ゴンドワナ公国
第七章 ゴンドワナ公国
ユーリ・レオーノフ
私は男爵家の次男として生まれた。当然家督は兄が継ぐ、だから、幼き頃より体を動かすことが得意だった私は、騎士団への入団しか道はなかった。そしてその道の通り、16歳の成人の儀の後、騎士団員となった。
騎士団の主な仕事は王の警護、国防、治安維持だ。ただ、平和なローレンシアでは日々の訓練以外にやることは少なかった。だからかもしれないが、騎士団員達は、自分の階級を上げることだけに興味を持ち、日々有力貴族に取り入るか、他人を蹴落とすか、無駄なことに時間を費やしていた。
出身家の爵位や騎士の階級で見下し、馬鹿にしてくる者たちの相手は面倒だし、疲れるが、それでも私は、毎日訓練に励み、与えられた仕事を地道にこなし、充実した毎日を過ごすことが出来ていた。
私が騎士団で8年を過ごし、24歳になった時、ウィルバー・リリエンタールが騎士団に入団してきた。リリエンタールの血筋、それによる強さ、彼はすぐに騎士団の中心となり、彼に取り入り出世しようとする者達に囲まれた。
彼自身もその心地よい世界に浸り、庶民を見下し、人族以外を見下し、他国さえも見下していた。それが間違っていること、国民の安全を守る騎士団の精神に反することを、誰も指摘することはなかった、私も含めて。
それでも、私自身に火の粉がかからなければ、それで良いと思っていた。私も十分打算的な思考が出来るぐらいには、歳を重ね、成長もしていた。そんな時、私はウィルバーに呼ばれ、侍従に指名された。
最下層の騎士だった私が、突然王子の侍従となった。それを面白くない取り巻き連中は、ことあるごとに私に嫌味を言ってきたが、ウィルバーの手前、それ以上の嫌がらせをすることは無かった。
後から知った話しだが、ウィルバーの兄ルクランが、弟の今後を心配し、真面目な男を侍従にせよと、指示を出し、真面目だけが取り柄の私に、白羽の矢が立ったようだ。
ルクランの思惑通り、ウィルバーは私に影響され、生まれの違いによる差別をすることなく、全国民の安全を守ることを騎士の使命として考え、行動するようになった。ただ、本質は何も変わらなかったが。
それから2年が経ち、26歳の時、ウィルバーの侍従から外され、ただの騎士に戻った。以前の王子の取り巻き連中が画策したのだろう、その後、街の警備担当となり、血筋だけが取り柄の差別主義者が私の上司になった。
ある日、詰所に連絡が入った。盗賊崩れの男たちが街で騒ぎを起こし、子供たちを人質に、酒場に立てこもったとの内容だった。私は子供達を救うべく、数名の同僚と共に現場へ急行した。
現場では、警備兵が酒場を包囲し、犯人たちへ、投降するように呼び掛けていた。警備兵から詳細を聞くと、犯人は3名、長剣を所持、人質は2名、2名とも子供で、酒場近くのスラムに住むドワーフ族とホビット族の子供だと分かった。
その内容を聞いた同僚たちは及び腰になった。他種族の人質を救出することは騎士の仕事ではない、今の上司はそういう判断をする男だったからだ。だが、同僚たちは責められない、彼らは準男爵もしくは男爵家出身の次男か三男だ、この仕事を失えば、家の敷居を跨ぐことも許されず、帰る家が無くなる。
でも、私は子供達を助けるべきだと思った。助けられるその力が自分にあるなら、そうするべきだ。それに、私は騎士の立場にはもう疲れていた。騎士を辞めても構わないと思っていた。
私は単身、酒場に乗り込み、犯人たちを抵抗する隙も与えず切り伏せた。そして子供2名を無事に救出した。同僚たちはその行為を賞賛してくれたが、詰所に戻ってからは、誰も弁護をしてくれなかった。そして、私は騎士を辞めた。
兄の立場を悪くするわけにもいかず、家には戻らず放逐してもらった。行き場を無くした私は、少ない貯金で家を借り、自分がすぐに出来る仕事、傭兵になった。騎士崩れとはいえ、腕には自信があり、すぐに大きな傭兵団に所属することが出来た。
でも結局、融通の利かない性格が災いして、傭兵団でも上手くやれることが出来なかった。また一人に戻り、仕事にもありつけない日々を過ごしていると、1人のドワーフに声を掛けられた。それがノーマンだった。
ノーマンはローレンシアでも有名な300名を超える傭兵団、獅子の咆哮の主要メンバーで、傭兵の中では有名人だった。そんな男がわざわざ私に声を掛けた、どうやら、他種族の子供を救って、騎士団を首になった男がいるとの噂を聞きつけ、会いにきたらしい。
ノーマンにのせられ、酒に酔わされた私は、今までの騎士としての人生を洗いざらい語ってしまった。それを聞いたノーマンは大いに笑い、そして大いに馬鹿だと罵った。それに腹が立ち、ノーマンと一晩中喧嘩し、朝にはお互い顔を腫らして別れた。
それから3日後、ノーマンがまた訪ねてきた。そして私に言った、お前が誰とも上手く出来ないなら、お前が組織に合わないなら、俺が一緒に組んでやる、と。ノーマンは獅子の咆哮を辞め、私の元に来てくれたのだった。
