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前編

魔女旅シリーズ六作目です。


 魔女は1人で旅をします。


 寂しい時もあるけれど、素敵な笑顔ももらえるから。


 魔女は今日も、笑顔で旅をします。


 それでも、時にはツラいこともあるのです。


 そんな出会いもまた、魔女を成長させてくれることでしょう。











 腰まで伸びた真っ白なサラサラした長い髪をたなびかせ、今日も魔女エレナは箒に乗って空を飛んでいます。

 真っ黒なローブと緑色のとんがり帽子が爽やかな青空を駆ける、涼やかな風に優しく揺れています。


「そろそろ森の切れ目みたいね」


 一面の広い広い森を飛び続けていたエレナは景色の先に森の終わりを見つけます。


「あら?

あの壁は、街ね」


 エレナの夕日色の瞳がずいぶん向こうに人工的な、大きな石壁を見つけました。


 狂暴な獣が少ないこの世界において、巨大な石壁で囲われた街は少ないのです。


 王が住まう一際大きな大きな石壁で囲まれたところを人々は都と呼びます。

 都と呼ばれるのはその一ヵ所だけです。

 それ以外に石壁でぐるりと囲まれたところは街と呼ばれます。

 そして、石壁ではなく木材や藁を簡易的に組んだだけの柵で囲まれたところは町、もしくは村と呼ばれているのです。


「そろそろ日用品も減ってきたし、あそこで補充しましょ」


 エレナは手鏡の中に魔法で収納している物資の量を思い出し、その街に立ち寄ることに決めました。

 魔法で手鏡に収納できるとはいえ、その容量には限界があります。

 もちろん森や山で物資を調達できる時はそうしますが、それでもやはり日用品は減っていくので、たまに補給する必要があるのです。


「……あの街は、まだ魔法を買ってくれればいいのだけど」


 魔女の収入源は魔法です。

 魔法に対する返礼があれば魔女は生きていけますが、やはり消耗品なんかは人から買わなければなりません。

 あまり通貨を持たない魔女は日用品が必要な時、魔法への返礼の代わりにそれらを少しばかりいただくのです。

 人々もそれは承知しているので、魔女の魔法と交換で品々を渡してくれます。


 でも、それは今までのお話。


 都から端を発した魔女の排斥。

 それはまずは大きな街々に伝えられ、魔女を捕まえれば大金が手に入ると知ると、人々は魔女を捕らえ始めました。

 そして、それは都を中心にどんどん広がっているのです。


 そうなると、魔法と日用品を交換するどころか、魔女であることを明かすことすら難しいでしょう。


「……でも、都からはもうずいぶん離れたし、あそこはきっと、まだ大丈夫よね」


 エレナは都から程近い田舎の村でも、まだ魔女狩りに関する情報が届いたばかりだったことを思い出し、広い広い森を抜けた先のこの街ならばまだ平気だろうと思いました。


「……それに、魔女と人は支え合うもの。

私が人を信じてあげなきゃ、きっと人も魔女を信じてくれない」


 エレナは人が好きでした。

 人の笑顔が好きでした。


 エレナが街に向かうことを決めたのは、エレナがどこかで人を信じていたいと思っているからなのかもしれません。


「よし。

行こう!」


 そして、エレナはまだずいぶん先にある石壁に箒を向けて、空を駆けることにしました。











「……ん?」


 石壁に囲まれた街を目指して空を飛んでいたエレナは眼下に広がる森の少し先で、何かが光ったような気がしました。


 その光は次の瞬間、すごいスピードでエレナの方に飛んできました。


「きゃあっ!」


 ゴウッ!という音とともにエレナの眼前に迫る光。


 エレナは慌てて箒を操作しましたが、光は速く、間に合いそうもありません。


ーー当たる!!ーー


 エレナはそう思って目をつぶりましたが、光はエレナに当たることはなく、エレナの横をスウッと通り過ぎていってしまいました。


「……今のは、魔法?

