炎の旅団
第三章 炎の旅団
ケノーランドへの帰還
ドラゴンロードでの国境警備の日々も問題なく過ぎ、ルクラン兄様の宣言通り、赴任三カ月で帰還命令が届いた。クック指令には、くれぐれも油断せず国境警備の任にあたって欲しいと伝えた。ウィレム少尉は、僕の帰還を心待ちにしていたようで、ケノーランドへ戻ることを告げると、飛び上がり、泣いて喜んだ。その姿を見て、今度ドラゴンロードに立ち寄った際は、必ず、からかってやろうと心に誓った。
来た時と同じように宿場町で馬を乗り継ぎ、5日の工程でケノーランドへと戻った。先ずはルクラン兄様へ国境警備の状況報告をするため、王宮へと向かう。王宮に着くと、王の自室へと案内された。正式な場ではなく、兄弟として話しをしたいのだろう。
「ルクラン兄様、オーヴィルただいま帰還いたしました。」
「おぉ、戻ったか、国境警備の任、ご苦労だった。お前のおかげで何とか国内をまとめることが出来た。ひとまずはこれで安心だ。で、どうだ、国境の状況は。」
「とりあえずは問題なさそうです。今のところバルティカに不穏な動きはありません。派手に動いて牽制しときましたので、一月、二月は大丈夫かと。」
「国境警備軍の内情はどうだ。」
「戦力不足は否めませんね。期待できそうな人間には大分プレッシャーを与えときました、今後成長してくれると良いのですが。
あと、クック指令もお年ですので、何年頑張っていただけるか。予算も厳しいようなので、可能であれば、予算増額の検討をお願いします。」
「資金不足、人手不足、人材不足だな。予算の増額は検討しよう。
こんなときウィルバーがいてくれれば助かるのだが。あ、いや、何でもない。お前の前だと気が緩むな。」
ルクラン兄様は、思わずウィルバー兄様の名前を出してしまったようだ。疲れが大分溜まっているのだろう。右手で両のこめかみを押さえている。
「ルクラン兄様、大分お疲れのご様子ですね。しばらくはお仕事の量を減らして下さい。」
「わかったよ。お前の忠告は聞くさ。
それから、一月後、バルティカに向かってくれ。バルティカのドニ・ランベール王にはお前がバルティカに入国すること、公式訪問ではないこと、書状を送っておく。」
「ありがとうございます、ルクラン兄様。長年の夢の第一歩です。
バルティカには、少なくとも一月は滞在することになると思います。私がバルティカに滞在中は彼らも動きは取れないでしょう。
それから、ウィルバー兄様とキャサリンの行方も可能な限り調べてみます。」
「すまんな、オーヴィル。国境警備軍の増強は2カ月以内に出来ることをやろう、それから、ウィルバーとキャサリンのこと、頼む。」
「ルクラン兄様、謝らないでください。本当は私も国に残り、ルクラン兄様を支えるべきなのでしょうが、私のわがままで旅に出てしまいます。」
それを聞いてルクラン兄様は優しい笑顔、兄の顔になった。
「大丈夫だ、国のことは心配せず、行ってこい。可愛い弟の夢だ、叶えてやりたいさ。
そうそう、この後、ジョージおじさんに会ってこい、お前の旅の準備を手伝う用、伝えてある。」
ルクラン兄様ならきっと大丈夫だろう、ジョージおじさんもついている。おじさんに会ったらルクラン兄様のことを、あらためてお願いしてみようか、そんなこと言ったら、分かっとるわ、と、怒られそうなきもするけど。
王の自室を退室し、宰相の執務室へ向かう。
執務室の扉を勢いよく開け、ジョージおじさん、ただいま、と大きい声で言い、部屋に入った。おじさんは机に向かい、書類の整理をしながら、お付きの文官3名に指示を出しているところだった。
文官達は驚いてこちらを見ている。おじさんは少し机から顔を上げ、眼鏡の隙間から上目遣いでこちらを睨んだ。やってしまった、慌てて直立し、言い直す。
「マキシム公爵、オーヴィル、ただ今国境警備軍の視察を終え戻りました。ご報告とご相談をお願いしたく参上いたしました。今、お時間よろしいでしょうか。」
おじさんは文官達に手を振って退室するように言い、無言で立ち上がり、僕に近づいてきた。そして右のげんこつを思いっきり僕の頭に振り下ろした。
「とりあえず、座れ。」
僕は強烈に痛む頭を押さえながら、言われるがままソファに腰を下ろした。
「今からは親戚のおじさんで構わん、だが、公の場では立場を考え行動しろ。」
「わかりました、反省しています。」
「で、国境警備軍はどうだ、今のままでは厳しいか。」
「今、バルティカ侵攻してきたら、厳しいですね。ルクラン兄様には、予算と人材、人員の増強をお願いしてきました。」
「そうか、では騎士団の連隊を、国境警備特別騎士隊の名で駐屯でもさせるか。」
「ドラゴンロードに騎士2000名の増員はバルティカにとって脅威となりますね、ただ、国内は大丈夫なのでしょうか。」
