邂逅
第六章 邂逅
闘士リサ
いよいよリサのデビュー戦だ。炎の旅団のメンバーを誘って、闘技場へ応援しに行こうとしたが、アイリーン以外は興味ないと断れてしまった。仕方がないので、アメリアとアイリーンを連れて、闘技場に行った。
今日もスタンド席は満員に近い。焼いた肉が挟んであるパンを買い、アイリーンに与え、3人で並んで座った。リサは第三試合なので、それまでは楽しく観戦しようと思う。第一試合は虎族同士の闘いだ。
早速、闘士が入場し、ホーンが鳴る、試合開始だ。2人とも動きが素人だ、武術も体術も訓練したことが無いのだろう。お互いに身体能力の速さだけで勝負し、殴り合う。まるで子供の喧嘩だ。
しかし、観客は盛り上がっていた。動きが洗練されていない、泥臭い闘いも受けがいい。血がより多く流れる方が観客は興奮する。やがて二人とも、顔は腫れ、血を流し、息が上がっていた。そして、痛みに、疲労に耐えられなくなり、心が折れた方が、膝をつき、勝者が決まった。
勝者が疲労困憊ながら、両腕を上げて勝利をアピールする。それを見た観客は歓声を送り、勝者を称える。賭けに負けた者たちは、観客席から敗者に向かって、汚いヤジを飛ばす。
観客たちは自分が痛みを感じることもない安全な場所から、人が痛めつけられる様、流す血を見て興奮し、金を賭ける。ユーリが嫌悪していた闘技場の姿、人々の欲望の渦だ。
だが、これは人が本能的に欲しているものだ、良いも悪いもない。それに、闘士たちはこれを生活の糧としている、立派な職業だ。ひょっとしたら死ぬかも知れない、怪我をして体を動かせなくなるかも知れない、そんなリスクを常に背負いながらの仕事だが。
次の試合までの休憩時間は、獣人族達による剣舞だった。一糸乱れぬその動きは、とても美しく、先ほどまで会場を支配していた血なまぐさい雰囲気をリセットし、観客たちに感動を与えていた。
第二試合も第一試合と同じようなレベルの試合だった。闘技場参加の案内にあった、賞金額一覧の通り、第三試合まではたいした賞金はでない、つまり、それほど高レベルな試合にはならないのだろう。
第二試合も終わり、いよいよリサの番だ。対戦相手は蜥蜴族となっている。相手の耐久力に対してどう闘うか、リサの今の実力を確認する上で、とても参考になる。しっかりと確認をさせてもらおう。
リサと対戦相手が闘技場に入場した。ホーンが鳴る。リサは教えた通り、基本の型で構える。対戦相手も構えるが、打って出るつもりは無いようで、防御の姿勢だ。蜥蜴族の初手としては正解だ。リサは対戦相手に接近し、拳を繰り出す。蜥蜴族はしっかり防御する。
リサはその防御の反応を見て、一旦距離をとった。そして呼吸を整え、自慢の速さを活かした攻撃を仕掛ける。一気に対戦相手に近づき、相手の防御が間に合わない速さで、拳を繰り出していく、対戦相手は身を固くし耐えるが、リサの攻撃は止まない。
やがて対戦相手は防御の姿勢が取れないほどダメージを負った。それでも立ち続ける相手にリサは鳩尾に正拳を入れ、相手の意識を完全に奪い、勝利した。
観客たちはその圧倒的な勝利に興奮し、声援を送る。その声援に応え、笑顔で手を振るリサの表情からは快感を覚えていることが読み取れた。
その後、第四試合は前の三試合と違い、レベルの高い、見どころのある試合が行われ、第五試合は恒例のアレッサンドラのストーリーのある試合が行われ、一日の対戦全てが終了した。
闘技場を出て、リサが出てくるのも待つ。やがて出てきたリサは、もらった賞金を手に、興奮冷めやらぬ態度で僕たちの方に走ってきた。
「みんな、見てた。わたし勝ったよ。オーヴィルに教えてもらったように、基本に忠実に動いて相手を倒したよ。」
僕は、少し圧倒されながら、リサに返した。
「あぁ、ちゃんと見てたよ。教えた通りに出来たね。」
リサは僕の唇に、触れるのではないか、というぐらい顔を近づけてきて、恍惚とした表情で言った。
「ねぇ、オーヴィル、わたしえらい、もっと褒めていいよ。」
甘い香りがするような吐息が僕を刺激する。するとアイリーンが慌てて、リサを僕から引き離し、リサに僕には近づくなと言っていた。
その様子をアメリアは、優しい表情で見ていた。
一度出場すれば満足するかと多少は期待していたが、残念ながらリサは闘技場に出場することに快感を覚え、その後も出場し続けた。1週間の内3回フルで出場し、全ての試合に危なげなく勝利した、そして第四試合にカードを組まれるほど、実力も認められていた。
5回目の出場の後、リサは事務局にアレッサンドラとの対戦相手に相応しいかどうか判断するため、翌日の朝、闘技場に来るように言われたと、僕に報告してきた。そして、不安なのでついてきて欲しいとも言われた。その申し出を了承し、アメリアとアイリーンの4人で闘技場へ赴くことにした。
アレッサンドラ
闘技場に着くと、事務局の男にスタンド席の真下にある、選手控室と医務室、事務局がある場所に連れていかれた。僕は初めて見る控室などを見回しながらついて行った。
