユーリだけはいつでもユニコーンに攻撃を仕掛けられるように、剣を構えていた。

 僕は何とか力を振り絞り、ユニコーンに言った。

「治療ありがとうございます。助かりました。助けていただくついでに、何とか我々をこのまま行かせてもらえないでしょうか。」

「今思い出したんだけど、必要だったんだよね、5種族が。ごめん、ごめん。忘れてたわ。

 うん、行っていいよ、もう。また会うと思うけど。それまで元気でがんばってねぇ。」

 

 僕たちは何とか危機を脱し、無事に城外へ出ることが出来た。僕は動くことが出来ないので、スピロに頼んで運んでもらい、巨人たちの村で一晩休ませてもらうことにした。

 巨人たちの村では、アメリアが付きっ切りで面倒を見てくれた。僕の無茶を咎められるかと思ったが、そのことは何も言われなかった。ただ、アイリーンのためには命を張るのね、と少し嫌味を言われたが、それもアメリア流の冗談だと理解している。

 アイリーンとリサは心配して部屋まで来てくれたが、僕の顔を見て、一言二言会話したらすぐに出て行った。この状態で迫られたらそれこそ抵抗出来ないので、安心した。ま、少し残念ではあったが。

 次の日には、トリスタンに戻るべく、出発した。帰りも魔物は出たが、大きなトラブルに会うこともなく、無事にトリスタンへ着いた。明日にはマティアス卿へ報告をして、準備出来次第、パノティアに向かおう。


 マティアス卿との面談は、アイリーンを連れて行くことにした。マティアス卿と初めて会った時もアイリーンが一緒だったし、ユニコーンの話しをアイリーンと二人で話したかったのもある。

城を訪れると、前回連れてこられた部屋に通された。また、豪華な応接セットにアイリーンと並んで座り、マティアス卿が現れるのを待った。

「イレーネ、緊張していないかい。」

「大丈夫。オーヴィルがいれば。」

 うつむき加減で話すアイリーンは、やはり少し緊張しているようだ。手を握り、安心させる。アイリーンは手を少し強く握り返し、そして指を絡ませてきた。僕は、アイリーンの耳元で囁くように言った。

「イレーネ、僕はそばにいるよ、安心して。」

 アイリーンは頬を紅潮させ、僕を見た。そして微笑んだ。


 部屋にマティアス卿が入ってきた。慌てて手を放し、立ち上がる。それを見たマティアス卿は笑いながら近づいてきて、僕の前に来て言った。

「いやいや、少し来るのが早かったですかな、失礼しました。」

 僕は、少し照れながら返した。

「すみません、マティアス卿、変な所を見られてしまいました。」

「何をおっしゃいますか、変なことなど一つもありませんよ、彼女は美しい、男ならだれでも彼女に見惚れ、そして、愛の言葉を囁くでしょう。」

 相変わらず、大げさな物言いだったが、照れている僕には丁度良かった。気を取り直し、僕は真面目な顔して本題に入った。

「マティアス卿、今日は報告に参りました、ユニコーンとの会話について。」

「えぇ、お待ちしておりましたよ。」

「ユニコーンは、エルフ族を淘汰し、新たな種族を創造すると言っていました。ただ、今はまだ静観すると、私が究極の扉を開けるまでは。

 今回、私がユニコーンと話すように言われたマティアス卿の真意は、私がユニコーンに殺されることを望んだからでしょうか。」

「まさか、どちらかというと、オーヴィル様にユニコーンを退治して欲しかったのです。ま、共倒れになっていただけたら、それが私にとっては一番都合が良いのですがね。」

「意外とはっきりと言われるのですね。」

「まぁ、隠せるとは思ってもおりませんので。」

「で、私もユニコーンも無事、このシナリオは最悪のケースですか。」

「いえいえ、想定内です。一番高い可能性でした。ですから何の問題もございません。

 今は静観すると彼が言っているのであれば、我々一族も少しだけは寿命が伸びましたな。ただ、根本的な解決には遠い状態です。

 そこで、オーヴィル様にあらためて、ユニコーンの討伐をお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。」

「大変申し上げ難いことですが、私たちでは、ユニコーンに勝てません。ただ、究極の扉を開けることが出来たら、この状況を打開できるかもしれません。」

「なんと、本当ですか。それは、本当に期待しても良いのですかな。」

「もちろんです。」

「わかりました、ではそれに期待しましょう。もう我々には打つ手はありませんので。」

 マティアスはそう言うと、いつもの大げさな雰囲気を消え失せ、肩を落としていた。そんな姿の所悪いが、ここにはもう用は無いので、さっさとお暇することにする。

「では、マティアス卿、報告は以上です。我々はこれで。」

 マティアス卿は、我に返り、扉まで見送ってくれた。一族を率いる身としては辛いだろうな、命運を他者に握られ、その打開策も他人に委ねなければならないとは。


 城を出ると、アイリーンを連れ、城壁を登った。城壁からの景色は、トリスタンの街を見下ろし、目の前に広がる森を一望できた。外を見ながら、アイリーンの左側に立ち、左手で、アイリーンの右手を握る。

 少し冷たい風にあたりながら、二人で遠くを見ながら、話をする。

「イレーネ、ユニコーンが君の記憶について言っていたこと、炎の旅団のメンバーに何か聞かれたかい。」

「ううん、聞かれてない。多分聞かれない、他の人の事情は聞いちゃいけない決まりだから。」

「そっか、なら良いんだけど。少し気になっててね。」

「それより、オーヴィルさっき言ってた。究極の扉開けたら、ユニコーン止められるかもって。私止めて欲しい、私、まだオーヴィルと一緒にいたいよ、記憶がなくなるまでは、一緒にいたいよ。」

 アイリーンは泣いていた。僕は、どうするべきなのだろうか。

アグリオスに言われた通り、後悔をしない選択をしたい。例えそれが、当初目指した目的を諦めることになったとしても。でも、きっと僕は最後の最後まで悩むのだろう。

 今は、助けられると約束できない代わりに、アイリーンを精一杯慰めてあげよう。僕は泣いているアイリーンをそっと抱きしめた。寒くないように、風がアイリーンに当たらないように気を付けながら。

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