第二話『旅館にて』
僕らが泊まる旅館は建てられてから二年ほどしか経っていないそうだ。そもそも神名村が村おこしに本格的に乗り出したのは、ほんの五年前の話らしい。もともとはこの村に宿泊施設などのなかったのだ。そこで、観光事業の一環として、宿泊施設が建てられることになったそうである。だからといって、それほど大層な建物ができるわけもなく、旅館というよりは民宿に毛の生えた程度の代物である。
今回、僕らには大部屋を二つ使わせてもらえることになっている。当然、二つにわかれてるのは、男女をわけるためだ。
僕らは教授を除くと参加者は十六人いる。うち男が九人、女が七人という構成である。
しかし全員が玖木ゼミに所属しているわけではなく、うち八人はちがうゼミの参加者だ。
「それにしても安原も残念だよな。せっかくこんないい旅館に泊まれるってのに」
田森は畳の間に寝そべりながら、そう言った。
「夏風邪じゃあ、しょうがないよ」
僕らのゼミの構成は、本来なら男女の対比が四対四なのだが、今回に限っては男の安原が一人欠員となっている。
安原が欠席したと教えてくれたのは、玖木教授だった。なんでも前日に連絡があったらしい。安原と三日前から音信不通で、どうなったのだろうと皆で気にしていたが、夏風邪がだいぶにひどかったようで、連絡が滞っていたという理由があったらしい。
「田森、いつまで寝てるつもりだ? これからすぐにミーティングだぞ」
「いま旅館に着いたばっかりじゃねえか」
「……遊びに行く場所決めとかないといけないだろ?」
「そうだった」
田森は「遊び」という単語を聞いて、跳ね起きる。つくづく現金なヤツだと思う。
旅館は二階建てになっていて、僕らが泊まる大部屋は二階にあった。
僕らがいま向かっているのは一階にある会食室である。大人数を収容できるその部屋は、食事はもちろん、それ以外はミーティングルームとして開放されている。なんでそんなことが可能なのかというと、旅館には僕ら以外に泊まり客がいないからである。つまり、旅館は貸し切り状態にあるということだ。
「そういや、安原にメールを送ってやろうと思ったんだけどよ。どうも圏外らしくってさ」
「マジかよ……」
「他の連中に聞いたんだけど、どの機種でもそうらしい」
「じゃあ電話はどうするんだよ?」
「公衆電話を使えとさ。この旅館と交番の近くにあるのと、二台しかないってよ」
「田舎って聞いてたけど、そこまで徹底してるとは……」
自分でも呆れているのか、感心しているのか、まるで判別ができなかった。