選手控室は、ベンチが置かれているだけの簡素な部屋で、医務室も簡単な処置しか出来そうにない、簡易的なものだった。それは奇麗に整備されたスタンド席、闘技場に比べあまりにも質素だった。
事務局と書いてある部屋の前を通り過ぎ、さらに奥へ進む。どこまで行くのかと思ったら、絶対王者アレッサンドラ専用の控室まで連れてこられた。部屋の中に入ると、そこにはアレッサンドラが待っていた。
アレッサンドラは洒落た装飾品のついた、いかにも高そうな真っ赤な3人掛けソファの真ん中に一人で足を組んで座っていた、そして入室した僕らを一瞥した。事務局の男が、アレッサンドラに、ではお願いします、とだけ言い、部屋を出て行った。
「リサ、座れ。」
短く、低い声でアレッサンドラが言った。リサは言われた通り、アレッサンドラと向かい合って座った。リサはアレッサンドラと話しが出来ることが嬉しいのか、アレッサンドラを潤んだ瞳で見つめ、少し落ち着きが無かった。
「今日、お前を呼んだのは、私の相手が務まるかどうかを判断するためだ。今からいくつか質問をする。正直に答えろ。
一つ目だ、お前は何で、闘技場で闘う、金か、名誉か、それとも別なものか」
アレッサンドラはリサの目を真っすぐに見つめ、質問した。
「わたしが闘う理由は、闘いたいから、自分の実力を試したいから。」
リサもアレッサンドラから視線を外さず、自分の正直な気持ちを口にしている。リサの回答に何ら反応も見せず、アレッサンドラは質問を続けた。
「二つ目、自分の強さを知ってどうする。」
「今の自分の強さを知り、強くなるために何が必要か考え、更に強くなりたい。」
「最後の質問だ、お前は今より強くなって何がしたい。」
「あなたに、絶対王者アレッサンドラに勝ちたい。それが私のしたいこと。」
アレッサンドラはしばらくリサの顔を見つめ、言った。
「まぁ、良いだろう。次は実戦だ、闘技場に出ろ。」
アレッサンドラはそう言うと立ち上がり、あっという間に部屋を出て行った。僕たちは慌てて追いかけ、闘技場に向かった。
アレッサンドラは控室からの通路を出て、闘技場に入ると、振り向いて、ギャラリーはそこで見てろ、と言った。リサだけが闘技場に入って行く。僕たちは通路から闘技場の二人を見る。スタンド席とは違い、距離が凄く近い、見ごたえはありそうだが、真横からの観戦なので、闘いは見難くなるような気がする。
リサはアレッサンドラの前に立ち、構える。アレッサンドラは構えもしない。リサが仕掛けようとした時、アレッサンドラは強烈な、そして凶悪な殺気をリサに向かって放った。リサは一瞬で死の恐怖に心も体も支配され、震えながらうずくまり、その場で嘔吐した。
距離が近かったせいで、アイリーンも気に当てられ、うずくまってしまった。僕も少し気分が悪い。流石、アメリアは気を受け流し、逆に強い抗議を込めた気をアレッサンドラに放っていた。
その抗議の気をアレッサンドラに向けたまま、アメリアはリサのもとに駆け寄る。リサは嘔吐し続けている。僕もリサのそばに行く。しかし、なんてことをしてくれるのか、リサは二度とアレッサンドラの前には立てないだろう。いや、ひょっとすると、二度と戦闘に出られないかもしれない。それほどに凶悪な、殺気だった。
アレッサンドラはアメリアを見て薄ら笑いを浮かべている。そして言った。
「何か問題があるかい、お嬢さん。」
アメリアはリサを心配し、背中をさすりながら、アレッサンドラを見て言った。
「これが、あなたのやり方ですか。二度と逆らえない様にするためですか。」
「私は弱い奴が嫌いなだけさ、だから弱い奴は二度と闘技場に足を踏み入れたくない、そう思えるように、親切に警告してあげたのさ。」
アレッサンドラの言うことも分かる、それでも、実力差があまりに離れた相手に対してやることではないと思う。ここは戦場ではないのだ。
「アレッサンドラさん、僕はあなたが間違ったことを言っているとは思わない。ただ、大事な仲間がこんな扱いを受けて黙っている訳にもいかない。」
「じゃ、どうする少年、お前が相手になるか。リサよりは少し相手になりそうだが。」
アレッサンドラは変らず薄ら笑いを浮かべながら言った。するとアメリアが立ち上がり、僕の右斜め前に出て、左手を僕の体の前に伸ばし、僕を制止しながら言った。
「私がお相手いたします。ご不満ですか。」
「いや、不満はない。でも、お嬢さんに守られた少年、お前はそれでいいのかい。」
良くない、やはり良くない。僕はアメリアの左肩に右手を置き、こちらを見たアメリアに、首を横に振って、下がる様に伝えた。アメリアは素直に引き下がる。
「アメリア、リサとアイリーンを頼む。」
アメリアは頷き、リサを抱きかかえ、アイリーンが待っている通路まで移動した。
「いいねぇ、少年。楽しませてくれよ。武器と魔法を使用して全力で来な。」
「今武器は持っていないので、素手で行きます、但し魔法は使わせていただきます。」
