アバロニア帝国
第五章 アバロニア帝国
国境近くの街、ヌーナ
バルティカの旧王都クラトンから馬車を飛ばし、アバロニアの国境近くの街ヌーナまで15日ほど費やした。その間、ドニからの追撃は無く、何とか無事に国境を越えられそうだ。
ただ、この街からは徒歩での移動となる。なぜなら、アバロニアはその国土のほとんどが森林地帯となっており、道が整備されていないからだ。
アバロニアに住む獣人族たちは、他部族、他種族に基本的には関心が無い。故に道を整備してまで、他の集落と物流や情報を交換したいと思う者が少ない。そうではない外交的な者達は、他国に移住してしまう。それでも、帝都オールド・レッドはそれなりに栄えている街だと聞く。
ちなみにリサは、ローレンシアに3代住んだ、ローレンシアっ子であり、アバロニアの情報は全く持っていない。アークテイカの宮殿でユーリが調べていた少ない情報により、何とかここまでたどり着いた。
ここヌーナの街は、バルティカ王国の最北、東西の中心点で、この街から北上した所に、オールド・レッドがあるはずだ。街で馬車を預け、食料などを調達し準備が整った。いざ、国境を越え、アバロニアへ行かん。
アバロニア
巨大大陸イースタルの中部に位置する国「アバロニア」は帝国である。アバロニアに住む獣人族3部族の住む地域をそれぞれの国家として認め、それを統合する上部国家として帝国を置いている。気候は通年熱帯で、イースタル大陸の中で最も暑い。国土の90%以上が森林地帯であり、獣人族以外の種族には暮らしやすいとは言い難い。
獣人族3部族とは、狼族、虎族、蜥蜴族のことである。見た目は人族とほとんど変わりはないが、獣の力を有し、人族よりはるかに力が強く頑強な肉体を持っている。さらに3部族にはそれぞれ、身体強化の魔法の力、狼族は持久力、虎族は瞬発力、蜥蜴族は耐久力を強化する力が強い。
3部族の領土はアバロニアをほぼ均等に三分割している。狼族は国の西側の高地地域を領土とし、畜産を主な産業としている。虎族は中部の平地地域を領土とし、農耕を主な産業としている。そして蜥蜴族は東側の湖地域を領土とし、淡水漁業を主な産業としている。
人口は三部族ともほぼ同じ、1部族二千万人、アバロニア帝国全体として約六千万人の人々が暮らしている。種族としては99%以上が獣人族で構成され、残り1%未満が他種族で、そのほとんどが帝都オールド・レッドに居住している。
国の領土に対する人口密度は低く、また3部族がそれぞれ得意としている産業のおかげで食料自給率が高く、国内情勢は安定している。南の隣国バルティカとは、農産物を輸出し、工業製品を輸入する、良好な関係が続いている。しかし北の隣国、ゴンドワナとは国交が途絶えて久しい。
帝都オールド・レッドは虎族の治める中部に位置し、イースタル大陸の丁度真ん中にあることから、別名大陸のへそと呼ばれている。魔獣の侵入を防ぐために建てられた、高さ5m程の木製の壁を、一辺の長さ2kmの正方形の形で囲った形をしていて、約50万人が暮らす、アバロニア唯一の近代都市である。
アバロニア皇帝は、5年に一度、3部族の代表から選出される。その選出方法は、3部族がそれぞれ代表戦士4名を送り出し、闘技大会を行い、その優勝者の部族の代表が皇帝に就任する。国の運営の実態は、3部族ごとに行っているため、皇帝は名誉職的な意味合いが強い。それでも他国との貿易や交渉など外交については皇帝に一任されるため、皇帝選出の際は、3部族とも責任を持って公務にあたっている。現在の皇帝は、虎族の代表、アンドレアである。
大陸のへそ
ヌーナを出て、歩いて国境に向かう。やはり荷物を持っての徒歩移動は時間がかかる。休憩も必要だし、何よりも疲れる。やっと半日歩き、国境に近づいた時、後ろから荷馬車が近づいてくる音がした。荷馬車は僕たち一行を追い抜き、しばらくした先で止まった。
荷馬車には獣人族の若い男が一人で乗っており、僕たちに声を掛けてきた。
「あんたらどこまで行くんだ。オールド・レッドまでだったら格安で乗せていくぜ。ヌーナまで農作物を運んだ帰りで、荷台が空なんだ。ちょっとばかり小遣い稼ぎしたくてね。」
僕は何を言われているのか一瞬分からなくなった。とにかく確認してみる。
「すみません、今、オールド・レッドと言いましたでしょうか。オールド・レッドまで馬車で行けるのでしょうか。」
すると獣人族の男は不思議そうに行った。
「行けるに決まってるだろ。ヌーナとオールド・レッド間は、俺の爺さんが現役の頃から街道があって、馬車で移動してたぞ。
だいたい、ヌーナからオールド・レッドまでは毎日定期馬車が運行されてる。あんたらその代金をケチって歩いて行こうってんじゃないのか。」