「それは心配いらん、ルクランは優秀過ぎるほど優秀だ。ミルトンの治世よりも圧倒的に国内は安定している。ルクランに逆らう馬鹿はもうこの国にはおらん。
最期はあんなだったが、ミルトンもあの世で安心していることだろう。」
「父上はいつもルクラン兄様がいれば安心だとおっしゃっていました。」
「だが、ルクランはまだ、ミルトンの様にバルティカに対する抑止力、脅威とはなっていない。だから今、心配すべきはバルティカの侵攻だ。」
「バルティカのドニ・ランベール王とはそれほどの野心家なのですか。」
「野心家と言えば野心家と言える。ただ、ローレンシアへの侵攻はやむを得ない国内事情もある。
バルティカの国土のほとんどは山岳地帯だ、平地が少ない。ドニの曽祖父、シャルルの時代までは、街道整備も進んでおらず、国土に点在していた居住区同士の往来は少なく、それほど発展していなかった。
シャルルはローレンシアに劣る自国を見て今後を憂い、一代決心し、国家事業として、街道の整備に全力を尽くした。完成はドニの父親の代で、事業開始から実に50年もの歳月を費やした。しかし、シャルルが願った通り、人流が増えることで国は発展し、他国からの移民も増え、人口は爆発的に増加した。
だが、バルティカには平地が少ない、効率的な耕作地の確保が難しいのだ。東西の沿岸部も切り立った崖で、漁業も発展していない。故に食料に関しては隣国、南のローレンシアと北のアバロニアからの輸入頼るしかない。
北のアバロニアは国家としての体をなしていないし、皇帝が変われば国の方向性も180度変わる、定常的に貿易を行うのはリスクがある。ローレンシアは貿易しても構わないが、バルティカには外貨を稼げるような農産物も鉱物も工芸製品も何もないのだ。だから彼らが望むような取引にはならない。そこで、ドニは豊かな耕作地を求め、ローレンシアに侵攻した。
これが、バルティカが抱えるやむを得ない事情だ。」
「でも戦争に費やす兵力を労働力に変え、少しでも国内の耕作地を増やせば良いのではないでしょうか。その方が長期的にも良い気がします。」
「それは恵まれている国の発言だな、とてつもない労力がかかる作業と、リスクはあるが、ひょっとしたら簡単に済むかもしれない作業、人間どちらを選ぶ。バルティカの民は後者を選んだ、待てなかったんだ、だから簡単な道を選んだんだ。
それから、この選択はドニが望んだものではない。だが、ドニも民衆の圧力に屈したのだよ。いや、うがった見方をすればだが、戦争で自国民の口減らしが出来れば、食糧問題も一時的だが解決するかもしれない、そう考えてもおかしくはない状況だった。
これはバルティカ国内で食料の安定供給が叶うまでは改善されない、つまり、ローレンシアは当面、バルティカの侵攻に備えなければならないということだ。」
「難しい問題ですね、食料を支援してもその場しのぎの解決にしかならないですから。何とかバルティカ国内で食料確保の算段をしてもらわないと。」
「我々がどうにか出来る問題ではないからな。
で、ドニ個人の話だが、戦場で英雄王ミルトンとやり合った男だ、個人としての戦闘力も指揮官としての統率力も非常に高い。今戦争となれば、ルクランでは勝てんだろうな。そこで、お前に派手に動いてもらって、牽制しているわけだ。」
「この後僕は、バルティカに入国し、国境警備軍に騎士団連隊の駐屯が完了するまで時間を稼ぎます。ジョージおじさん、ルクラン兄様のこと、よろしく頼みます。」
「あぁ、わかっとる、心配するな。それから、旅の準備だったな、必要な物を教えろ、急ぎ準備をする。事前に要望のあった傭兵と移動用の馬車は手配済みだ。
馬車はバルティカ国内までしか使えないと思え、アバロニアは街道どころか、まともな道は無いからな。アバロニア入国前に、バルティカの街に預けるようにしろ、帰りにはまた使える。
傭兵に関しては、各種族が最低一人欲しいとのことだったな、丁度良いのがいたから、そこの代表に明日お前の所にくるよう達しを出しといた。えー、名前はユーリ・レオーノフ 人族、男性、28歳だ。炎の旅団のリーダーとなっているな。身辺調査も終わっている、問題はない。」
おじさんは手元の資料を読みながら説明してくれた。
「旅団ですか、そんな大掛かりな傭兵団は必要としないのですが。」
「あー、いや違う違う、彼らは5人の弱小傭兵団だ。傭兵のような輩は、言葉の意味を大事にせず、響きを大事にするやつらがいてな、ま、部隊名は適当なんだ。あんまり気にするな。」
「わかりました。では、リーダーの方と話しをして、必要な物をリストにまとめ、明日また、手配頂きたいものをお願いします。」
そう言って席を立つと、ジョージおじさんが、にやついた顔で言った。
「お前、アメリアとやっと結婚したんだってな、親戚中でいつ結婚するんだって、やきもきしてたからな。いやー良かった。」