「オッケー、じゃ、きな。」
僕は構え、マナで全身を強化する。筋力増強、骨格強化、皮膚硬化、神経伝達速度向上、これだけで、体内の栄養素を使い切った。朝食を食べ過ぎたと思っていたが、全然足りない。1分持つかどうか。
浮遊させ持っていたガスブロックを闘技場内に配置する。アレッサンドラが触れたら即起爆だ。僕は、意識を集中し、アレッサンドラに向かって突進する。アレッサンドラはマナで身体強化した僕の拳を余裕で避ける。まったく当てられる気がしない。
だからと言って、攻撃を止めるわけにはいかない、連続で拳を打ち出す。何とかしてガスブロックを配置している先まで誘導しなければならない。だが、アレッサンドラはその場を全く動かず、上体だけで僕の攻撃を避けていた。
そして虚しく1分が経過し、僕の身体強化が切れた。そして、スピードが遅くなった僕の拳を笑いながら避けたアレッサンドラは、伸びきった僕の右肘に、左拳で鋭い一撃を入れた。僕の右肘は本来曲がる方向とは逆に、勢いよく曲がった。アレッサンドラの拳は、その重い衝撃で、僕の右肘の関節を文字通り粉々に砕いた。
僕は後方に飛び、だらりと垂れた右腕を押さえる。治療には時間がかかる、普通なら一生治らない傷だ。今、マナを動かしても、修復するエネルギーが体内には残っていない。緊急で筋肉を、骨を溶融させる手もあるが、今は無駄だ。右肘はほっておこう。
アレッサンドラは疲れもダメージも負っていない、余裕の表情だ。次の瞬間、アレッサンドラの左足、膝から下が爆発し、肉が飛び散り、骨が見えた。アレッサンドラがその場を動かないのであれば、ガスブロックをそこまで動かせばいい。但し、時間がかかり過ぎた。
アレッサンドラは飛び散った自分の左足を見ると、満面の笑みを浮かべた。明らかに喜んでいる。そして次の瞬間には、吹き飛んだ左足は修復を始めていた。とても信じられない、すごい速さで肉が再生している。そして、あっという間に元に戻った。
今度はアレッサンドラが向かってきた。興奮状態だ、僕の左側頭部目掛け、右足で強力な蹴りを繰り出す。あ、駄目だ、避けられない、これ死んだな。
蹴りが当たる直前、鋭い声が飛んだ。
「そこまでだアレッサンドラ、彼を殺すな。」
僕はその声が聞こえたと同時に、アレッサンドラの放った蹴りの風圧で頭を揺さぶられ、失神してしまった。
次に起きた時には、アメリアが涙を流しながら介抱してくれていた。
「オーヴィルごめんなさい、やはり彼女の相手は私がすべきでした。あなたが傷ついたのは私の責任です。」
僕はまだ起き上がれる状態では無かったが、大丈夫だよ、一言だけアメリアに言った。
アンドレア皇帝
アレッサンドラの攻撃を止めたのは、アンドレア皇帝だった。闘技場でアンドレア皇帝が、僕とアレッサンドラの闘いを見ていたことでなんとなく事態を察した。右肘の手当を済ませ、アンドレア皇帝に面会を申し入れた。そして、翌日の午後、皇帝官邸で会うことになった。
リサはダメージが大きい。アイリーンが付きっ切りでそばにいるが、回復には時間がかかるだろう。今はアイリーンに任せるしかない。ユーリには状況を報告した、リサが立ち直らなければ、ここに置いて行くと判断したようだ。
そうだ、それしか方法はない。しかしその場合の補充をどう考えるかだ。僕としては、何とかリサに復活してもらいたい、その方がありがたい。
約束の時間になったので、アメリアと皇帝官邸へ向かった。アンドレア皇帝は、皇帝の執務室で出迎えてくれた。皇帝は初老の男で、恰幅の良い紳士だった。
「アンドレア皇帝、昨日はお恥ずかしい姿をお見せしました。ローレンシア王国、第三王子のオーヴィル・リリエンタールです。そして隣が我妻、アメリアです。」
「ようこそおいで下さいました、オーヴィル王太子、王太子妃。私がアバロニアの代表、アンドレアです。」
僕らはソファに座るよう促され、アメリアと並んで座った。回りくどい話しも面倒なので、単刀直入に聞いてみる。
「ところで、私たちが貴国へ入国したことをいつからご存じなのですか。」
「はい、それは当然我が国の領土に入られる少し前からです。我が国にも諜報機関ぐらいはございますので、他国の王族がお忍びで入国ともなれば、監視ぐらいはさせていただきます。」
「なるほど、当然ですね。それで、私たちの監視は当然だとは思いますが、何故、私とアレッサンドラさんを闘わせたのですか。」
「率直に申し上げれば、どの程度の脅威なのかを測らせてもらうためでしょうか。
今までアバロニアに興味を示さなかった、ローレンシアの王子がお忍びで訪問するのですから、しかもその王子が、あの英雄王の息子、それも武術、魔法とも最もバランスの取れた、兄妹の中で最強と言われるオーヴィル王子ですから、こちらも怯えます。
ですから試させていただきました。」
「そして、無様な醜態を晒した私を見て、安心されたと。」
「いえ、全く。」
