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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
本章
17/19

1.ほんとうのはじまり

遅くなりました……!

魔法の庭園で怪しい笑い声が響く。イーサンが探索魔法を展開し庭園内を探るが、怪しいものは見つからなかった。エドワードは自分の周囲に探索魔法を展開しながら、ミラと共に4人の元に来た。分断される可能性がある今、イーサンと離れるのは避けたかったからだ。ここはノア・エヴァンスの魔法の庭園。誰も解明できない魔法を生み出した希代の魔法使いの手中だ。何が起こるか皆目見当もつかない。6人は息を殺して、笑い声の主が現れるのを待った。


そんな6人の前に、見覚えのある姿が現れた。毎日ミラ達が見ている、あの無邪気な微笑みがそこにはあった。


「ウンディーネ……?」


「やっと!やっと!やってきた!あまりに遅いから待ちくたびれたよ。」


羽をはためかせて軽やかに宙を舞う、その姿は寮の前にある水の精霊ウンディーネを模ったと思われる像とうりふたつだったのだ。


「精霊って空想上の生き物ではないのか……。」


アルフィーの言葉にウンディーネは頬を膨らませた。


「なんだい、今の魔法使いは。僕たちの手助けがなければ魔法を使うこともできやしないのに、酷い言い草だ。まったく、ノアが言うから隠れてやっているのに、肝心の魔法使いは信仰心が薄れているじゃないか。」


まぁ、見えなかったから仕方ないのか?と言いながらウンディーネは6人の周りを飛び回る。6人は初めて見る生き物の姿に驚きを隠せなかった。そして未知の生き物を前に、警戒を強めた。ウンディーネはそんな人間達を見て、これはこれで楽しいからいいかと笑った。


「ん?お前……なんだか懐かしい香りがするな。私達が好きな香りだ。」


ウンディーネは突然ミラの前で立ち止まり、鼻を鳴らしてミラの匂いを嗅ぎ始めた。ミラも何の匂いだろうと、自分の腕を鼻に近づけて匂いを嗅いだ。しかし、特に特別な香りはしない。


「違う、違う。お前の存在、つまり魂の香りが好きなのだ。」


そしてウンディーネはミラとエドワードの耳で揺れる耳飾りを見つけ、2人を指さし嬉しそうな声を出した。


「ふぅん……?君達が僕を、この庭園を起こしたのか。という事は、君達とその仲間がノアの鍵を解くって訳ね。」


指を指された2人は何のことだか分からずに、訝しげにウンディーネを見た。イーサンはそんな2人の様子を見た後、5人を守るように立ち、ウンディーネに話しかけた。


「初めまして、ウンディーネ……でいいのかな?私はイーサン・モラレス。ごめんね、私達は何も知らない。君の言うノアの鍵が何のことだかさっぱり分からないんだ。」


「あはは!イーサン、君いいね。君の言うことを聞きたがる子がいっぱいいるよ。今も君が僕のことを警戒するから、皆が君を守ろうとしている。ノアみたいだ。」


ウンディーネは腹を抱えて愉快だと笑った。そんなウンディーネを見てイーサンは、精霊というものはこんなに気ままなのかとため息を吐いた。


「そんな顔をするなよ。……そう、僕の名前はウンディーネ。水を司る精霊だ。ノアの鍵について、ノア本人から言伝を預かっている。まずは、そこの耳飾りを持つ2人!耳飾りを3回振ってくれないか?」


ミラは何が起こるのか分からず、全員の顔を回し見た。アメリアはミラの強張った顔を見て、そっとミラの手を握った。全員が緊張した表情で頷いたため、ミラはもう1度エドワードを見て、意を決したように耳飾りを振った。エドワードもミラの動きと同じように手を動かした。




シャラ、シャラ、シャラ


魔法の庭園が地響きを鳴らして動き出す。流れていた川の幅が変わり、大きく広がる。川の中心に穴が開き、底の見えない暗闇が姿を現した。昔のミラなら、こんな不気味な穴を見たら恐怖に負けていただろう。しかし、今のミラには魔法がある。ミラは左胸に煌めく勲章にそっと触れた。勲章が、身を守る術があることを証明してくれる。


「特に、異常はなさそうね。」


「あぁ。おい、ウンディーネ。この穴に飛び込めってことか?」


アメリアとリズが探索魔法で穴を調べたようだ。ウンディーネはご名答と言って穴に向かって飛んでいった。


「さぁ、おいで!早く来ないと閉じちゃうよ!」


ウンディーネは、楽しそうに穴に落ちていった。リズも面白いと言って穴に向かって飛んでいく。アメリアは心配そうにミラを見たが、ミラの瞳に恐怖の色はなくなっている。そんなミラの様子に、もう私の手は必要ないのねと、アメリアは少し寂しそうな顔をしてミラの手を放そうとした。


「行こう!アメリア!」


しかしミラはそんなアメリアの手を強く握り、そう言ってふわりと宙に浮いた。アメリアはミラの眩しい笑顔に、強く手を握ってくれたことに胸が熱くなるのを感じた。


「ええ!どこへでも行くわ!」


アメリアはミラの手を強く握り返し、いつもの勝気な笑顔をして宙に浮いた。そしてミラと2人で穴に向かって飛んでいった。そんな2人の後を、後方確認をしつつ男3人が追うのであった。






辿り着いた場所は、川の底。そこは透明な何かで覆われ、問題なく呼吸ができた。膜の外では魚達が悠々と泳いでいる。全員がそこに足を下すと、穴が塞がり、あちこちで光が灯った。


「こんな場所があったのか……。」


エドワードは愕きを隠せないようだ。周りの音など一切聞こえない、外界から遮断された場所。まるで秘密基地のようだ。人のいた形跡は無いのに埃1つ落ちていない。机と椅子が置いてあるだけで、なんとも殺風景だ。


「ここは何のために作られた場所なんだ?」


アルフィーがそう呟いた。まるで生活感を感じないこの場所は違和感の塊だ。魚の観察をするためなら、もっと快適に過ごせる家具があっても良い。わざわざ耳飾りを鳴らすギミックがなくても良い。ここはまるで、何かから隠れるために作られた場所だ。


「ここは、ノアの研究室だよ。」


「ノア・エヴァンスの研究室!」


ウンディーネの言葉に、リズが楽しそうな声を上げた。


「そう。今は何もないけど、昔はたくさんの研究資料が置かれていたんだよ。」


「その研究資料は気になるね。」


「ええ。国にとって貴重な財産です。彼の魔法は不思議なことが多すