究極の扉
第十二章 究極の扉
ハンスとベル
ベルと馬車に乗り、ドラゴンロードまで戻ってきた。ここでオーヴィル様を待つ。次の指令が最後の仕事となるのだろうか。
ドラゴンロードでは、オーヴィル様に用意してもらった隠れ家に住むことになっていた。しばらくの間、ほんのしばらくの間だが、ベルと日々の暮らしを楽しもうと思う。食事の支度をして、掃除をして、洗濯をして、買い物に行く。たまには外食してもいい。
そんな、普通の暮らしをした。ベルには家事を覚えてもらう、万が一、俺がいなくなっても一人で生活が出来るように。
ベルと暮らし、二週間後、オーヴィル様がドラゴンロードに戻られた。だが、直ぐにケノーランドへ旅立たれてしまった。往復の10日間、ベルとの暮らしの猶予が出来嬉しかった。
一日一日と、過ぎて行くにしたがって、ベルと過ごす時間が惜しくなった。このまま、この時間だけが繰り返す夢、そんなものまで見るようになってしまった。
だが、現実は違う。時間は何をしても、何もしなくても、同じ。単に過ぎて行くだけだ。あっという間に11日が過ぎ、オーヴィル様がここ、ドラゴンロードに戻って来られた。その日の夜、国境警備軍の駐屯地へ行き、オーヴィル様に面会した。
「オーヴィル様、オウルです。」
「オウルか、ドラゴンロードまで先行し、調査ご苦労だった、ありがとう。」
「滅相もございません。一つご報告があります。ドニ・ランベールから伝言を預かっております。
お前が世界を統べる力を手に入れ、行うべき事は、この大地に生きる者達の多くが、望むものでなければならない。決して個人や少数の意見で、その力を使ってはならない。
とのことです。」
「そうか、お前はドニに会えたのだな。それは羨ましい。」
「ドニは、病に倒れ、起き上がることも出来ない状態でしたが、最後まで、国の、この世界の行く末を案じていたと思います。立派な王でした。」
「そうだな、ドニは立派な王だ。」
「それから、一つお願いがございます。」
「どうした、お前からお願いなど。珍しいな、明日は雪でも降るかな。言ってみてくれ。」
「私が連れていたアナリストのゲッコーですが、バルティカで亡くなったことにし、私がドラゴンロードまで連れてきました。私が彼女を守りたいと思ったからです。
何卒、彼女がここで暮らすことを許していただけないでしょうか。」
オーヴィル様は驚いた様子だった。だが、その後、いつもの口調で話をされた。
「いいんじゃないか。僕はゲッコーがドラゴンロードで生きていること、そのことは知らないことにしとくよ。」
「ありがとうございます。何と御礼を申し上げて良いのか。」
「構わないさ、僕はオウルに何度も助けられた。そのぐらい問題ないよ。」
「いえ、私こそオーヴィル様に命を救われ、忠誠を誓った身。それにも拘らず、勝手な行動を取りました。申し訳ございません。」
「でもさ、オウルがその娘を守りたいと思ったんだよね、僕にはそれが嬉しいよ。
この後、僕はスターテン樹海に入り、扉を開けるだけだ。オウルもハンスに戻りなよ。そうすれば良い。」
「私は御役御免でしょうか。」
「いや、そんなマイナスな事じゃなくてさ、立派に勤め上げたってことだよ。今までありがとう、ハンス。何度お前に助けられたか、一度は命も助けられた。お前がいなければ、鍵を集めることは不可能だった。心から感謝する。」
オーヴィル様はそう言って、頭を下げられた。俺は涙を流していた。
「もったいなきお言葉。私こそオーヴィル様に仕えることが出来て、自分の人生が無駄ではなかったことを実感できました。ありがとうございました。」
「ああ、泣くなよハンス、とにかくゲッコーと二人で仲良く過ごしてくれ。」
俺は意を決して、最後にもう一つのお願いをする。
「オーヴィル様、私如きがお願い出来ることではありませんが、最後に一つ、お聞きいただきたいことがございます。
私の命は、オーヴィル様に捧げたもの、オーヴィル様のご自由になさって下さい。しかし、ゲッコーは、ベルは、この世界を知ったばかりです。まだこれから喜びも、悲しみも、多くのことをこの世界で学ばせてやりたいのです。
どうか、究極の扉を開いた時、世界の滅亡を選択しないで下さい。切にお願いします。」
俺は、柄にもなく泣き崩れ、オーヴィル様にすがっていた。オーヴィル様は何も言わず、でも優しい顔で、俺を見ていた。やがて俺の嗚咽が止まると、オーヴィル様はそっと俺の肩に手を置き言った。
「ハンス、お前の気持ちは分かった。だが、約束は出来ない。許してくれ。」
俺は隠れ家に戻った。ベルは安心した顔でぐっすり眠っていた。この世界がどうなるのか分からない。今はこの娘との生活を楽しむ、そして、この娘が一人でも生きて行けるように教育をしよう。そう思った。
模擬戦
ドラゴンロードに戻ると、国境警備特別騎士隊と国境警備軍との模擬戦を明日行うので、観覧してくれと連絡があった。僕がケノーランドに行っている間に済ませておいてくれたら良かったのに。全く面倒だ。
連絡によると5対5の個人戦と、5対5の団体戦で、出場メンバーは個人戦も、団体戦も同じメンバーで戦うようだ。出来れば、早々に決着がつくようにウィレムには頑張って欲しい所だ。
翌日はアメリアを伴って観戦することになった。ご丁寧に立派な観覧席が設営されている。その中央に僕が座り、左側にアメリア、両脇がクック指令と、オリバー・ハリス隊長が着席する。
もっと簡単にやればいいのに。きっと形に拘る騎士たちの発案だろう。何気なく会場の様子を見ていると、一般観覧席でリサが飲み物と食べ物を売っている。街でわざわざ仕入れたのか、さすが獣人族、娯楽にはうるさいな。
それより問題なのが、アランだ、自ら胴元になり、騎士達と国境警備軍相手に賭けを始めている。さらにその近くではノーマンがノミ行為をしているようだ。全くモラルがない。
ユーリが止めてくれれば良いと思うのだが、その辺は自由にさせている。それが傭兵のルールなのだろうか。
時間となり、出場者が入場する。ウィレムはやる気満々だ、対して、騎士たちも悪い顔をしている。どちらも勝つ気満々で、相手を痛めつける気だ。
最初は個人戦、使用するのは練習用の木刀だ。国境警備軍は、先鋒にウィルを持ってきている。どうやら観客に楽しませる気は無いらしい。これは早く終わりそうで良かった。
個人戦の第一試合が始まる。ウィルはあっという間に、相手の手首を打ち、剣を落とさせた。対戦相手は手首を折られたかもしれない。その後もウィレムは一撃で相手を倒していき、四人抜き、とうとう大将まできた。
騎士隊の大将、少しは出来そうだ。ただ、怒りが顔からにじみ出ている、冷静で無い者が勝てるとは思えない。試合が始まると案の定、騎士の大将は剣を大振りしている。流石に剣は鋭く、ウィレムも注意はしている。
だが、ウィレムは何度か剣を振った相手の癖を見つけ、隙をついて懐に入り、剣の柄で鳩尾を打ち、相手が屈んで下がった顎に、強烈な膝を入れて相手を気絶させた。顎の骨は砕けているだろう、確かにボコっていいとは言ったが、やり過ぎだ。
騎士達は5連敗、骨折させられた者、3名、激しい打ち身で立てない者2名。騎士たちもそうだが、オリバーも顔面蒼白だ。これでは次の団体戦は臨めまい。
騎士達の治療をしなければと、席を立とうとしたが、アメリアに止められた。アイリーンがすでに治療を行っているようだ。アイリーンのことだ、次の団体戦でも戦えるよう全ての治療を行うだろう。騎士達にとっては地獄だ、可哀そうに。
もう、いっそのこと棄権すれば良いと思うが、騎士たちは次の団体戦も戦うことにしたようだ。団体戦が始まる、国境警備軍のメンバーは木刀を持っていない、格闘でじわじわと、いたぶるつもりらしい。
木刀を持っていない相手を見て、騎士達は少しだけやる気が出たようだ。それに、強いのはウィレムだけで、その他メンバーはどうせ、たいしたことはないと、舐めているのだろう。
騎士たちは連携を取ろうと動くが、国境警備軍は一対一で相手をすべく、予め決められていた相手に取りつく。皆、騎士達の剣を軽く躱し、相手の体に蹴りと拳を入れていく、決して急所には入れない。
ものの数分で騎士たちは体のあちこちを腫らし、とても戦える状態ではなくなった。それでも国境警備軍は、相手が倒れないように気をつけながら、執拗に痛めつけた。そろそろ限界が近づいたころ、ウィレムは相手の右腕を取り、寝技に持ち込み靭帯を断ち切った。
模擬戦終了だ。出場した騎士たちは恐怖のあまり泣いていた。観客席でそれを見ていた騎士達も恐怖に支配されていた。明らかにやり過ぎだ、優秀な治療者がいるからと言って、靭帯まで切るのはダメだ、場合によっては二度と剣が振れなくなる。
僕は、国境警備軍の勝利を宣言し、会は終了となった。先ずはオリバーと話そうか。結果を聞いて呆然としているオリバーへ話しかける。
「どうですか、これが騎士団の実力です。」
「いや、これは何かの間違いです。何か細工をされたに違いない、騎士たちは事前に薬を盛られたのです、そうです、きっとそうです。」
「それはありませんよ。僕が保証します。」
「では、試合に使った木刀に細工をされたのです、それで騎士たちは実力が出せなかった。きっとそれです。」
「見苦しいですね、オリバー・ハリス。あなたも騎士隊長ならわかるはずだ、ウィレムや他の隊員の実力が。ここに駐屯している騎士達では誰一人として、彼らには敵わないことが。」
オリバーは俯き、拳を握りしめている。悔しいのか、情けないのか、そんな感じだろう。僕はそんなオリバーに続けて言った。
「貴族出身とういだけで騎士になり、騎士団の中だけで地位を上げることだけに勤しみ、まともに鍛錬さえしない。これが国を守る騎士団の実態です。
国を守るため命を懸けているのは、平民出身の国境警備軍です。彼らは、バルティカとの戦争に備え、毎日欠かすことなく鍛錬をしています。
そんな彼らに騎士達が敵うわけがないのです。この結果は当然の結果なのです。
これからは、騎士達も自惚れを止め、真摯に自分の職を全うすること、それを望みます。」
僕は言い終わると、クック指令に話しかけた。
「クック指令、勝利おめでとうございます。しかし、国境警備軍の闘い方には疑問があります。彼らの私怨は理解出来ます、しかし、やりすぎです。これは模擬戦です、一方的に打ちのめす行為は容認できません。」
クック指令は頭を下げ、礼の姿勢で聞いていた。そして僕の話が終わると、姿勢をそのまま崩さず、返答した。