私は嬉しかった、そして、ノーマンと二人で、炎のように熱い絆を結べる仲間たちと、ローレンシア一番の人数を抱えた、旅団クラスの傭兵団を作ろうと、炎の旅団を結成した。
その後、傭兵の中でも、はぐれた者達を集めた。戦闘訓練も受けたことのない傭兵駆け出しの獣人族、気に入った仲間しか治療しないわがままなエルフ、バルティカのスパイだと噂のあるホビット族。
何とか5人で小さいながらも仕事をこなし、地道に実績を積んだ。少しは傭兵仲間に炎の旅団の名前が知れたころ、ローレンシア国宰相、ショージ・マキシムに王宮への呼び出しを受けた。
蜥蜴族の長老
ゲッコーと二人で、オーヴィル様への報告を終え、ドックに教えてもらった、オールド・レッドの北にある、早馬専用の道を目指した。それを使えば、蜥蜴族の長老がいる場所までは10日で着くはずだ。
入り口には、案内人がいるとのことだったので、探していると、大きな看板に、馬専用道と書いてある。看板のそばには小さな小屋があり、どうやら案内人は小屋の中にいるようだ。小屋に入り、案内人に声をかける。
「これから急ぎ蜥蜴族の集落まで行きたいのだが、道は使えるか。」
「使えますよ、今は封鎖している個所も無いです。この道使うの、初めてですかね、念のため、説明しましょうか。」
「あぁ、頼む。」
「じゃ、早速。ここから東に進めば蜥蜴族の領地につきます。最初の集落は大きな看板が出ていますので、見落としされないよう気を付けてください。
それから、道沿いには小さな町が二つあります。食料の補充と宿は問題ないです。
道沿いには、終点までの間、だいたい馬で半日の距離の間隔で、泊まれる簡易小屋と飼葉、水が用意された馬小屋を設置しています。ご自由にお使いください。ご利用の料金はいただきませんが、奇麗にお使いください。結構掃除が大変なんで。
最後に、道の使用料は頂戴しませんが、可能な限り道沿いの町で買い物をしてください。その売上粗利から道の補修や小屋の管理費を捻出してますんで。
では、いってらっしゃいませ。良い旅を。」
ゲッコーと馬に乗り、走り始める。道は小石などが丁寧に取り除かれていて、馬も走りやすそうだ、普段よりも速度が出ている。往復20日間の長丁場だ、途中に用意されている小屋には必ず寄り、馬も人も出来るだけ休憩を挟みながら移動しよう。
ゲッコーは馬の移動にも慣れたのか、走りながら馬上で眠り、休憩中は良く食べた。何だか良く笑うようになっている気もする。とても良いことだ。
10日間の移動を終え、大きな看板を目印に道を逸れ、最初の蜥蜴族の集落へ着いた。早速聞き込みをすると、ゲッコーの言う通り、数千歳の長老なんている訳ないと一蹴されてしまった。その代わり、その集落の年長者に話しを聞くことが出来た。
その人物は、たまたま、オールド・レッドの皇帝官邸の改築工事に携わっており、皇帝官邸の地下には巨大な遺跡があることを教えてくれた。
その他の情報、不思議な技術で建てられた遺跡や、古代からアバロニアの中心はオールド・レッドであったこと、それらの情報から、鍵は間違いなくその遺跡に隠されていると考えられる。その後、ゲッコーに解析してもらい、裏付けが取れた。
早速オールド・レッドへ戻り、オーヴィル様に報告しなければ、と思ったが、流石に移動ばかりだったので、息抜きを兼ねて一日だけ集落に滞在し、ゲッコーと集落で釣り体験をすることにした。
「蜥蜴族の集落は淡水漁業が盛んだ。ゲッコー釣りしたことないだろ、ここで、釣り体験が出来るらしい。今日はここに泊まって、明日釣り体験してから戻ろう。」
ゲッコーに伝えると、返事に迷っているようだった。
「オーヴィル様、待ってる。大丈夫?」
ゲッコーに安心するように伝える。
「一日程度工程が延びても問題はない、どうだ、いやか。」
「大丈夫なら、釣りしたい。魚食べたい。」
ゲッコーは笑みを浮かべ、いつもとは違う高い声で言った。
「じゃ、決まりだな。」
翌日は朝から釣りの道具を借り、蜥蜴族に指導を受けながら、渓流釣りに挑戦した。思うようには釣れなかったが、何匹かは釣り上げることが出来た。ゲッコーは思いのほか喜んでくれた。その日は釣った魚を食べ、良く寝た。そして、翌朝、また馬で10日間の旅を始めた。
オールド・レッドに戻ると、早速オーヴィル様に報告をするため、宿を訪ねた。残念なことに、二日前には地下遺跡で鍵を手に入れたとのことだった。
「オウル、すまん。無駄に遠くまで走らせてしまった。」
「滅相もございません、謝るのは私の方です。調査報告が遅くなってしまい。」
「いや、オウルのせいではない。だが、もう一つ頼まれてくれるか。」
「もちろんです、何なりとお申し付けください。」
「僕たちは馬車を手配し、準備出来次第、ゴンドワナの首都トリスタンへ向かう。出来れば情報は早めに欲しい。そこで今から馬でゴンドワナへ発ち、先に情報収集を頼みたい。
帰ったばかりで悪いが、頼めるか。」
「もちろんです、それが私の務めですので。では、トリスタンでお会いしましょう。」
