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賢者の遺産  作者: TOMIKUA
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バルティカ王国

第四章 バルティカ王国


いざ、冒険の旅へ


 旅の準備も終わり、いよいよ出発の日を迎えた。炎の旅団のメンバー達と合流し、2台の馬車に荷物を積み込む。炎の旅団のメンバー達は、新しくした装備で身を包んでいる。ノーマンは金属のフルプレートだが、他のメンバーは革の防具を身に着けていた。

 僕とアメリアも装備を新調したが、派手なものではなく、単なる旅人に見えるような服装と、旅団のメンバーと同じような革の防具を選んだ。

 僕とアメリアが乗る馬車の御者は、旅団のメンバーが交代で務めてくれる。最初の御者はユーリの様だ。荷物の積み込みが終わった。旅団のメンバーに向け、出発の挨拶をする。

「皆さん、出発です。長い旅になりますが、よろしくお願いします。繰り返しになりますが、この旅には危険がともないます。全員が無事にローレンシアに戻ってこられるように、協力して危険に立ち向かいましょう。

それから、ローレンシアを出国した後は、僕とアメリアを炎の旅団のメンバーとして接してください。警護や敬称は不要です。それでは出発。」

言い終わると、アメリアと馬車に乗り込んだ。先ずはドラゴンロードへ向かう。馬車では10日以上かかる工程だ。ドラゴンロードまでは、特に心配することは何もないだろう。


ドラゴンロードまでの、馬車の旅は特に問題なく進んだ。夜は宿場町で、団員たちと食事を共にしたり、酒を酌み交わしたりもした。当然野宿するようなこともなく、ローレンシア国内は快適な旅となった。バルティカでも同じように快適に旅が出来ると思うが、アバロニアより先は、馬車も使えず、野宿を強いられるだろう。

予定通り、10日後ドラゴンロードに到着した。折角なので、駐屯地に顔をだす。クック指令は歓迎してくれ、アメリアと指令室を訪れた。

「オーヴィル様、ようこそお立ち寄り頂きました。歓迎いたします。」

「クック指令、特に国境に変化はありませんか。」

「はい、特に動きはございません。」

「それは良かった、安心しました。これから私はバルティカに入り、一月ほど滞在するつもりです。私がバルティカに滞在している間は、彼らも動きは取れないでしょう。」

「ありがとうございます。それから騎士団連隊の駐在、予算の増額と、手を打って頂き何から何までありがとうございます。」

「騎士団の宿舎建設や、駐屯地の整備を急ぎでお願いすることになりますが、よろしくお願いいたします。」

「承知いたしました。ところでお隣のご婦人は、王太子妃でいらっしゃいますか。」

 しまった、すっかりアメリアの紹介を忘れてしまっていた。アメリアは怒っていないだろうか。慌ててクック指令にアメリアを紹介する。

「紹介がおくれました、私の妻、アメリアです。」

 アメリアは笑顔で言った。

「オーヴィルからお話を伺っています。大変頼りになる方だと。今後ともオーヴィルともどもよろしくお願いします。」

その後もクック指令と国境警備について話しをしていると、指令室の扉をノックする音が聞こえた。指令が入出を許可する前に、クック指令報告書をお持ちしました、と言い入室してきた者がいた。

ウィレム少尉だ。少尉は書類に目をやりながら、部屋の中を確認せず、部屋の奥まで進んだ。そこで初めて指令が応接で応対している姿を確認し、慌てて失礼しましたと言い、退出しようとした。その後姿に僕は声をかけた。

「ウィレム少尉、二ヵ月ぶりですね、オーヴィルです。」

ウィレム少尉は一瞬体を硬直させ、ゆっくりこちらを振り向き、僕の姿を認めると、あからさまに嫌な顔をして言った。

「これは、これは、オーヴィル様、このような場所にまたおいで頂き、ご用は早く片付けて、とっととお帰りください。」

 するとアメリアがとても嬉しそうな顔と声で言った。

「あなたが、ウィレム少尉ですか。オーヴィルと仲良くして頂いてありがとうございます。オーヴィルから良く話しを聞いていて、一度ご挨拶をと思っておりました。

あ、申し遅れしました、私はオーヴィルの妻、アメリアと申します。」

ウィレム少尉は唖然としている。そして小声でぶつぶつ言いだした。

「お前、結婚してるのかよ。しかもこんな美人と。あぁ人生は不公平だ、何故あんな奴が絶世の美女と結婚出来て、俺がもてないんだ。あぁ世の中不公平だ。」

 仕方が無いので、僕がウィレム少尉のことをアメリアに紹介した。

「アメリア、こちらがいつも話しているウィレム少尉だよ。この駐屯地のエースにして、むっつりスケベの29歳、童貞。部下からも信頼が厚く、これからも是非童貞を守って欲しいと、陰で散々笑いものにされている方だよ。」

 それを聞いたウィレム少尉は顔を真っ赤にして怒った。

「適当なこと言うんじゃない、この馬鹿王子。」

「アメリア、少尉はこんな感じで怖いんだ、いつ怒鳴られるか。アメリアも十分気をつけるんだよ。」

 そのやり取りを聞いていたアメリアは笑顔でウィレム少尉に言った。

「ウィレム少尉、ごめんなさいね。オーヴィルは気に入った人には軽口ばかり言ってしまう人なの、今後とも適当に相手をして頂けると助かります。」

 そう言ったアメリアは、ウィレム少尉に向かって深々と頭を下げた。少尉はびっくりして、アメリアを見て、そして頬を紅潮させた。それを見て僕はさらにウィレムに言った。

「おい、ウィレム、人の妻に見惚れるんじゃない。だが、我妻は本当に美しい。致し方があるまい、特別に今晩のおかずとすることを許可してやろう。」

 ウィレム少尉はまた怒り、ふざけるなー、と叫びながら出て行ってしまった。アメリアは少尉をあまりいじめないで上げてくださいね、と言った。


ホビット族のアラン


 今日は駐屯地に宿泊させてもらい、明日の朝、バルティカに向かうことにした。ユーリとバルティカでの行動について確認をするため、時間をとってもらった。天気も良いので、食堂のテラスで話しをする。