「オーヴィル様ご指摘の通りです。私としても望んだ内容ではありませんでした。ですが、これは全て私の責任です。私自身も含め、出場者には罰を与えます。」
「はい、それでお願いします。ウィレム少尉とは個別で話しをさせていただきます。」
僕はウィレム少尉を探しに行った。ウィレム少尉は出場メンバー達と盛り上がって話しをしていた。僕の姿を認めると、険しい表情で僕に近寄ってきた。
「俺にどんな罰を与える、あいつらにしたように俺を一方的に痛めつけてもいいぜ。」
「お前に罰を与えるのは僕じゃない、クック指令だ。」
「じゃ、説教か。」
「いや、説教しても意味が無いことを知っている。ただ、残念だと伝えたかっただけだ。」
「そうか、残念か。お前が俺に期待してくれていることは分かる、でも、俺は自分を変えられない。自分の中の暴力衝動を抑えることが出来ない。期待してくれているのに、すまん。」
ウィレムはそう言って頭を下げた。
「その反省している態度をとれるようになっただけでも、成長したと評価するよ。
但し、己の感情に任せ、自分のやりたい様にやるのは慎んでくれ、お前はこの国境警部軍を背負って立つ男だ。その責任を忘れないでくれ。」
「あぁ、分かっているよ、努力する。なるべくお前の期待は裏切らないさ。」
僕はその場を去り、寄宿舎に戻った。ウィレムには偉そうに言ったが、己の感情に任せ、自分のやりたい様にやる、これは僕のことだ。ウィレムに言えるほど、僕は自分を律することなど出来ていない。
ギガントのアトラス
スターテン樹海に向かう。樹海の中は道がないので、馬車での移動は無理だ。全員馬に乗り出発する。かろうじて魔物たちが通る道があり、それを伝って、樹海の奥へ進んで行く。夜は土属性魔法で、壁を造り魔物の襲撃を防ぎ休む。
移動して三日目、年老いたギガントに出会った。そのギガントは、大きな岩に座り、遠くを眺めていた。僕たちを見つけると、不思議そうにこちらを見ている。僕は話しかけた。
「こんにちは、僕はオーヴィルと言います。この辺りにお住まいですか。」
「わしはアトラス、この近くに住んでおる。数千年ぶりに人族を見たかと思ったら、また現れたな。樹海に何の用だ。」
「僕たち以外にも見たのですか。」
「あぁ、二月か三月前か。3人が樹海の奥に入っていったな。」
「僕たちはヨルムンガンドに会いに来ました。究極の扉を開けに。」
それを聞いたアトラスは大声で笑い出した。
「お前、本気か。扉なんて開けてどうする。そんなことしても世界は変らんぞ。
まぁ、いい、わしには関係がないからの。じゃぁ、お互い生きていたらまたどこかでの。」
アトラスはそう言うと、また、遠くを眺め始めた。すると、ノーマンがアトラスに話しかけた。
「アトラス殿、私はドワーフ族のノーマンと言います。私たちは、ゴンドワナの森の奥で、ギガントのアグリオス殿とスピロ殿に会いました。その村は、ご老人が3名と若者のスピロ殿だけでした。
ご老人達が亡くなられた後、スピロ殿は一人になってしまいます。アトラス殿が住まれている村に若いギガントはいらっしゃいますか。
もしいるのであれば、ここにスピロ殿を案内したいと思います。いかがでしょうか。」
アトラスは驚きの表情でノーマンの話しを聞いていた。そして答えた。
「親切なノーマンよ、残念だが、ギガントの若者はいない。わしの村もわし含め老ギガント4人の村だ。
しかし、若いギガントがまだいたとは驚いた。そして久しく聞いていなかった名だ、アグリオス、我が宿敵よ。奴は腕が一本無かっただろう、あれを切り落としたのはわしじゃ。」
ノーマンはここに若いギガントがいないことを聞いても、まだ、諦めていない様で質問を重ねた。
「アトラス殿、もう一つ教えてください。この大地で他にギガントが住んでいる村をご存じはありませんか。」
アトラスは、首を横に振り、知らん、と言った。そして続けた。
「ノーマン殿の心遣いは本当にありがたい。何のゆかりもないギガントの行く末を心配してくださり、感謝する。だが、ギガントの若者を探すのは無理だ。
何故なら、先の同族同士の争いにおいては、女、子供が真っ先に殺されたからだ。相手の戦力を削ぐため、戦士を増やさないように。
その先頭に立っていたのがアグリオスだ、そしてその襲撃を受け、同じ方法を取り、敵の女、子供を皆殺しにしたのがわしだ。
だから、この大地に若いギガントはもうおらん、ギガントは滅びゆくのみ。」
ノーマンは絶句した。そして何も言わなくなった。アトラスはその様子を見て話しを続けた。
「軽蔑したかね、ノーマン殿。ギガントの醜さに呆れたかね。その感情が正しい、ギガントは愚かな種族だ。今は、そのスピロと言う若者には申し訳ないとしか言えん。」
それを聞いたノーマンは少し考えてから言った。
「私は、それでも、ギガントの若者を探したいと思います。少しでも可能性があるのなら。」
「可能性はゼロではない。ありがたい話しだが、そこまでノーマン殿が拘る理由がわからん。でも、そこまで言うのならわしも協力しよう。扉を開けて生きて帰ったら。またここを訪ねてくれ。」
「ありがとう、アトラス殿。そうさせてもらいます。」
ノーマンはアトラスの協力を得られたことが嬉しかったようだ。