僕はそれでも不思議で、さらに聞いてみた。
「アバロニアは森林地帯で、馬車が通れる道は無いと聞いていました。アバロニアには他にも馬車が通れる街道はあるんでしょうか。」
獣人族の青年は、こいつアホなのかという顔で見てきた。
「あんた、獣人族を馬鹿にしてんのか。確かにバルティカのような街道網が敷かれているわけじゃないが、アバロニアだって村々を結ぶ道は馬車が通ってるぞ。大体荷物や人を運ぶのに馬車使えないとかないだろ、普通。で、乗るの、乗らないの。」
僕は獣人族の青年に慌てて言った。
「乗ります、乗させてください、お願いします。支払いはバルティカの硬貨で良いですか。」
青年はにっこり笑って、まいどありぃ、と言って僕たちを乗せ、オールド・レッドへ向け馬車を走らせた。
しかし、気まずい。特にノーマンとアイリーンの視線が痛い。アイリーンは僕に聞こえるように、無知な魔族のせいで無駄な労働させられた、魔族は敵だ、とぶつぶつ言ってきた。それをアメリアが何とかなだめてくれて助かった。ノーマンには後で酒でも渡し、機嫌をとろう。
これも全てジョージおじさんの間違った知識のせいだ。ケノーランドに帰った時は、文句を言ってやる、相当な嫌味も言ってやる、今から入念に文句を考えておこう。
オールド・レッドまでは、馬車で3日、街道沿いには宿場町が二つあり、野宿ではなく、ちゃんとベッドで寝ることも出来き、とてもありがたかった。アメリアの体への負担も少なく、これについてもありがたかった。
オールド・レッドに到着すると。想像していた街並みと違い、建物が整然と並び、道も奇麗にレンガで舗装され、しかもゴミ一つなく清潔なことに驚いた。街の中心地には大きな広場があり、立派な噴水が勢いよく水を噴き上げており、これがオールド・レッドのシンボルとなっているようだ。
荷馬車から街の様子を物珍しそうに見渡していると、獣人族の青年が、気さくに話しかけてきた。
「あんたらオールド・レッド初めてなのか。ちと高級だが良い宿屋がある、紹介してもいいぜ。あと酒をおごってくれるんなら、繁華街を案内してもいい、どうだい。」
街の様子もわからないし、路銀に困っているわけでもない。青年にお願いして宿屋に案内してもらうことにしよう。
「では、お願いしてもよろしいですか、私はオーヴィルと言います。」
「わかったぜ、俺は狼族のマルコだ、よろしくな。じゃさっそく、宿屋に行こうか。」
マルコは僕たちを荷馬車に乗せたまま、宿屋まで運んでくれた。宿屋は立派な五階建ての建物で、とてもおしゃれな造りをしていた。マルコは高級だと言っていたが、宿代はケノーランドの最高級クラスと変わらないほど高かった。大分予算をオーバーだが、致し方があるまい。バルティカの貨幣が使用できるため、それで支払いを済ませた。
マルコは宿屋の主人らしき男と話しをし、紹介料をもらっているようだった。なかなか商魂逞しい。マルコと話し終えた主人は、従業員の女性と共に僕に近寄り、挨拶をした。
「当館の主人、ピエトロと申します。本日は当館を選んでい頂き大変光栄です。この者はアンナ、皆さまのお世話係です。何でもお申し付けください。」
そう言って、アンナ共々頭を下げた後、アンナを残してその場を去って行った。
「アンナと申します、皆さまのお世話をさせていただきます、どうぞよろしくお願いいたします。お荷物は後ほど、係の者がお部屋までお運びいたします。
では、お部屋までご案内いたします。皆さまのお部屋は最上階の5階でございます。」
アンナは先頭を歩き、部屋に案内してくれた。僕とアメリアの部屋、ユーリとアランとノーマンの部屋、リサとアイリーンの部屋。どの部屋も広く、調度品も高級なものばかりだった。部屋への案内が終わるとアンナは女性陣に向けて話しかけた。
「当館では、2階に岩盤浴、美容マッサージ、疲労回復マッサージの用意がございます。ご案内いたしますのでどうぞお寛ぎください。マッサージ終了後は、アバロニアの新鮮な食材を使用した、オールド・レッド料理をご用意いたします。
大変申し訳ございませんが、2階は女性専用となっておりますので、男性の方はご遠慮いただきます。その代わり、男性の方々へはマルコが街をご案内させていただきます。今から1時間後に当館の入り口前までお越しください。マルコがお迎えに上がります。」
美容マッサージと聞いたアメリアとリサは、はしゃいでアンナについて行った。アイリーンは美味しいものがたべられるなら、と二人について行った。
一時間後、宿屋の入り口前に行くと、マルコが待っていた。ユーリ、アラン、ノーマンはもう来ていた。ユーリはマルコに図書館の場所を聞き、教えてもらっていた。調べ物をしたいので、今から図書館に行くそうだ。まぁ勤勉なことだ。