「それは残念です。しかし、私の貴国への入国目的は、ローレンシアは関係ありません。個人的なものです。それに、貴国へ害をなすことはいたしません、お約束いたします。」
「そうですね、私個人的にはオーヴィル王子が害意を持って、我が国に入国したとは思っておりませんので、問題ありませんが、側近の中にはそれに納得しない者も多いのです。」
「もしアバロニアに害をなすようであれば、アレッサンドラさんに私を始末させれば良いと、私たちの闘いでそれが可能と証明されたのではないでしょうか。」
「えぇ、一対一であれば、アレッサンドラが勝利することは分かりました。しかし、オーヴィル王子とアメリア王太子妃、二対一であればどうでしょう。アレッサンドラに勝てますか。それは不明です。」
「随分と慎重なご意見ですね。」
「それはそうです。国の危機と言っても過言ではありません。でも、本日お話しさせていただき、王子が嘘をおっしゃっているとは思えませんし、やはり、害意も無いようなので、私から、疑っている者達には説明しておきます。」
「ご理解いただき、ありがとうございます。」
終始にこやかに話しをするアンドレアは、本心を見せていないようだ。ただ、本当の所はわからない、食えない狸オヤジだ。
アンドレは話題を変えた。
「ところでどうです、我がアバロニアが誇る観光都市、オールド・レッドは楽しんで頂けていますか。」
「もちろんです。宿、食べ物、娯楽、全てにおいて満足しています。素晴らしい街です。こんな街がアバロニアにあるとは知りませんでした。」
「そうでしょう。ローレンシアの方々、人族の方々は、他の種族のことを劣等種と考え、文化が発展するとは考えていませんからな。いや、これは嫌味ではありません。」
「おっしゃる通りです。ローレンシアにはそういう一方的なイメージで、他国を知ろうとしない考えが蔓延しています。そういう私も、ここに来るまでそう思っておりました。ですが、オールド・レッドをみれば、その素晴らしさを体感すれば、自分が間違っていたことに気付きます。」
「ありがとうございます。オールド・レッドを好きになっていただいて。」
オールド・レッドを自慢する、アンドレはどこか寂し気な表情を垣間見せていた。僕は、その表情が気になった。
「アンドレア皇帝、あなたはオールド・レッドが好きではないのですか。少し表情に曇りが見えた気がしたのですが。」
アンドレアは自嘲気味に笑い、そして言った。
「人は中々自分さえも騙せないものですな。私の立場でオールド・レッドが好きではない、良い街ではない、そうは言えない。それが寂しいのだと、それが顔に出てしまったのだと思います。
いや、大変失礼しました。忘れて下さい。」
いやいや、そこまで言うなら言う気満々だろう、聞いて欲しいなら素直に言えばいいのに。
「そうなのですね、で、アンドレア皇帝の表情を曇らせる原因を是非ともお聞かせください。もちろん、お聞きしたお話しの内容は他言いたしません。ご安心ください。」
そう言うと、アンドレアの表情は少し明るくなった。
「では、お言葉に甘えて、私の愚痴をお聞きください。
この街は、いやこの国は観光で維持できているのです。ここ、オールド・レッドで外貨を稼ぎ、他国から工業製品を輸入し、国民は便利な暮らしを実現しています。元々の産業、農業、畜産、漁業ではとても文化的な暮らしが出来るほどの外貨は獲得できません。残念ながら、自国での工業製品の開発や生産は出来ません。我々獣人族には向いていないのです。
そこで約50年前、私の二世代前の3種族の代表たちは、獣人族が出来ることを提供し、外貨を獲得しようと考え、観光都市を造ることにしたのです。その観光資源は、闘いと性、つまり闘技場と性風俗です。
ご存じの通り、獣人族は闘いを好みます、そして、性に関しても奔放で自由です。ですから、多くの若者達は望んでその仕事につきます、成り手に困ることはないのです。ですが、どちらも、長く出来る仕事ではありません。体の衰えとともに仕事はなくなります。
仕事が無くなった、かつて希望に溢れた若者だった者達の末路は、悲惨なものが多いです。その現状を私は変えたかった、だから、努力して部族の代表になり、そして皇帝になったのです。
でも知ってしまったのです。皇帝になり、国民の生活を背負った時、改革などとても無理だということに。国全体のことを考えれば、若者を犠牲に、その将来を犠牲にしていくしか道は無いのだと。
それでも、引退した若者たちがその後も生活できるように、仕事を用意したり、手に職をつけることに援助金を出したり、努力はしています。でも、この道はまだまだ遠いのです。その現状を思うと、オールド・レッドは良い街だと、心の底からは言えないのです。」
アンドレアは遠くを見ながら話をしていた。国を統治する、それに近い者同士として、共感して欲しかったのだろうか。とりあえず、話が長くて面倒だった。ただ、何も言わない訳にも行かず。適当に返した。