「何言ってるんですかおじさん、僕16歳になったばかりですよ、成人の儀が終わらないと結婚できないじゃないですか。」
「ま、それもそうだな。がははは。
この旅にアメリアも同行するんだろ、アメリアに守ってもらえるのであれば、安心してお前を送り出せる。しっかりな、オーヴィル。」
ジョージおじさんは、豪快に笑いながら僕の背中をバンバン叩き、見送ってくれた。
王宮での用事も終わり、アメリアのもと、スタールズ家へ向かう。久々に会うアメリアは顔色が悪かった。
「帰ってきたよ、アメリア。僕がいない間大丈夫だったかい。もう心配はいらないよ。」
アメリアは嬉しそうに僕を見て、お帰りなさい、と言ってくれた。それから、国境警備軍での出来事、クック指令や、ウィレム少尉のこと、ヨルムンガンドのこと、夜遅くまでアメリアに語って聞かせた。アメリアはどの話しも、いつものように熱心に聞いてくれた。
炎の旅団
翌日、自室で待っていると、炎の旅団のリーダー、ユーリ・レオーノフが近衛兵に案内されて部屋まできた。ソファに腰かけるように促すと、ユーリが立ったまま挨拶を始めた。
「私はユーリ・レオーノフと申します。傭兵団、炎の旅団のリーダーを務めています。宰相様の命により、オーヴィル殿下のもとに参上いたしました。本日のご用件、ご依頼の内容をお聞かせください。」
ユーリは長身で細身だが筋肉質だ。筋肉のつき方から剣士だと思われる。整った顔立ちをしているが、童顔で幼いように見えてしまう。その瞳は澄んだ色をしており、話し方、顔つきから正直な人間であることが分かる。ただ、その童顔と正直さは傭兵に向いていない、頼りないように見えてしまうからだ。多分、他の依頼者もそう思うことだろう。
「早速ですが、ユーリさん、私はイースタル大陸の縦断を計画中です。その旅にあなた方、炎の旅団に同行いただきたい。旅には私の妻、アメリアも同行します。」
「我々の任務は、アメリア王太子妃の護衛任務と受け取って良いでしょうか。」
「いや、アメリアに護衛は必要ありません。この旅の目的はイースタルの伝承、各種族に与えられた究極の扉を開けるための鍵を探すことです。ですから、各種族、ホビット、獣人、エルフ、ドワーフの方々とそのゆかりの地へ行くことで、円滑に物事を進めたいと思っています。ですので、全ての種族が所属されているあなた方、炎の旅団を指名させていただきました。」
話しを聞いたユーリは少し考えた上で、応えた。
「イースタルの伝承は教養の無い私でも知っています。そしてそれが伝説だということも。オーヴィル王太子は、本当に鍵があるとお思いですか。探せば見つかると信じていらっしゃるのですか。」
ま、まともな反応だな。ただ、傭兵なら黙って着いてくれば良いものを、とも思うが。最初の印象通り、このユーリは正直者なのだろう。
「ユーリさんが疑うのも無理はありません。ですが、私は鍵があることを知っています。詳しいお話しは出来ませんが、鍵はあるのです。」
ユーリは目を閉じて考えている風だったが、目を開き言った。
「わかりました、オーヴィル殿下のお言葉を信じましょう。」
いや、ちょっと待て、それで信じるのか。正直者の上、お人好しか。これではリーダー失格だ、旅団の癖にメンバーが4人しかいない理由が分かった気がした。ま、こちらにとっては好都合だ。
「では、お話しを受けて頂けると。」
「もう一つ確認させてください。この旅は、先日失踪された、ウィルバー様とキャサリン様の捜索は入っていませんでしょうか。」
分かるだろ、捜索も入っているよ。なんでいちいち聞くかな、空気読んで欲しいなぁ。
「もし、旅先で情報が入れば、捜索をするかもしれません。その場合はお手伝い頂くことになります。よろしいでしょうか。この内容でお受けいただけますか。」
「いや、しばし時間をください。メンバーとの相談が必要です。イースタルの縦断となれば、複数年に渡る可能性もあります。」
「ユーリさんのおっしゃる通り、期間は3年程度見積もっていただければと思います。旅に関わる費用、食事代、宿泊代、装備購入費用、これらは全てこちら持ち、それから報酬に関しては、大陸を縦断し、無事にケノーランドに戻ってきた時に、あなた方が一生で稼ぐ金額以上を出しましょう。3年の旅で一生働かずに済みます、決して悪い条件ではないと思いますが。」
「わかりました、本日中にお返事させていただきます。」
そう言うとユーリは部屋を出て行った。しかし、真っすぐな男だった、信用は出来そうだ。後は炎の旅団としての戦闘力がどのくらいあるかだ。この旅は安全なものではない、場合によっては、各国と対立することも出てくるだろう。そんな中、生きて戻ってこなければならない、それが務まるかどうか。話を受けてくれたなら、戦闘力を確認し、場合によっては選考のし直しが必要かもしれないと思った。