「ユーリさん、いよいよ明日の朝、バルティカに入ります。そして王都アークテイカで、情報収集をしたいと思います。先ずは宿を確保し、滞在中の拠点として使います。あとは、ユーリさんとアランさんで、酒場や傭兵斡旋所、その他情報が集まりそうな場所で、今のバルティカの国内情勢について情報を集めてください。」

「わかりました。鍵の情報を集める必要は無いのですか。」

「鍵の情報については、私の手の者をすでにバルティカに潜入させて、バルティカの王宮内を探らせています。その報告を待ちたいと思います。」

「他の団員は待機でよろしいですか。」

「適当な場所があればですが、リサさんには武術の訓練をしたいと思います。アイリーンさんとノーマンさんは自由行動で構いません。但し、面倒はおこさないように。」

「二人には注意しておきます。それから、アランを呼んでバルティカについて少しでも知識を増やしませんか、アランは5年前まではバルティカに住んでいました。情報は持っていると思います。」

「良い案ですね、では、アランさんを呼んで頂けますか。」

「しばらくお待ちください。」

 そう言って、ユーリはアランを探し、連れてきてくれた。

「アランさん、明日からのバルティカ入国に際して、バルティカのことを詳しく知りたいと思っています。アランさんは5年程前まではバルティカで暮らしていたと聞きました。教えて頂けないでしょうか。」

 アランは頭を掻きながら、困った顔で言った。

「いや、あらたまって話しするようなことは何もないんですよ、私は地方都市出身ですし、アークテイカの街も詳しくはありません。すみません。」

 僕は漠然と質問したことに申し訳なさを感じ、聞きたいことを質問することにした。

「すみません、アランさん。では、知りたいことをお聞きしますので、知っている範囲でお話し頂けませんか。」

 ほっとした顔でアランは答えた。

「それなら話せそうですね、では、質問をお願いします。」

 僕は聞きたいことを頭でリストにしながら、アランに質問を始めた。

「まずお伺いしたいのは、ドニ・ランベールについてです。どんな人物なのでしょうか。」

「バルティカ国王ですか、国内では圧倒的な人気を誇りますね。ローレンシアに攻め入った勇敢な男、ローレンシアの英雄王と打ち負けなかった強者、色々な言われ方をしますが、閉塞感漂う国に戦争という手段で明るさと活気を取り戻しました。

 負け戦でローレンシアからは何も奪えず、民も多く亡くなった。それにも関わらず、人気は上がるばかりでした。それは今も続いていると聞いています。私はそれが嫌で国を出た口です。戦争は暗い陰しか落としません、どんな理由でもやるべきではない。傭兵の私が言っても何の説得力もありませんが。」

 そう言うとアランは下を向いた。彼にも何かあったのだろう、親しい者を亡くしたのかもしれない。少しの沈黙の後、アランは再び話しだした。

「個性で言うならば、粗野な男を演出している普通の王でしょうか。国民に対しては、乱暴な口調で演説し、女を侍らせた姿を見せたり、部下を無下に扱ったように見せたりしていますが、それは演出で、本来の彼は正義を愛する男です。

 今後も、彼は国民を鼓舞し、明るさを取りもどすために、粗野で強い男を演じ続けるでしょう。」

「今の口ぶりからすると、アランさんはドニ・ランベールとお知り合いなのでしょうか。」

 そう言いかけた時、今まで黙っていたユーリが静かに、しかし強い意思持った口調で言った。

「傭兵の過去を詮索するのは止めていただきたい。それは絶対のルールです。」

 僕は慌てて、アランに謝罪した。

「アランさん、すみません。余計なことを聞こうとしました。」

アランは、笑顔で小さく首を横に振り、言った。

「大丈夫です、確かに私はドニを知っています。昔の話しです、これ以上はご勘弁ください。

 他にご質問はありますか。」

 慌てたおかげで、聞こうと思っていたことを忘れてしまった。が、バルティカのことではないが、ホビットについて教えて欲しいことがあったので、質問をした。

「この質問はバルティカについてではないのですが、ホビット族が得意とする、風属性魔法を使った矢の軌道を変える技について教えて欲しいです。模擬戦では、矢を1度曲げていましたが、アランさんは何回曲げることが出来ますか。」

 アランは予期せぬ質問だったのか面を食らったようだった。そして笑いながら答えた。

「いや、それこそ違う方向から質問が飛んできましたね。笑ってしまい失礼しました。

 私は3度が限界です。例えばですが、10mほど先に木が生えていますが、あの木の真後ろに的があったとします、私はここから真っすぐに矢を放ち、3度曲げて、木の後ろの的に矢を当てることが可能です。」

 アランは弓を弾く仕草をしながら説明した。

「但し、的は一度目視しなければなりません。風魔法と弓矢の組み合わせは、自分の放った矢を通したいルートに風魔法で風の道を作り、その中を通すことで有効となります。この風の道の作成は目で確認し、イメージをする必要があるからです。

 この作業は、集中力も必要になりますので、何度も放てるものではなく、私の場合、一度の戦闘で5回放てれば良い方でしょうか。」

 とても興味深い、僕にも出来るだろうか。質問を重ねる。

「3度より多く曲げることが出来る達人はいるのでしょうか。出来ればそんな人に会ってみたい、そしてその腕を見たいものです。」

 アランは、少し真面目な顔になって答えた。

「いますよ、ドニです、ドニ・ランベール。私が知る限りですが、ドニは何度でも曲げ、何回でも放てます、限界はありません。

 多分ですが、先ほど私が説明した風魔法で風の道を作る、この方法でドニは矢を曲げてはいません。何か別な魔法で曲げています、だから何度も曲げ、回数制限もなく放てる。私はそう思っています。」