「ご心労お察しいたします。国の運営という重圧はとても苦しいものです。国民全員を救いたい、でもそれは現実には不可能、その葛藤に苦しみ、悩み抜くことが、そして、自分が取れる最善策を実行するのが、国を背負う者としての責務です。
アンドレア皇帝も一人悩み、苦しむこともありましょう。その時は私、オーヴィルが友人として、お話しをお伺いしましょう。」
そう言うと、アンドレアは目を潤ませ、何度もうなずいていた。狸オヤジかと思っていたが、存外単純な男なのかもしれない。
そろそろ本題に入りたいところだ。僕は自分の知りたい情報を得たくて、無駄な話しに付き合ったのだから。
「ところで、私が貴国に入国した理由をお話ししたいと思います。そして、情報を頂きたいのです。」
「どのようなことでしょうか、私にお答えできることであれば、何なりと。」
「私は今、イースタルの伝承にある究極の扉を開ける鍵を探して、大陸を縦断しています。そしてここ、アバロニアでも鍵を見つけたいと思っています。
今までの傾向から、古代、この国を支配していた者達の城、または、それに準ずる建物の地下に、鍵は隠されていると思っています。そのような場所はご存じないでしょうか。」
「あぁ、それなら多分この建物の地下にある大きな遺跡のことでしょう。とても大きな空間が広がっていますよ。アバロニア建国以来、この地は常に政治の中心でしたので、間違いないかと思います。」
「ありがとうございます。それでは、その地下遺跡に入る許可を頂けないでしょうか。」
「構いませんよ、特に何かに使用している訳ではありませんので。入り口はこの建物の地下にあります。かなり大きな空間ですので、他にも出入口はあると思いますが。
明日以降、オーヴィル王子が入ることを通達しておきますので、受付にお申し付けください、入り口までご案内いたしますので。」
「ご配慮ありがとうございます、感謝いたします。」
「ところで、究極の扉を開けてどうされるのですか、世界でも征服されますか。」
アンドレアは冗談めかして聞いてきた。僕は強く、出来るだけはっきり言い切った。
「伝承の通り、世界に平和をもたらします。」
アンドレアは冗談なのか本気なのか計りかねている様だったが、それほど興味がないのか、にっこり笑って、では世界を平和にしてください。と言ってその場をお開きにした。
明日は皆を連れ、皇帝官邸の地下に潜る。ただ、リサは復活出来るだろうか、それだけが気がかりだ。
再会
アンドレアとの面談の後、ユーリに明日、皇帝官邸の地下にある遺跡に潜ることを話した。ユーリから団員達に通達し、準備をさせる。リサに関しては、明朝、ユーリが確認、連れて行くか判断することになった。
明朝、集合場所、皇帝官邸前にリサを含む炎の旅団全員が集まった。リサは顔色が悪いが、目は活きている、大丈夫のようだ。
ユーリは、リサの目を見て、本人の意思を確認して、同行の判断をした。一度、圧倒的な恐怖と絶望を味わい、その力に屈せず、現実世界に帰ってきたことで、リサは強くなった、今まで以上の活躍に期待できる、安心して欲しいとのことだ。
確かにリサは今までになく落ち着いている。今までの浮ついた、明るさが消えている。それはそれで、残念なのだが。ま、ここでリタイアにならずに良かった。
皇帝官邸の受付で、地下遺跡への入口へ案内して欲しいと伝えると、男性の職員が案内してくれた。官邸出入り口は、時間が来たら施錠するので、夕方の終業時間までには戻って欲しい、もし戻れない場合は、明日の始業時間に遺跡から出てきて欲しいと言われた。今までの経験から終業時間までには戻れるだろう。
早速地下へ降りていく。先頭はユーリ、それから順にリサ、アイリーン、アメリア、僕、アラン、ノーマンで進む。しばらくは階段が続き、その後、扉があり、その先の通路を進む。10m程進んだ先にあった扉を開くと、大きな空間が現れた。
縦横100m、高さ10m程度だろうか、とても大きい。一体何の為に造られた空間だろう。壁は石で覆われ、手元の明かりでは、天井まで光が届かず、暗くてよく見えないが、天井はマナによって硬化された何かで覆われている様に見える。
巨大な地下空間でありながら柱が一本もないところから、やはり、マナで作成した金属のような硬い物が天井部分を支えているのだろうか。どんな技術か不明だが、この空間を作った者は相当に高い技術を持った者だと言う事だけは分かる。
辺りを見回し観察していると、アメリアが小声で言った。誰かいます、この空間のほぼ中央、おそらく3人、今のところマナを使用する気配はありません。それを聞いてユーリは旅団のメンバーに合図し、戦闘体勢に入った。
すると、空間に声が響き渡った。
「あーら、気付かれちゃった、中々やるわね、アメリア・スタールズ。ま、別に奇襲するつもりは無いから良いんだけど。じゃ、明かりをつけるわね。」
そう言った声の主は、マナを使って何かをした。しばらくすると、天井が明るく光り出した。そして、空間全体を明るく照らした。そして、空間の中央に立つ3人の姿を浮かび上がらせた。
徐々に目が慣れていく。3人の中で左に立つ小柄な女性が声を上げた。
「オーヴィル兄様、アメリア、私です、キャサリンです。」
その声を聞いて、炎の旅団の緊張が緩む。すかさずアメリアは、ユーリに臨戦態勢へ移行してください、と小声で伝えた。キャサリンの呼びかけには僕が応える。
「やぁ、キャサリン、元気だったかい。ちゃんと眠れて、ご飯は食べているかい。ウィルバー兄様はどうでしょうか。」
「会いたかったですわ、オーヴィル兄様、やっと会えました。」
キャサリンは泣いているようだ。感動の兄妹の再会を演出してくれるとは、魔女め、嫌味なことをしてくれる。
「キャサリン、感動しているところ悪いが、魔女は僕に用があると思う。
名前が分からないので、魔女さんとお呼びしますが、僕に何か御用でしょうか。」
魔女は、笑いながら答えた。
「オーヴィルちゃん、私たちが現れたことに驚きもしないのね。折角の兄妹再会を演出してあげたのに。オーヴィルちゃんも感動して泣いていいのよ。
あ、そうそう、私の名前はサリー、サリー・ライドよ。魔女をやってるわ、この空間はね、私が造ったの。古代獣人族が殺し合う場所が欲しいって言ったの、だから、頑丈で壊れない広い空間を造ってあげたのよ。良い場所だと思わない。
私がね、開けない限りここからは出られないの。だから、あなたを殺すにはとっても都合が良いでしょ、逃げられる心配がないから。」
それを聞いていたキャサリンが声を上げた。
「サリー、何を言っているの、どうしてオーヴィル兄様を殺すの。そんなの聞いてない。」
「えぇ、言って無かったもの。じゃ、言うわね、キティ、オーヴィルを殺しなさい。ウィルの命は私が握っていること忘れたのかしら、あなたは逆らえないわ。」
「サリー、あなた何を言っているの。ウィルバー兄様の命とオーヴィル兄様の命どちらも大事よ。そんなの私に選べるわけがないわ。」
キャサリンの悲痛な訴えを聞いて、この場ではじめてウィルバーが声を出した。
「キャサリン、覚悟を決めろ。オーヴィルを殺す。」
そしてその声には、迷いがなく、強い決意が現れていた。僕はキャサリンが心配だが、この状況はもうどうしようもない。
「キャサリン、ウィルバー兄様の言う通り、覚悟を決めろ。魔女には逆らわず、全力で僕を殺しにこい。」
キャサリンは俯き泣いている。しかしその体には怒りが溢れている。やる気になってくれたようだ。
「わかりました、私がこのくだらない兄弟対決を止めてみせます。そして、2人とも私の足元に跪かせてみせます。それが終わったらサリー、あなたも倒します。」
キャサリンの怒りを聞いたサリーは大声で笑った。
「その大口、期待してるわよ、魔法の天才キティ。じゃ、ウィル、オーヴィルを殺しなさい。」
サリーの言葉を受け、ウィルバーは向かってきた。その姿を見て僕は叫んだ。
「ユーリさん、ウィルバー兄様をお願いします、アメリアはキャサリンを、僕は魔女を相手にします。」
その叫びに応え、ユーリと炎の旅団は、ウィルバーの前に躍り出た。アメリアはゆっくりキャサリンの元に向かい。僕は3人の連携を防ぐため、勢いよく魔女に飛び掛かかり、引き離しに掛かった。
ウィルバー対炎の旅団
オーヴィルの雇った傭兵たちが、俺の前に立ちはだかる。しかし、所詮は傭兵、相手にはなるまい。しかし、どこかで見た顔だと思ったが、やはりそうか。
「ユーリ・レオーノフ、久しぶりだな。お前のような有能な男が傭兵になっているとはな、ま、原因に心当たりがないわけじゃない。ローレンシア騎士団には改革が必要なようだ。
今はとりあえずお前たちを倒し、オーヴィルの首をもらう。」
それを聞いたユーリは何の感情も表さず、ただ、剣を振ってきた。太刀筋は悪くない、ユーリのことだ、戦闘訓練をさぼることもなく毎日続けているだろう。だが、所詮は凡人、俺には敵うまい。
ユーリの剣を正面から受けていると、死角から獣人族が攻撃を仕掛けてくる。それを避け、獣人族に攻撃を仕掛ける。すると目の前にドワーフが現れ、攻撃をガードされた。なかなかの連携だ。だが、弱い、身体強化している俺の敵ではない。
また、ユーリの剣が正面から襲う、それを剣で払い、切り返した剣でユーリの胴を襲う、浅いが、入った。ユーリの胴から鮮血が滲む。すかさずエルフがユーリに近づく、そうはさせまいとユーリを追うが、また目の前にドワーフが現れた。そのまま体当たりで突き飛ばすが、少し重心が崩れ、その隙を狙って獣人族の蹴りが襲ってきた。それをかわすために、後方に跳んだ。ユーリに近づけない。
エルフはユーリの傷を塞ぎ、失った分の血液も造血しているようだ。みるみるユーリの体色が明るさを取り戻す。このままでは埒が明かない。先に潰すべきは、ドワーフか、守る盾がいなくなれば、攻撃は通る。
ドワーフに狙いを絞り、剣で襲い掛かる。ドワーフはそれを正面で受ける、このまま力で押し切る、力をさらに込めたところに背後から獣人族の拳が飛んでくる。今はドワーフに集中、体は硬化している、避けずに受ける。