ユーリからの返答は早かった、受けてくれるようだ。早速団員に引き合わせをお願いし、王宮の兵士訓練所まで来てもらうことにした。5名揃ったところで、先ずは自己紹介をしてもらう。
ホビット族のアランと言います。33歳、弓を使います。
虎人族のリサです。17歳、格闘家です。
エルフ族のアイリーン。500歳、回復の担当。
ドワーフのノーマンだ。50歳 戦士だ。
盾役1名、攻撃2名、後衛1名、回復1名、バランスは悪くないが、後衛にもう一枚、厚みが欲しいところだ。とにかく個人、チームともに実力確認をしてみようか。
「お集まりありがとうございます。傭兵の方々に対して失礼な話しかもしれませんが、今回の旅は決して安全なものではありません。ご自身の身はご自身で守っていただく必要があります。そこで、皆さんの実力を確認させてください。
先ずは、私と1対1での模擬戦、その後、炎の旅団対私で模擬戦を行います。ルールはありません、皆さんは本気で私を仕留めにきて下さい。アイリーンさんは皆さんの治療をお願いします。では始めましょう、最初はアランさんお願いします。」
アランは距離をとり、弓を構えている。ホビット族の特性通り、背が低い。ホビット族の平均身長は人族の半分程度だから、アランはホビット族として平均的な身長だろうか。ただ、巨人族から進化させられた名残で、手のひらと足がとても大きい。その特徴を活かしてか、ホビット族は素早く動き、弓を得意とする者が多いと聞く。
アランは矢を放つ、一息に3射、そこそこに早い。僕は右に飛び、矢をかわす。その動きを読んでさらにアランは矢を放つ。今度は逆方向に飛びかわす。と、次の矢は軌道を変え、頭を狙って飛んできた。その矢を剣で払う。アランに近づこうとすると、アランは手を上げ降参していた。
「降参です、オーヴィル殿下、いや、全く歯が立ちませんでした。」
アランの弓の腕前は合格点ギリギリだが、相手の動きを予測する洞察力と、風属性魔法を使った矢の誘導は及第点、戦闘中止の判断は文句なしの合格だ。
「アランさんありがとうございます。では次、リサさんお願いします。」
「殿下、よろしくお願いします。」
リサはそう言うとお辞儀をして、僕の前に立って拳を構えた。虎人族、虎の特性を持っているはずだが、見た目は人族とほとんど変わらない。身長は僕と同じくらい、筋肉質で引き締まった体だが、見えている手足の筋肉の膨らみは、明らかに人族のものとは違う。手にはナックルがはめられているが、握った拳のなかに隠されている爪にこそ注意が必要そうだ。
瞬きをした瞬間、リサは高速に移動し僕の懐に飛び込んできた。速い、身体強化魔法をそれほど上手く扱えていないようだが、十分に速い。膝を曲げ、腰を落としてからの正拳は僕の目の前まで迫った。それを手で払い、対応する。その後、次々に、蹴り、突きを繰り出してくる。どれもとにかく速い、が、単に速いだけだった。
折角の速さが全く活かしきれていない。多分、今までの戦闘は速さで押し切ることで乗り切ってきたのだろう。武術に関しては落第点だが、その身体能力の高さは文句なしの合格点だ。旅をしながら技術を教え込んだら間違いなくこの娘は強くなる。
女の子をいたぶる趣味はないが、ここらで、アイリーンの実力を確かめるため、リサには退場いただく。リサが繰り出した左の拳を半身傾け避け、伸びた腕をしっかり掴み、骨折するまでひねる。リサは痛みで悲鳴を上げ、その場に膝をついた。
僕は、アイリーンさんお願いします、と言い、駆け寄ってきてリサの怪我を確かめるアイリーンの様子を確認する。と、その前に、リサに体の修復を手伝う、小瓶に入れた栄養素を詰めた、飲み物飲ませる。
「リサさん、すみません。少しやり過ぎました。とりあえずこれを飲んでください、傷が早く治りますので。少し甘いですが、我慢して。」
リサは受け取ると、一気に飲みほした。その間、アイリーンはリサの左腕を目視とマナで状態を確認し、適切な治療を選択しマナに伝達、実行に移していた。骨を繋ぎ、傷んだ筋肉の再生と神経細胞の修復、とても丁寧な仕事だった。アイリーンの治療は合格点だ、エルフ族が得意とする水属性魔法に関しては、追々確認する必要があるだろう。
しかし、アイリーンは500歳と言っていた。並んだ17歳のリサと同い年と言われても、誰しも疑わないだろう。透き通るような白い肌、金色に輝く瞳と、同じく金色の長く真っすぐに伸びた髪、造られたようなこの美しさは、きっと創造主の趣味だろう。
「では、ノーマンさんお願いします。」
「おう、殿下、かかってこい。」
ノーマンは身構えて身じろぎもしない。身長はアランより少し大きいくらいだが、横幅、体積は全く違う。フルプレートアーマーに身を包んだその姿は、まるでどっしりとした金属で出来た岩のようだ。