 さらに興味深い、是非ともその魔法の秘密に触れたいものだ。

「ドニはどこでその魔法を身に着けたのでしょうか。とても気になりますね。」

 アランは少し怒ったように返した。

「ドニはランベール家の人間です。あなたが、リリエンタール家の人間のように。」

 そうか、王族、血筋か。リリエンタール家の人間が当たり前に出来ることは、普通の人間には出来ない、そういうことか。

 何だか話もそれ、気まずい雰囲気も流れだしたので、アランに礼を言って、場をお開きにした。


バルティカ


 巨大大陸イースタルの中南部に位置する国「バルティカ」は「ローレンシア」と同じく、君主制国家である。気候は通年概ね穏やかで、夏と冬がなく、イースタル大陸の中で最も過ごしやすい。しかし国土の90%が山岳地帯であり、平地が少なく、人々が暮らしやすいとは言い難い。それでも、シャルル王の時代に始まった街道整備事業のおかげで、人々の往来は楽になり、国中を馬車が走るようになった。気候の良さもあり、今では移民も多く、イースタルにある5つの国の中で、ローレンシアに次ぐ人口、2億五千万人もの人々が暮らしている。その人口の種族構成としては、約60%がホビット族、20%が人族、残り20%に獣人族、エルフ族、ドワーフ族となっている。

山岳部では穏やかな気候を利用し、農耕や畜産が行われているが、収穫高は高くない。沿岸部も断崖で地形が悪く漁業も栄えていない。その為、国内の食糧自給率は低く、隣国からの輸入に頼らざるを得ない状況だ。

 バルティカの王都アークテイカは、南のローレンシアと北のアバロニアを結ぶ南北の街道沿い位置し、高さ10mの城壁に囲まれた要塞都市である。城壁は正方形になっており、一辺の城壁の長さは3km、街の東西で平民街、貴族街と区分されている。この要塞都市には百万人以上の人々が居住している。ホビット族は当然だが、他の種族も多く住んでおり、互いの文化を尊重し合いながら暮らし、さながら種族のサラダボウルとなっている。


 この地を治めるのは、王家であるランベール家だ。ランベール家に生まれた者は、マナの扱いを得意とし、弓と風属性魔法の取り扱いに優れ、矢を自分の意思で自由自在に飛ばすことが出来ると言われている。

 現在の王は困窮する国民の生活を改善するため、南の隣国ローレンシアへ侵攻し、ローレンシアの英雄王と幾度も死闘を繰り広げた、強者、ドニ・ランベールである。ドニは国民の期待を一身に背負い、国の発展のため尽力している。


アークテイカ


 翌日、クック指令に見送られ、ドラゴンロードを通りバルティカに向かった。バルティカの関所では、何事もなく通行が許され、無事に入国することが出来た。ここから更に馬車で北に進み、5日ほどで、王都アークテイカに着くはずだ。

 アークテイカまでの道のりは、バルティカ国内の中でも平坦と言われているが、それでも登ったり下ったりを繰り返し、馬車の乗り心地は悪く、馬の扱いにもコツがいるようだった。慣れない道を何とか進み、予定通り、5日目の昼にはアークテイカに入ることが出来た。


 アークテイカに入ると、すぐにドニ・ランベールの使いが現れ、王宮への招待を受けた。予想していた通りだが、宿泊も王宮で、と半ば強制的に連行されてしまった。

 王宮に行くまでの間に見たアークテイカの街は、聞いていた通り、様々な種族で溢れている。通りには多くの人々が往来し、商店や食堂は繁盛していて、とても活気がある。この街を見ている分には、とても食料に困窮している国には見えなかった。


 王宮に到着すると、僕とアメリアは迎賓用施設と思われる立派な部屋に通されたが、旅団のメンバーは別な場所に連れて行かれた。案内をしてくれた獣人族の執事らしき男に、旅団のメンバーも含めて、今宵はドニ王と夕食を共にすること、それまでの時間は部屋でくつろぐように言われた。

 部屋の装飾品が珍しく、アメリアと鑑賞しながらはしゃいでいると、1人の男が部屋に訪ねてきた。どこにでもいそうな、特徴の無い普通の男、僕の手駒、潜入諜報員のオウルだ。

オウルは部屋に入り、しかし扉のそばからは離れず、小さい声で言った。

「手短に、鍵の手がかりは未だ。ただ、ウィルバー様、キャサリン様はアークテイカに数日前までは滞在、現在は北へ向かって移動中、アバロニアに向かっていると思われます。それからお二方には魔女が同行しているとの情報です。」

 僕は思わず聞き返した。

「魔女、魔女とは何者だ。」

「今は不明です、ではこれで。」

 オウルはあっという間に部屋を出て行った。鍵の手がかりも得られず、魔女の謎も残ったが、2人が無事であることの確認が取れただけでも良しとするか。

 アメリアは心配そうにこちらを見ている。その顔に笑顔で返した。

「彼はオウル、僕の手駒、潜入と諜報を専門とした男だよ。ウィルバー兄様とキャサリンは無事で、アバロニアに向かっているって。」

 それを聞いたアメリアは満面の笑顔になった。

「ウィルバー様とキャサリンは無事なのですね、良かった、本当に良かった。何だか少し安心しました。」

 そんな嬉しそうなアメリアを見ていると、とても幸せな気分になれた。


晩餐会


 時間となり、先ほどの獣人族の執事がやってきて、晩餐会の会場へ案内してくれた。上座に王の座る席が用意され、その前には長テーブルが用意されている。上座のドニが座る隣の席に、アメリアとともに着いた。ほどなく、旅団のメンバーも現れ、彼らは長テーブルに着席する。