ノーマンの両親はパノティアを追われ、ローレンシアでノーマンを産み育てた。ローレンシアではドワーフ族は極端に少ない。育った場所では、ドワーフの子供はノーマンだけだった可能性は高い。
その同族がいない孤独感、それがスピロの仲間を探すことの原動力になっているのだろうか。だが、僕には到底その孤独感を知ることはできない。そんな孤独を味わったことなど無いのだから。想像した所で、到底及ばぬほどの闇だろう。
アトラスと別れ、さらに樹海の奥を目指した。
決着
さらに1日進み、5日目の昼前にヨルムンガンドの住む洞窟前にたどり着いた。そこには想像通り、3人の姿があった。
お互いに近づき、その距離が5m程になった時、歩みを止めにらみ合った。ウィルバーが声を掛けてくる。
「オーヴィル、やり合う前に俺の話しを聞け。究極の扉を開けるのは止めろ、ここで引き返せ。そうすれば、誰も傷つかずに済む。」
「ウィルバー兄様、今更僕も退けませんよ。少なくとも兄様と決着をつけるまでは。」
「そうか、やるしかないのか。だが、お前の仲間達はどうなんだ、本当に究極の扉を開けたいと思っているのか。いや、究極の扉を開けて、お前が何をするのかを知っているのか。
なぁ、ユーリ・レオーノフ。お前は知った上で協力しているのか。」
ウィルバーは僕ではなく、ユーリに揺さぶりをかけるようだ。だが、ユーリはそんなことに動揺する男ではない。だが、他のメンバーはどうだろうか。
ユーリが一歩前に出て、剣を構え、ウィルバーに向かって言った。
「ウィルバー王子、私は知っている。オーヴィルがやろうとしていること、その上で、協力している。」
「そうか、知っているんだな、オーヴィルがこの地上の生物を全て根絶やしにしようとしていることを。それで、お前は何とも思わないのか。」
炎の旅団のメンバーに緊張が走る。しかし、それも直ぐにおさまった。ユーリが真っすぐに、そして力強くウィルバーに答えたからだ。
「何とも思っていない訳ではない、私にだって考えることはある。私はオーヴィルと旅をして、この大陸の国々を回った。そして、見てきた。
自らの力を誇示するためだけに、救えたはずの兵士の命を犠牲にしたバルティカの王。
若者の力と性の犠牲の上に成り立つ、巨万の富を抱えた、アバロニアの街。
記憶を無くした哀れな老人達を一つの森に閉じ込め、表を取り繕うゴンドワナの国。
正義の名のもとに平気で迫害を繰り返す、パノティアの宗教。
そして、貴族、その生まれだけで他者を見下し、何も努力をせず、苦しむ平民、他種族の上に平気で胡坐をかき、ふんぞり返るわが祖国。
誰もが、己の欲望の為だけに生きているこの世界を見てきた。この世界は醜い、だから私はオーヴィルが、この世界をやり直すと言うなら、全てを真新にすると言うなら、喜んで協力する。」
それを聞いた、ウィルバーは怒りを露わにした。
「お前まで、正義を愛するお前まで、父上と同じことを言うのか。この世界はやり直さなければならない程に、醜く歪んでいると言うのか。
いや、決してそんなことはない、誰しも自分の境遇に悩み、それでも苦難を乗り越え、皆生きている、一生懸命に生きている、それを否定してはならない。」
ユーリはウィルバーにゆっくり近づいて行く。
「あなたは何もわかっていない。恵まれて育ったあなたには想像できない世界が、この大地には広がっている。」
ウィルバーは剣を構えた。
「あぁ、俺は何もわかっていないのかもしれん。だが、この地に生きている者達、今、この瞬間にも生まれてくる子供達を、俺は守りたい。」
「ウィルバー王子、あなたは偽善者だ。これ以上の問答は無用。」
ユーリはそう言うと、ウィルバーに斬りかかった。ウィルバーはその剣を、自らの剣で受ける。力比べでは、身体強化の使えるウィルバーが圧倒的に有利だ。
ウィルバーは力で、ユーリを押し返そうとする。するとユーリは上手く力を逃がし、ウィルバーの右側に滑り込む、そして素早く剣を振り下ろす。ウィルバーはそれを躱すが、右腕からは鮮血が滲んでいる。
再び両者距離をとる。ウィルバーがとてつもない速さで、ユーリに一気に近づく。それにユーリは自らも前に出て、ウィルバーの左側をすり抜ける。ウィルバーは左太ももの外側を浅く切られ、血が滲んだ。
ユーリは素早く振り向き、胴を払う。ウィルバーは何とか避けるも、腹も浅く切られたようだ。それでもウィルバーは闘志をむき出しに、ユーリに再び襲い掛かる。
スピードで迫っても躱される、力で挑んでも流される、完全にユーリの方が、技術が上だ。それでもウィルバーはマナで傷を防ぎ、何度もユーリに向かっていく。だが、それも限界がある。
最後は、ユーリに左わき腹はざっくりと斬られ、立てなくなってしまった。それでもウィルバーはユーリを強い眼差しで見ていた。ユーリは剣をおさめ、戻ってきた。
僕は倒れているウィルバー兄様に近づき聞いた。
「ウィルバー兄様は、父上から僕の計画を聞き、それで殺したのですね。」
「そうだ、こんな下らん計画。父上は理想と言っていたが、間違っているだろ、誰が考えても。」
「僕もまさか父上が、ウィルバー兄様に計画を話すとは思ってもみませんでしたよ。よりによってウィルバー兄様なんかに。