ノーマンからは攻撃を仕掛けてこないので、剣で切り掛かる。ノーマンは持っている盾で剣を防ぐ。次々繰り出す剣をことごとく盾で防がれる。動きは遅いと思っていたが、的確に盾を動かすその眼の良さと、速さは、賞賛に値する。さらに、盾で単に受けるのではなく、剣を弾き飛ばそうとしてくる。並みの剣士ではあっという間に剣を飛ばされてしまうだろう。文句なしの合格点だ。
だが、自らに攻撃力がなさすぎる。チームとしては十分に自分の役割を果たせるだろうが、1人になってしまった時の戦闘時は課題が残りそうだ。これ以上は意味が無いと思い、戦闘を中止しようと思った瞬間、何かに足を掴まれた。
小型のゴーレムだ、しかも3体。1体ずつ僕の両足にしがみつき、もう1体は背中に登ってきている。ノーマンは攻撃を防ぎながら、土属性魔法でゴーレムを造り、これを狙っていたのだ。なんと素晴らしい。少しスイッチの入ってしまった僕は、思わず身体強化10倍でゴーレムの妨害を振り払い、ノーマンの頭に剣を振り下ろしてしまった。
あ、やってしまった、ノーマンを殺してしまった。兜は変形し中からノーマンの血が溢れている。慌てて兜を脱がすと、ノーマンが髭面、血だらけの顔でにっこり笑っていた。そして一言、殿下、強いですな、と言った。
ドワーフの頑強さは聞いていたが、想像以上だ。マナでノーマンの怪我を調べるが、皮膚が少し裂けている以外、骨にも脳にも全く異常は見つけられなかった。炎の旅団のメンバーは慣れているのか、誰もノーマンを心配していなかった。
「では、最後ユーリさんおねがいします。」
「わかりました、お願いします。」
ユーリはゆっくり僕の前に立ち、剣を構えた。ユーリの剣は自分の身長程もある、長い両手剣だ。構えたその姿に隙が無い。長い両手剣は敵陣への切り込みには有効だが、取扱が非常に面倒で、正規の訓練と厳しい鍛錬が必要だ。つまりユーリは騎士団の出身者で間違いない。
ユーリに一気に近づく、重い両手剣は間合いに飛び込んでしまえば、小回りが利かない。ユーリが僕に向かって剣を横に振る。それを一旦、バックステップで躱し、足に身体強化10倍をかけ、一気に懐に入る。ところが横に振ったユーリの剣が予測よりも遥かに速いスピードで戻り、僕に襲い掛かった。慌てて剣を縦にし、両手で支え受けたが、体は吹っ飛ばされてしまった。
いや凄い、両手剣をここまで早く振るにはどれほどの鍛錬が必要か。これ以上は、僕も本気を出して相手することになりそうで、そうなると、ノーマンの時の様に、力の加減を誤るかもしれず、ここで止めることにした。
「ユーリさん、降参です。いやーすごいですね、お見それしました。」
「殿下、ありがとうございました。」
しかし、ユーリほどの腕があれば騎士団でも優遇されたと思うのだが、やはり正直すぎる性格が災いして、騎士団にはいられなくなったのではないかとも思える。下級貴族出身であれば、なおさら、その性格と腕前で上級貴族に疎まれただろう。そうであれば嘆かわしい限りだが。
「では最後に、炎の旅団の皆さまとの対戦を行いたいと思いますが、少し休憩を挟みましょう。」
僕はそう言って、リサの様子を見に行く。アイリーンの手当は終わったようだ。リサに左手の様子を聞いてみる。
「リサさん、どうですか左手の様子は。」
「はい殿下、大丈夫です。ほとんど痛みも、違和感もありません。」
「それは良かったです。でもほとんど、と言うことは、少し痛みや違和感があるんですね。」
「あ、はい。でもほんと少しだけ。」
「少し左手を見せてください。」
そう言って、僕はリサの左手をとり、マナを使って情報を探る。先程の怪我の場所以外に、筋肉に炎症と、神経細胞に傷が見られた。マナを使ってそれらを治療する。
「はい、これでどうでしょうか。」
リサは不思議そうな顔をしていたが、左手を動かし、さらに驚いた顔をした。
「治ってます、え、どうやったんですか。不思議です。」
「やったのはアイリーンさんと同じことですよ、ただ、さっきの怪我の場所ではないところを少し治しました。」
「殿下は強いし、何でも出来るんですね。私、攻撃をあんなに避けられたことなくて、びっくりしました。」
「そうそう、リサさんには旅の中で武術を教えましょう、身に着ければ、あなたは相当に強くなりますよ。」
「本当ですか、殿下。」
そういうとリサはとても嬉しそうに眼を輝かせ、僕に抱き着いてきた。全く悪い気はしなかったが、アメリアに対しては悪い気がした。なかなか離してくれないリサを引きはがすと、アイリーンが目の前に立っていた。
「あなた、リサの腕、どうやって治したの。私はちゃんと治した。」
「あぁ、怪我をした場所ではない部分に炎症があったんですよ。それを治療しました。」
「どうやって炎症を見つけたの。」