 しかし、傭兵の彼らに晩餐会での儀礼が守れるだろうか、不安だ。ユーリとアランは問題なさそうだが、後の三人は心配だ。心の中で、ユーリよ、何かあった時は頼む、と言った。

 全員が席に着くと、ドニ・ランベールが現れた。浅黒い肌に、口ひげを生やし、かなり野性的だ。堀が深くはっきりとした顔立ちが、より悪い男を演出している。ドニはアランを認めると、声を掛けた。

「アラン、久しいな、元気であったか。」

 アランはすぐさま膝をつき顔を上げず応えた。

「陛下、ご無沙汰しております。陛下もお変わりなく、大変うれしく思います。」

 それを聞いたドニは軽く頷き、席に戻れ、と言った。僕とアメリアも席を立ち、挨拶をする。

「陛下、今宵はお招きいただき大変光栄に存じます。申し遅れました、私はローレンシア王国、第三王子、オーヴィル・リリエンタールです。そしてこちらは、我妻、アメリアにございます。どうか、よろしくお願いいたします。」

 するとドニは豪快に笑いながら応えた。

「俺がドニだ、お前がオーヴィルなのは知っているさ。だだ、お前が結婚したことは知らなかった。美人な方だ、生涯大事にされるがいい。

 俺はこの通り、堅苦しいのは嫌いだ、だから、俺はお前をオーヴィルと呼び捨てで話す、お前も俺のことは気にせず、ドニと呼ぶがいい。」

 さすがに倍以上も年上の、他国の王を呼び捨ては気が引ける。

「わかりました、ただ呼び捨ては少し、ドニ王と呼ばせていただきます。」

「好きに呼ぶがいい。」

 そう言うとドニは右手を差し出し、握手を求めた。僕も右手を出してドニの手を握る。こういうタイプの定番である、力比べが始まるのかと身構えたが、普通の握手を交わした。そして、長テーブルの方を向き、挨拶を始めた。

「今宵はローレンシアから勇者の方々を招いた。今日は好きに飲んで、好きに食べてくれ、儀礼なんぞ気にしなくても良いぞ、俺が許可する。さぁ、先ずは乾杯だ、全員グラスを持て。」

 ドニはワインの注がれたグラスを右手に持ち、その手を高く上げた。それに倣い、皆グラスを上げた。

「では、ローレンシアとの友好と貴君らの旅が無事であるように、乾杯」

 ドニは大きな声で言った。皆着席し、料理に手を付ける。長テーブルを見ると、案の定、リサとノーマンが食べ物をがっついて食べている。ユーリもアランも注意しようとはせず、料理と酒を堪能している。これが傭兵の自由さか、羨ましくもあるな。


 ドニは、先ずは食え、話はそれからだ、と言った。ドニの言葉に甘え、料理を堪能する。新鮮な野菜、牛の肉、川魚、デザートのフルーツ、料理はどれも美味しかった。アメリアと料理方法や素材と産地について、推測しあいながら味わった。

料理が出終わると、ドニは満足そうな顔で話しかけてきた。

「どうだ、オーヴィル、美味いだろ。」

「えぇ、とても美味しく頂きました。味付けは貴国の伝統的なものだと思いますが、素材はどこで獲れたものだろうと、妻と推測しあいながらいただきました。」

 するとドニはとても嬉しそうな顔になった。

「さすがはローレンシアの王族、素材が気になるか。で、どこで獲れたものだと。」

「野菜と川魚は新鮮さから、貴国国内、牛はアバロニアから連れてこられたもの、そしてフルーツもアバロニアで獲れたものかと思います。」

「無難な回答だな、半分正解で半分不正解だ。野菜はアークテイカの東側で栽培されているものだ。王都の東側で開墾を進めている。軌道に乗れば、王都で消費される分の野菜は賄える予定だ。

 魚についてはアバロニアから、養殖に詳しい蜥蜴の獣人族を招き、この近くに流れる川で養殖をすすめている。その成果だ。ただ、これはまだ安定供給にはほど遠い。

 牛はアバロニアから、牛の飼育に詳しい、狼の獣人族とともに連れてきたものだ。もともとバルティカには生息していなかった種類のもので、病気にも強く育てやすい、そして美味い。これを王都の西の山岳地帯で大規模畜産場を建設し、順調に増やしている。

 フルーツについても同じだ、アバロニアから持ってきたものを栽培している。これは王都からは離れているが、西側の海岸近くに果樹園を作り、虎の獣人族の手を借り、複数種類を育てている。

 これが正解だ。どうだ、すごいだろ。これがどんな意味を持つかお前には分かるはずだ。」

 ドニは自慢げに話しをした。いや、自慢していい、これは偉業だ。未だ軌道には乗らず、これからの事業だろうが、自国の食糧不足を解消すべく、知恵を絞り、手をつくし、金をかけている。

 それに加え、基本的に他部族、他種族に非協力的な、獣人族3部族とも協力関係を築き、事業を進めるなど、素晴らしい、の一言に尽きる。それに比べ、ローレンシアは、バルティカの侵攻ばかりを気にして、バルティカの国民が飢えることに無関心で、飢えない為の知恵を貸すこともしなかった。

