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第二話 僕はアリス

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 数日後----。アリスの婚約者候補であるルートヴィッヒ・ミゼルが彼女のお見舞いにやってくる。

(はぁ、これはこれは……)

 艶やかな髪質の銀髪。すっきりと切れ上がったエメラルドグリーンの瞳。甘い笑みを浮かべている唇。なんというか、非の打ち所のない美男子だ。

(アリスは彼をどう思っていたんだろう)

 ルートヴィッヒはアリスのために、両手で抱えきれないほどの、沢山の薔薇の花束を持ってきた。

 真っ白い花びらの中央は薄いグリーンで“アリス”としてはどうかはわからなかったが、初めて見る薔薇の花だった。

「美しいですね。こんなに沢山ありがとうございます」

 無難な言葉をルートヴィッヒにかけると「君が好きな花だからね」とにっこりと微笑んだ。

(あ、好きだったのか)

 自分の中のアリスはどこにいるのか、アリスのこれまでの記憶や情報は脳のどこかに隠されているように思い出せなかった。自分らしからぬ所作で紅茶を飲んだりできるのに、なんだろうか?

(僕が前世を思い出したことで、アリスはどこかに隠れてしまったのだろうか)

 だとしたら申し訳ない。

 この愛らしい身も、十六年の育ってきた年月も、彼女のものだ。

(返してあげられないのだろうか)

 客人のルートヴィッヒを前に、もんもんと考え込んでいると、彼は笑った。

「落ち着きがないみたいだね。聞くところによると、記憶障害があるとか……かわいそうに」

「え? あ」

 僕のこともわからないんだね――――と言っているように聞こえて、チクリと胸が痛んだ。

「ご、ごめんなさい……精霊さんのことも覚えてなくて。祝福とか、魔力とか、そういうのもあまり思い出せなくて、彼女をがっかりさせました。あなたも、そうですよね……」

「いいや」

 彼は一呼吸おいてから蠱惑的に笑んだ。

「私が誰であるか、とか、そんなことを君がわからないとしても、なにもがっかりしたりしない。重要なのは、今、アリスが元気でいるかどうか――――それだけだよ」

(ひぃいいいっ)

 アリスは思わずソファから立ち上がった。そんな彼女を彼は怪訝そうに見上げる。

「どうした?」

「い、いや、いえ、ひ、人の親切に慣れてないもので」

「……」

 彼の微笑みが凍りついたようなそれに変化した。

 アリスが親切に慣れてないなんてありえない。彼女はケンジット公にこよなく愛され、精霊の祝福を受けていて、これまでもルートヴィッヒやその他の婚約者候補に親切にされてきたはずだ。

 ――――前世の妹が、両親に溺愛されていたように。

「……申し訳ありません……お見舞いにわざわざ来てくださった方に、言うべき言葉ではなかったです」

「いや、君が慣れていないと言うのなら、それが真実なのだろう。私の君に対する気遣いが足りなくてすまなかった」

「いえ、いいえ……けしてそんなことはないです」

「大丈夫だよ、アリス。今はほんの少しだけ混乱しているだけだ。だから僕に対する配慮はいらないよ。自分のことを第一に考えるんだ。いいね」

「は、はい」

 ルートヴィッヒは彼女の右手をそっと握る。彼がはめている人差し指の指輪が光ったような気がした。

(指輪の赤い宝石が……鈍く光った?)

「顔色が悪い。もう休んだほうがいいね。また来るよ、アリス」

 彼はそっとアリスの手の甲に口づけた。

(うううううわぁ)

 ルートヴィッヒは完璧なまでにアリスを公爵令嬢として扱った。それがアリスにはむず痒かった。

(せめて、前世と同じ性別に転生してくれればよかったのに)

 そして前世の記憶を持っていたところで、何の得があるというのだ。と、アリスは扉の向こうに消えていくルートヴィッヒの背中を見送りながら、ため息をついた。

 


 その翌日。まるで自分の順番を待っていたかのようにアルバート・ランセル(婚約者候補)がお見舞いにやってくる。

 明るい栗色の前髪の下で、茶色の瞳がキラキラと輝いている。

 第一印象、好奇心が旺盛そうな人だなと感じた。

(と、いうことは……明日はモルベルト様がくるんだな)

