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賢者の遺産  作者: TOMIKUA
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ドラゴンロード

第二章 ドラゴンロード


 父殺しの謎


 父上が亡くなってから1週間が過ぎた。王国騎士団の全力を持って、父上を殺し逃亡したとされるウィルバー兄様を捜索したが、とうとう行方はわからなかった。ウィルバー兄様は顔も広く、庶民からの人気も高い、そんなウィルバー兄様を匿う騎士や庶民も多いと思われる。すでに隣国のバルティカまで逃亡したとの噂も飛び交っている。一緒に行動していると思われるキャサリンも心配だが、ウィルバー兄様に限って、妹まで手にかけることは無いと信じたい。

 ルクラン兄様は父上の代わりとして、王の職務を引き継ぎ、業務に忙殺されている。内政は何とか落ち着いてきているが、この混乱に乗じてバルティカが侵攻してこないとも限らない、国境の警備には十分に注意が必要であり、志願して国境警備の任に着くことにした。

 出発の前夜、やっとルクラン兄様と話しをすることが出来た。

「ルクラン王、明日の朝、国境警備の任で出発いたします。そのご挨拶に参上しました。」

「よせよ、オーヴィル、お前まで急に、他人行儀にするな。」

「わかりました、ルクラン兄様、では遠慮なく。ところで、変らずウィルバー兄様の所在は掴めませんか。」

「あぁ、不明だ。ウィルバーもキャサリンも心配だ。しかし、ウィルバーが何故あんなことをしたのか。どれほど考えても理由がわからん。」

「そもそもの疑問なのですが、本当に父上を殺害したのはウィルバー兄様なのでしょうか、誰かにはめられたとは考えられないのでしょうか。」

「誰かに陥れられた可能性は否定できないが、父を剣で刺した実行犯はウィルバーで間違いない。なぜならウィルバーが父上を刺した直後の現場を私は目撃しているのだから。」

「どのような状況だったのでしょうか、説明していただけますか。」

「分かった。あの日、お前の成人の儀を執り行う為、準備をしていた。父上も準備を整え、自室で待機されていた。開始の時間が近づいたので、会場である王の間に父上をお連れするためにお迎えにあがった。父上の自室の前まで来た時、部屋の中からウィルバーの叫び声と父上のうめき声が聞こえたのだ、慌てて扉を開け、室内に入ると部屋の応接付近で、父上の胸をウィルバーが剣で刺し貫いていたのだ。」

「なるほど、最期の時、父上はどんなご様子だったのでしょう。」

「父上は即死だっただろう、驚いた表情をしていた。まさか自分の息子に刺されるとは思ってなかったのだろうからな。」

「では、ウィルバー兄様はどんな様子でしたか。」

「とても悲しい表情をしていた、泣いている様にも見えたな。」

「確認ですが、誰か、父上とウィルバー兄様以外の第三者が部屋の中にいた可能性はありませんか。父上が誰かに刺され、ウィルバー兄様が助けようとしていたとか。」

「その線はない、あの部屋には、私が入るまで、父上とウィルバーの二人しかいなかった。これは父上の護衛の衛兵2名もウィルバー以外の入室者がいなかったと証言している。」

「ルクラン兄様が先ほど言った、実行犯はウィルバー兄様であると考える根拠はそこなのですね。」

「そうだ、父上を刺したのはウィルバーでまず間違いない。」

「では、何故刺殺したのか、ですね。」

「そこが分からないのだ。理由がない、父上を殺すほどの憎しみも、殺すことによるメリットもウィルバーにはない。」

「例えば、誰かに操られていたとか、脅されていたとか。」

「お前も知っての通り、ウィルバーは精神支配や脅しに屈する男ではない、私やお前とは違う、芯の強い男だ。ありえない。」

「そうですね、ウィルバー兄様に限ってそんなことはありえません。で、あれば、父上を刺し殺すに至るもの、動機、それが直前の二人の会話の中であったと考えられますね。」

「そうだな、だが、父上は亡くなり、ウィルバーも失踪中、確かめようもない。」

「あまり考えたくはありませんが、父上が乱心したとは考えられませんか。父が急にウィルバー兄様を襲い、咄嗟に刺してしまった、と。」

「それは分からん。父上との会話はそれこそオーヴィル、お前が一番多かったはずだ。父上に異変があれば気付くだろう、どうだ、心当たりはあるか。」

「いえ、ありません。前日も会話をしましたが特に変わった様子はありませんでした。」

「そうか、俺も前日に父上と会議に出たが変わった様子は何もなかったからな。父上の乱心の可能性は低いな、ただ、これも完全否定出来る根拠もない。とにかくウィルバーを捕縛し、話しを聞くしかあるまい。」

「えぇ、そうですね、ルクラン兄様。」

 国の大事に弟妹の心配と、ルクラン兄様の心労は計り知れない。だが、僕には出来ることは少ない、せめて国境の安全確保は任せてもらおう。しばらくの沈黙の後、本来の目的である国境警備の件を話題に出した。

「ルクラン兄様、愚弟は何もお役に立つことが出来ません。せめて国境警備は安心してお任せください。」

「任せたぞ。国境の心配をしなくて良いかと思うと気持ちが大分楽だ。それから、すまないな、オーヴィル、本当であればお前の長年の夢、大陸縦断の旅に気持ちよく送り出してやりたいのだが、こんなことになってしまって。」