光の矢、かしら」


 火矢でもないし、そもそもこんな高さまで届く弓矢なんて存在していません。

 エレナはそれが魔法によるものだと理解しました。


「……でも、人に向けて魔法は撃てないはず」


 エレナは首を傾げます。

 魔女の魔法は人を害することは出来ません。

 そして、それは魔女に対しても同じです。

 魔法は人を傷付けることを嫌うのです。


「……え?」


 エレナが不思議に思っていると、再び森の中で光が瞬きます。


「きゃー!」


 そして、今度はいくつもの光の矢がそこから放たれ、エレナの横を飛び交います。


「こんなの、飛んでいられないわ」


 エレナは仕方なく森に降り立つことにしました。

 光の矢を撃ってきた魔女がいる森に降りるのは気が引けましたが、このままではいつ光の矢が当たるか分かりません。

 エレナは十分に注意するよう自分に言い聞かせ、森の中に降りていきました。








「……ふう」


 エレナが森に降り立つと光の矢はとっくに収まっており、静かな森にはさらさらと風に流れる葉の音だけが流れていました。


 エレナは箒を手鏡の中に仕舞うと、森の中をさくさくと歩きだしました。

 とりあえずは街に向かおうと、光の矢が飛んできた辺りを避けて、少しカーブする形で歩くことにしました。


「森は、静かで良いところね」


 この辺りは妖精女王のテリトリーではないようで木霊のような精霊はいませんでしたが、代わりにリスなんかの小動物たちが枝葉を行き交う、静かで平和な森でした。



 エレナがそのまま森を進んでいくと、遠くからガサガサと繁みが揺れる音が聞こえてきました。


「……さっきの魔女かしら」


 エレナは警戒しましたが、自分を攻撃してきた真意を知りたい思いもあって、相手が来るのを待つことにしました。

 基本的に魔女同士は仲間なので、普通は争ったりはしません。

 自分に光の矢を撃ってきたのにも、きっと何か理由があったはず。

 エレナはそう考えたのです。


「……あっ!

いた!」


「あっ」


 そして、繁みから姿を現したのは真っ赤な短い髪が印象的なそばかすの少女でした。

 エレナは彼女が光の矢を撃ってきた魔女だと理解しました。

 魔女は魔力を視れるので、姿を見れば彼女が魔女だと知ることができるのです。


 たとえ目の前の少女が魔女らしからぬ姿であっても……。


 見た目の年齢はエレナと同じぐらいでしょうか。

 翡翠色の瞳が美しい、快活そうな少女。

 魔女の証でもあるとんがり帽子は被っておらず、動きやすいパンツルックで、短く切り揃えられた赤毛が陽の光に照らされています。


 魔女は髪に魔力が宿ると思っているため、基本的には長髪の者が多いのです。

 エレナも幼い頃から髪を伸ばしていました。


 なので、髪を短く揃えている彼女は魔女としては珍しい存在でした。


「あなた、魔女よね?

どうして私を攻撃したの?

それに、人を害する魔法は使えないはず……」


 エレナは自分を攻撃した赤毛の少女に不安な思いを抱きながら質問を重ねましたが、内心、自分以外の魔女の存在に喜んでもいました。


 それは、自分が探していた存在だから。

 もしかしたら、魔女はもうこの世界で自分だけなのではないか。

 そんな不安を抱えていたから。


 だから、自分以外の魔女が存在していることを知って、エレナは嬉しい気持ちを感じていたのです。



 ですが、そんなエレナの気持ちとは裏腹に、赤毛の少女は怖い顔をして睨み付けるようにエレナを見据えながら、ずんずんとエレナに近付いてきました。


「きゃっ!」


 そして、赤毛の少女に胸ぐらを掴まれ、エレナは驚いて声をあげてしまいました。


「あんた!

そんな格好で飛んだまま街に行こうとしたでしょ!

バカじゃないの!

死にたいの!」


「え?え?