獣人族の拳は何発も俺の背中を打つ、その拳の重さが背中に重く圧し掛かる。一発一発はそうでもないが、高速で何発も同じ個所に拳を入れてくる。ドワーフへの力もおろそかになる。そこへ、回復したユーリの剣が、横から、俺の剣を握っている手首を切断しようと襲ってきた。
ドワーフから離れ、それを躱す。すかさずエルフはドワーフを回復している。その前にはユーリが立ちはだかる。獣人族は相変わらず俺の死角に潜んでいる。一呼吸置き、息を整える。なかなか付け入る隙を見せない、さてどうしたものか。
キャサリンの姿を探す、案の定、アメリア相手に苦戦している。後、数分も持つまい。サリーは、オーヴィルの相手でこちらに手を貸す余裕はないだろう。キャサリンが倒れ、アメリアに加勢されたら終わりだ。だが、アメリアはオーヴィルを助けに行くはず、こちらにはこない。
もう一度仕掛けるか、エルフに治療されているドワーフを狙う。身体強化魔法を足に集中、一気にドワーフに近づく、これではユーリも反応できまい。ドワーフに近づいた、このひと振りで終わりだ。
その時、右背中、肩甲骨辺りに衝撃と痛みが走った。なんだ、次の瞬間、左わき腹を矢が貫いた。そして足に力が入らず転倒した。何が起こった、矢が体に刺さったままだ、では背中も矢で射られたのか。
そうか伏兵か、こいつらは5人だったのか。負けた、この敗因はおれの驕りだ。なめてかかり過ぎた。近づいてきたユーリに剣を取られ、うつ伏せに転がされ、後ろ手に縛られた。わき腹の傷は何とか止血したが、内臓に傷がついている、すぐに治療出来るものではなかった。もう抵抗は出来ない。
キャサリン対アメリア
アメリアはゆっくりと近づいてきた。まるで私に準備をさせる時間を与えるかのように。
「キャサリン、私、あなたのこと心配していたのよ。でも、元気そうで良かった。
今は、オーヴィルの邪魔をしないでウィルバー様を連れ、この場を去りなさい。魔女は私とオーヴィルで何とかするから。」
アメリアはそう言うといつもの様に首をかしげて、にっこり笑った。
「アメリア、私は退かない、いや、退けない。サリーがウィルバー兄様の命を握っている以上、そして、この馬鹿げた意味のない争いを、私が終わらせるわ。」
アメリアは不思議そうに言った。
「弱いあなたに何が出来ると言うの。いいからここは退きなさい。」
私にはまったく状況が飲み込めない、ただ、体の中から湧き上がるこの感情、憤りは、怒りは、このままおさめられない。退くわけにはいかない。
「ウィルバー兄様も、オーヴィル兄様も、アメリアあなたも、何を言っているの。私はこの争いを止める、だからどいて。たとえ、あなたでも容赦はしないわ。」
私の決意を見て、諦め顔でアメリアが言った。
「分かったわ、ではお相手しましょう。」
私はいつも小さな可燃性のガスブロックを数十と造り、爆発しても私の体に影響のない距離を保ち、維持し続けている。これが出来るのは多分世界で私だけ。
一つ一つの威力はたいした事ない、それでも相手にダメージを与えるのは十分。これをアメリアにぶつける。マナを使い、風を起こそうとした時、それは起こった。ガスブロックが私の頭上で、順番に爆発していった。まるで花火が連続して上がる時のような音を立てて。
30個はあったガスブロックが一気に爆破された。何が起こったのだろう。何かの方法でガスブロックをアメリアが破壊した。それは間違いない、けどどうやって。不可能だ、ガスブロックの浮遊位置は私にしか分からない。それにこのガスブロックは小さい、狙って火属性魔法を打てるものでもない。なによりも、私がガスブロックを用意していたことにアメリアはどうして気付けたの。
とにかく今は別な方法で仕掛けるしかない。土属性魔法で小型ゴーレムを4体生成、アメリアの動きを拘束し、水属性魔法で水を大気から取り出し、水ブロックでアメリアの口と鼻を塞ぎ、失神させる。
高速で、地面から土を取り出し、結合、ゴーレムを生成、生成させながらアメリアに近づける。3秒でアメリアの手足に取りつかせた。水も取り出し済み、アメリアの口と鼻をふさぐ。これで1、2分待てばいい。
だが、アメリアに取りついたゴーレムは土に戻り、水もコントロールを失い、地面に落ちた。アメリアは先ほどの場所から動いてもいない。ガスブロックの破壊といい、何が起こっているのかわからない。パニックになりかけた時、アメリアが言った。
「キャサリン、私には魔法は効きません。分かったでしょ、退きなさい。」
いや、まだだ。この一月、鍛錬した。魔法に頼らずとも敵に勝つために、サリーが体術、武術の訓練をしてくれた。身体強化魔法をかけ、アメリアに挑む。私は身体強化魔法を長時間使用出来る。
アメリアに向かって、突進する。拳をアメリアの胸へ突き出す、拳がアメリアに届いたと思った瞬間、私の体は宙に舞い、背中から地面に叩き落とされていた。衝撃が体に走る、しかし身体強化によりダメージは軽微だ。