「ルクラン兄様の責任ではありません、どうか謝らないでください。」

「3ヶ月待ってくれ、何とか3ヶ月で国を立て直して見せる。」

「お願いですから、あまり無理はなさらぬよう。この上ルクラン兄様に倒れられては、ローレンシアは本当の危機を迎えてしまいます。」

「あぁ、分かっているよ。ただ、3ヶ月の約束は守る、お前の兄は天才だとあらためて思い知らしてやるよ。」

「期待しています、ルクラン兄様。それでは失礼します。」

そう言って部屋を後にし、その足でアメリアに会いにスタールズ侯爵家へと向かった。


アメリアの自室に通され、2人だけの会話を楽しむ。

「アメリア、体調はどうだい。僕がいない間、大丈夫かい。」

「大丈夫ですわ、オーヴィル。私のことは心配せず、国境警備を無事に努めてくださいね。」

「うん、頑張ってくるよ。そうそう、ルクラン兄様が3ヶ月と期限をきってくれたよ。務めを果たし、なるべく早くケノーランドに戻ってくる。」

「私のことは大丈夫です。焦らず務め、この国を守ってください。私はオーヴィルが無事に戻ることを信じて、あなたの帰りを待っていますから。」

「あぁ、約束するよ、アメリア、僕の大事なアメリア。」

そう言ってアメリアを抱きしめた。僕は彼女を必ず守る、だから今は、ルクラン兄様が国をまとめるまでは、国境の警備に集中しよう。そして、無事に任を終え、ケノーランドに戻り、旅の支度をしてアメリアとともに鍵を探しに旅に出よう。


国境警備軍


 バルティカとの国境は全長4000kmにも及ぶ。その国境線のほとんどは5000m級の山々が連なった巨大な山脈、テラ山脈であり、この大自然がローレンシアとバルティカとの人の往来を遮っている。

先人たちの努力により、山を切り開き、街道が整備され、バルティカとの往来が出来る場所は現在3か所。その内、大陸の中央と東側にある街道は険しい道のりで進軍はほぼ不可能だ。その為、バルティカの進軍に注意すべきは西側にあるアウストラリス街道のみだ。

 街道整備に尽力した、偉大な先人の名を冠したアウストラリス街道は、山脈を強大な竜が通り抜け、道が出来た様に見えることから、竜の通り道、通称ドラゴンロードと呼ばれている。


 王都ケノーランドからドラゴンロードまでは、宿場町で馬を乗り継いでも5日はかかる。アメリアと名残惜しい別れの後、翌朝、日の出とともに出発した。部下や供がいる訳でもなく、気ままに一人での移動だ。ただひたすらに馬を進め、予定通り、5日でドラゴンロードへ到着した。

 国境警備軍の駐屯地に入り、指令の執務室で司令官と面会する。司令官は50代と思われる細身の紳士だ。その後ろには未だ20代と思われる背の高い男が控えていた。

「ようこそおいで下さいました、オーヴィル王太子。国境警備軍を率いております、クックと申します。」

 握手を交わし、勧められるままにソファに腰をかけた。クック指令も向かいに座るが、背の高い男は立ったままだった。

 王太子と呼ばれたことに違和感と虚しさがあった。今更ながらだが、父上もウィルバー兄様もいない、ルクラン兄様に万が一何かがあれば、僕が王位を継がなければならない。逃げたくても頼れる妹のキャサリンもいない。その重圧が心を暗くした。

「どうかされましたか、オーヴィル王太子」

 反応しない僕を心配そうにクック指令が聞いてきた。慌てて返事を返す。

「すみません、王太子と呼ばれることに慣れておらず、戸惑ってしまいました。こちらこそ、これからしばらくの間、よろしくお願いします。」

 そう言って頭を下げた。クック指令は安心したように頷き、笑顔で話しを続けた。

「そうでしたか、ではこれからはオーヴィル様とお呼びいたします。」

「お気遣いありがとうございます、クック指令。」

 続けてクック指令は後ろの背の高い男を紹介し始めた。

「こちらに控えておりますのは、国境警備軍、第一中隊所属のウィレム小隊長、階級は少尉です。少尉、オーヴィル様にご挨拶を。」

 そう促されたウィレム少尉は、馬鹿にしたような笑みを浮かべた顔で言った。

「リリエンタール家の男が来ると言うから同席したが、子供じゃないか。ここ、ドラゴンロードは子供の遊び場じゃねぇんだ、俺たちは毎日、バルティカとの戦闘に備え訓練し、街道に現れる盗賊や魔物討伐もこなしてるんだ。お前みたいな観光気分で遊びにきた王族はとっととケノーランドに帰りな。」

 と吐き捨てるように言った。クック指令は顔を真っ赤にして怒り、ウィレム少尉を諌めようとしたが、少尉は気にも留めず部屋を出て行ってしまった。少尉が部屋を出て行った後、指令は床に頭をつけ、土下座で謝罪をした。