え、と……あの」


 少女のすごい剣幕にエレナは圧倒されてしまって、何も言えませんでした。


「……はぁ」


 少女はそんなエレナの様子に溜め息をつくと、エレナのことを離しました。


「あ、あの……」


 エレナがけほけほと咳をしながら様子を伺っていると、少女は諦めたように再び溜め息をつき、エレナの手を掴んで少女が来た方へと歩きだしました。


「あ、え?

ちょ、ちょっと?」


 エレナは突然少女に引っ張られて目をぱちくりさせていました。


「いいからついてきて。

ちゃんと説明してあげるから。

さっきの矢には認識阻害の魔法をかけてあるから街にはバレてないわ。

近くに私の小屋があるから、そこで話しましょ」


「あ、は、はい」


 少女はそれだけ言うと、エレナの手を引いたまま進んでいきました。

 エレナはそれに引きずられるように、少女についていきました。


 光の矢に対する認識阻害魔法。

 魔法に対してさらに魔法を重ねがけするのはかなり高度な魔法です。

 エレナはこの少女は思っているよりも長生きの魔女なのかもしれないと思いながら、少女に導かれるままに足を進めました。








「ここよ、入って」


 赤毛の魔女に連れられて着いたのは木で作られた簡素な小屋でした。

 2×4メートルほどの小さな掘っ立て小屋。


「……。

どうぞ」


 赤毛の魔女が何事かを呟いてからドアを開けます。


「……わあっ!」


 そこには外からは見当もつかないほど広い部屋が広がっていました。

 床には絨毯が敷かれていて、ソファーやテーブルが置かれ、奥の方にはキッチンも見えます。


「……あなた、空間拡張系の魔法は初めて見るの?」


「あ、はい。

こんなすごい魔法、私には使えない」


 エレナが感心してキョロキョロとしていると、赤毛の魔女はエレナをじっと見つめます。


「……あなた、まだ若い魔女なのね。

もしかして見た目通りの年齢かしら?」


「え?

あ、はい、たぶん。

今年で16になるわ」


 赤毛の魔女に問われ、エレナはきょとんとした顔で答えます。


「そう。

ならいろいろ未熟でモノを知らないのも納得だわ。

あなた、親は?

師って言った方がいいかしら?」


 魔女は自分の魔力を凝縮してお腹に宿し、普通の赤子のように新たな魔女を産みます。

 処女懐胎というものです。

 この方法で産んだ子供は全て女性であり、全て魔女になります。

 男性との間に子供をもうけることも可能ですが、その場合は必ず男性が産まれ、その子は魔女にはなりません。

 そして、基本的に魔女を産んだ親であるところの魔女がその子の魔法の師となるのです。


「あ、私、母を幼い頃に亡くしていて、母と親交のあった2人の魔女が魔法を教えてくれたの。

でも、その2人も都で……」


「……そう。

あなた、都にいたのね……」



「やあ。

いらっしゃい。

お若い魔女さん」


「えっ!?」


 2人の間に何となく気まずい空気が流れた所に、キッチンの方から男性の声が聞こえてきました。

 エレナが驚いて声の方を向くと、背の高いにこやかな男性が3人分のティーセットをトレイに載せて運んできていました。


「はじめまして。

僕はルーファス。

彼女はティア。

よろしくね」


「あ、えと、魔女のエレナと申します。

よろしくお願いします」


 ルーファスと名乗った男性がトレイをテーブルに置いて挨拶すると、エレナもそれに応えてぺこりと頭を下げます。


「ふふ、丁寧にどうも。

でもね、魔女と名乗るのは控えた方がいい。

今の世の中では誰が敵なのか分からないからね」


「……あ……はい」


 ルーファスににこやかに注意されたエレナは悲しそうに頷きました。

 それは人が好きで、人を信じたいと思っているエレナには少しツラい言葉でした。


「はいはい。

自己紹介も終わったことだし座りましょ。

ルーファスのお茶は最高なのよ!」


 ティアだという赤毛の魔女はさっさと席に座って紅茶に手をつけ始めました。


「ははっ。

自分の名前すら名乗ってなかったんだろ?