マルコに案内され、僕とアラン、ノーマンの三人はオールド・レッドの繁華街に繰り出した。通りには流行りの服屋や雑貨を販売している商店、バルティカ料理やアバロニア料理を出す食堂、大衆的な酒場から高級な酒場まである。
人通りも多く、獣人族のみならず、ホビットやエルフ、ドワーフも数多く歩いている。また物珍しそうに周りを見ていたら、マルコが街について説明をしてくれた。
「この街は、南のバルティカ、北のゴンドワナ、さらに北のパノティア、そしてアバロニア国内の人間をターゲットとした観光に特化した街なのさ。
俺が紹介した宿屋も他国の金持ちを狙って、非日常体験を売りにしている宿屋だ。そんな宿屋がここらには多くある。そして今歩いている商店街も、イースタルで流行りの物、珍しい物を取り扱っている店ばかりだ。
そして今から俺たちが向かうのは、お待ちかねの歓楽街だ。ここには男の望みを叶えてくれる店が沢山あるぜ。もし、女に興味がないならカジノに案内するが、どうする。」
すると、アランが答えた。
「もちろん、男の望みを叶えてくれる店の方で。オーヴィルは問題ないですから、ノーマン、それでいいですね。」
「酒が飲めればどこでもいいぞ。」
ノーマンは興味なさそうに言った。で、アランよ、何故俺の意見を聞かない、いや、確かにお前の言う通り、男の望みを叶えてくれる方、一択なのだが。
「じゃ、決まりだな、俺が行きたかった店に連れてくぜ、きっと気に入るさ。」
マルコはそう言うと歩き出した。しばらく歩くと、マルコはとても落ち着いた高級感がある店の中に入って行った。
その店の中には、若い獣人族の娘たちが、ウサギの耳が付いたヘアバンドと蝶ネクタイ、両手首にはカフスをつけ、体にフィットし、胸の大きく開いたスーツを着、網タイツを履き、お尻にはウサギの丸いしっぽを着けた姿で接客していた。
タキシードを着た男の店員にソファ席に案内されると、うさぎちゃん達は、僕たち男の間に座り、密着して会話をしたり、お酌をしてくれたりした。アランはいつもの飄々とした感じは消え、完全に舞い上がっていた、そしてはしゃいでいた。
ノーマン以外は楽しく飲んでいたが、2時間制とのことで、あっという間に店から追い出されてしまった。そして請求された金額を見て、マナでアルコールを抜く必要もなく、一気に酔いが覚めてしまった。
たった二時間、酒量もそれほどではなく、男四人で先ほどの高級宿屋の二日分の宿泊費と同じだ。持ち合わせがあったから良いものの、冷や汗が出た。流石にマルコも申し訳なさそうな顔で言った。
「オーヴィル、ごめんな。あそこすごく高くてさ、俺の稼ぎじゃいけないから、それでも一度は行きたくて、ま、許してくれよ。」
そう言って、拝む仕草を見せた。決して僕自身も楽しまなかった訳ではない、いやどちらかと言うと楽しんだ。しかし、アラン以上には楽しんではいない。そのアランはまだ興奮冷めやらぬ状態で、僕のソフィ、可愛いうさぎちゃんとアランについてくれた子の名前を繰り返し呼んでいた。
ノーマンはどう思っていたのか、感想を聞いてみた。
「酒は普通の酒だったな。しかしお前ら興奮してたようだが、あの娘ら、うさぎの耳つけてたから、耳四つになってたぞ、そらもう魔物の類だろ。」
それを聞いたアランが、ノーマンに掴みかかって、泣きながら訴えた。
「あんた、男のロマンが分からんのか、あれこそロマンだ、あのうさぎちゃんこそがロマンなのだ、それが分からんとは、ノーマンなんと情けない、男の風上にも置けない。」
とりあえず、今日でアランの飄々としたクールなイメージは消えうせた。確かにうさぎちゃんは男のロマンではある、それは認めよう。しかし、アラン、お前はダメな男だ。
そのやり取りを笑いながら見ていたマルコが言った。
「じゃ、俺はここらで。遊び足りないなら、風俗街はこの通りの裏側だ。風俗嬢たちは獣人族だ、あんたらとは種族が違うから、本番ありの店なら避妊の必要はないぜ。楽しんでくれよ。」
そう言って去って行った。マルコの言う通り、この世界は賢者によって、他種族間での交配が出来ない仕様に調整されている。獣人族3部族間でも交配は出来ない。つまり他種族との恋愛は、子供を持つという選択肢がないのだ。
それはこの世界の中で、悲恋として描かれている物語もある。だが、この世界に生まれて皆が幸せに生きている訳ではない。貧困や戦争、戦争とは呼べなくとも、それでも人が死ぬ小競り合いが世界のどこかで、今この時も起こっている。そして、犠牲になるのはいつも力なき者達だ。