でも、どうして、計画を聞いたからと言って、殺したんですか。何も殺す必要はなかった。」
「あれは事故だ、父上が急に剣を持ったから、仕方なくだ。」
「きっと、父上を逆上させるようなことを言ったんでしょうね。王が考えることじゃないとか、馬鹿だとか。兄様は昔からそうだった、父上を怒らすことがとても得意だった。」
「ああ、言ったよ。馬鹿な国王だ、この国にはいらん、とな。それは本心を言ったまでだ。」
「それで殺したんですね。」
「だから、事故だ、俺は悪くない。」
「わかりました、これ以上話すことはありません。では。」
僕はその場を離れ、皆のもとに戻った。
ウィルバーにキャサリンがゆっくり近づき、致命傷では無い事を確認すると、こちらに向かって歩いてきた。それに応えるようにアメリアが歩いて近づく。
「アメリア、あなたが出てきてくれて良かったわ。」
「キャサリン、あなたの狙いは私でしょう。それにしてもオーヴィルの目的を聞いても平然としているのですね。以前のあなたなら半狂乱になって騒いでいたでしょうに。」
「そうね、きっと。以前の私とは変わったのよ。サリーに出会って、今まで見ていなかった世界を見て。
それに優しいオーヴィル兄様がそんなこと実行できるわけがないわ。そして何より、そんなことをあなたが許すはずないもの。」
「キャサリン、あなたは正しいわ。さすがオーヴィルの妹ね。」
「今は、あなたを倒して、オーヴィル兄様を私の手で止めるわ。」
キャサリンは、身体強化でアメリアに近づき、拳を繰り出す。アメリアはゆっくりとした動きでそれを躱す。アメリアに触れられた時点で、身体強化魔法は無効かされてしまう。ヒットアンドウェイで距離を保ち攻撃を仕掛け続ける。
なかなかの動きだ。この数ヶ月でここまで上達するとは相当な鍛錬を積んだのであろう。しかも得意のマナのコントロールで絶妙に肉体を強化し、疲れをしらず、スピードを落とすことなく攻撃を繰り返していた。
だが、アメリアの敵ではない。拳を繰り出す際の癖を見切られ、右手首を掴まれ、身体強化を無効化された上で、投げ飛ばされ、地面に叩きつけられた。何とか立ち上がるも、二度三度投げられ、立てなくなった。
アメリアは黙って背を向け、戻ってきた。
期せずして、順番に戦うことになってしまったが、順番で言うと僕のだろう。僕は乗り気ではなかったが、前に出た。相手側もサリーが歩いてくる。
「全く、あんた達兄弟、誰も使えないわね。ま、私があなたを殺せばそれで終わりだから、全く問題ないんだけど。」
「念のため、聞くのですが、一対一のルールは無いですよね。我々は全員でサリーさんに襲い掛かっても問題ないですねよ。」
「ま、そうよね。そう言うルールは無いわよね、殺し合いだし。でも、今までの流れ的に言うと、あなたが私を一人で倒す方が、ドラマチックじゃないかしら。」
「いや、我々全員でかかっても、あなたを倒せるか分からないのですが。」
「そうね、でもあなた一人できたら、仲間は命を落とさずに済むわ。」
「そういう考え方もありますね、でも僕達は、あなたとは戦いませんよ。やっと姿を見せてくれました。」
僕の目線の先には、デュモン先生、ユニコーン、フェンリルが立っていた。
五人の賢者
サリーがうんざりした顔をしながら、3人の方を向いて言った。
「あんた達、私の邪魔をする気なの。この子は止めるべきよ、それが私たちの役割でしょう。」
デュモン先生が笑顔を崩さず答えた。
「サリー、あなたは間違っています。我々は、新しい種族にこの地を委ねた。だからこの地で生まれ育った者が決めたことを尊重すべきだ。」
ユニコーンも言った
「僕もデュモンに賛成だよ。別にいいじゃないか、みんな死んでもまたやり直せばいい。五人でまた造ったらいいじゃないか。」
フェンリルが続いた。
「俺は、サリーに賛成だ。確かにオーヴィルはこの地で生まれ育った者だが、この地の者に支持されている訳じゃねぇ。所詮個人的な考えだ。
それから、ユニコーン、お前は黙ってろ。お前はエルフ族を抹殺したいだけだ。」
それらの意見を聞き、デュモン先生が言った。
「フェンリルの意見は一理ありますね。オーヴィルは確かにこの地の代表者ではありません。代表でない人間が、この地を支配できる力を手に入れること、これは、きっと誰の支持も得られないでしょう。
ですが、ここに丁度5種族、5人がいます。彼らの意見を聞いてそれを各種族の代表意見とするのはいかがですか。」
フェンリルが慌てて言った。
「そんな無茶な話があるか、とても民主的とは言えない。」
デュモン先生は慌てることなく、答える。
「フェンリルの話は理想です。こんな話し、国の代表に渡しても、まとまる訳ないんです。ですから、彼らが各種族の代表でも問題ないんです。
彼らに、オーヴィルの理想を聞かせ、支持するかどうか、それを聞いて、我々が判断しましょう。いかがですか。」
サリーは笑みを浮かべ言った。
「私はそれでいいわよ、皆オーヴィルの理想に殉じるなんて考えられないもの」
ユニコーンは賛成し、フェンリルは反対した。しかし3対1でありデュモン先生の案が採用された。僕は皆に自分の考えていたことを伝えた。