 揃って来ないということは、三人はあまり仲が良くないのだろうか。

「アリスが弱っていると思って、ポーションを作ってきたよ」

 そう言うとアルバートはピンク色の液体が入っている小瓶を渡してきた。

「……ポーションはお医者様から頂いていますよ」

「あれは体力回復用だろう? これは魔力を回復させるものだよ」

「……魔力?」

「なんといっても君は精霊の祝福を受けている、エディランス王国の宝なのだからね。魔力が足りなくて度々倒れられると、国王陛下が心配なさる」

「わ、私がこの国の宝――――?」

「本当に、なーんにも覚えてないんだねぇ」

 紅茶と共に出された焼き菓子を頬張りながら、アルバートは首を傾げている。

「守護者に願い事をするのと引き換えに、君がもっている魔力を守護者がいただいっているってのも忘れている?」

 大きくうなずくと、アルバートは「気をつけろよ」と短く言った。

「極端に魔力が減ると、死ぬこともあるからな」

「……わかりました」

 自分自身が死ぬことに恐怖心はないが、アリスは守らなければならないと思えた。みんなから愛されている女の子が自分の中にいる――――変な気分だった。

「アリス」

「はい?」

 顔を上げると、アルバートの指先が額に押し当てられた。

「そんな不安そうな顔すんなって。まぁ、俺は魔力関係の研究している方が面白いけどさ、君のことも気にしているから。研究材料としては実にいい」

 そう言ってから、コホンと小さく咳払いをした。

「まぁ、その、ついでに、守ってやるからよ。心配すんな」

「……は、はい」

 ――――守ってやる。

 ――――重要なのは、今、アリスが元気でいるかどうか。

 胸がギュウっと苦しくなる。これまで誰からも向けられなかった感情が、自分を通してアリスに向けられている。

 苦しいと思う理由はわからなかったが、目頭が熱くなって思わず涙をこぼすところだった。


その翌日、アリスの予想通り三人の婚約者候補のうちの一人、モルベルト・セイラスがやってきた。

年齢が少し離れているせいか、モルベルトの態度はそっけないもののように感じる。むしろ不機嫌そうに見えた。

(……なんだろ、なんだか少し……)

 モルベルトに対しては畏怖の念を覚えた。あまり長く同じ空間に居たくないと感じるほどだった。“アリス”もそう感じていたのか、自分の一方的な感覚なのかは知りようがない。

 モルベルトは言葉少なに、紅茶を一杯飲み干すと早々に帰っていった。

 アリスは彼が帰ってほっとすると同時に、自分が正当な扱いを受けたような気がして、妙な安堵感がわいていた。


 その夜。リリーがアリスのプラチナブロンドの髪をブラシでとかしながら聞いてきた。

「改めて、三人の婚約者候補の皆様に会われて、どう感じられましたか?」

「……うーん……そうね……」

 少しの沈黙のあと、アリスは彼女に質問を仕返す。

「以前の私は、どうだった?」

「そうですねぇ……慕われていらっしゃいましたよ」

「そう」

「と、言っても、お兄様のように――――という感じではありましたが。ただ、モルベルト様には本当のご兄妹がいらっしゃるので、遠慮が見えましたね」

「妹がいらっしゃるの?」

「ええ、ヘレナ様と仰って、アリス様と同じ年ですので今年社交界デビューですわ。ただ、ヘレナ様は王太子の婚約者ですが」

「そうなのね」

「……」

 リリーは突然黙る。

 話が終わったから黙ったのか、なにか言いたいけれど言えないことがあるから黙ったのかアリスにはわからなかった。

「どうかした?」

「……その、モルベルト様は……ヘレナ様よりアリス様のほうが家柄もよく、王太子妃にふさわしいと、度々仰っているようでして」

「私が王太子妃? それはお父様に言っているの?」

「国王陛下にも、王太子殿下にも……です」

「そうなの。それは、モルベルト様が私をあまりお好きではないってことね」

 リリーは押し黙ったが、アリスはそういう相手がいるほうが居心地の悪さが少しは薄れるように感じていた。

(愛されないほうが安心するだなんて、どうかしているな)

 無償の愛を知らずに育った。まさか転生した後も、こんな風に苦しめられるとは思わなかった。



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