そんな世界に生まれてきても幸せなのだろうか。そんな世界に自分の可愛い子供を誕生させることが幸せだろうか。子供を持てないことが不幸ではなく、子供を持てないから、こんな世界に可愛いわが子を送り出さずに済むから、幸せになれるのではないだろうか。
少し考え事をしていると、ノーマンが言った。
「オーヴィル、おれはアランを連れてもう少し飲むが、お前はどうする。」
「私は宿に帰ります、アメリアも食事を終えているころだと思いますので。」
「そうだな、そうした方がいい。アメリアを大事にな。」
そう言って、ノーマンはまだ、うさぎちゃーん、とうるさいアランを連れて、歓楽街の奥へ消えていった。
宿に帰る前に大きな噴水をじっくり見ようかと立ち寄ると、噴水近くのベンチでガス灯の明かりで本を読むユーリを見つけたので、声をかけた。
「ユーリさん、宿に戻らないのですか。」
「オーヴィルか、さっきまで図書館にいたのだが、閉館時間で追い出されてしまった。読んでいた内容が気になって、ここで続きを読んでいた。」
「ユーリさんらしいですね、図書館はこの近くなのですか。」
「噴水の向こう側、大きく立派な建物があるだろう、あれが皇帝の官邸だ。その周りに3部族の出先機関や、輸出入の管理機関がある、ここは官庁街だな。そのさらに奥に図書館があり、その隣は美術館だ、どれもとても立派だった。
この街では、ガス灯も大きな通りには一定間隔で整備され、日の入り前、日の出前には点灯される、繁華街の人出も多い、眠らない街だ。
そんな街がアバロニアにあるとは、ローレンシア人たちは知らない、きっと自分たちが一番優れている、進んでいる、そう思っている。それが悲しくて、情けない。」
ユーリはそう言って、遠くを見つめていた。
「ユーリさん、宿にもどりましょう。」
そう声を掛けた。ユーリははっとした顔をして、そうだな、と言った。そして何かを思い出し、官庁街の隣にある大きな影を指さした。
「オーヴィル、あれがこの街最大の観光資源、闘技場だ。獣人族同士が闘い、そして殺し合う。それを他種族が金をかけ楽しむ。おぞましい施設だ。」
ユーリはそう言うと、ベンチから立って、宿に向かって歩き出す。僕はその後をついて宿に戻った。
闘技場
翌朝、アメリアと朝食をとりながら昨日見た街の様子を話した。もちろん、うさぎちゃんの話しは無しで。折角だから美術館にでも行ってみようと誘った。鍵の情報を集めたいが、手がかりは何もない。しかし、焦る必要もない。今は、オウルからの連絡を待つことだ。
アメリアと宿を出て、美術館に向かう。広場ではアバロニア国内で生産された生鮮食料品の市が立ち、観光客が大勢集まっていた。好きな材料を買って宿屋に持ち込み料理してもらえる。肉や魚などは、焼いて簡単な味付けしたものを販売する屋台も出ていた。
そのいい匂いにつられつつも、広場を通り抜け、美術館にきた。入り口には立派な装飾の付柱が並び、とても重厚な雰囲気だ。2人分の入館料を払い中に入ると、天井が高く、大きな部屋に、様々な大きさの絵画が、ホビット族の目線の高さで飾られている。他の種族は、座って鑑賞できるよう、革張りの背もたれがないベンチソファーが絵画の前に置いてある。
部屋ごとにテーマが決められ、石や金属の彫刻や、歴史的な価値がありそうな、宝石があしらわれた古代アバロニアの装飾品やメダルなどが数多く飾られていた。どれも見応えがあり、アメリアはとても感動していた。
時間をかけじっくりと見て回る。気が付くと昼が過ぎ、何だか空腹だ。
「アメリア、お昼もだいぶ回ったよ、食事をしに行こうか。」
「そうですね、オーヴィル、行きましょう。」
アメリアは名残惜しそうにしていた。でもまた、明日にでもくれば良い。
「さきほどの広場で、屋台の食べ物を頂くのも良いですね、どうですかオーヴィル。」
「僕は構わないよ。じゃ、行こう。」
アメリアとのんびり歩き、広場まで戻ってきた。しかし、市はすでにたたまれており、屋台も無かった。仕方がないので、繁華街まで歩き、適当な店に入ろうか。そう思っていると、リサとアイリーンを見かけたので、大声で呼んだ。
「おーい、リサ、アイリーン、どこに行くんだ。」
リサとアイリーンはこちらに気付き、近寄ってきた。リサが答えた。
「闘技場を見に来ました、お二人でどちらに行かれてたんですか。」
「美術館だよ、とても素晴らしい展示物の数々だった。リサも行くといい。」
リサは照れたような笑いを浮かべ返した。
「私は美術とか芸術とかわかんないですから。そうだ、お二人がまだ闘技場を見られてないなら、一緒に行きませんか。」
「誘ってくれて、ありがとう。でも、僕たちは昼食がまだなんだ、これから食べに行こうと思っていてね。」
そういうと、リサはがっかりした様子で、そうですか、と呟いた。するとアイリーンが口を挟んできた。