「僕は、この世界を平和にするためには、争いの無い世界にするためには、どうしたら良いのか考えた。
そして、知ったんだ。どう足掻いてもこの世界から争いは無くならない、人が人である限りは、人が欲望を持っている限りは。そして、それはとても自然だということに。
だから、この地から争いを無くすことは不可能だ。それでも争いを無くすためには、この大地から、生きるもの全てを消し去ればいい、これであれば争いを無くすことは可能だ。完全な平和が訪れる。
そして、僕は全世界のマナをコントロールして、生きるもの全てに安らかな死を与えることにしようと思った。争いも、差別も、迫害もない、平穏な世界に皆を連れて行こうと思ったんだ。
どうかな、皆、僕の意見をどう思う。」
炎の旅団のメンバーは皆、考えをまとめているようだ。ユーリが仕切ってくれる。
「私は賛成です。ウィルバー王子にも言いましたが、この世界は醜い、やり直すべきだ。アランはどう思う。」
「私は、オーヴィルの言っていること、理解し共感出来ます。実際、私は戦争で人の醜さを目の当たりにして、それが嫌で自暴自棄になり、国を出ました。今もその心の闇は晴れぬままです。ですので、賛成します。」
「では、次リサ、どうだ。」
「わたしは、オーヴィルがいなかったら、駄目な自分のままだった。そのオーヴィルがやりたいことなら賛成する。世界がどうとかは難しくて分からないし。」
「次、アイリーン。」
「私は、もうすぐ大事な記憶を失っていく。であれば、皆で旅立つのは悪くない。賛成だ。ただ、これは私のエゴだ。死にたくない者もたくさんいるだろう、それを思うと、心は苦しい。」
「最後にノーマン。」
「俺は、ローレンシアで差別を受け、パノティアでは迫害を受けた。この世界は嫌いだ、無くなってしまえばいいと思って生きてきた。
だが、反対だ。俺にはやることがまだある、スピロの仲間を探す。それにまだ17歳のリサに人生を楽しんでもらいたいと思っている。そして何より、オーヴィル、お前には死んでほしくない。これが俺の意見だ。」
「炎の旅団のメンバーの意見としては、4対1で賛成多数となりました。」
その結果を聞いてサリーは唖然としている。
「あんた達馬鹿なの、死んじゃうのよ。死んだら何にも出来ないのよ、何で賛成するのよ。」
フェンリルも言った。
「お前ら考え直せ、それでは自死だぞ。それは許されん。」
最後にデュモンが言った。
「さぁ、皆の意見を聞いて、オーヴィル、君はどうするかね。扉を開けるかね。それとも止めとくかね。」
僕は今まで、聞いた言葉を思い出していた。
ギガントのアグリオスや考古学者のフランクは後悔しない選択をするようにと。ドニ王は、個人や少数の意見で決めるなと、そしてハンスは世界の滅亡を選択しないで欲しいと。
そして、アメリアを想った。もう病で寿命が尽きかけている大事なアメリアを。昔、アメリアと約束した、世界の平和を実現すると。その約束は彼女が生きている内に果たす。
僕は選択した。
「デュモン先生、僕は扉を開けます。」
デュモンは頷いた。
「では、開けなさい。ヨルムンガンドに言えば彼の後ろにある部屋に入れてくれるでしょう。
それから、サリー、フェンリル、これは私たちが託した者達の決定です。止めることは許されません。良いですね。」
サリーとフェンリルはデュモンにきつく言われ、反対できず、諦めたようだ。
僕とアメリア
「お待ちください、デュモン先生。」
言ったのはアメリアだった。
「どうしたんだい、アメリア。何か問題があるのかな。」
「はい、私はオーヴィルの妻として、オーヴィルの行動に反対します。」
「どうしてだい。君たちはこの件については話し合いが済んでいると思っていたが。」
「はい、私はオーヴィルの計画を了承して、この旅に出ました。ですが、それは本心ではありません。
この旅で、オーヴィルは色々な出会いを経て、仲間と交流することで、生きる気力を取り戻してくれること、そして、扉を開けないことを願っていました。
そして私がいなくなっても、リサやアイリーンがきっとオーヴィルを支え、共に生きてくれる。ノーマンやアランが、オーヴィルが感じる苦しみを分かち合ってくれる。ユーリがオーヴィルに正しい道を示してくれる。そんな仲間達に出会えました。
でも、肝心のオーヴィル自身が、生きる気力を、とうとう最後まで取り戻してはくれませんでした。これは、私の責任です。
この世界を巻き込む訳には参りません。私がオーヴィルを連れて行きます。」
僕は、アメリアの想いを聞いた。そうか、僕はアメリアがいなくなる世界に居たくなかったのか、だから、扉を開けたかったのか。
アメリアはただ立ち尽くしている僕に近づき、そっと抱きしめてくれた。そして優しいキスを交わした。アメリアは僕達を絶対障壁で包み、中にあった酸素を抜いた。僕の心臓はしばらく動いていたが、やがて動きを止めた。
ユーリはじっとその場に立ち、そのやり取りを黙って見ていた。アランは膝から崩れ落ち、呆然とし、リサはオーヴィル行かないで、と叫び続けていた。アイリーンは、静かに泣き、ノーマンは、馬鹿者が、と怒りを地面にぶつけていた。
デュモンは変らぬ笑顔のまま、アメリアとオーヴィルを見ていた。絶対障壁に閉じ込められた二人を見届けると、他の賢者達に言った。