ティアはせっかちなんだから」


「んもう。

べつにいいでしょ」


 ティアは文句を言いながらも満更でもなさそうな顔をしていました。


「……あの、2人は、その、夫婦なの?」


 そんな2人のやり取りを見ていたエレナがそう思うのも無理はないでしょう。


「べ、べつにそんなんじゃ……」


「うん、そうだよ」


「ちょ、ちょっと!」


「僕はそのつもりだ。

いいだろ?」


「…… (い、いいけど)


 魔女と人を正式な夫婦として認めない街もあるとエレナは聞いたことがありました。

 もしかしたらあの街はそうなのかもしれません。

 エレナはそれが少し悲しかったですが、なんだか幸せそうな2人を見ていたらそんなことはどうでもいいのかもしれないと思えました。





「で、さっきの話についてだけど」


 エレナが香り高い紅茶の2杯目をいただいていると、ティアが改まって話を始めました。


「あの街はもう都からの使者によって魔女排斥に賛同しているわ。

だから魔女だということがバレれば捕まる。

あの街には私以外にも魔女が何人かいたけど、街を出ていったり捕まったりで、今はもう私しか魔女はいないわ」


「……そう、だったのね」


 都から遠く離れた街にもすでに情報が出回っているなんて。

 エレナはその早さに驚くとともに、どこまで行っても最早安心できる場所はないのではないかという不安な気持ちを感じました。


「……でも、それならなんでティアはまだあの街にいるの?」


 魔女の証でもあるとんがり帽子を被らず、トレードマークでもあり魔力が宿ると考えられている長い髪を切って魔女であることを隠してまで……。


「……それは、ルーファスが生まれた街だから」


「……ティア」


 ティアはルーファスの生まれ故郷であり、ルーファスの亡き両親から引き継いだ家を大切に想っていました。

 ルーファスは危険だから街を離れようと言いましたが、ティアは魔女である自分のことを快く迎え入れてくれたルーファスの両親から継いだ家を守りたいと言って街に残ることを決めたのです。

 自らが魔女であることを隠してでも。


「……そう、だったの」


 形は違えど、人を信じたいという自分と同じような思いを持っている魔女だと分かり、エレナは嬉しくなりました。

 やはり魔女は人とともに在る存在。

 エレナはその認識を改めて強めることになりました。


「とにかく、今あの街で魔女であること気付かれるのは良くないわ。

日用品の買い出しか何かでしょう?

私が都合をつけてあげるから、まずは一緒に街まで跳ぶわよ」


「え?

ありがとう!

……でも、跳ぶって?」


 エレナはティアの気遣いに喜びましたが、ティアの最後の言葉を理解できませんでした。


「ああ、そうね。

あなたはまだ若いんだったわね。

大丈夫。

すぐだから」


「え?」


 ティアはそう言うと、懐から小さな木の杖を取り出しました。



【燃えよ焔

唱え湖

栄華の檻の

荊の鳥に抱かれて


(しるべ)から標へ

迷いし鳥を運びたまえ】



 そして、ティアが呪文を紡ぐと足元に魔方陣が現れ、そこから立ち上る光が3人を包みました。


「きゃあっ!」


「眩しいでしょう?