「おい魔族、私たちは闘技場に入る金がない、その金をよこせ。」
また、随分はっきりと言ったな、このエルフは。リサを見ると俯いてしまっている。仕方がない。
「アメリア、闘技場の中の軽食でも構わないかい。」
「もともと屋台で済まそうとしていたのですから、それで構いませんわ。」
「じゃ、リサ行こうか。」
リサは笑顔になり、1人ではしゃいで闘技場に走って行ってしまった。4人分のチケットを買い、闘技場に入る。スタンド席は八割がた埋まっている、4人分の席を確保できる場所を見つけ、四人で並んで座った。
闘技場内では、焼いた肉や、パンに食材を挟んだ物など、簡単に食べられるものが売られていた。それらをアメリアと自分用でいくつか買った。するとアイリーンが買った食べ物をじっと見てくる。いや、どんだけ図々しいのだ、このエルフは。
僕は無視を決め込んだが、アメリアはアイリーンの視線に気づくと、にっこり笑って、アイリーンに渡していた。仕方なく、僕の分をアメリアに渡し、新たに買いに行った。席に戻ると、アイリーンは美味しそうにパンを頬張っていた。
闘技場では断続的に試合が行われていた。パンフレットを見る限り、毎日午後から5試合ほどのカードが組まれているらしい。曜日ごとに、男性闘士と女性闘士の出場が分かれており、今日は女性の日のようだ。
どうやら女性闘士の方が、人気が高く、パンフレットの背表紙にも、絶対王者「虎族 アレッサンドラ」と、その雄姿とともに姿が描かれている。
試合は武器の使用はなく、どちらかが降参するか、意識を失うかで決着がつく。闘技場に入った時にはすでに2試合は消化され、3試合目が始まっていた。その試合も食べ物を買いに行っていたので、見損なってしまった。
準備が整ったようで、4試合目が始まるようだ。闘技場に二人の闘士が入場する。試合予定を見ると2人とも蜥蜴族のようだ。2人が闘技場の中央にくると、おもむろに試合開始のホーンが鳴った。
2人は距離を取ることもなく、打ち合いに入る。ガードはしているが、基本避ける動作をしていない。これが耐久力を強化した蜥蜴族の闘い方か。しばらくすると、ふたりとも両腕、両足から血が滲み出てきた。ここまでくると我慢比べだろう。相手が繰り出した左蹴りを、右腕でガードした闘士が、膝をついてギブアップとなった。
なかなか見ごたえのある戦いだった、会場も歓声で沸いている。しばらくの休憩後、次は本日のメイン、絶対王者アレッサンドラの登場だ。どんな試合を見せてくれるのか楽しみだ。ただ。この試合には賭けることが出来ない、アレッサンドラが強すぎて賭けにならないことになっている。
闘技場の入場料は決して安くないが、休憩時間は獣人族のダンスチームによるアクロバティックな踊りで観客を楽しませてくれる。観光地として、客を飽きさせないように色々な工夫がされている。感心させられることばかりだ。
ダンスや、コミカルな寸劇の後、いよいよアレッサンドラの登場だ。登場曲が流れ、闘技場に現れた。体の大きい筋骨隆々の闘士が現れると思っていたが、普通の、それこそリサと変わらない普通の背丈、細身の闘士だった。
対戦相手は、狼族の闘士だ。アレッサンドラの登場後、登場曲も無しに闘技場に入ってきた。無言で二人は向き合い、狼族の闘士が構える。そして試合開始のホーンが鳴り響く。
狼族の闘士はアレッサンドラに向かい、速い拳を繰り出す。とても速い、十分リサを凌駕するスピードだ。アレッサンドラはその拳を、上体を動かすだけで、的確に躱していく。あまりの速さに観客の目が追い付いていないのではないかと心配になる。
だが、その動き全てが見えなくても、観客はアレッサンドラの華麗な動きで、大きな歓声を上げ始めた。歓声が大きくなった時、狼族の闘士は、初めて蹴りを繰り出した。アレッサンドラはそれを後方に飛び躱した。
狼族の闘士の追撃が始まる、今度は拳と蹴りを次々に繰り出していく。それをアレッサンドラは一度も体に触れさせることなく、完璧に避け続ける。普通の闘士なら、もう息が上がって良い頃だが、流石は狼族、全く疲れている様子が見えない。
すると今度はアレッサンドラが拳を繰り出した。それを狼族の闘士が腕をクロスさせ、受ける。と、狼族の闘士が受けた姿勢のまま、5mほど後ろに飛ばされる。狼族の闘士はすぐさま体勢を立て直し、アレッサンドラに突進する。
その後も狼族の闘士は果敢に攻撃を繰り出すが、アレッサンドラに触れることもなく、スタミナが切れて、ギブアップとなった。試合が終わると、大歓声とともに、アレッサンドラコールが湧きおこり、会場全体を興奮が包み込んでいった。