「申し訳ございません、オーヴィル様。私の監督不行き届きでございます。どうお詫びして良いものか分かりませんが、いかなる処罰も受ける覚悟でございます。」

 僕は笑いながら気にしていないと伝えた。実際気にしていないし、ウィレム少尉にとても興味が湧いた。王族に仕えながら、王族にあからさまに反抗する輩に今まで会ったことがなかったからだ。気にするクック指令を何とか席に座らせ、少尉について聞いてみる。

「若輩者の私が言うのも何ですが、ウィレム少尉はまだ若いのに、少尉なのは、何か特別なご活躍をされたからでしょうか。」

「王族の方を目の前にしてする話しではないのですが、我々国境警備軍は軍と言っても900名程度の組織です。ここドラゴンロードには300名しかおりません。仕事も大規模戦闘などはなく、街道の治安維持とスパイを含む密入国者の取り締まりが主となります。

 要は田舎の弱小軍なのです。それ故、常に人材難に陥っています。ですから、ウィレムも戦闘において、国境警備軍の中では優秀ではありますが、オーヴィル様がご期待されている程のものは何もございません。」

「なるほど、井の中の蛙大海を知らず。それを私に正して欲しくて、同席させたのですね。」

「はい、しかしあんな暴言まで吐いてしまうとは思っておらず、誠に申し訳ございませんでした。」

 そう言ってクック指令はまた頭を下げてしまった。

「そういうことであれば、明日ウィレム少尉に同行しましょう。明日少尉は何か任務がありますか。」

「ありがとうございます、オーヴィル様。明日ウィレムの小隊は、盗賊団の根城を急襲し、盗賊団員全員を捕縛する任にあたります。やっと見つけた盗賊団の根城です、ウィレムも気合が入っていると思います。場所はスターテン樹海になります。」

「わかりました、丁度良い任務ですね。しかし、スターテン樹海ですか、最近の魔物出現頻度はどうでしょうか。」

「増加傾向にあるかと思います。ゴブリン、オーガ、トロールの人型種、オーク、コボルトミノタウロスの獣型種、それに加え巨大な昆虫や爬虫類の魔獣と、ほとんどの種の目撃報告が増えております。」

「では、ドラゴンロード滞在中に、街道に近いスターテン樹海の魔物、魔獣は一掃するようにしますね。」

「何から何までご配慮いただき、本当に感謝申し上げます。」

「あ、それからルクラン王に国境警備軍の予算増額は進言しておきます。但し、これは期待しないでくださいね。」

 頭を下げっぱなしのクック指令を置いて、退室した。駐屯地内の宿舎に向かう、今日はとりあえず早寝し、作戦に備えよう。


スターテン樹海


 スターテン樹海とはドラゴンロードの南東に広がる巨大な樹海のことだ。ローレンシア建国以来、ほとんど人の手が入ったことはなく、魔獣や魔物の巣窟になっている。樹海には神獣や幻獣と呼ばれる魔物の上位種が存在し、それらの脅威に対して刺激を与えないよう、国として、樹海には手を出さない、不可侵としている。

 ただ、神獣や幻獣の目撃例はここ数百年なく、本当に存在しているのか疑問だとする声もある。しかし、多大な労力を割いて、魔物や魔獣の討伐を行いながら樹海を開発するのはナンセンスだ、よって、国で決めた不可侵を守っているのではなく、誰も開発しない、が正確だ。

 そうは言っても、樹海にはまだ発見されていない動植物が生息しており、薬や新しい素材など、我々の暮らしを変えてくれる未知な物があるはずで、それを探しに樹海に入る探索者は後を絶たない。ただ、その内半数以上は二度と樹海からは出てこないのだが。


魔物と魔獣


 この世界には魔物と呼ばれる生物が存在している。これらは、究極の扉の鍵、プレートから得られた知識によると、賢者が世界を再生するために造った新たな種族の試作型だ。様々な理由により、採用されず廃棄された者達だ。

 魔物を分類すると、ゴブリン、オーガ、トロールの人型種、オーク、コボルト、ミノタウロスの獣型種、ギガスやサイクロプスの巨人種、グリフォンやキマイラの複合獣種、フェンリルやヨルムンガンド、ユニコーンなどの幻獣種の5種となる。

 人型種は新たな人族の候補として創造された。繁殖力や強靭な肉体を持っているが、知性が不足していて、稀にマナを扱えるものもいるが基本的に魔法は使えない。

 獣型種は獣人族の候補として創造されたが、凶暴性が高く、他の種族への影響を考え、採用されなかった。

 巨人種はホビット族が生み出される過程で創造されたが、エネルギー消費を抑える改良を重ね、最終的にはホビット族が採用された。

 複合獣種はその能力の高さから最終候補にも残ったが、次世代種は人型を採用することが決定し、ドワーフ族が採用されることになった。

 幻獣種はドワーフ族を採用された経緯と同じで、エルフ族以上の知性を持ちながら、最終は人型であるエルフ族が採用された。


 彼らは確かに人に仇をなす存在ではあるが、賢者達の実験の犠牲者であることは間違いない。そして、廃棄されながらも新たな世界で命を繋いだ優れた者達でもある。だからと言って、排除することに躊躇いはないが。

 魔獣とは、魔物の死骸を食べた既存の生物が巨大化したものたちだ。蜂やトンボなどの肉食性昆虫や、熊や猪などの雑食性の動物、蛇やトカゲなどの爬虫類がいる。彼らも間接的に賢者たちの実験の被害者だと言える。