宿を出て、ゲッコーに、オーヴィル様からの依頼を申し訳なく告げた。
「ゲッコー、すまん、また移動だ。今度はゴンドワナだ。」
「オウルといればどこでもいい。移動も慣れた。」
ゲッコーは疲れも見せず、元気そうに言った。
「そうか、でも調子が悪くなったらすぐに言え。」
「わかった。ゴンドワナでも釣り出来るかな。」
「どうだろうな、別な遊びがあるかもしれんぞ。」
ゲッコーは満面の笑みを浮かべ、楽しみだ。と言った。
ゴンドワナに移動する前に、トリスタンに居るインフォーマントの情報が必要だ。定食屋ドックへ行き、確認することにした。
ドックは忙しそうにしていたが、こちらも時間がない、申し訳ないが対応してもらう。
「蜥蜴族の集落から戻ったばかりだが、今からゴンドワナに発つ、トリスタンのインフォーマントを紹介してくれ。」
「慌ただしいな、トリスタンのインフォーマントは仕立屋キャットだ。」
ドックは律儀に対応してくれる。
「他に情報はないか。」
「今は特にないな、今、この街では、闘技場の絶対王者アレッサンドラが大けがをして、再起不能かもしれないと大騒ぎだ。そのせいで他にろくな情報が入ってこない。」
「分かった、知らん奴だが、有名なんだろうな。」
「あぁ、有名だ。じゃ、気をつけろよ、それからアナリストも頼んだぞ。」
ドックは不愛想だが、中々気の利く男だ。
「わかった、色々ありがとう。」
ドックと分かれ、ゲッコーを馬に乗せ、トリスタンへ向け出発する。トリスタンでは今度こそ、オーヴィル様の到着前に情報収集と解析を済ませておかねばならない。
いざ、ゴンドワナ公国へ
アバロニアでの鍵回収も終わり、次はゴンドワナ公国へ向かう。馬車はバルティカに置いてきてしまったので、新たな馬車を調達することにした。調達には、3、4日待たなければならない。
のんびり待つことにしたが、オールド・レッドではアレッサンドラの大けがの話題で、持ちきりだった。出発前には、アンドレア皇帝に挨拶へ出向かなければいけないと言うのに、面倒なことだ。
3日後、馬車の準備も終わり、炎の旅団のメンバーも旅の準備が終わった。気が進まないが、明日にでもアメリアとアンドレア皇帝に挨拶へ伺おう。だがその前に、リサとの面談も済ませなければならないと思う。
その日の午後、僕一人でリサと面談することにした。部屋に来てもらい、話をする。
「リサ、時間を取らせて悪いね、今後も傭兵の仕事を続けられるか、あらためてリサの気持ちを聞かせて欲しいと思っているんだ。
アレッサンドラとの一件で、精神的に疲れたと思う。これ以上続けられないなら、ここで別れよう。今まで働いてもらった報酬は払わせてもらうよ、そこは安心して欲しい。」
リサは僕の話を俯いて聞いていた。僕の話が終わると、顔を上げ僕の目を真っすぐ見て答えた。
「わたし、アレッサンドラに怖がらされて、もう二度と戦闘には参加出来ないと思った。今まで死ぬことを考えてこなかったから、死が目の前に来た時、何もすることが出来なかった。
でも、私には戦うことしか出来ないから、誰かに認めてもらえること、これしかないから。それに、オーヴィルの役に立ちたいと思ったら、頑張れた。オーヴィルのお兄さんとの戦いでも頑張れたよ、わたし。
だから、傭兵は続ける。オーヴィルについて行く。」
「分かったよ、リサ。じゃぁ、これからもよろしくね。」
僕の言葉を聞いて、リサは満面の笑顔になり、席を立ち、僕の座っている席の横まで来た。そして、触れるほど顔を近づけて言った。
「ねぇ、オーヴィル、わたし頑張ったよ、だからご褒美ちょうだい。」
僕は、慌てて立ち上がり、何とか理性を保ち、近づいてきたリサの両肩に手をかけ、それ以上の接近を阻もうと試みた。
「リサ、近いよ、どうしたんだい。」
リサは無言で、リサの肩に置いた僕の手を外し、抱き着いてきた。リサの体は筋肉質なはずなのにとても柔らかい。柔らかい胸が、僕の胸に当たる、温かい太ももが僕の足に絡む。僕はその心地よさに抵抗することが出来ず、抱きしめられたままになった。
しばらくすると、リサは離れて、潤んだ瞳で僕にささやくように言った。
「今はこれで我慢する。でも、もっと頑張ったら、もっとご褒美もらうから。」
リサは部屋を出て行った。僕も頑張った、偉いぞ、オーヴィル。
翌日、アメリアと皇帝官邸を訪ねると、アンドレア皇帝はわざわざ時間をとってくれ、執務室に案内してくれた。立ち話しで十分だったのだが、ソファにかけるよう促され、お茶まで出されてしまった。
笑顔のアンドレア皇帝は言った。
「いよいよ、ご出発されるのですな、ゴンドワナに。」
「はい、ご協力いただいたおかげで鍵も見つけることが出来ました。感謝いたします。」
「いえいえ、特に何かしたわけではございませんので。
ちなみにアバロニアはゴンドワナと国交がございません。但し、人々の行き来は自由ですので、ご安心ください。それと、ゴンドワナを通過し、パノティアと輸出入をしている関係で、アバロニアから入国する場合は街道使用税が発生します。現地でお支払いください。