「アイリーンさんがリサさんの怪我の治療をされる前と同じように、マナでリサさんの左腕を調べたんです。但し、左腕全体をですが。」
「嘘、あんなに短い時間で小さい炎症を見つけることなんて出来ない。何か秘密がある。」
「いや、コツですよ、コツ。その内アイリーンさんにも教えますから。」
「いらない、あなた多分魔王の手先、魔族。信用ならない。」
そういうとリサはその場を去って行った。確かに僕の師匠は魔王だが、手先になったつもりは全くない。旅の間にアイリーンの誤解を解き、関係改善が必要だな。
「さて、それでは皆さん、休憩は終わりです。炎の旅団のチームワーク、しっかり見せてください。」
「では、行きます。」
ユーリが短く言った。炎の旅団はフォーメーションを組む。回復役のアイリーンを守る形だ。アイリーンの隣にはアラン、前にはユーリとノーマン、リサはとにかく攻撃を仕掛けてくるようだ。
で、あれば、狙うべきはアイリーン。リサの攻撃をかわして、アイリーンの前に出る。と、すかさずユーリが剣を振るう。その剣を躱すと、アランの矢が軌道を変化させ、しっかりと額を狙って飛んでくる。体勢を崩したところにリサが再び拳を繰り出してくる。
そのリサの繰り出した腕を掴んで、ノーマンに投げつける。リサは気を失い、ノーマンは倒れこんだ。気を失ったリサにアイリーンが治療を始めた。ユーリの剣を潜ればアイリーンは目の前だ。ユーリに突進し、ユーリの剣を自分の剣で受け、滑らせながらユーリの懐まで距離を詰める。そしてユーリの鳩尾に剣の柄を叩き込む。
アイリーンまであと少し、ここでノーマンのゴーレムが邪魔をする。僕の動きが止まったところに、アランの矢が飛んでくる。矢が軌道を変える前にゴーレム拾ってアランに投げつける。
これで、アイリーンの目の前。すぐに動けるのは動きの遅いノーマンのみ、チャックメイト。
チームワークは悪くなかった。この連携であれば、魔物、魔獣は問題ない。旅の間、各自の能力を向上していけば、名のある騎士でも倒せるようになるだろう。
個々の能力もとても高い、だからこそどうして皆、この少人数弱小傭兵団に所属しているのだろう、とても疑問だ。もっと名のある大規模傭兵団に所属した方が、良い仕事にありつけるし、金も稼げると思うのだが。
可能性としては、ユーリのように性格上の問題点を抱えているか、ま、アイリーンは間違いなく問題がありそうだ。ただ、言ってしまえばエルフ族なんてあんなもんだ。他のメンバーは追々話しを聞いて個々の事情を探るしかなさそうだ。
長い旅になるだろう。距離を詰めることはいくらでも出来るに違いない。
「はい、以上で模擬戦は終了です。お疲れさまでした。」
「ありがとうございました。」
ユーリは苦しそうに立ち上がりながら、何とか声を絞り出して言った。
「皆さんの実力が知れてとても良かったです。こちらこそありがとうございました。」
「私たちは合格でよろしいでしょうか。」
「もちろん合格です。期待以上に皆さんの能力が高くて、とても嬉しいです。それから出発は一月後です、準備を進めてください。
装備品については、本日職人と商人を呼んでいます。この後、各自必要な装備品、予備を含めた数を依頼してください。」
皆さま用の馬車も用意はしていますが、使用できるのはバルティカまでです。アバロニアより北は徒歩での移動となります。その点も考えてご準備お願いします。」
そう言うと僕は、職人と商人を呼んで、彼らが必要とするものを聞きリストにして、ジョージおじさん、宰相へ提出するよう伝えた。それから僕は、自分とアメリアの準備をするために、スタールズ家へと向かった。
ウィルバー・リリエンタール
「父上、どうしたのですか。なぜそんなことを言うのですか。いったいどうしたと言うのです。」
「お前は反対するのだな、私の理想にケチをつけるのだな。この私に、父に歯向かうこと、それには相応の覚悟が必要だ、分かっているな。」
そう言って父上は俺が持っていた儀式用の剣を抜き、構えた。
「お止めください、父上。」
咄嗟に、切り掛かってきた父上から剣を奪い逆に刺してしまった。日頃の訓練のせいか、体が自然と自分の体を守ってしまった。剣は父の心臓を貫き、一瞬で父上の命を奪った。
その時ルクラン兄が部屋に入ってきた。俺はパニックになり、部屋を飛び出し走り出した。走った先でキャサリンにぶつかり、転んだ。それでも走ることを止めなかった。キャサリンは尋常ではない様子の俺が心配で追いかけてきた。
やがて、衛兵に止められそうになったが、キャサリンが間に入った。それでも俺は走るしかなく、走るのが邪魔でキャサリンに掴みかかった。衛兵たちはキャサリンに危害が及ぶと判断したのか、道を開けた。
そこから先はあまり記憶が無い。いや、この記憶もどこまで正しいのかもわからない。ただ、普通ではない俺を、キャサリンや騎士たちが匿い、そしてバルティカまで逃がしてくれたことは、間違いない。
