第六章『相田美崎 其の一』
田森と田波は、僕と本山さんよりも先に旅館に着いていた。彼らが言うには、自分たちが早いのではなくて、僕らが遅かったということらしい。どうやら、僕が話しに熱中しすぎたのに原因があったようだ。
「鈴木、見たか?」
帰ってくるなり田森は上機嫌で、僕に話しかけてくる。
「なにを?」
僕はひょっとして岡島さんと仲直りできたのかと思ったのだが、話の振りからして、そういうことでもなさそうだ。
「実は公衆電話へ行く途中で、スゲー可愛い娘と出会ったのよ。気になって声かけたら、その娘はこの旅館で住み込みで働いてる娘だったのよ」
田森はなぜか誇らしげに、そう言い放った。
「じゃあ、電話はしたのか?」
「もう夕暮れだったしな。田波と一緒にその娘をエスコートすることにしたんだよ。公衆電話はこの旅館にもあるしな」
どうやら彼らが僕らより早く着いたのは、それも一因のようだ。僕は嘆息するのをこらえながら「あ、そう」とだけ答えた。
「私、疲れたんで先に部屋に戻っていいですか?」
そう訊ねてきたのは、僕らのやりとりを興味なさ気に眺めていた本山さんである。今日のお務めは終わったし、これ以上に彼女を拘束する理由もなかったので、僕は彼女の願い通りに、先に部屋へ戻ってもらうことにした。
「ああ、今日は暑い中ご苦労さん。ミーティングは夕食後にするつもりだから、それまでは自由にしてくれてたらいいよ」
本山さんは「わかりました」とやる気なさげに答えて、その場をさっさとあとにした。
「お前、よくあんな女の相手してられるな……」
田森は感心した表情で、僕を見つめてくる。だが、それは僕を決して褒めているモノではなく、呆れているというほうが適切な表現だろう。
「それは、あの娘を僕に押しつけたヤツの言うことじゃないぞ」
「過去にこだわって、くよくよしてるようじゃ大物になれないぜ」
じゃあ、お前は大物なのかと聞いてやりたかったが、無駄な議論になるのは目に見えていたので、あえてなにも言わないことにした。
「それじゃあ鈴木くん、早速行こうか」
田森はなにが楽しいのか、意気揚々と僕の腕を引っぱってくる。まるで玩具をねだる子供のような姿だった。
「そんな急かして、僕をどこへ連れて行く気だよ?」
「決まってるだろ。美崎ちゃんのところだよ」
田森がそう言って、僕にウインクを投げかけてくる。僕は同性からされるウインクが気持ち悪いことを、その日知った。