私が持っているゴンドワナの情報はそんなものです、少ない情報で申し訳ない。」
「とんでもない、情報ありがとうございます。では、私たちはこれで。」
席を立とうとすると、アンドレアに引き留められた、やっぱりか。
「オーヴィル王太子、アメリア王太子妃、実はお伺いしたいことがあるのです。」
「何でしょうか。」
「アレッサンドラのことです。お聞き及びかと思いますが、彼女は今、大けがをして療養中なのです。ただ、怪我の原因を本人が硬く口を閉ざしており、はっきりしません。
ご存じの通り、アレッサンドラには超回復能力があります。その彼女が怪我をした状況を推測すると、一つ、怪我の再生が間に合わない速度で、怪我を負わされた。二つ、怪我が再生できない程、何度も何度も怪我をさせられた、三つ、超回復の能力を奪われた。この三つが複合的に起きたと考えられます。
ただ、アレッサンドラにそんな真似が出来る存在がいるとは考えられないのです。ですが、超回復の能力をはじめから奪われていたのであれば、可能性はあるかと。
そこで、マナの扱いに詳しい、王太子、王太子妃に、超回復の能力を奪うことが可能なのかをお聞きしたいのです。」
アメリアがいつもの様に笑顔で答えた。
「それは可能です。但し方法はわかりません。私は先日、魔女サリー・ライドがわが夫に仕掛けた攻撃で、回復能力を奪うのを確認しております。
ですから、アレッサンドラさんも、魔女に襲われたのではないでしょうか。」
「なるほど、魔女ですね。いやぁ、やはりお聞きして良かった。目的は分かりませんが、魔女は力ある者を狙っているのでしょうか。我々も十分に警戒しますが、お二人も十分お気をつけて、旅をお続けください。」
「では、これにて失礼いたします。」
僕たちは皇帝官邸を後にした。念のためだが、アメリアに確認してみる。
「ねぇ、アメリア、アレッサンドラは誰に襲われたのか、絶対に言わないよね。」
「もちろんです、オーヴィル。絶対です。」
「じゃぁ安心だけど、その絶対の理由は教えてくれるかい。」
「いいえ、内緒です。」
アメリアはいつものように笑って答えた。
ゴンドワナ
巨大大陸イースタルの中北部に位置する国「ゴンドワナ」は公国である。貴族の中から次世代の王が選ばれ、就任する。現在の王は伯爵家出身のマティアス・ディアス卿である。
これはゴンドワナに住むエルフ族の繁殖力の問題が関係している。エルフ族は長寿の代わりに、子孫を残し難い。故に国を統治する者を、王家だけではなく、貴族の中から選出する方法を取らなければならないからである。
気候は通年涼しく、秋であり、作物が育ちにくい。国土の90%以上は森林地帯で、収穫できる作物は気候にあった、山菜類や果実のみとなっている。
エルフ族は、先に述べた長寿、千年以上の寿命と、人族と形は同じだが、見た目は大きく違い、真っ白い肌、金色の瞳、まっすぐに伸びた金色の髪が特徴である。
エルフ族は自給自足の生活を行っており、国としての産業はない。人口は約三千万人で、イースタルに住む種族の中で最も少ない。ゴンドワナに他種族が定住することを認めておらず、単一種族で構成され、他国との交流も一切ない。但し、人々の行き来の制限は設けておらず、エルフ族の観光客は、どの国でも数多く見られる。
首都トリスタンは国の中央部に位置し、魔獣の侵入を防ぐために建てられた、高さ5m程の木製の壁を、直径2kmの円で囲った形をしている。その中心には高さ10mの城壁で囲まれた、貴族たちの住む街がある。平民街には商店もあり、その多くは許可を得た、ホビット族、獣人族、ドワーフ族が経営し、特別に居住を許されている。そして、約10万人が暮らす、ゴンドワナ随一の都市である。
トリスタン
オールド・レッドからトリスタンまでは、馬車で20日の工程だ。街道は整備され、小さいが町もあり、食料の調達にも困らず、野宿する必要もない。治安も比較的安全で、盗賊なども滅多に出ないそうだ。
ゴンドワナ入国の際は、アンドレア皇帝が言っていた通り、街道使用税を払った。この税を使って、街道を整備、維持しているとのことだ。エルフたちは土木作業をしないので、ドワーフや獣人族を雇うために、資金がいるそうだ。
のんびり馬車に揺られているだけの旅は、退屈ではあるが、アメリアと二人ゆっくりと外の景色を見ながら、適当な話しで笑いながら過ごす時間は、とても良い時間だった。そんな時間が永遠に続いたら良いのにと思えた。
トリスタンに到着した。トリスタンの街はオールド・レッドほどではないが、色々な商店が並び、飲食店や宿屋も多い。街中にはエルフ族が大勢歩き、賑わっている。
手頃そうな宿屋を見つけ、トリスタンでの拠点とした。しかし、ゴンドワナの情報は少ない、とりあえずユーリに今後の活動について、意見を求めることにした。ユーリを部屋に呼び、その旨依頼すると、アイリーンの同席を提案されたので、許可を出した。
ユーリとアイリーンの三人で話しを始める。まずユーリが口を開く。