キャサリンは逃亡の身である俺を心配し、付いてきてくれた。ただ、もう終わりだ。あれから、寝れば悪夢を見、食べれば吐き気しかおきず、日に日に体力が削られていく。そろそろ限界も近いように感じる。
俺はこのまま死んでも良いが、その後キャサリンはどうなるのだろう。キャサリンは罪を犯したわけではない、ローレンシアへ、ケノーランドに戻ればいい。でも、俺が死ぬまではキャサリンは帰らないだろう、であれば、早く死ななければならない。そんな苦悩を抱え、バルティカの王都、アークテイカのぼろ宿屋に身を潜めていた。
そんな時、アークテイカを嵐が襲った。猛烈な雨と風、こんな日に外に出ればひょっとしたら死ねるかもしれない。そんなことを考え、キャサリンが寝た後、街に出た。冷たい雨が全身を襲う、強烈な風がさらに体温を奪う。建物の窓からこぼれる薄明りを頼りに、あてもなくさまよった。そして俺は魔女に出会った。
キャサリン・リリエンタール
オーヴィル兄様の成人の儀に参加するため、王の間に向かう途中だった。前から血だらけの、ウィルバー兄様が勢いよく走ってきた。前にいる私が見えていないようで、避けようともせずぶつかってきた。
ぶつかり、転んだウィルバー兄様は、立ち上がりまた走っていった。その眼はどこにも焦点が合っておらず、まともでは無かった。とても心配になり、慌てて追いかける。そこにウィルバー兄様を捕えようと衛兵が集まってきた。私はウィルバー兄様に怪我をさせまいと、衛兵たち、ウィルバー兄様、双方に落ち着くよう大声で呼びかけた。
するとウィルバー兄様は突然私に強い力で掴みかかり、言葉にならない叫び声を上げた。私は人質のような格好になり、ウィルバー兄様に担がれ、王宮を出た。
その後、ウィルバー兄様と親交のあった騎士の方々が、私たちを見つけ、匿ってくれた。ウィルバー兄様には父上を刺し殺した容疑がかかっていること、ただ、ウィルバー兄様は犯人ではないと信じていること、但し、今錯乱状態にあるウィルバー兄様を引き渡すのは得策ではないと、そう言って、バルティカへの密入国を手配してくれた。
夜の間だけ、闇夜に紛れ、馬車でドラゴンロードまで移動した。ドラゴンロードに着いてからは、商人の馬車の交易品に隠れ、バルティカの王都アークテイカに着いた。
アークテイカでは、密入国を手伝ってくれた商人の手配で、スラムに近い、安い宿屋に泊まり、ウィルバー兄様の回復を待った。一月もすると、何とか会話は出来るようになったが、生きる気力を無くし、痩せていくばかりだった。
そんな時、嵐の夜にウィルバー兄様は姿を消した。雨風で視界が悪い中、必死になってウィルバー兄様を探した。そして、私は魔女に出会った。
魔女 サリー・ライド
「ずぶ濡れの捨て犬がいるわね。ずいぶんとみすぼらしい。」
目の前の、酒樽の上で足を組んで、優雅に座っている女が言った。つばの広いとんがり帽子をかぶり、丈の短い、体にフィットしたワンピースの上にローブを着て、とんがったブーツを履いている。顔は良く見えないが、場違いで、派手な魔女の仮装、何より奇妙なのは女の周りだけ雨が降っていなかった。
幻覚を見ることには慣れてきたが、この女はなんだ。ひょっとしたら、自分の欲望が見えているのか。それならそれで、俺の欲望の形が、派手な魔女とは笑える。少し考え、立ち止まっていた俺に、その魔女は話しかけてきた。
「この捨て犬は拾う価値があるのかしら。何だか痩せていて、生きる気力もなさそうだから価値は無いわね。」
俺は無視して立ち去ることにした。するとさらに魔女は続けた。
「あら、いっちゃうの。父親殺しの汚名を返上することもせず、自分がやらなければならないことも考えず、そのままで良いのかしら。」
俺は魔女を睨んだ、またしても嫌な幻覚だ。幻覚は消えろ、消えろ、消えろと念じる。すると魔女は笑いながら、しかし強い言葉で言った。
「幻覚じゃないわよ、いい加減、現実から逃げずに立ち向かいなさい。」
俺は目を見開いて魔女を見た、魔女は美しい顔で笑みを浮かべ、真っすぐこちらを見ていた。大きく黒い瞳、白い肌に浮かぶ真っ赤な唇、真っすぐ伸びた黒く髪、魔性の女に違いなかった。俺は見とれながら、質問した。
「父親殺しの汚名は返上できるのか、俺にそれが出来るのか。」
「あなただけじゃ無理ね、何の力も無いもの。でも私がいたら出来るわ。」
「どうしたら協力してくれる。何が望みだ。俺が出来ることなら何でもする。」
「あら、何でもしちゃうのね。でもね、私の望みはあなたを下僕にすること。私が命令したら何でもするのよ、詐欺でも、強盗でも、殺人でも、強姦でも、誘拐でもなーんでも。」
「それは犯罪ではないか。犯罪に手を貸せと言うのか。」