 スターテン樹海には、これら全ての種類の魔物と魔獣が生息し、恐らくだが、長い年月をかけ、新たな進化を遂げた未知の生物も存在していると思われる。今後の為にも、ドラゴンロード滞在中に、樹海の奥に入り、幻獣種との対話を試みる必要があると思っている。

 

盗賊団急襲作戦


 深夜、作戦に参加する為、駐屯地内の作戦会議室へと向かった。部屋にはすでにウィレム小隊25名とクック指令が席に着いていた。おはようございますと声を掛け、会議室の一番後ろの席に座る。小隊メンバーは緊張した面持ちで、こちらに会釈を返してきたが、ウィレム少尉は腕組みをして、前を見たまま微動だにしなかった。

 クック指令が作戦内容の説明を始める。

「今から2時間後、日の出とともに予定通り盗賊団の捕縛作戦を実行する。目的は盗賊団全員の捕縛だ、1人も逃さず捕縛せよ。

 内偵者からの情報により、盗賊団の根城の場所、人数、建物の構造は判明している。手元の資料をよく確認し、頭に叩き込め。

 詳細な作戦は、ウィレム少尉に一任している。それから今回の作戦には特別にオーヴィル王太子にもご参加いただく、以上だ。少尉、作戦の説明を頼む。」

 ウィレム少尉は立ち上がり、小隊のメンバーに作戦を伝える。

「いいか、お前ら、今回の作戦のポイントは、いかに盗賊団の逃走を阻止出来るかだ。可能な限り、建物内でかたをつけたい。だから、少数精鋭で建物内に侵入し、敵を制圧する、万が一取り逃した者は、建屋を取り囲んだ者達で必ず捕獲しろ。

 建物に入る者は俺を含めて5名だ、分隊長2名、副分隊長2名。これで指揮をとれるものが全員建屋に入ることになるが、各自、他の隊員の動きをよく見て、小隊として連携を取るように、わかったか。

 では、出発は今から10分後、遅れるな。それからお子様の見学者が1名いるが、無視して構わない、以上だ。」

 ウィレム少尉の説明が終わると、小隊メンバーは各自出発の準備を始めた。ウィレム少尉が場を外した隙を狙い、分隊長の2名が謝りに来た。膝をつき顔も上げず謝罪の言葉を口にする。

 「オーヴィル王太子、隊長が失礼な態度をとり申し訳ございません。隊長の態度は許されるものではありませんが、隊長は悪い人ではないのです。何卒ご容赦のほどを。」

 短く伝えると、あっという間にその場を去っていった。良い部下たちだ、確かにウィレム少尉は悪い人間ではないのだろう。ただ、部下にまで気を遣わせ、相当に頭は悪いと言える、ま、面白いので良しとしよう。

 

 盗賊の根城の近くまでは、黒塗りで音が出にくい軍用の荷馬車で移動、3台に分かれて乗車する。乗り合わせた隊員に話しかけたが、ウィレム少尉に気を使ってか、それとも王族に気後れしてか、会話にはならなかった。

 さて、どうしたものか。盗賊の根城に潜入し、1人で全員戦闘不能にしようか。その場面をウィレム少尉に見てもらえば良いかな。面倒だから全員斬ってしまえば早いのだが、作戦の目的が捕縛だし、ルクラン兄様に、王族は、大規模戦闘時以外は人を殺す場面を国民に見せてはならないと厳命もされている。やはり剣は使えないか、木の棒で我慢をしよう。

 あれこれ考えている内に目的地に到着した。根城までは徒歩だ、暗闇の中を前の隊員の姿を頼りに進んで行く。30分ほど進んだところで隊列は止まった。手順通り、盗賊の根城を隊員たちが取り囲む。

 夜明けはもう近い、すると根城から一人、人相の悪い不健康そうな男が出てきた。隊員たちが見守る中、男は樹海の中に消えて行った。どうやら潜入していた隊員のようだ。何のアクションもしないところを見ると作戦決行で間違いなさそうだ。

 ウィレム少尉と分隊長たちは根城の入り口に慎重に近づいた。もう夜明けだ、身体強化魔法を使い、一気に根城の入り口に近づく。急に現れた僕を見て、ウィレム少尉は驚愕の表情をしたかと思うと、一瞬で憤怒の表情に変わった。

 その表情に可笑しさを覚え、行きます、と低く短く言い扉を蹴破り侵入する。マナを使い生物を探知、情報通り人間18個体を確認、最短ルートを考え移動、動いている者、寝ている者、構わず木の棒で足に打撃を加えていく。あっという間に全員激痛で床に転がった。

「ウィレム少尉終わりました、縄をお願いします。」

 そう言ってウィレム少尉の顔を見ると、引きつった顔でこちらを見返してきた。その表情の奥には恐怖が見えた。そして、震えた声で、化け物め、とはっきり言った。


 隊員たちが盗賊団全員を縄にかけ、荷馬車に乗せた。盗賊団員達は歩けるものがいなかったので、荷馬車は満員になってしまい、小隊は歩いて駐屯地に戻ることになった。少し悪いことをした。