目をつぶってなさい」


 ティアにそう言われ、エレナは突然の発光に目をぎゅっとつぶりました。










「……着いたわよ」


「……え?」


 ティアに言われて目を開くと、そこは知らない部屋の一室でした。

 さっきまでいた部屋よりも小さく、1人用のベッドと机が置いてあるだけの簡素な部屋でした。

 ドアの反対側に在る窓を覗くと、外は森ではなく、人が行き交う建物たちが並んでいました。


「……これ、空間を跳んだの?」


「そーよー。

魔力をすごい使うから多用はできないけどね」


「……すごい」


「ふふ、でしょー」


 驚くエレナに、ティアは満足げでした。

 さまざまな事象に干渉する魔法ですが、そこには明確なイメージが必要です。

 とりわけ、イメージがしにくい空間を跳ぶという魔法はとても高度な魔法だったのです。


「まあ、私の場合は予めマーキングした魔方陣を取っ掛かりに跳んでるからまだまだだけどね。

東の始まりの魔女なんかは何にもなしに世界の反対側まで跳べたなんて話もあるから」


「東の始まりの魔女?」


 ティアが何気なく口にした単語でしたが、エレナはそれがなぜか気になりました。


「あ、それもまだ知らなかったのね。

まあ、それはまたあとで教えてあげるわ。

とりあえず買い物に行きましょ」


「え、あ、はい」


 エレナは気になりましたが、ティアが買い物に連れていってくれるというので、そちらを優先することにしました。


「ティア。

その格好で連れていくわけにはいかないだろう。

僕は夕飯の準備をしてくるから着替えさせてあげなよ」


「あ、そーだったわね」


 エレナの魔女の格好を見て、ティアがニヤリと笑いました。


「ふっふっふっ。

あなた、素材がいいから腕が鳴るわね」


「え?え?え?

きゃーーー!!!」


「……やれやれ」


 閉じたドアの向こうからエレナの叫び声が聞こえて、ルーファスは溜め息をつきながらキッチンへと向かっていきました。






「……ね、ねえ、ティア。

これ、変じゃないかしら?」


 エレナは膝上の赤い短いスカートを頑張って抑えながら、顔を赤くして俯き加減で歩いています。


「なーに言ってんのよ!

とっても似合ってるわよ!」


 ティアは自分の作品に満足がいったようで、嬉しそうにしていました。


「で、でも、なんか皆こっち見てるし……」


 エレナは白い襟つきシャツのボタンをいじいじと落ち着きなく触っています。

 襟の部分はフリルになっていて、半袖の先はレース編みになっていました。

 ストレートだった長い白い髪は2つに結んで、先っぽをまた結び目に入れてあって、輪っかのような形になっていました。


「それはあなたが可愛いからよ。

やっぱり素材がいいのはシンプルが一番よね」


「そ、そんな……」


 ティアに言われて、周りからの視線にエレナはますます真っ赤になってしまいました。


「でもしまったわね。

目立たずに買い物だけして去ろうと思ったのに、エレナが可愛いせいで思いっきり目立っちゃったわ」


 ティアはわざとらしく険しい顔をしてみせました。


「もう!

ティアのせいでしょ!」


「あはははは!」


「笑い事じゃないわよー!」


 真っ赤なエレナに大笑いするティア。

 2人は思いっきり目立ちながら、街を闊歩していったのでした。








「……ふぅ。

やっぱりこの格好が落ち着くわね」


 その後、無事に買い物を終え、ティアたちの家でルーファスの手料理を堪能したエレナは先ほど転移してきた部屋に泊まらせてもらうことになりました。

 お風呂をいただいたあと、いつもの格好に戻り、エレナはようやく一心地つきました。


 そんな折り、部屋のドアがノックされました。


「エレナー。

入っていー?」


「あ、はーい」


 エレナが返事を返すと、ティアがドアを開けて部屋に入ってきました。


「ティア。

今日は本当にありがとう。

買い物だけじゃなく、ご飯やお風呂。

部屋まで貸してもらって」


 エレナは改めてティアにぺこりと頭を下げました。


「いーのよ。

魔女同士、困った時は助け合わなきゃ。

ちょっと前までは、魔女と人もそうだったんだけどね……」


「……」


 過去のこととして話されたことに、エレナは寂しい気持ちになりました。


 自分はまだ信じたい。

 きっとまだ、そんな関係でいられるのだと。


 エレナはそんな気持ちを抱きましたが、それをティアに話すことは出来ませんでした。





「……さて、そろそろ寝ましょ」


 その後、しばらくエレナと雑談したティアはあくびをしながら席を立ちました。


「いい、エレナ。

もう寝るから大丈夫だと思うけど、明日にはこの街から出るのよ。

くれぐれも、誰かに魔女だってことがバレないようにね。

というか、人と接触したりしないようにね」


「う、うん」


 慎重に慎重を重ねたように忠告してくるティアの言葉を、エレナは重く受け止めました。


「じゃあ、また明日ね。

おやすみ」


「うん。

おやすみなさい」


 ティアは小さく手を振ると、静かに部屋を出ていきました。


「……なんだか、お姉さんみたい」


 エレナには姉妹はいませんが、姉がいたらきっとこんな感じなんだろうなと嬉しい気持ちになりました。


「ふふ……ん?」


 エレナが小さく微笑んでいると、窓の外を歩く人が目に入りました。


 それは杖をついた老婆でした。

 ヨロヨロと足元がおぼつかず、今にも転んでしまいそうでした。


「……あっ!」


 そして、やはり老婆は足を引っ掛けて転んでしまいました。

 そこは路地裏だったので、近くに助け起こしてくれる人はいないようでした。


「……ど、どうしよう」


 エレナはいつもならすぐに老婆の元に駆け寄りますが、ティアに口が酸っぱくなるほど言われていたので迷いました。


「……」


 その間も老婆は立ち上がれずに、座ったまま足を気遣っていました。

 もしかしたら骨を傷付けたのかもしれません。


「……でも、やっぱり!」


 エレナはやはり老婆を放ってはおけないと、窓から飛び出してしまいました。

 そして、ふわっと老婆の元に舞い降りると、懐から手鏡を取り出します。


「あ、あの?」


 戸惑う老婆に、エレナは優しく微笑みました。



【ひなげしの葉

鏡花の蔓

深緑の針子

糸張りの夢


傷付きし者に癒しの手を

あるべきものをあるべき姿に】



 エレナが呪文を紡ぐと、老婆の傷がみるみるうちに治っていきました。


「こ、これは、魔法?」


 老婆は自分のケガが治っていくことに驚きました。


「……ふう。

もう大丈夫ですよ」


「あ、あんた、魔女さんかい?」


「え?

あ!」


 にっこりと微笑んでいたエレナは驚く老婆に、ハッと我に返ります。


「あ、えと、あの……」


 エレナが戸惑っていると、老婆はふっと優しく笑い返します。


「大丈夫だよ。

べつにあんたを憲兵に突き出したりしないから安心しな。

ついこの前までこの街にも魔女はたくさんいてね。

あたしもよくお世話になってたんだ。

だから、ありがとね」


「あ……そう、なんですか」


 エレナは老婆の言葉にほっと息を漏らします。


「でも、あたしみたいなヤツばっかでもないのも本当だよ。

なにせ、魔女を見つけたらすんごい数の金貨がもらえるらしいからね。

血眼になって探してる輩もいるんだ」


「そ、そうですか……」


 エレナは背筋がぞっとする感覚がしました。


「だから、あんまりここには長居しない方がいいよ。

明日の朝には出た方がいい」


「……わかりました」


 老婆の真剣な目に、エレナも神妙に頷きました。


 その後、老婆は1人で帰れると言うので、エレナは再び部屋に戻りました。


「……」


 そして、ベッドの中に入り、複雑な思いがエレナの頭を巡っていましたが、疲れた体はそんな頭をゆっくりと眠りへと向かわせていきました。









 エレナが眠りについた頃、老婆が家に帰ると、息子夫婦が孫の眠るベッドにすがるように涙を流していました。


「ど、どうしたんだい!?」


 老婆が驚いて駆け寄ると、孫は真っ赤な顔で苦しそうに呻いていました。


「こ、これはっ!?」


 老婆が苦しむ孫の顔に驚いていると、息子がゆっくりと口を開きました。


「……とても珍しい(やまい)らしい。

治すには都から高価な薬を取り寄せないといけない。

でも、俺たちの稼ぎじゃ1年働いても到底手が届かない金額なんだ!」


「う、うぅ……」


 孫の母親は泣き崩れて声も枯れてしまっていました。


「そ、そんな……」


 自分が出せるものなら出してやりたい。


 でも、夫も亡くなってろくに蓄えもない老婆にはそんな大金、とても用意できるものではなかったのです。


「ああ!

いったいどうすれば!」


「……あたしに」


「え?」


「……あたしに、当てがあるんだ……」



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