「私は、オールド・レッドの図書館で、ゴンドワナの情報を集めましたが、公国制であるとか、他国との国交がないとか、エルフ族は長寿であるとか、誰もが認知している情報しか見つけることが出来ませんでした。
手掛かりがないので、エルフ族のアイリーンに、知っている情報があれば、教えて欲しいと思う。どうだろうアイリーン、鍵について何か知っていないか。」
「私は、200歳までこの国にいたが、鍵の話しは聞いたことがない。ただ、私の両親ならば、知っているかもしれない。全くあてにはならないが。」
ユーリが訪ねる。
「ご両親はゴンドワナに住んでいらっしゃるのか。会うことは可能か。」
「トリスタンから東に行った森、ロストメモリーに住んでる。多分会える。ただ、エルフ族はトリスタン以外に他種族が入ることを嫌う、だから私一人で会いに行く。」
僕はアイリーンの言い方に何か引っかかりを覚え、聞いてみる。
「エルフが他種族と親交を持たないことは理解しているけど、トリスタン以外に他種族はゴンドワナの地に入ってはいけないの。」
「いや、入っていけない訳ではない、嫌がられるだけだ。」
「行っていいなら僕も行こう、僕とアイリーンの二人だけで。」
アイリーンはそれを聞いて身を固くした。やはり何か隠しているのではないかと思われる。それが、たいした秘密ではなくとも、アイリーンとの距離を縮めるために役に立つなら、知りたいと思う。だが、アイリーンは僕の提案を了承しなかった。
「いや、駄目だ。お前は魔族だ。一緒には行けない、まして二人きりなど。」
すると、ユーリが言った。
「アイリーン、お前は傭兵だ。そして雇い主はオーヴィルだ。雇い主の要望は叶えろ。正当な理由が無い限り、異議は認めん。これは炎の旅団リーダーとしての命令だ。」
おぉ、ナイスだ、ユーリよ。頼りになる。アイリーンは何かぶつぶつ言っていたが、逆らえるほどの理由が見つからず、しぶしぶ僕の同行を許した。そして、翌日には二人でロストメモリーに向かうことにした。
その後、オウルが報告に現れた。
「オーヴィル様、報告に参上しました。
ゴンドワナの鍵の在りかは、トリスタンより西、馬で3日の距離にある、古代都市遺跡にあると推測されます。ただ、三つ課題があります。
一つ目、馬で3日と申しましたが、道が整備されなくなってから時が経ち、荒れ放題になっているようです。馬車での通行は不可、馬でも慎重に進む必要があります。
二つ目、魔物や魔獣の出現頻度が高いようです。単なる魔物であれば良いのですが、遺跡の手前には、巨人の集落があるようです。
三つ目、古代都市遺跡には幻獣、ユニコーンが住んでいる噂があります。これはあくまで噂ですが。
以上の三つが課題です。そして、アナリストの解析結果を報告します。
巨人との対話は必要、鍵は遺跡の地下、幻獣ユニコーンは敵でも味方でもない、だが、脅威にもなりえる。以上です。」
「ありがとうオウル、助かる。これで、今後の活動計画が立てられる。」
「次のご指示を。」
「そうだね、しばらくゆっくりしてよ、休暇だ。オウルはこの国の産業を知っているかい、あ、もちろん裏の。」
「存じております。各国への暗殺者の派遣です。」
「そう、それを考えると、この国での潜入諜報活動は危険だと思う。だから休暇。五日ほど休んだら、先にパノティアに向かってくれるかな。」
「承知しました。それでは、パノティアでお会いしましょう。」
いつもの様にオウルはあっという間に去って行った。十分に休んでくれると良いのだが。
記憶の森
翌朝、アイリーンと出発する。ロストメモリーまでは馬車で二日の距離で、トリスタンからは乗合馬車も出ているが、エルフ族の手前、人族が乗るのは止めた方が良いとのことで、馬で向かうことにした。
意外にもアイリーンは馬の扱いに慣れていた。2人で馬を飛ばし、その日の夜にはロストメモリーに到着することが出来た。ロストメモリーは、直径10mもある木々をくりぬき、中に居住スペースを作った、エルフ伝統の住居群だ。
ここの一室にアイリーンのご両親がいるらしい。泊まるスペースもあるようで、アイリーンが今日はここに泊まれと言った。想像していなかった提案に僕は少しびっくりしたが、もちろんその提案に甘えさせてもらうことにした。
先ずはご両親に挨拶を済ませ、鍵について聞いてみよう。すでにオウルからの報告で、ほぼ場所は特定できているが、追加情報があれば欲しい。
アイリーンに連れられ、無数にある扉の前を通り過ぎ、目的の扉の前にたどり着いた。すると、アイリーンが部屋に入る前に約束して欲しいと言う。
「魔族、この部屋には私の両親が住んでいる。色々話しをするかもしれないが、話しを合わせて欲しい。そして、話しの内容に疑問を持たないでくれ。終わったら訳を話す。」
「わかったよ、アイリーン。」
アイリーンは扉を開け、部屋に入った。
「ただいま、父さん、母さん、あなた達の娘だよ。」
すると部屋の奥からアイリーンそっくりの、女性が出てきた。そして、アイリーンの顔を見ると、部屋の奥へ大きな声をかけた。
「マルコス、あんたの娘が来たって。」
その声に応じて、1人のエルフの青年が奥から顔をだしながら言った。
「ソフィア何だい、大声を出して。」
そして、青年はアイリーンの正面に立ち、アイリーンの顔を見て言った。
「えっと、どちら様でしょうか、お名前はなんと言いましたか。」
アイリーンは出来るだけ、はっきりとそしてゆっくりと話しかけた。
「私は、マルコスとソフィアの娘。」
マルコスはアイリーンをじっと見ている。そして急に笑顔になり、アイリーンに抱き着いた。
「愛しのわが娘、会いたかった。ソフィア、紹介するよ、僕の娘だ。名前はえっと、何だったかな。」
言われたソフィアは考え込んでいる様だったが、急に目に光が宿り、涙ぐみながら言った。
「あぁ、ごめんなさい、私の大事なイレーネ、忘れてなんかいないのよ。本当よ。」
そう言って、ソフィアはアイリーンに泣きすがった。アイリーンは何事も無かったかのように、とりあえず部屋に上がらせて、と言って入っていた。僕も慌ててついて行く。奥の部屋はキッチンとダイニングがあり、その奥に小さな寝室があるようだった。
アイリーンはダイニングテーブルに座り、マルコスとソフィアにも座る様にいう。2人は黙って座り、それを見ていた僕もアイリーンの横に慌てて座った。アイリーンは話しを始めた。
「父さん、母さん、教えて欲しいことがある。イースタルの伝承にある、究極の扉と鍵は知ってる?」
マルコスが笑いながら答える。
「そのおとぎ話は知っているぞ。賢者が5つの鍵を残し、この地の新たな人々に平和を託す話だな。」
「じゃ、そのカギがどこにあるか知ってる?」
「そんなのおとぎ話なんだから、ある訳ないじゃないか。鍵も扉もないよ。」
「そっか、じゃ、この国のお城はずっと昔どこにあったの。知ってる?」
マルコスがまたしても、笑いながら答える。
「お城の場所は昔も今もミュライユにあるぞ。そんなことも知らんのか。ユニコーンが守る森の中の城、子供でも知ってると思うぞ。」
ソフィアが訂正する。
「マルコス、今のお城の場所はトリスタンよ。ミュライユはその西、森の奥にあるわ。巨人達の集落の近くよ。」
「そうかそうか、お城は移動したのか。トリスタンとは聞いたことが無い場所だな。」
ソフィアは申し訳なさそうにアイリーンに言った。
「イレーネ、ごめんなさいね、父さんの記憶障害が大分進行してしまって。これでも今日はましな方なのよ。」
「いいよ、母さん。仕方がない。それから今日はここに泊めてもらえる、この男も一緒に。」
「もちろんよ、わたしの大事な娘ですもの。その男は、あなたの召使かしら。」
「うん、そんな感じ。」
「じゃ、寝床を用意するわね、待っていてちょうだい。」
そう言ってソフィアはダイニングに寝床を用意してくれた、1人分。召使は床で寝るのか、そりゃそうだよな。アイリーンはその後もソフィアと話しをしていたが、ソフィアの話しも、脈略なく変わったり、急に笑い出したりと、半分以上は会話になっていなかった。
マルコスもソフィアも寝る時間だと言って、寝室に入って行った。僕も寝ようと床に寝そべると、アイリーンが話しかけてきた。
「おい、魔族、床で寝るな、こっちへこい。」
アイリーンを見ると、寝床で横になりながら手招きしている。何かの冗談かと思っていたら、手を引っ張られるので、寝床にアイリーンと並んで寝そべった。アイリーンは僕の左肩に頭を乗せ、左足を僕の左足に絡ませる。アイリーンの方を向くと、顔が近い。アイリーンの息が僕の唇にかかる。
「魔族、前に言っただろ、性欲処理の相手をしてやると。約束を果たしてやる。」
僕は、アイリーンの重さと温かさで、理性が飛びそうになるが、何とか堪える。
「いや、アイリーン、すぐそこにお父さんとお母さんが寝てるんだけど。」
するとアイリーンはくすくす笑いながら言った。
「おまえ、ビビっているのか。それに両親は、頭はあれだが、体は若いままだ、その内始めるかもしれないぞ。」
「別にビビッてなんかないさ。」
そう言って、アイリーンを抱き寄せる、細くて柔らかい体が心地よい。右手で頭を優しく撫でる。僕の目の前には美しいアイリーンの顔がある、距離はほぼゼロだ。軽く唇が触れると、押さえていた欲望が爆発しそうになる。
「でも、お前には、アメリアがいるものな。私はアメリアが大好きだ。だからここまでで我慢しろ。私も我慢する、私はお前が欲しくても我慢する。」
そう言われてしまうと、何も出来ない。正に蛇の生殺し。でも僕は、アイリーンを優しく抱きしめ、アイリーンが眠りに落ちるまで、頭を撫で続けた。
翌朝、目覚めると、アイリーンは、すぐに出るぞ、と言った。マルコスとソフィアが起き、侵入者扱いされ、騒ぎになると面倒だと。僕は支度を済ませ、アイリーンと部屋を出た。馬に乗り、いくつもの大木の住居群を抜け、一息ついたところで、アイリーンは語り出した。
「父と母を見てびっくりしただろ。彼らは800歳を越える、もう寿命が近い。