 駐屯地に戻ると、盗賊団員達を留置所に押し込め、取調官へ引き渡した。その後、ウィレム少尉とクック指令に報告をする為、指令室を訪れた。あれからウィレム少尉は僕に近づきたくないようだ、返事は返してくれるようになったが、一定の距離を保ち、一切こちらを見ようともしなかった。

 クック指令は笑顔で出迎えてくれた。促され、ソファに腰かける。ウィレム少尉は僕の後ろに立ったままだ。

「ウィレム少尉、任務ご苦労。盗賊団を全員捕縛することが出来た。オーヴィル様もご協力ありがとうございました。」

「いえいえ、私は少しお手伝いしただけです。」

「ただ、盗賊団員達は強制労働をさせるつもりでおりまして、それで生け捕りとしたのですが、約半数が骨折の状態が酷く完治の見込みがありません。まともに歩けない者に労働させるわけにもいかず、どうしたものかと。」

「それは失礼しました。力の加減が悪かったようです。私の未熟さが招いた結果です。ところで、彼らの罪状は強盗殺人で間違いないでしょうか。」

「えぇ、街道で商人や住民を襲い、老人、子供、男性、女性合わせて確認できているだけでも殺された者は50名以上に上ります。」

「それは酷いですね、であれば、労働出来ない者は処分としてください。リリエンタール家の者として命じます。」

「承知いたしました。」

「それから、見込まれていた労働力については、補填の方策を考えます。今しばらく時間をください。」

「ご理解いただき感謝申し上げます。またお心遣い痛み入ります。」

 クック指令と話しをしている間、ウィレム少尉は一言も発しなかった。後ろに立っているので、表情は分からないが、緊張している空気だけが伝わってきた。

 報告も終わったので、席を立ち退出する。ウィレム少尉はクック指令に呼び止められ指令室に残った。クック指令から叱責を受けるのか、諭されるのか、いずれにせよ態度を改めてもらいたいものだ。今のままでは、結果として周りの者に迷惑がかかってしまう。


 指令室に残ったウィレム少尉にクック指令は淡々と問いかけた。

「ウィレム少尉、リリエンタール家の力が分かったかね。決して逆らってはいけないことが。」

「指令、確かに見ました、化け物の力を。人のものではない、悪魔の力を。あんな力、俺は認められません。」

 クック指令は呆れたように、ため息をつきながら話しを続けた。

「お前はまだそんなことを言っているのか、あの力のおかげでローレンシアは発展を遂げてきたのだ。魔物はびこる土地を切り開き、他国からの侵略を防ぎ、リリエンタール家は常に国の繁栄、国民の安全を守るために、その力を使ってきた。

 いかにお前が田舎者で無知な恥知らずでも、これだけは覚えろ、この国で王家を尊敬しない者は生きる道がないと。

 今回ここに来られたのが寛容なオーヴィル様だから良かったものの、ルクラン王やウィルバー王子だったら、お前の首はとっくに飛んでいるんだぞ。」

 クック指令は顔を紅潮させながら言い放った。ウィレム少尉は変わらず1点を見つめたままだった。そして指令に一言返した。

「ウィルバーは、王殺し、父親殺しの大罪人ですがね。」


 僕は指令室を出ると、盗賊団に潜入していた、人相の悪い不健康そうな男を探した。聞いて回ると、名前はハンスで階級は軍曹だと分かった。宿舎のハンス軍曹の部屋を訪ねると、在室中であった。びっくりした顔で応対したハンスに、2人で話せないかと言い、部屋に入れてもらった。部屋の中は簡素なベッドが置いてあるだけで、私物はほとんど無いようだった。

 任務から帰還し、髭をそり、髪を整えたせいか、悪い人相はなくなり、どこにでもいそうな普通な男の顔になっていた。ただ、目の下のクマは濃く、不健康そうに見える点は変わっていなかった。

恐縮しながらハンス軍曹は問いかけてきた。

「オーヴィル王子が私にどのようなご用件でしょうか。」

 ハンスの顔、体をよく観察しながら答えた。

「まずは、長期間の潜入ご苦労でした。敵の中に侵入し、命の危険にさらされながら、情報収集する、そしてそれを悟られず仲間に知らせる、とても感心しました。」

 するとハンスは疲れた笑みを浮かべながら言った。

「王子より直接ねぎらいの言葉をいただくなど身に余る光栄です。ただ、まぁ、任務ですので、私は潜入捜査が専門ですから、当然の責務を果たしただけです。」

 それを聞くと、ハンスの目を真っすぐに見つめ、質問した。

「では、お聞きします。可能な限り正直にお答えください。あなたが麻薬を摂取するのは、潜入捜査のためですか、それとも抱えている病のせいですが、もしくは快楽のためですか。」

 ハンスは一瞬、目を見開いたが、すぐに先ほどと同じ表情、疲れた笑みを浮かべ答えた。

「その質問に対する答えは難しいですが、3つともでしょうか。潜入する為には中毒者であれば有利ですし、病の痛みを和らげるにも有効です、それに潜入時の重圧を忘れるためにはとても良いものです。」

「ありがとう、正直に答えてくれて。余計なお世話かもしれないが、治安維持の貢献人が麻薬中毒になり苦しむのは、王家の人間としてほっとけなくてね。ただ、僕にもあなたを救う手段はないのだけれど。