 なんと情けないことか。僕はとても恥ずかしくなった。するとそんな僕の気持ちを察したのか、ドニは言った。

「ローレンシアには恨みもない、それどころか俺は何百人ものローレンシアの兵士を殺した、ローレンシアから恨まれて当然の男だ。

 それに獣人族とは、たまたま馬が合って、協力を取り付けることが出来ただけだ。ローレンシアが協力してくれなかったからじゃない。

 この事業を進めて行けば、ローレンシアに戦争を仕掛けることをせずに済むかもしれない。だから、オーヴィル、お前は大いに喜べ、おれと一緒に酒を飲んで大声で笑え。」

 アランの言う通りだった。ドニは国民の生活を第一に考える、見かけは違うが、普通の王だった。その後、僕はドニと一緒に酒を酌み交わし、自分の、ローレンシアの情けなさを忘れるために酔った。


 翌日は二日酔いで頭が痛かった。流されるまま酒に酔うのは人生で初めての経験だった。だが、悪い気分はしない、ドニと飲む酒は楽しかった。飲みすぎの反省として、少し二日酔いの気分の悪さを自分の記憶に刻み、その後マナを使って、血液中のアセトアルデヒドを取り出し、尿として排出した。

 アメリアは僕が飲み過ぎて、何か失態を演じないか心配し、そばについていてくれたが、記憶が曖昧だ。アメリアはまだ寝ている、起きたら謝ろう。それにしてもアメリアが寝坊とは珍しい、疲れが溜まっていたのかもしれない。

 僕は、獣人族の執事が用意してくれた朝食をとった。そして執事にドニと話せる時間を調整して欲しいと伝えた。その後アメリアは起きたが、調子が良くないようだ、今日は寝ている様に言いつけた。

 暇なので、外に出たいが、王宮内を自由に歩くことは禁止されている。それならば、と旅団のメンバーと過ごそうと、部屋を訪ねた。案の定、皆暇を持て余していたので、カードやチェスなどのゲームで時間を潰した。やがて執事が現れ、夕食後、ドニが時間を取ってくれることになったと伝えてくれた。

 夕食は、アメリアのこともあり、部屋で済ませられるよう用意してもらった。朝に比べてアメリアは元気になった。2人でゆっくり、会話を楽しみながら、美味しい夕食をいただくことが出来た。


 鍵の行方


 ドニは自室に招いてくれ、気さくに話し掛けてきた。

「オーヴィル、俺に聞きたいことは何だ。」

「ドニ王、僕の旅の目的をお話しします。」

「お前の目的は、兄と妹の捜索だろ。あとは俺に対する牽制か。」

「はい、確かにそれもありますが、一番の目的は別です。僕はイースタルに伝わる伝承、究極の扉を開ける鍵を探しています。だからバルティカに来ました、そして鍵があるだろうと思われる王宮に来ました。」

 ドニは真意を測りかねているようだった。

「お前、それ本気で言っているのか。鍵や扉が実在すると。」

 僕は真っ直ぐドニの顔を、目を見て言った。

「はい、鍵も扉もあります。」

 ドニは困ったような顔をした。まぁ分からなくはない。こんな反応には慣れている。

「お前の真剣さから、鍵、扉の存在は信じるとしよう。だが、その扉を開けてどうするんだ、お前は何がしたい。」

 僕は強く、出来るだけはっきり言い切った。

「伝承の通り、世界に平和をもたらします。」

 ドニはしばらく僕の顔をじっと見ていた。そして急に笑い、言った。

「わかった鍵を見つけるのを手伝ってやる。

 鍵は王宮にあると考えていると言ったな。伝承が本当であったとしたら、記録も不確かなほどの大昔の出来事だ。だったら、ここに鍵はない。ここは1200年程前に遷都された新しい都だからな、つまり探すべきは遷都される前の都、そこの宮殿跡だ。」

 僕は満面の笑みになり、言った。

「ありがとうございます、ドニ王、協力を感謝します。

 早速向かいたいのですが、その、旧王都はどこにあるのでしょうか。」

「ここから西だ。バルティカの中心に位置する、旧王都クラトン。アークテイカからだと、馬車で5日の距離だ。

 ちなみに、ここアークテイカは、ドラゴンロードが開通し、街道が整備されたことにより遷都された都だ。ドラゴンロードの開通が1240年前だから、ここは1230年の歴史がある。」

 では早速出発の準備をしたいと思います。そう言って僕は退出しようとした。するとドニは僕を引き留めた。

「まぁ、焦るな。鍵を探すのを手伝ってやると言っただろう、クラトンには俺も行く。多少旧王宮跡の構造も知っているからな。だが、何分忙しい身でもある、日程を調整するから、お前は一週間ほど遊んで待っていろ。」

「ドニ王に同行いただけたら、旧王宮跡の探索が捗ります。是非よろしくお願いします。」

「それから、王宮内の施設は自由に使えるように通達しておく、訓練所や風呂、図書室、娯楽室、自由に使え。」

「重ねてありがとうございます。それであれば一週間遊んで過ごせます。」

 今度こそ退出しようとすると、ドニに少し言いづらそうに話しかけられた。

「オーヴィル、アランは、奴は楽しくやっているのか。」

「ドニ王、私は彼と知り合ってまだ一月余りです、ですからその短い期間でしかわかりませんが、傭兵として、炎の旅団の一員として、楽しくやれていると思います。」

「そうか、それなら良いんだ。奴はここにいた時は近衛騎士団に所属し、俺の護衛をしていた。正直、弓の腕はそれほど高くないが、戦闘時の判断力が高くてな。戦争中も奴の状況判断には間違いがなかった。だから俺は奴を頼りにしていたし、奴も俺を信じてくれていた。

 戦争長期化の兆しが見え始めた頃、これ以上の犠牲を出さないために、奴は撤退を進言した。だが、俺は奴の忠告を無視して、無駄な戦いを続けた。国内世論の圧に負けたんだ、強く、簡単に負けない、挫けない姿を国民に見せるために。