しかしなかなか面白いストーリーに組み上がっていた。観客を盛り上げ、興奮の渦に包み込む。この興奮を味わった観客は、また見たい、またこの街に来たいと思うだろう。そして、何度も訪れ興奮し、何度も大金を落としていくのだろう。
ふと横を見ると、リサが感動のあまり泣きながら闘技場を見ていた。アイリーンはお腹がいっぱいになったのか、すっかり寝ていた。アメリアはそんな二人を微笑ましく見つめ、さぁ帰りましょうと、アイリーンを起こし、帰り支度を始めた。
しかしアレッサンドラはとてつもない強さだ。最期の試合が茶番であったとしても、十分にその実力が分かる。今、僕たち7人が同時に襲っても、全滅する自信がある。ま、アレッサンドラが僕らの邪魔をするようなことはないだろうし、心配は無用だな。
リサとアイリーン
宿に戻り、アメリアと夕食を済ませた。のんびりと、今日見た闘技場のことを話していると、ユーリが部屋を訪ねてきた。これからの予定の確認だ。今は、情報待ちなので、しばらくは、ここに滞在することを伝えた。
ユーリは一つ相談事を持ってきた。
「リサが闘技場での試合に感動し、出場したいと言っている。今は雇われている身だから、勝手な行動で怪我をされたら困ると、たしなめたが、言う事を聞かない。
私も困って、ではオーヴィルに相談してみると言って逃げてきた。リサと直接話しをして、止めて欲しい。お願いできないだろうか。」
僕としては、それほど反対する理由もない。
「僕としては、リサの戦闘経験が積めればそれで構わないと思います。死なれては困りますが、怪我ぐらいであれば、治すことも可能ですよ。」
そう言うと、ユーリは、ではお任せする、と言って部屋を出て行った。とりあえずリサと話しをしてみるか。早速、リサとアイリーンの部屋を訪ねてみた。2人とも在室中だった、僕だと分かるとリサは勢いよく僕の腕を引っ張り、部屋の中に入れた。
「オーヴィル聞いて欲しいの、わたし、闘技場に出たいの。あの、アレッサンドラさんと戦ってみたいの。ね、良いでしょ。」
いや、リサよ、瞬殺だぞ、お前じゃ1秒持たない。
「リサ、闘技場に出たいのは分かる、でもアレッサンドラとは無理じゃないのかな。」
「どうして無理なの、私も強くなったでしょ。オーヴィルが鍛えてくれて、前よりもすごく強くなったと思う。ね、お願い。」
そう言って、リサは僕の腕を持ったまま、胸を僕の体に押しつけた。なんという柔らかさ、なんという心地よさ、僕は一瞬、リサを抱きしめ、何でもいいよ、リサの好きにすればいいさ、と言いそうになった。
そこへ、アイリーンが割って入り、僕とリサを引きはがした。
「おい、魔族、リサから離れろ。リサ、この魔族は今、お前を性の対象として、よからぬことを妄想したぞ。気をつけろ。」
するとリサは、頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに言った。
「え、オーヴィル私のことそうゆう目で見てくれるんだ、うれしいな。私ね、オーヴィルのこと好きだからいいよ、しても。」
それを聞いたアイリーンは、怒り、リサに言った。
「リサ、馬鹿なこと言わない。こいつは魔族だ。人じゃない。本当であれば関わっちゃいけない存在だ。わかったか。」
アイリーンのあまりの剣幕に、リサは固まってしまい。引き下がった。僕はリサに悪いことをしたと思い、こう提案した。
「リサ、明日闘技場の主催者を調べて、参加できるか聞いてみるよ。」
それを聞いたリサは、少し微笑んで言った。
「ありがと、オーヴィル。」
僕は部屋を出た、その後アイリーンが廊下まで着いてきた。振り返らずとも分かる、明らかに殺意のこもった視線でアイリーンが僕の背中を凝視している。この状況をどうしようか思案していると、アイリーンが口を開いた。
「お前が性欲のはけ口を必要としているなら、私がいくらでも相手してやる。だから、リサには手を出すな、純真なあの子を誑かすことはやめろ。これは警告だ、魔族。」
「分かっているよ、リサには手を出さないさ。」
僕は振り返らずに言った。しかし、アイリーンが相手してくれるなら悪くない。そう思って表情が緩むのを隠すために、振り返らずそのまま部屋に戻った。
まだ旅は続くが、アイリーンとの距離の縮め方をいよいよ考えなければならない。少なくとも次の国、ゴンドワナまでには何とかしたい。
翌日、リサとの約束通り、闘技場の主催者を教えてもらおうと官庁街に向かった。どこが管轄しているのかも分からないので、とりあえず、皇帝官邸に向かった。皇帝官邸の受付に主催者を聞いてみると、なんとアンドレア皇帝だと分かった。
一介の旅人がアンドレア皇帝にアポなしで会えるわけもなく、もののついでに、受付へ闘技場への出場について聞いてみた。すると、闘技場出場の案内と誓約書を渡してくれた。その案内をよく読み、誓約書にサインして提出すれば、登録が完了らしい。
