第七章『相田美崎 其の二』
相田美崎という少女は厨房でせかせかと動きまわっていた。年格好から判断して高校生くらいだろうか。艶のある黒髪を肩にかかるくらいまで伸ばしており、いかにも昔ながらの大和撫子という雰囲気の少女だった。
「……彼女、いくつ?」
清楚な外見だが、一方で背筋がゾクリとくるくらいの色っぽさを感じさせる娘だ。着物姿がそのような感情を催させるのだろうか。
「十七歳だってよ」
「……手を出したらアウトじゃないか。まさか本当に口説く気か?」
僕は呆れた眼差しを田森に向ける。僕としては今後のことも考えると、岡島さんとの仲直りを優先させてほしいのだが、この男の挙動を見るかぎり、望みは薄そうだ。
「ちがうよ。口説かれたのは俺なんだからな」
僕は田森の言っていることが理解できず、思わず「はあ?」と訊ね返してしまった。
「本当だって。今晩どうですかって聞かれたんだよ」
「ヒトは見た目で判断できないって言うけどな……」
あんな奥ゆかしそうな少女が自分から年上の男を誘うというのには、僕もさすがに面食らった。
「それで了承したのか?」
「さすが親友、よくわかってらっしゃる」
僕を親友だと言う男は、愉快そうに僕の背中をばんばん叩いた。
「……お前は浮気なんてしないヤツだと思ってたんだけどな」
「見くびってもらっちゃ困るな。俺はこれでもワイルドな冒険家なのさ」
「ただの節操なしを誇るなよ」
真に親友であるならば、ここで咎めるのが定石なのだろう。だが、相田美崎という少女が相手なら、それもやむを得ないのかもしれないと思わせる、妙な説得力が彼女にはあった。
「岡島さんを悲しませるなよ……」
「ああ、わかってるって」
田森はうわごとのような言葉だけ返して、相田美崎をずっと見つめている。まるで心ごとあの娘に鷲掴みにされているようだった。
なぜか僕はそれ以上ここいることが場違いな気がして、無言でその場をあとにした。