「サリーとフェンリルはこれで満足かね。まぁ予想していた結末ではないが、これもまた、良い結末だったのではないかね。さぁ、皆帰ろう。
あ、そうそう、ユニコーン、君はだいぶ問題だ、記憶の劣化と感情の乱れがある、修正してあげよう。そうすれば、エルフ族を抹殺しようなんて思わずに済む。
それから、フェンリルが心配していたヨルムンガンドの方も修正しておくよ。これで、門番も続けられるだろう。門番ついでに、この二人も預かってもらおうか。」
そう言って、絶対障壁に閉じ込められた二人を肩に担いだ。フェンリルは黙ってその場を去った、サリーも倒れているウィルバーとキャサリンを抱え、歩き出した。ユニコーンは、デュモンとヨルムンガンドのもとに向かう。
デュモンが炎の旅団に言った。
「君たちも早く帰り給え、ここにはもう用はないだろう。」
その後
炎の旅団のメンバーは、話し合いの結果、それぞれが別な道を歩むことにした。
ユーリは傭兵を続けた。2年後ローレンシアでは国を二分するほどの、大規模な内乱が発生した。ユーリは現国王軍に加わり、戦場で活躍した。ある時、友軍の騎士500名が、戦場に取り残された。敵は包囲網を敷き、殲滅作戦にかかろうとしていた。
誰もが見捨てるしかないと思っていた矢先、ユーリが単騎で敵の包囲網の一角を突き破り、何とか友軍兵士を300名救うことに成功した。しかし、ユーリはこの戦いで、敵からの激しい攻撃を一身に浴び、戦死した。
この英雄譚は後世まで語り継がれ、ユーリ・レオーノフの名前は他国にまで響き渡り、伝説となった。
アランは、ハンスからの伝言を受けバルティカ王国に戻った。ドニの望み通り、新国王ルイ・ランベールを支え、国の発展にその身を捧げた。
バルティカは順調に食料自給率を高め、20年後には、他国からの輸入に依存することなく、自国での食糧確保を実現した。
これにより、バルティカはローレンシアへの興味を無くし、引き続きアバロニア、そしてパノティアとの関係強化に努め、10年後には大陸縦断鉄道とバルティカ国内の鉄道網の構築の計画に着手し、30年後に事業は完成した。
アランは食料自給計画、鉄道計画、どちらとも陣頭指揮を執り、鉄道網の完成を見届けると、病に倒れ亡くなった。
アークテイカの街ではそのアランの功績を称え、アランの銅像が広場に飾られている。
リサは、アバロニアに行き、オールド・レッドの闘技場に闘士として立ち、現役生活20年の間、王者として君臨し続けた。
闘技場の歴史の中でも、絶対王者アレッサンドラと、真誠王者リサは人気を二分し、リサが引退して数十年が経っても、闘技場ファンの間では、どちらが強かったかで議論が交わされるほどの人気闘士となった。
二人の功績を称え、闘技場の北側にはアレッサンドラの名前が刻まれ、南側にはリサの名前が刻まれ、二人の名前は、二人の死後もオールド・レッドに残り続けた。
アイリーンは、両親と暮らすため、ゴンドワナのロストメモリーへ帰った。両親は数年後に他界したが、その後もロストメモリーに留まった。
自分の記憶が、徐々に維持できなくなることを感じ、それでもオーヴィルの名前だけは、想い出だけは無くさないようにと、毎日オーヴィルとの楽しかった日々を書き綴り、そして、それを毎日読み返すことで、記憶を維持しようとしていた。
その後、長い年月を生きたと思われるが、誰も彼女の最期は知らない。
ノーマンは、約束通りギガントの若者を探す旅に、アトラスと共に旅立った。
ローレンシア、バルティカ、アバロニア、ゴンドワナの各地を回った。しかし、ゴンドワナの森に入って以降は消息が途絶え、ギガントの若者が見つかったのか、それともアトラスと共に、森の奥で息絶えたのか、不明だ。
願わくは、ギガントの若者を見つけ出し、スピロに引き合わせ、アトラス、アグリオスと共に余生を過ごした。そうであって欲しい。
サリーとウィルバー、キャサリンはその後、ドラゴンロードでウィルバーの回復を待って、今後について話しあった。
「サリー、私はこのまま王宮には戻らず、魔法の使い方を各地で教える旅に出るわ。みんな魔法は使えるけど、本能で使える魔法しか使っていないの。でもマナは誰でも扱える、だから教えれば、誰でもいろんな魔法が使えるようになるはずよ。
いろんな魔法が誰でも使えるようになれば、みんなの生活が豊かになるわ。これが私に与えられた使命だと思うの。」
「あっそ、好きにすれば。でもまぁ、誰でも魔法が使えるって発想は悪くはないわ。それに、王宮で馬鹿な貴族相手に心にもないこと言うなんて、あんたには似合わない。
きっと旅に出て、魔法の先生になるのは、合っていると思うわ。ただ、無茶はしないでね、助けに行くのも面倒だから。」
「ええ、わかったわ、無茶はしない。それからウィルバー兄様のことよろしくね。」
「なんでお前が俺のことをサリーに頼むんだよ、おかしいだろ。」
「じゃぁ兄様はこの後どうするんですか。」
「そうだな、俺も旅に出る。どうせ父殺しは国には帰れない。でも、おれはキャサリンのような夢もない。だから何の目的もない旅だな。」
「わかったわよ、じゃ、しばらくはついていらっしゃい。拾った犬の面倒ぐらい最後まで見るわよ、ちゃんと。」