 ただ、あなたが望むなら、麻薬を使用せず痛みを取り除くことは出来る。体内に残る麻薬成分も取り去ることも。」

「重ねてありがとうございます。でも、私はこのままで十分です。ただ、病の事は誰にも言わないで欲しいのです。最期まで潜入捜査の任務を全うしたいと思います。」

 強い意思を持ちながら話すハンスの目を見た、そして僕はゆっくり首を横に振った。

「残念ながらそれは出来ない。この後、クック指令に報告するよ。」

 そう告げるとハンスは先ほどと同じ表情、疲れた笑みを浮かべながら涙を流していた。

「そうですか、もう無理ですか、あとどのくらいでしょうか。」

 出来るだけ誠実に応えよう、希望や誤魔化しはいらない。

「多分一月はもたない、場合によっては二週間。それがあなたの寿命だ。」

 ハンスは俯き黙って泣いていた。僕はハンスの部屋を後にした。そしてクック指令のもとを訪れ、状況を報告した。そしてハンスが亡くなった後は、その功績を称え、二階級特進、曹長として送り、家族には特別恩給を渡すように依頼をした。


 しばらくはウィレム少尉に粘着することにした。任務に同行し、小隊が動く前にすべてを片付けてやろう。

 翌日以降、3日間は街道に近いスターテン樹海に入り、ゴブリン討伐が任務だ。初日は、向かってくるゴブリンたちにガスブロックを飛ばし、次から次に吹っ飛ばした。ゴブリンたちが勝手に爆発し四肢を飛ばされる様子は、隊員たちの気力を大分削いだようだ。

 ついでに巣も一掃しようと、巣穴を特定し、粉塵爆発で一気に殲滅することにした。地中から石炭粒子を取り出し、巣穴内に浮遊させ、粉塵雲を作る。随分と時間はかかったが、暗い穴に入ることを考えると苦にはならない。着火すると巣は大きな爆発音とともに火柱があがり、崩れ去ってしまった。

 初日で目的以上の成果を上げてしまった。二日目は折角樹海に入ったからと、ウィレム小隊を説得し、少し奥に進み、別の魔物を狩ることにした。オーガやトロールの群れを見つけては襲い掛かり、剣で串刺しにして回った。その様子を見た隊員達の中には、食事も満足に取れず、気分が悪くなる隊員が現れ始めた。それでも三日目はさらに奥を目指すと宣言した。

 三日目は、オークやコボルトなど獣型種を狙い、あえて剣を使わず拳と蹴りで頭を潰して回った。これで僕の強さ、魔法力、剣技、体術の力量を隊員達に徹底的に刻み込むことが出来た。

 四日目の朝に駐屯地へ戻り、宿舎でのんびりしていると、クック指令からの呼び出しを受けた。想像よりは早かったが、想定内だ。指令室では指令と、ウィレム少尉が待っていた。少尉は床に手と頭を付け、土下座をしていた。

 僕は促されソファに腰かけ、どうかしましたか、と間が抜けたように訪ねてみた。すると土下座している少尉が顔も上げず、言った。

「オーヴィル様、どうかお許しください。これ以上私の小隊にご同行しないでいただきたいと存じます。」

「どうしてですか、私も楽しいし、皆さんも楽だと思うのですが。小隊の皆さんは移動だけで、何の仕事もされていませんよね。ま、私は目的も達しましたし、良いですよ、明日からは同行しません。」

「ありがとうございます。今までの暴言の数々、あらためて謝罪いたします。申し訳ございませんでした。」

「あぁ、そんなことは気にしていませんよ。謝罪も必要ありません。」

そう言うと、ウィレム少尉はやっと顔を上げてこちらを見ながら問いかけてきた。

「いや、あの、私を諌めることが目的だったのではないのでしょうか。」

「いえ、違いますよ。確かに多少は楽しみましたが。

あ、そうそう、全く別な話ですが、あの程度で隊員に気分が悪くなる者が出るのは良くありませんね。軍同士の大規模戦闘に参加したことがない者がほとんどでしょうが、人間同士の戦はもっと凄惨です。

 それに我が国にも他国にも、私と同じような力を持った者はいくらでもいます。ここが我が国の防衛最前線だと再認識し、日々の訓練をお願いしますね。

 それからもう一つ、明日から予定がなくなりました、私が暇なときは少尉に話し相手になってもらいます。良いですね。」

 ウィレム少尉はまたしても唖然とした顔をしている、正直その表情は見飽きたが、まぁ面白くはある。今度は何をして驚かせてやろうか、また考えよう。

 唖然としている少尉に、クック指令が、退出すように促し少尉は部屋を出て行った。少尉が部屋から遠ざかったことを確認し、指令は話しを切り出した。

「オーヴィル様、うまく行きましたでしょうか。」

「多分大丈夫でしょう、私がドラゴンロードに滞在し、魔物や盗賊を派手に片付けた話しは、明日にでも、バルティカに伝わると思います。良い牽制になったはずです、これでしばらくはバルティカの侵攻に気を遣う必要はないでしょう。」

「では、やはりウィレム小隊の中にバルティカの工作員が紛れていることで間違いないでしょうか。」

「えぇ、残念ながら。三日間同行し確信が持てました。」

「その者の氏名を教えてください。」

「それは止めておきましょう。クック指令はウィレム小隊にバルティカの工作員が紛れている事実だけを認識いただければよろしいかと。下手にその者の命が危なくなることは望みません。バルティカにも我が国の工作員が多数派遣されているので、彼らの命を守るためにも、ここは、おあいこということで。」

「オーヴィル様がそのようにお考えであれば、そのようにいたします。」

「スターテン樹海含めて街道沿いの魔物を駆逐したら、樹海の奥に潜るので、1週間ほど留守にします。私がドラゴンロードを不在にしていることがばれない様、適当に誤魔化しておいてください。」

「承知いたしました。」

 クック指令はいつもの様に深々と頭を下げた。


 幻獣


 街道沿いの魔物討伐をあらかた済ませたので、幻獣を探しにスターテン樹海の奥に入ることにした。この地にはヨルムンガンドがいるはずだ。ヨルムンガンドは巨大な蛇だ、プレートの記録では、胴回り5m、体長30m以上、マナの取り扱いに優れ、しかも不老だ。生きている間は成長し続ける、どのくらいの大きさになっているか不明だが、まともに戦っては、勝ち目はない、目的はあくまでも対話だ。

 身体強化含め、マナをフル活用しても、樹海の中心部まで到達するのには三日はかかるだろう。とにかく身体強化をし続ける為の栄養補給、タンパク質を中心に食べ物を持てるだけ持ち樹海へと入った。

 不思議なもので、樹海の奥に進めば進むほど、魔物や魔獣の種類が変わり、強い個体が増えていく。生まれて初めてギガントやサイクロプスを見ることが出来た。彼らは、個体数は少ないが、生き残り続けていた。

 樹海に入って三日目に、やっとマナを使って、ヨルムンガンドから呼びかけがあった。マナの導くままに進み、大きな洞窟まできた。どうやらこの中のようだ。ランプの明かりを頼りに奥へ進むと、広い空間が現れ、そこにヨルムンガンドがいた。

 プレートの記録の倍、10mの胴回り、60m以上の体長はありそうだ。ヨルムンガンドはこちらを見つめ、マナを使った思念伝達で話し掛けてきた。

 「よく来たリリエンタール、2000年ぶりか。今日は何しに来たのだ。」

 僕の先祖はどうやらヨルムンガンドと話しをしたことがあるらしい。スターテン樹海の不可侵を決めたのは、ヨルムンガンドとの対立を回避するためだったと想像される。

「ヨルムンガンド、初めまして。僕はリリエンタールですが、あなたが会ったことのあるリリエンタールの子孫です。今日はお尋ねしたいことがあり、お伺いしました。僕は今、究極の扉の鍵を探しています。何か知っていることがあれば教えていただきたいのです。」

 ヨルムンガンドはこちらを見つめたままだ、蛇なので表情も全く分からない。攻撃されたら死ぬかも、と思いながら返事をまった。

「究極の扉、久しく聞いたことはなかったが。未だあの扉を開けようとする者がいるとは。中に何があるのか知っていてお前は扉を探しているのか。」

「えぇ、知っています。僕は鍵の一つを手に入れました、そして賢者の記録も見ました。だから残りの鍵も探しに行くつもりです。」

「そうか、扉の中を知って、なおも扉を求めるのだな。お前が何をしたいのか興味はないが、我が知っているのは、扉はこのスターテン樹海にあるということだけだ。」

「やはり、扉はここにあるのですね。プレートの記録の通り。」

「ある、残り4つの鍵を本当に見つけることが出来たら、再び我の元を訪れるがいい。」

「わかりました、必ずまたここを訪れます。」

「リリエンタールは昔ながらのよしみだ、一つ忠告してやろう。鍵を探せばフェンリル、ユニコーンにも出会うだろう、ただ、フェンリルには気を付けろ、奴は狡猾だ。」

「ありがとうございます。気をつけます。」

 僕は頭を下げて洞窟を出た。詳細な扉の場所は不明だが、この樹海にあることは確認が取れた。後は鍵を集めるだけだ。高ぶる気持ちをおさえながら、駐屯地への帰路を急いだ。


 樹海に向かってから丁度一週間で駐屯地に戻ってくることができた。クック司令官によると、駐屯地もバルティカも特に変わった様子もなく、平和だったようだ。ルクラン兄様からの期間命令が出るまでは、今しばらく、街道の警備や、暇つぶしの魔物討伐にでも行って待つとしよう。

 そういえば、ウィレム少尉はどうしているのかと、宿舎を訪ねてみた。丁度非番であったらしく、在室だった。ドアを少しだけ開け、何か御用でしょうかと言ってきた。

「ウィレム暇だ、話しに来たぞ、部屋に入れてくれ。」

それでもウィレムはドアを開けない。

「オーヴィル様、私は忙しいのでお引き取りいただけませんか。」

「いや、帰らない、良いからドアを開けろ。」

そう言って、無理矢理にドアを開け、部屋に入った。想像とは違い、小奇麗にしている。ウィレムは、しばらく見かけないから、他におもちゃでも見つけたと思って安心してたのに、そうじゃねぇのかよ、などとぶつぶつと文句を言っている。構わず、部屋を見渡し、勝手に椅子に腰かける。