登録完了後、健康診断と技能テストを行い、その結果で対戦カードが決まり、出場となる。出場日が決まったら登録した連絡先に連絡が入るようだ。とりあえず、案内をリサに渡してみるか。案内を読みながら、宿に戻った。
案内によると、どの種族でも出場出来るようだ、しかも、獣人族以外は武器の使用が認められている。しかし、怪我をしたり、死んだりしても自己責任で、オールド・レッドやアバロニア帝国には損害賠償請求しないと誓約が必要だ。
勝てば賞金が入るが、勝利を重ね、闘士のランクを上げないと、闘士だけでの生活は厳しそうだ。少なくともメインイベントの前座くらいにはならないと。ま、リサには関係の無い話しだ。
案内の要約を頭に入れ、リサとアイリーンの部屋を訪れる。リサは在室、アイリーンは出ていた。リサは昨日のことを気にしてか、部屋に招き入れようとはしなかった。
「リサ、闘技場への出場方法がわかったよ、その案内と、誓約書だ。自分で読むかい。」
「オーヴィル、ありがと。案内は読むよ、でも分からないところは教えてね。」
「ああ、もちろん構わないよ。」
「それから昨日はごめんね、アイリーンは私のことすごく心配してくれるから。でもね、昨日オーヴィルに言ったことは嘘じゃないよ。」
「リサの気持ちはうれしいよ。でもアイリーンに怒られちゃうからね。」
僕はそう言いて、部屋に戻った。さて、午後からは何をしようかと考えていたら、待ちかねたオウルが一人の少女を連れ宿に現れた。
「オーヴィル様、遅くなりました。簡単に報告を。
アバロニアの鍵のありかは不明、但し、手がかりがあり、その情報を求め、蜥蜴族の領地へこれから向かいます。片道10日、往復で20日です。ここで20日ほどお待ちください。
それからウィルバー様、キャサリン様、魔女の行方は不明。アバロニア国境付近で足取りが途絶えたことから、アバロニア内にある魔女の拠点に潜伏中の可能性大。
アナリストによると、魔女の詳細は不明、但し、魔女の目的は鍵ではない。オーヴィル様がアバロニアの鍵を求める時、オールド・レッドに現れる。その時、対峙することになる。とのことです。
私は今からアナリストと共に出発します、では、これにて。」
「まて、オウル。その少女がアナリストか。」
「はい、ゲッコーです。ゲッコー、オーヴィル様だ、ご挨拶を。」
少女は僕の方を見た、いや見てはいない、僕の周りにある何かを見ている。そしておもむろに口を開いた。
「オーヴィル様、魔女は危険、でも脅威ではない。ただ、オーヴィル様では魔女に勝てない、だから勝たなければいい。」
少女はそれだけ言うと、また別な方向を見始めた。オウルは困った顔をしたので、大丈夫だと伝え、蜥蜴族の領地に向かってもらった。
あれがイレギュラーか、この世の生物とは違う変則的なもの。別次元のものが見えるもの。当てになるだろうか。しかし、僕には勝てない人ばかり出てくる。魔女にも勝てないか、仕方がない、勝つのは諦めよう。
リサはその日の内に契約書にサインして、皇帝官邸へ提出したようだ。翌日には、健康診断と技能テストを受け、早速、次の日の第三試合に出場が決定した。どうせ20日間は動きようがない、闘士リサの活躍を楽しみに見届けよう。
魔女の隠れ家
サリーとキャサリンの3人で、アークテイカからヌーナの街まで乗合馬車で移動した。10日間の移動中、サリーはほとんど何も話さなかった。俺は色々考えることもあったが、今は体力を戻さねばならない、とにかく食べて、とにかく眠った。
ヌーナの街に着くと、サリーはここからは歩きだと言う。
「さぁ、ここからは歩きだよ、捨て犬は歩けるかしら、出来ないならキティにおぶってもらうのね。」
「なぜ歩きなんだ、馬車や馬では何故駄目なんだ。」
「ここからは人目につかない様に移動する必要があるわ。オールド・レッドに近い、誰も知らない私の隠れ家へ向かうのよ。」
目立ちたくないならそんな派手な格好はするな、と、言いたかったが、面倒なので止めた。国境付近に着くと、道を外れ、森の中に分け入って行った。
「ここまで来たら人目は気にしなくて良いわね、さぁ、ウィル、キティ、身体強化で走るわよ、全力でついてきなさい。」
そう言うとサリーは走り出した。慌てて後を追いかける。マナのコントロールに集中する。マナで足の筋力を強化、筋肉の疲労物質を取り除き、栄養を優先的に補給。心肺の負担に合わせ、全体的なマナのバランスを調整。
何とかサリーについて行けたが、30分も持たなさそうだ。キャサリンは俺のことが心配で、後ろを走っている。この程度のマナのコントロールはキャサリンには子供の遊びだろう。きっと一日中走っていられるはずだ。