「そうよ、犯罪。私は下僕のあなたを使って悪事をはたらくの。そして楽しむの、その代わり、あなたを手伝うわ。あなたの父親が何をしようとしていたのか、その真実の探求と証拠集めを。それがあれば、あなたは国に、ローレンシアに帰れるわよ。」
俺は国に帰れるのか。でも、例え汚名を晴らしても、魔女の手先となり、犯罪者となってしまっては意味が無い。いや、たとえ犯罪者となったとしても、父上がなぜあんなことを、このイースタルの地から、全ての生物を抹殺しようなどと考えたのか、それを確かめたい。そして、この恐ろしい計画が未だに続いているのであれば、それを止めなくてはならない。
そんな考えを巡らせていると、魔女が続けて言った。
「でも、あなたがその気じゃなければいいわ。私にとってはあなたよりもとっても魅力的な魔法の天才、あなたの妹にお願いするから。」
魔女の視線は俺の後ろを見ている。その視線の先に顔を向けると、そこには、ずぶ濡れのキャサリンが立っていた。
「キャサリン、いつからそこにいた、今何を聞いた。」
「ウィルバー兄様、父上は何をしようとしていたの。なぜ、兄様は父上を刺さなければならなかったの。私は何も聞いていない、兄様は何も教えてくれない。」
「キャサリン、お前が知る必要はない。いいんだ、俺に任せてくれ。」
「ウィルバー兄様はあの日から何も出来てないじゃない、何もしようとしなかったじゃない。今更こんな怪しげな魔女にたぶらかされて、何をしようと言うの。」
キャサリンは俺を押しのけ、魔女の前に立ち言った。
「ねぇ、魔女さん、私があなたの下僕になったら真実を探してくれるの、教えてくれるの。」
魔女はその大きな瞳でキャサリンを見つめて言った。
「えぇ、捨て犬の妹さん。教えてあげるわ。例えあなたが望まない真実であったとしてもね。」
俺は慌てて、魔女とキャサリンとの間に入り、魔女に頭を下げた。
「待ってくれ、あんたの下僕には俺がなる、妹には手を出さないでくれ、頼む。」
キャサリンは俺をどかそうと強い力で両肩を掴んで叫んだ。
「ウィルバー兄様、私はまだ魔女さんとの話しが終わっていないわ、入ってこないで。」
俺はキャサリンの手を外し、キャサリンの方を向いて、真っすぐ目を見て話した。
「キャサリンすまん、不甲斐ない兄で。だが、この件は俺がかたをつけねばならない、許してくれ。」
そして魔女の方に振り返り言った。
「魔女よ、俺はあんたの下僕になる。だから真実を探すこと、それと、もしあの恐ろしい計画が続いているのだとしたら、その計画を止めるのを手伝ってくれ、頼む。」
「やっと了承するのね、めんどくさいこと。じゃ、こっちにいらっしゃい。」
俺は魔女に近づいた。そして、魔女は俺にキスをした。
俺の体内のマナが魔女によって操られ、体を駆け巡る。そしてマナの一部が心臓にまとわりついた。俺は息が苦しくなり、突き放すように魔女のキスから逃れた。魔女は冷たい笑顔で言った。
「これであなたは私の下僕。もし私に逆らったらあなたの心臓は破壊されるわ。マナの動きで私の言ったこと嘘じゃないとわかるでしょ。
わたしはサリー・ライドよ、よろしく。捨て犬のウィル、それから、妹のキティ。」
「待ってくれ、キャサリンも行動を共にするのか、聞いてないぞ。」
「ウィル、キティは私たちといた方が安全なのよ。それにあの計画を止めるには、キティの力が必要になるわ。はっきり言って、捨て犬の力よりもね。」
「ウィルバー兄様、私は一緒に行くわ、例えサリーに言われなくても。」
「わかったよ。一緒に行こう。確かにキャサリンは頼りになる。俺が今、立ち向かえるのもキャサリンのおかげだ。」
「はいはい、早速行動開始ですよー、嵐が去ったらアバロニアに向かうわよ。どうせあんたたち荷物も何にも持ってないんでしょ。夜が明けたら、アークテイカの街で旅の準備をしてちょうだい。準備が出来たら、乗合馬車で国境近くまで行って、徒歩でアバロニアに入るわよ。」
「アバロニアには何があるんだ。」
「アバロニアではやることが色々あるわ。殺人とか強盗とか。
冗談はさておき、とにかくバルティカから一刻も早く出たいわね。もうすぐオーヴィルちゃんがバルティカに来るから。多分ひと騒動起きて大変になるもの。
それから、捨て犬の体力も戻さないとね、今の状態では私の番犬にはなれないわ。」
「オーヴィル兄様がバルティカに来られるのですか。サリー、一目会うことは出来ないでしょうか。きっとオーヴィル兄様は私たちのこと、心配していると思うのです。」
「確かにオーヴィルちゃんはあなたたちのこと、心配していると思うわ、でも今は無理ね、諦めてちょうだいキティ。多分アバロニアでは会えると思うわ。」
「アバロニアではオーヴィル兄様に会えるのね、ウィルバー兄様、楽しみですね。」
本当に楽しみにしている様子のキャサリンを見て、俺はこの純粋無垢な妹だけは守らなければならないと強く思った。