素早く立ち上がり、もう一度、攻撃を仕掛ける。突き出した拳を躱され、逆に手首を軽く持たれ、その持たれた手首を支点に、先ほどと同じように体がまた宙を舞った。そして、身体強化魔法の効果が消え、今度は着地と同時に、背中に激痛が走り、息が出来なくなった。
アメリアは心配そうに顔をのぞきこんできた。
「大丈夫、キャサリン。だから退きなさいと言ったのに。」
投げられて何となく魔法が効かない秘密が分かった気がする。でも分かったところで対策の取りようもない。アメリアは私が使ったマナに対して、変更指示をしていた。指示を上書きしたと言ってもいい。
そんなことが可能なのか疑問だけど、私に触れた時も私の体内のマナに対し、私が下した指示を取り消す命令をアメリアは出した。だから私の身体強化魔法は解かれてしまった。でもそれだけではガスブロックが爆破された説明はつかない。まだ秘密がある。
動けず、呼吸をするのもやっとな状態で、ウィルバー兄様を探す。ウィルバー兄様も矢に貫かれ、拘束されていた姿が見えた。
オーヴィル対サリー
僕はアナリストの予測では勝てないらしい。だから勝たなければいい。僕の役割はとにかくこの魔女をひきつけ、ウィルバー兄様やキャサリンの援護に行かせないことだ。無駄話しでもして時間を稼ぐか。
「魔女サリー、あなたは何故僕の邪魔をするのです。僕があなたに迷惑でも掛けましたか。」
「面白いこと聞くねぇ、時間稼ぎかい。」
サリーは答える気もないようで、僕にガスブロックを飛ばし、爆発させてくる。何とか躱していくが、僕のマナ探知力では、探知出来ても爆発までの時間が短すぎて追いつかない。何発かの体表付近の爆発で、体のあちこちに火傷が出来ている。合わせてゴーレムでも仕掛けてくる、しかも石で造ったものだ、簡単には破壊出来ない。
何とかゴーレムを避け、ガスブロックを全て躱し、やっとガス切れと思ったが、今度は土や水を固め、矢にして飛ばしてくる。息つく暇もない、無茶苦茶だ。いくつかの矢を体に受け、いたるところから出血し始めた。止血を試みるが、矢に体内マナの妨害機能が付加されていたようで、傷の手当てもままならい。
体中に傷と火傷が出来た、ここはやはり、無駄話しで時間を稼ぎたいところだ。
「僕はあなたが何者か予想がついていますが、お聞きになりたいですか。」
「別に私が何者でも、オーヴィルちゃんには関係ない話しよね。」
この話題ではだめか。
「僕はあなたがここに現れることを知っていました。どうしてだと思いますか。」
「私もオーヴィルちゃんがここに現れること知っていたけどね。」
少し、ほんの少しだけ、間があった。
「あなたは僕の目的をご存じなのですから、ここで待ち伏せするのは当然です。でも僕はあなたの目的を知っていても、この場所で僕を殺しに来るとは分からなかったです。だってこんな都合の良い場所がここにあるとは、知りませんでしたから。」
「良くしゃべるね、どのみちもう死ぬんだ、いい加減黙りな。」
「いえ、黙りません。あなたは知りたいと思ったはずだ。あなたの行動がばれてしまった原因を。」
明らかにサリーの機嫌が悪くなった。攻撃が雑になる。
「黙れと言っただろ。」
サリーは一気に決着をつけるため、土の矢の数を増やす。だが、その矢を生成する時間は長くかかる。僕は距離をとる、その僕の行動を制限するため、サリーは数本の矢を飛ばしてくる。その内1本は僕の右足の甲を貫いた。
サリーは勝利を確信したはずだ、だが、時間は稼げた。サリーは、貯めた数多くの矢を一斉に僕に向かって放つ。だが、僕の体に矢が届く寸前、透明で薄い青みがかった厚さ15cmの壁が突然現れ、矢を全て撃ち落とした。
これを待っていた。この壁はアメリアの固有魔法、絶対障壁だ。マナで空気を固め何十にも重ねたもので、貫けるものはこの世に存在しない。と思う。
サリーは唖然としている。そして怒りを隠そうともせず言った。
「アメリア・スタールズ、お前の仕業か。ウィルとキティは何をしている。」
「残念ですが、僕の完敗です。しかし、この場は我々の勝利です。どうされますか、サリー。」
サリーは地面に転がっている、ウィルバーとキャサリンを見て、状況を理解した様だ。
「ウィル、捨て犬を拾ってやったのに、役立たずめ、キティも口だけか。」
サリーは急に怒りの表情をおさめ、僕に言った。
「いいわ、オーヴィルちゃん、今回は見逃してあげる、また会いましょう。」
そういうとサリーは、ウィルバーとキャサリンを担ぎ、古代の闘技場から出て行った。
しかし、危なかった。アメリアが間に合って良かった。アメリアの絶対障壁を打ち破れる可能性があるとしたら、デュモン先生ぐらいか。サリーには破れまい、例えデュモン先生と同格の存在であったとしても。
その後、更に奥へと進む通路を見つけ、その先の小部屋でアメリアに、マナの記憶から隠し部屋への通路を起動するスイッチを見つけてもらい、隠し部屋で台座に置いてあったプレートを僕の体に取り込んだ。これで3枚、残りは2枚だ。