案の定30分で息が上がり限界が来た。それを見計らったようにサリーは走るのを止めた。
「ウィル、想像以上に軟弱な男ね。役に立たないわ。休憩よ、栄養をとりなさい。」
サリーの言う取り、本当に情けない。それに比べキャサリンは全く平気そうだ。息を整え、ヌーナの街で買ったパンを食べた。そんなことを繰り返し、少しずつ持続時間を長くし、3日目には、サリーの隠れ家に着くことが出来た。
隠れ家に着くと、気が抜けたのか、ものすごい睡魔に襲われ、二日間も寝てしまった。だが、起きた後は、以前と同じぐらいに体力が回復しているように感じられた。二日間も寝込んでしまったことで、またサリーに嫌味を言われるかと思ったが、特に何も言われなかった。
起きた翌日からは、サリーの考えたメニューでの訓練が始まる。俺はマナの扱い方、キャサリンは体術だ。兄妹がそれぞれ、得意分野にかまけ、おろそかにしてきた部分だ。一カ月訓練し、オールド・レッドに向かう予定だと言う。
オールド・レッドでは、オーヴィルと向き合うことになるだろう。それがどんな結末になるのかわからない。今はただ、少しでもマナの扱い方、その技術の向上を目指すしかない。
定食屋ドック
アークテイカから、ゲッコーを乗せ、オールド・レッドへ向け、馬を飛ばす。出来ればオーヴィル様より前に到着し、少しでも先に情報を収集しておく必要がある。
何度か馬を代え、10日で到着することが出来た。慣れない移動で、ゲッコーは体調を崩してしまった。申し訳ないことをしたと思うが、これも任務だ。到着後は、すぐに安い宿を取り、ゲッコーを休ませた。
その後、スネークに聞いたドックを探しに一人で繁華街に出た。オールド・レッドの街は夜でも人出が多く、更には夜中でも明かりが消えることがない。とても落ち着かない街だ。飲食店も多いが、目的の店、定食屋ドックはすぐに見つかった。
店をのぞくと、もうすぐ閉店時間で客はいない。店に入り、店主に話しかける。
「スネークの紹介できた、アンダーカバーのオウルだ。」
すると店主は慌てる様子もなく、店を閉め始めた。正面の扉を閉じ施錠すると、初めてこちらを見て言った。
「で、何の用だ。」
「情報が欲しい、連絡は回っていると思うが、鍵の情報と魔女の情報だ。」
「残念ながら両方ともない。だが、鍵については知っている可能性がある人物がいる。
蜥蜴族の長老だ。噂ではこの大陸が出来た頃から生きているらしい。それほど長寿なら知っている可能性がある。
魔女については、バルティカの国境で足取りが途絶えている。逆に言えば、街道を通らず森の中を移動した、そしてその先にはアジトがある。但し、場所は全く不明だ。
蜥蜴族の長老に会うなら、馬を使え。この街の北には早馬専用の道が整備されている。それを使えば、10日で着くはずだ。入り口には、案内人がいる。注意事項の確認を怠るな、道が途中封鎖されている可能性もある。
以上だ。情報収集は常に行っている。蜥蜴族の長老に会ったら、また来い。」
ドックはそれだけ言うと、店の裏口から俺を外に出した。
また、馬での移動か。今のゲッコーの状態では厳しい。しかし、ゲッコーを20日間も一人にしておくことは出来ない。一人では食事の用意も満足にできない娘なのだ。誰かが面倒を見るしかない。
宿に戻ると、ゲッコーは眠っていた。体調は良くないようだ。しばらく様子をみるしかあるまい。翌日からゲッコーの看病をして過ごした。食べたいものがあれば買ってきて食べさせた。この看病の間にオーヴィル様はオールド・レッドに入られてしまった。
ゲッコーの体調は一週間ほどで回復した。念のため、大丈夫か確認する。
「また馬で長距離移動だが大丈夫か。10日ほど移動するが。」
「大丈夫、体調は戻った。オウルがいれば問題ない。」
「では、明日出発だ。」
「情報、あるか。」
「あぁ、鍵の情報を知っていると思われる蜥蜴族に会いに行く。それから魔女はバルティカ国境から行方がわからない。今あるのはこれだけだ。」
「蜥蜴族、長寿の変異体は存在するか、否。長寿の変異体でなくとも情報は持っている。
魔女の目的は鍵、ではない。オーヴィル様がアバロニアの鍵を求める時、オールド・レッドに現れ。その時、対峙することになる。」
相変わらず分かるようで分からない解析結果だ。しかし、ゲッコーの言う事に間違いはない。蜥蜴族の長老はいなくとも、情報があるなら行くしかあるまい。
だいぶ遅くなってしまったが、オーヴィル様に報告をした。ゲッコーを珍しそうに見ておられたが、何か感じる所があったのだろうか。とにかく俺は任務をこなさなければならない、情報を求め、蜥蜴族の待つ地に出発しよう。