 それで国民の支持を集めることが出来た。しかし、その結果、多くの兵士達を無駄に死なせた、死なせずに済んだはずの兵士達を死なせた。それが奴には許せなかった、だから俺を軽蔑し、俺の元を去った。

 今でもその判断が間違っていたとは思わない。それでも、アランの信頼を裏切ったことだけが、後悔として残っている。

 オーヴィルよ、無駄な話で引き留めて済まなかったな。」

 ドニは寂しそうな顔をしていた。アランとは本当に良い友だったのだろう。だが、王族と家臣、立場が違う。どちらが正しいとも言えない、2人は信じた道を違えただけだ。だが、もう二度と2人の道は交わることはないのだろう。それで良いのだ。

 僕は、ドニにどんな声を掛けても薄っぺらい言葉にしかならないような気がして、それでは失礼します、と一言だけ言い、退室してアメリアの待つ部屋に戻った。


 僕はドニの準備が出来るまでの一週間、訓練所を使って、リサの武術訓練をすることにした。リサに動作の基本から教えていくが、正直のみこみが悪い。天性の速さだけで戦ってきた無駄な動きが体に染みついている。それでも少しずつ、着実に基本を身につけさせていく。

 リサも音を上げず、訓練についてくる。少しでも強くなりたい、その気持ちが続けさせている。一週間では、強くなった成果を実感は出来ないだろうが、これからも何とか続けさせていかなければならない。

 アメリアはアイリーンと遊戯室に籠りきりだ。チェスやその他のボードゲームで対戦しているらしい。なかなか良い好敵手になっているようだ。おかげでアメリアは元気だし、笑っていることが多い。アイリーンに感謝だ。

 アランはその日の気分で、訓練所に顔を出したり、遊戯室に顔を出したり、ぶらぶらしている。たまにリサの訓練の相手をしてくれるが、それもほんの少しで、気まぐれにどこかに行ってしまう。

 ユーリは図書室で資料を読んでいる。これから向かって行く国、アバロニア、ゴンドワナ、パノティア、それらの国の情報を頭に入れている様だ。とにかく真面目で頭が下がる。

 かたやノーマンは酒ばかり飲んでいる。ドワーフは酒好きのイメージだが、勤勉な一般的なドワーフはそれほど酒を飲まない、ましてや昼間から酔っぱらうなど。ノーマンはただの昼間から酒に酔う駄目なおっさんだ。

 そんなこんなで一週間はあっという間に過ぎ、ドニから出発すると連絡がきた。準備して、荷物を積み込み、馬車に乗る。ドニはお付きの者達入れて5台の馬車に乗り込んだ。7台の馬車は縦列で旧王都クラトンへと向かった。


旧王都クラトン


 予定通り5日の工程でクラトンに到着した。王都であった頃は賑わっていたであろうこの街も、今は落ち着いた街並みとなっている。人通りも少なく、まばらに見える住民はホビット族ばかりだ。

 この街の中心に、王宮跡がある。遷都時に不法占拠を防ぐために取り壊され、今は無残な様相を呈しており、かつては巨大な建物があったことを、残された土台のみが物語っている。ただ、隠された地下構造は、昔のまま残されていると思われる。

 ドニはその地下構造の中に鍵が隠された場所があるのではないか、と睨んでいる。残された歴史資料をヒントに地下への侵入口を探す。ドニが連れてきた兵士達が手分けし、隈なく探り、やがて、土台に隠されていた地下への階段を発見した。

 地下へはドニの兵士たちが先行し、危険が無いか確かめながら進んで行く。その後に炎の旅団、僕とアメリア、そしてドニと護衛の順で続く。暗く、黴臭い、しかも中心径が5mもあり、手すりも無いらせん状の階段を、ランプの明かりを頼りに、進まねばならず、僕はアメリアの手を取り、慎重に降りて行った。

 しばらく進むと、底が見えてきた。底の壁には扉があり、その扉から先に進める様だ。先行している兵士たちが、扉の先の安全を確認する、問題はないようだ。続けて炎の旅団が中に入る。とそこで、後ろのドニに呼ばれた。振り向くが、まだらせん階段にいるようだ、姿は見えない。

「おい、オーヴィルこっちにきてくれ。」

 僕はアメリアを先に行かせ、らせん階段へ戻ろうとした。その時、持っているランプが矢で落とされ、明かりが消えた、完全に暗闇だ。するとドニの声が聞こえた。

「オーヴィル、お前はいいやつだ。だが、俺には分かる、お前はこの国にとって災いをもたらす者だ。残念だが、ここで死んでくれ。」

 僕は身を隠せる物を探した、しかし、目が多少慣れたとは言え、暗闇だ。しかも、記憶の範囲では身を隠せるものなどなかった。ドニのいる位置は全く分からない、とにかく身体強化で身を守る、そして対応策を考える。と鋭い音が聞こえた、次の瞬間、左わき腹付近に強い衝撃と激しい光が発生した。

 ドニの放った矢が、革の防具の間を見事につき、僕の体に命中したのだ。しかも鏃には火薬が仕込まれ、鏃が対象物に当たった衝撃で爆発する仕組みになっているものだ。身体強化をしていたとはいえ、防具なしで受けた衝撃はすさまじく、肋骨が何本か折れたようだ。

 さらに、悪いことに折れた肋骨が肺を傷つけ、気管から口に血液が逆流し、多量の血を吐いてしまった。まずい、次の矢を受けたら確実に死ぬ。

とにかくマナで応急処置だ、栄養素を入れた小瓶を飲もうにも、口から血が溢れ、呼吸さえも難しい、それでも少しでもドニの矢から逃れるために、這いつくばりながら移動し続ける。意識が遠のく、次の矢は避けられないだろう、防ぐ手立てもない。

 すると、らせん階段の上から声が聞こえた。

「オーヴィル様、ドニは拘束、護衛は始末しました。」

 オウルの声だ、ドニのお付きにでも紛れ込んでいたのだろう。何とも頼りになる奴。すると戻れぬよう、ドニの兵士たちに邪魔されていた炎の旅団とアメリアが、兵士達を片付けて戻ってきた。アメリアは僕の様子を見ると、涙を流して詫び始めた。

「オーヴィルごめんなさい、あなたを一人にしてしまった。あなたが傷ついたのは私の責任です。」

 僕はまだ口がきける状態でも、起き上がれる状態でもなかったので、アメリアを安心させてあげることが出来なかった。炎の旅団のメンバー達は僕の様子を見て、驚き、心配したが、アメリアがオーヴィルの体は大丈夫です、と言い切ったので、黙って僕を見ているだけだった。

 しばらくすると肺の応急処置、止血も終わり、肋骨の骨折箇所も仮止めが出来た。血液が足りないが造血までは間に合わない。今はこれで我慢するしかない。何とか立ち上がり、先に進むよう皆に声をかけた。

 階段下の扉を抜け、細い通路を進んだ先に10m四方の広い空間に出た。空間には何もない、ただ石壁があるだけだ。僕はアメリアにマナの記憶を探って欲しいとお願いした、アメリアは石壁を時計回りに見て回る。すると、一か所の石を指さし、ここです。と言った。

 ぼくはアメリアに駆け寄り、ナイフを使って石を取り出す。そしてスイッチを押し、隠し通路を開いた。炎の旅団のメンバーは唖然としている。不思議な技術で通路が急に現れたのだ、驚くのは当たり前だ。

 皆にはこの場で待つように伝え、1人で通路の先に入った。すると二年前ケノーランドの王宮で発見した台座とプレート、同じものがそこにはあった。僕はプレートに手を伸ばす、すると体内にあるプレートが反応し、僕の体の中で2枚が1枚になった。

 1枚目の時に記録が直接脳に流れ込むような現象は起きなかった。ただ、二個目の鍵が手に入った。それだけだった。多少拍子抜けしたものの、目的は達することが出来た。皆のもとに戻り、そして外に出た。


 外に出ると、ドニがオウルに拘束されていた。ドニは僕を忌々しい目で見てきた。この期に及んで交わす言葉はない、ドニは自分の正義、信念で行動したのだ。僕もドニのことが嫌いではなかったが、とても残念だ。

 ドニはアランを見つけると、言った。

「おい、アラン、聞け、俺の話しを聞け。オーヴィルは危険だ、こいつに手を貸すな。」

 するとアランは悲しい目でドニを見つめ、そして言った。

「陛下、私はもうあなたの部下ではありません。あの時、別な道を選び進んだのです。その道はもう交わることはありません。それに今の私の雇い主はオーヴィル様です。傭兵の私は、雇い主の正義や悪に興味はありません。それでは、陛下。」

 そしてアランはドニに頭を下げ、その場を去った。


 オウルはドニに猿ぐつわをかませ、ドニ達が乗ってきた馬車に押し込んだ。

「これで一日、二日は時間が稼げるでしょう。オーヴィル様と対峙出来る者はこの国でドニだけです。無駄に追手を差し向けることもしないでしょう。急ぎ国境まで移動し、アバロニアに入国ください。

 私は一旦アークテイカに戻り、所用を済ませてからアバロニアに向かいます。それでは、いずれまた。」

 そう言うとオウルは馬で走り去った。僕たちも急ぎ馬車を走らせ、アバロニアとの国境へ向かった。


 オウル


 アークテイカの王宮に潜入し、究極の扉の鍵の情報を探る、それがオーヴィル様から命じられた俺の任務だ。オーヴィル様の推測によれば、王宮内に使用されていない地下、もしくは使用されているが、あまり人の出入りがない地下を探れ、と指示を受けている。

 先ずは王宮へ潜り込む必要がある。王宮に出入りする者は多い、貴族、兵士、使用人、商人、物資の配達人、その中に紛れてしまえば潜入は容易だ。どこの国の門番や衛兵達も、出入りしている人物を確認しているようで、実は顔さえも良く確認していない。この王宮にしても同じことで、仲間が用意した兵士の服を着れば、難無く潜入することが出来た。

 潜入後は王宮の構造を把握するために、王宮で働いている者達の制服を盗み、出入りする場所によって制服を着替え、違和感なく歩き回る。そして歩き回った先で、出会った人物に適当に挨拶を交わし、情報を得ていく。

 2週間ほど王宮に潜伏し、警備の厳しい王の自室や王の間以外の場所は確認した。しかし、怪しい場所は見つからず、目ぼしい情報も得ることは出来なかった。つまりこの王宮には鍵が無いのではないか、そう推測せざるを得ない。


 一旦、王宮を出て、別な角度から情報を探ることにする。アークテイカにはローレンシアの諜報員が複数名活動していて、それぞれに役割がある。俺と同様に、敵対組織に潜入するアンダーカバー。必要な情報の入手や物資の調達をするインフォーマント。膨大な情報、その事象から事実を構成するアナリスト。の3種類だ。

 俺は情報を得るべく、インフォーマントのスネークに接触した。スネークはこの街で、5年前から酒場を営み、街に溶け込んでいる。酒場の営業時間が終わる深夜に店を訪れた。幸い客はおらず、スネークは俺を認めると店を閉めた。