エルフ族は長寿だ、だいたい人族の10倍だと考えるといい。つまり、彼らは人族の80歳を越えたぐらいだ。
それと、エルフ族は病気にも強く、肉体もある一定の年齢に達すると、それ以上は歳をとらない。ただ一点、脳を除いては。
脳は600歳を越えたあたりから、急激に衰える。そしてなぜか、大切であった記憶から失い始め、最後には、ほとんどの事を忘れてしまう。自分が何者か、最後には名前さえも。悲しい一族なのだ、エルフ族とは。
今通った、大木を使った住居群だが、あれは600歳を越えた者達が住むところだ。記憶を失い始めた年寄りたちは、ロストメモリーに押し込められる。外に出て迷惑をかけないように。
あそこでは、約一万人もの人が生活し、同じようなコロニーが近くに10か所ある。この国では、合計十万人もの年寄りが隔離生活を余儀なくされている。これが現状だ。」
長寿であることと、見た目の特徴ぐらいしか、エルフのことは良く知らなかった。加齢により、記憶をなくしていくのは、エルフ族だけではない、みな一緒だ。
だが、生きて行く年数が違う、何百年も大切な記憶を失って生きて行くことが、どんなことなのか、人族の僕には想像も理解も出来ない。ただ、僕はそんな人生は嫌だと思った。
僕は、アイリーンになんて声を掛ければ良いのか分からなかったが、ふざけて返してみた。
「でも、アイリーンは500歳だろ、僕が寿命で死ぬまでは後60年、僕が生きている間は、アイリーンは僕のことを忘れはしないさ。」
そう言うと、アイリーンは今にも泣きだしそうだった。僕は、そっとアイリーンを抱きしめた。そして、頭を撫でながら、大丈夫だよ、とささやいた。
しばらくそのままでいると、アイリーンは僕の肩に顔をうずめたまま、話しだした。
「私は590歳だ、歳はサバを読んだ。もう10年しかないんだ。でも忘れたくない、大切なことは忘れたくない、炎の旅団のみんなのことも、アメリアのことも。そして優しいあなたのことも。」
アイリーンはしばらく声を上げて泣いた。僕は黙ってアイリーンを抱きしめ続けた。やがて、泣き止み、いつものアイリーンに戻った。
「おい、魔族、さっさと行くぞ。」
「あぁ、帰ろう、みんなが待つトリスタンの街まで。」
暗殺者
馬を飛ばせば、遅くにはなるが今夜中に、トリスタンへ着けるだろう。そう思いながら、馬を走らせていると、嫌な気配に襲われ馬を慌てて止めた。
「アイリーン、止まれ。こっちに来て馬を降りてくれ。」
「どうした、魔族、また私に触りたくなったのか、変態め。」
アイリーンは状況が理解出来ていない、アイリーンを抱き寄せ、耳元でささやく。
「刺客に囲まれている、多分10人、アイリーンを守りながら対応できない、自分の身は守れるか。」
アイリーンは僕がふざけて抱き寄せたと思って、笑っていたが、僕の緊張で事態を察した。
「わかった、私は自分で何とかする。」
10人相手では骨が折れる。ゴンドワナの暗殺集団だとしたら、殺してしまうのは不味いか、外交問題に発展するのかな。少し悩んだが、仕掛けられた訳だし、遠慮なく行かせてもらおうと思う。
一人目のターゲットを決めて、相手に近づく。流石暗殺者、反応は速い。だが、速度は負けない、胴を切り払い倒す。と、アイリーンの叫ぶ声が聞こえた。慌てて、姿を探すと、アイリーンは拘束され、首に刃物を当てられていた。
いや、いくら何でも捕まるの早いだろ、アイリーンさん。僕は剣を捨て、両手を頭の後ろに組み、膝をついた。それを見たアイリーンが泣いた。
「ごめんなさい、オーヴィル、ごめんなさい。」
「大丈夫だよ、アイリーン、心配いらないから。」
僕はそう言って、アイリーンを元気づけた。そして、後ろ手で縛られ、麻袋を被せられ、馬車に乗せられた。うめき声からアイリーンも同様にされたようだ。ま、行先はトリスタンだろうから、自分で馬を乗る必要が無くなったと前向きに考えよう。
マティアス・ディアス卿
馬車が到着し、麻袋を被さられたまま運ばれた。目的の場所に着いたのか、麻袋を取られ、腕の拘束も解かれた。その場を見渡すと、アイリーンもそばにいて安心した。近くに豪華な応接セットがあったので、アイリーンと並んで、ゆったりと座った。
アイリーンは少し怯えていたので、手を優しく握り、大丈夫だと繰り返し伝えた。やがて、部屋の扉が開き、1人のエルフ族が入ってきた。僕は立ち上がり、挨拶をした。
「今日はお招きいただきありがとうございます。マティアス・ディアス卿、私はローレンシア王国 第三王子のオーヴィル・リリエンタールです。こちらは旅の仲間、アイリーンです、どうかよろしくお願いします。」
エルフ族の男は僕の名乗りを満足げに頷きながら聞いていた。
「私が、この城の主、マティアス・ディアスです。さすが、オーヴィル王太子、ご明察です。
それから手荒なお招きの仕方をしてすみませんでした。お楽しみ頂けるかと思い。」
「私は構いませんが、同行していたアイリーンが怯えてしまいました。
それと、暗殺者を一人斬ってしまったのですが。お許しいただけますか。」