「ウィレム、約束通り話し相手で私の暇を潰せ、お前が面白い話しをしてもいいし、私がとっておきのイースタルの伝承について講義しても構わんぞ。」

「いや、俺は面白い話しなんか出来ないですよ。イースタルの伝承の講義も遠慮しときます。」

「じゃぁ、どうするんだ、暇のままではないか。」

「どうするってもなぁ、困ったなぁ。」

「では、話が嫌なら戦闘訓練でもするか、少しは本気で相手しても構わんぞ。」

「いや、俺を殺す気ですか。」

「何を軟弱なことを言っている。あれも嫌、これも嫌、全部嫌々。ウィレムは子供なのか、嫌々期の子供なのか。2歳児か。」

「そんな煽られ方しても何にも出ないですよ。」

「根性ないのぉ、これがデュモン先生だったら、お前確実に殺されてるぞ。」

「デュモン先生とか知らないですし、あぁ、じゃぁ俺の身の上話しでもしますよ。」

「それは面白い話しなのだろうな。」

「いや、面白くはないですよ、きっと。」

「まぁ、良い、聞かせてみろ」

「俺はここドラゴンロードで生まれました。親父は旅人相手に鍛冶屋をやり、お袋は食堂をやっています。あと、妹が一人、今はお袋の食堂を手伝ってます。まぁここら辺りでは、そこそこ裕福な家庭だったと思います。

 幼い頃は父親の鍛冶屋を継ぐんだろうなと、漠然と思っていましたが、ある日、親父の鍛冶屋に旅の剣客が訪れました。愛用の剣が大分傷んできていて、直すのに時間必要で、直るまでの間はドラゴンロードに留まることになったんです。

 ほんとに短い間だったんですが、その留まっている間に剣技を教えてもらって、その気になるぐらい沢山ほめてもらって、そのまま剣の道を進み、軍に入ったんです。

 軍の中でも相手になる奴も少なくて、弱い魔物や、剣技も何も知らない盗賊相手に活躍して、気が付いたら最年少尉官ともてはやされて、調子に乗っていたんです。

 そして、オーヴィル様に圧倒的な力を見せつけれ、こうして落ち込んでいるんです。」

 しばらく沈黙が続いたので、聞いてみた。

「で、続きは。」

「え、いや、終わりです。」

「3分だぞ、3分、お前の話は3分しかないのか、お前人生を3分しか生きていないのか。

 いやいやあるだろ、その旅の剣客、お前の実の父親だな。私には分かる、生き別れた息子に会いに来たが、自分が父親とは言い出せず、剣を教えること、それを通じて親子の繋がりを感じ、そして今の息子の幸せを願い、自分が父親だと言わず、黙って去っていく。泣けるな。」

「いや、俺、父親と見た目がそっくりなんで、ないですね。」

「なに、では、その剣客、実は母親の元恋人で、本来は自分との間に生まれていたかもしれない、お前を実の息子の様に思い、剣を教え、そして母親と逢引きを重ね、黙って去って行った、そういうことか。いや、そうに違いない。」

「すみません、そもそもですが、俺に剣を教えてくれた剣客は女性です。あ、それから自分の母親が逢引きとか、結構気持ち悪いんで、そう言うのはちょっと。」

「あーわかった、って事は、お前の父親と剣客ができてたってことか。父親と剣客と母親の三角関係、それを子供心に分かりながら、両親も、剣客のことも尊敬している、ウィレム少年は、どうすることも出来ず、非行に走ったと。」

「だから、親の不倫とかキツイですって。」

「じゃぁ、あれか、お前はその剣客のことが女性として好きで、未だに引きずっていて、だから童貞を貫いていると。それは立派な心掛けだ。」

「やーもうどうでもいいです。しかし、次から次に適当に話しをしますね。」

「どうだ、多少は会話が長くなっただろ。」

「まぁ、確かに。」

「人の話しなんてものは、その人から見ただけの情報だ。別の視点からみたら全く別の見え方がするもんだ。だから、聞いた情報で、他の可能性を考える、他の要因を当てはめてみる、矛盾がないか確かめてみる、そんなことを繰り返して、本当にあったことを探る、想像してみる、それが歴史の楽しみ方だ。ウィレムの歴史は全く面白くなかったがな。」

「だから面白くないって言ったじゃないですか、最初に。

 あ、そういえば、ここらに伝わるドラゴンロードに関する伝説があるんですが、それがふざけた話しなんですよ。

 ドラゴンロードの成り立ちは、正式名称であるアウストラリスの名の通り、昔ここを治めていたアウストラリス卿が、バルティカとの交易で人々が潤うことを夢見て、私財を投じ、長い年月をかけ、幾人もの犠牲を払い、困難であった工事を何とか成功させ、開通したとされています。

 でも実はそれは嘘で、ローレンシアとバルティカを行き来する魔王が山越えがめんどくさくなり、魔法で1000m級の山々を吹き飛ばして、アウストラリス卿に道路として整備させ、開通までには実は三日しかかからなかった。

 そんな都市伝説があるんですよ。そんな嘘くさい魔王がいたらびっくりしますよね。」

 話を聞きながら、思った。めんどくさがりのあの人なら、簡単に山を吹き飛ばすだろうな。あぁ、ウィレム、ごめん。お前には言えないけど、僕その魔王知ってる。

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