「すまんなサリー、ずっと世話になりっぱなしだ。」
「あんた結局ついて来るのね、いいけど自分の食い扶持は自分で稼ぎなさいよ。」
「ああ、わかってる。じゃぁな、キャサリン、生きていればどこかで会えるかもな。」
「サリーも、ウィルバー兄様もお元気で。」
そう言って別れた三人は二度と巡り合うことは無かった。
キャサリンは一度もローレンシアに戻ることなく、各地を回り、魔法の普及に努めた。この尽力により、多くの人々が魔法の恩恵に預かることとなり、人々の暮らしは便利になっていった。そして彼女は、聖者キャサリンと呼ばれ人々の崇拝対象となった。そして生涯その活動を続け、天寿を全うした。
サリーとウィルバーのその後の消息は不明だ。ウィルバーはサリーのどこかの隠れ家で生涯を終えたのだろうか。
ハンスとベルはドラゴンロードで平和に暮らした。ハンスはオーヴィルの死をユーリから聞いた時、自分が泣いてすがったせいで迷いが生じ、その結果、亡くなってしまったのだと思い後悔した。
ベルは毎日ハンスから家事や生活に必要な事柄を教えてもらい、順調に出来ることが増えて行った。そして、ハンスとの生活が楽しく、もう、異次元の世界を除くことをしなくなっていた。
そんな平和な時が2年過ぎたころ、ハンスは自分の体に異変を感じた。病気の再発だ。オーヴィルに治療してもらった病だが、完全には取り除くことが出来なかったのだろう。これも運命と受け入れた。ただ、気がかりなのはベルのことだった。
ハンスは決断をした。
「なぁ、ベル。キャットに会いに行ってみようか、それからラビットにも。」
「うん、行く。スネークやドッグにも会えるかな。」
「あぁ、どうせ通り道だ、あいつらにも会って行こう。」
こうして、旅の支度を整え、ゴンドワナのトリスタンを目指した。久しぶりのベルとの旅は楽しかった。前回は任務で通った道のことなど、何の記憶に残っていなかったが、今回は色んな景色を楽しめた。
旅の途中では、旬の野菜の収穫、農業体験や牧場での乳しぼり、チーズ作りなどの体験を、ベルとともに楽しんだ。
スネークとドッグは相変わらず、良い奴らだった。なぜか別れ際に涙が出て、何故かスネークもドッグも一緒に泣いてくれた。そんなおじさん達の涙を、ベルは不思議そうな顔で見ていた。
旅は順調に続き、無事にトリスタンに着いた。
「キャット、久しぶりです。」
「良く来ましたね、それからベルも。」
ベルはキャットに抱き着き、喜びを体で表現していた。ベルがキャットの店を見ている内に、キャットと話しをする。
「キャット、内容は手紙で書いた通りです。この話し受けて頂けますか。」
「もちろんです。私たちにとっては、とてもありがたい話です。ですが、なぜ私たち夫婦だったのでしょうか。」
「理由は二つです。一つはベルがあなたに懐いていること、もう一つは、猫とウサギは昔から魔女の使い魔ですから、強力な後ろ盾を持っている人が良いと思っていました。」
「なるほど、お気づきになられていたのですね。」
「はい、もちろんこれはローレンシア王国には報告していませんので。」
「ありがとうございます。しかし、残念ですハンス、なんといって良いのか。」
「これも運命です。私はオーヴィル様に会わなければ、とっくに死んでいたんです。でも、短い間だったかも知れませんが、ベルが生きる意味、喜びをくれました、この出会いに私は感謝をしています。だから、何も思い残すことはありません。」
「このこと、ベルは知っているのですか。」
「まだです、今夜話しをしようかと思います。」
その晩、ベルに話しをした。ベルは黙って話しを聞き、事実を受け入れてくれたようだ。キャットとラビットに面倒を見てもらう事も理解してくれた。
その後、数カ月はトリスタンでベルと過ごすことが出来た。ベルは今まで以上に心配かけまいと、自分で出来ることは自分でやり、頑張っていた。そして最期の時まで、泣かずに、そして、そばにいてくれた。本当にベルのおかげで良い最後だ、ありがとうベル。
ベルはその後、キャット、ラビット夫婦のもとで、楽しい生活を送り、キャットとラビットの最期も看取り、自らも天寿を全うした。
クック指令は1年後退役した。ウィレム少尉は順調に成果を上げていた。オーヴィルが亡くなったと聞いた後は、一時期荒れていたが、その後は問題行動も無くなり、国境警備軍を背負って立つ気概を見せていた。
そして10年後には若くして国境警備軍の指令となり、長年にわたり、ドラゴンロードの治安維持に努めた。
ルクラン国王は、一人の弟は父殺しで国に戻れず、またもう一人の弟を亡くし、妹も国には戻らず、国内で孤独な戦いを強いられていた。その隙から、2年後に大規模な内乱を招いてしまった。何とか鎮圧したものの、国力は大きく低下してしまった。
それでも奮起し、持ち前の政治手腕で国の立て直しを図り、ローレンシアの発展に努めた。その努力の甲斐もあり、ローレンシアは発展を続け、パノティアからの蒸気機関の技術提供を取り付け、新しい産業開発に着手していた。
そして、亡くなる80歳まで在位し続けた。しかし、生涯結婚せず、子供もいなかった。亡くなった後、後継者問題で国がいくつにも割れ、1年後、ローレンシア王国は滅亡した。