マティアスは、両掌を上に向け、首を傾げ、大げさに困った顔をした。
「おやおや、そうでしたか。アイリーンさんには大変申し訳ないことをしました。何かお詫びの品でも、お送りさせていただきましょう。
それから、暗殺者のことはお気になさらず、どうせ消耗品です。代わりはいくらでも。」
何とも嫌味な男だ。好きにはなれそうもない。どうやらアイリーンも同感の様だ。とにかく目的を聞いてさっさとお暇しよう。
「単刀直入にお聞きします、私をお招きいただいた目的はなんでしょう。」
「オーヴィル王太子はせっかちですな。私との会話はお楽しみいただけませんか。」
「せっかくのお誘いなのですが、私にも予定がございますので。」
「仕方がありませんな、では用件を。我が国もリリエンタール家とは古くからのお付き合いがございます、現王のルクラン様とも。ですので、その弟君が我が国にお忍びで入国されたと聞き及び、是非ともご招待せねばと思った次第です。
それから、ここからが本題なのですが、一つお願いがございます。王太子は、イースタルの伝承にある鍵を探されていて、これから、ミュライユに向かわれるかと存じます。お聞き及びかもしれませんが、そのミュライユには幻獣ユニコーンがおります。
そのユニコーンに、この国を出て行って欲しいとお伝え願いたいのです。彼は何を考えているのか、気ままな行動で国に迷惑ばかりをかけます。そして、それを問い詰めるとのらりくらりと言い訳をするのです。
まともに相手をするのには疲れる相手ですが、話が通じない相手ではありません。是非お力添えを頂けましたら幸いです。」
良く分からない話だ、幻獣に出て行って欲しいと伝えるだけで良いのか。
「ご依頼の内容は理解出来ましたが、何故私に頼まれたのでしょうか。話が通じる相手ならば、正式な使者を出したら良いと思うのですが。」
マティアスはため息をつきながら、俯きながら言った。
「使者は出しました、それこそ何人も。ある者は相手にされず、ある者は口で丸め込まれ、ある者は殺されました。
もう、我が国には交渉が出来る人材がいないのです。そこに、王太子の噂を耳にしました。類まれな強さと頭脳、そして頼りになる仲間たち。その方がなんと、この国に滞在し、しかも、ミュライユに行かれると、そう聞けばもう頼む以外にはありません。
どうでしょう受けて頂けないでしょうか。」
「どのみちミュライユには行きますので、話しをするぐらいは構いませんが、結果はどうなるか、お約束は出来かねます。」
マティスはあからさまな造り笑顔で、派手な身振りで言った。
「おぉ、ありがとうございます。流石は王太子、器が大きい。それから、結果は求めません。ただ、ユニコーンの怒りであなたが殺されても、私は責任を取りません。」
全く都合の良いことを言う。ユニコーンとの交渉で万策尽き、困っていた所にたまたま僕が現れたから、とりあえず頼んでみた、そんなところか。まぁ、ついでだ、それに、どのみち幻獣とは話しをしたいと思っていた。
「では、私たちはこれで失礼させていただきます。ユニコーンとの交渉結果は、ご報告に上がりますの、ではこれにて失礼します。」
「吉報をお待ちしております、王太子。」
マティスは最後まで芝居がかった口調だった。
僕は退室の挨拶もそこそこに、アイリーンを連れて城外へ出た。アイリーンは元気がない。
「アイリーン、大丈夫かい。拘束されていたし、気分でも悪いかい。」
アイリーンは下を向いて首を横に振った。
「わたし、迷惑掛けた。すぐに捕まった。オーヴィル一人なら捕まらなかった。」
そんなことを気にしていたのか。まぁ確かにすぐに捕まり過ぎだが、相手は、世界の実力者達御用達の、ゴンドワナの暗殺集団だ。アイリーンには荷が重い。
「迷惑は掛かってないさ、大丈夫だよ。それにこうして二人とも元気で、何ともないじゃないか。さぁ、宿に帰ろう、みんなのもとに。」
アイリーンは元気なく笑った。僕はアイリーンが少しでも元気になるよう、アイリーンと指を絡ませて手を繋いで歩いた。アイリーンは僕を見て、恥ずかしそうに微笑んだ。
そういえば気になっていたことがある。
「アイリーン教えて、アイリーンのお母さんがアイリーンじゃなく、イレーネって呼んでいたのは、お母さんの勘違いかい。」
するとアイリーンはにっこり笑って僕の顔を見ながら教えてくれた。
「アイリーンは、この国の読み方じゃない、ローレンシアの読み方。この国では、アイリーンはイレーネとなる。」
なるほどそうなのか。一つ勉強になった。
「じゃ、僕もアイリーンじゃなくて、イレーネと呼ぼうかな。」
そう、冗談めかしに言ってみた。
「お前ならいいぞ、許してやる。でもみんなには内緒だ。二人きりの時だけイレーネと呼べ。アメリアにも秘密だ、わたしとお前だけの秘密だ。」
アイリーンは嬉しそうに、空を見上げながら言った。そのアイリーンの横顔はとても美しかった。僕はその横顔に見惚れながら、呼んでみた。
「あぁ、二人だけの秘密だね、イレーネ。」