「スネーク、情報が欲しい。例の鍵の情報だ。」

 スネークは何年も日に当たっていないのか、肌は青白い。細い体躯と感情の見えない瞳が本当に蛇のようだ。だが、その見た目と裏腹にノリが軽い男だ。

「ふくろう、お前はオーヴィル様専属だから一生懸命なのだろうが、鍵なんか本当にあると思っているのか。何遍も言うが、そんなもんまずねぇから、だから情報もねぇよ。」

「そうか、やはり情報はないか。だが、鍵はある。オーヴィル様がおっしゃったのだから。」

 スネークは呆れた様子で俺を見た。そして別な情報を語り出した。

「それよりもふくろう、ウィルバー様とキャサリン様がこの街を離れた。北へ向かったようだ、アバロニアまで逃亡する可能性が大だ。それと、お二方と同行している者がいる、魔女だそうだ。」

 俺は思わず聞き返した。

「魔女だと、魔女とはなんだ。」

「俺も知らねぇよ、ただ、つばの広いとんがり帽子にローブを纏い、尖ったブーツを履いていた、だから魔女だ。

 祭りでもないのに魔女の仮装をした変な女、が正解かもしれねぇが、それじゃ長いだろ。だから魔女で良いんだよ。

 これ以上の情報はないぜ、俺は質問に答えられないからな。」

「アナリストは、ゲッコーはどう分析、解析した。」

「あぁ、ヤモリちゃんね、あの娘の言う事が俺に理解出来ると思うか。とりあえず聞いたまんま伝えてやるよ。

 新たな要素、魔女の存在はこの流れを大きく変える。イースタルの民を救うのは誰だ。今はまだ確定出来ない。今後も魔女の動きは注視すべき、追加情報が欲しい。

 だそうだ。イースタルの民とはまた大きく出たもんだが、嫌な感じがするのは間違いないぜ。お前も気をつけな。」

 魔女が現れたことと、オーヴィル様が鍵を探していることには関連性がある。そう考えて間違いはない。だが、どう関わってくる、ゲッコーが言うように情報が不足している。少し考え込んでいると、スネークが言った。

「そうそう、ヤモリちゃんからお前宛に伝言だぜ。

 ドニ・ランベールが鍵の秘密に触れた時、オーヴィル様に危険が迫る。ドニ・ランベールから離れるな。

 だとよ。確かに伝えたぜ。じゃ、本当に店じまいだ、もう帰ってくれ。」

 俺は、スネークの店を後にした。情報が不足していて状況が整理できない、それが俺を不安にさせるが、今はゲッコーの忠告通り、ドニ・ランベールの動きに集中することにした。


 オーヴィル様がアークテイカ到着され、宮廷に招待された。わずかな時間と隙を見計らい、現状手元にある情報だけをお伝えした。戸惑われた様子だったが、俺は疑問にお答えする情報は持っていない。

 引き続き、ドニの様子を探っていると、一週間後にオーヴィル様と旧王都クラトンに向かうことが分かった。出発に合わせ、馬で後をつけていく。移動中は傭兵団とアメリア様の目がある。迂闊な行動はとらないはずだ。仕掛けるなら、オーヴィル様がお一人になられたタイミングだろう。

 何事もなくクラトンに到着し、王宮跡の探索に入った。兵士達が地下に入ったところで、地上に残ったお付きの者達を剣で脅し、拘束、助けを呼ばない様に猿ぐつわをかます。馬車に押し込めると、後を追い地下へ入った。

 ドニと護衛2名は最後尾を歩いている。するとドニは弓を取り出した。そして狙いを定め、オーヴィル様の持っているランプを射落とした。暗闇だ、だが、これは俺にとって幸運だった。

 俺はマナを使って暗闇の中でもはっきりと動くものが見える。もっと言えば壁や床、屋根などの遮蔽物があっても、その向こう側の物、人の動きが手に取るようにわかる。この特別な能力を使って長年アンダーカバーの仕事を成功させてきた。

 ドニはオーヴィル様に話しかけ、弓を弾き、矢を放つために集中した。その隙に護衛2名に近づき、喉を切り裂く。ドニは集中のあまり、護衛がやられたことに気付いていない。

 ドニは矢を放つ、矢は軌道を細かく修正しながら、正確にオーヴィル様へ命中した。ドニは次の矢をつがえ、また集中した。そこに背後から近づき、剣を首元に突きつけた。ドニは集中のあまり、気付かないようなので、耳元で声を掛けた。

「ドニ・ランベール、死にたくなければ、弓を捨てろ。」

 ドニは一瞬驚いた様子だったが、すぐに観念して弓を捨てた。後ろ手に縛り拘束する。そのことを大声でオーヴィル様へ伝えた。

 

 その後、オーヴィル様と分かれ、アークテイカに戻る。スネークに会い、状況を報告した。

「ふくろう、お前はオーヴィル様に付いて、アバロニアに入るのか。だったら、アバロニアの帝都、オールド・レッドの定食屋ドッグ、犬を訪ねろ、インフォーマントだ。

 それから、ヤモリちゃんを連れていけ。アバロニアより北の国にはアナリストはいねぇ。まぁ、コミュ障だが、アナリストとしては優秀だ。お前なら使えるだろ。」

 スネークはそう言って、旅の支度一式を俺に投げてよこし、また会えたらな、と言った。


 俺はゲッコーを迎えに行く。ゲッコーはホビット族だ、見た目は10代の普通の可愛らしい娘だが、本当の年齢は分からない。いつも何もない空間を見ていて、情報を与えると、それに対しての答えを口にする。

 スネークが言う通り、コミュ障で会話が成立しない。いや、コミュ障ではなく、俺たちが見ている物とは違う世界を見ている、違う次元を観察している、だから会話が成立しない、そう見える。

 とにかく、アナリストとしての能力は異常に高い。この先、オーヴィル様の旅を手助け出来るアナリストは彼女しかいない。可能な限り情報をインプットし、俺が活用するのだ。

 ゲッコーに馬に乗れるか聞くと、乗れないと言う。仕方なく、ゲッコーを前に乗せ、2人乗りで、アバロニアへ、帝都オールド・レッドへ向け馬を走らせた。

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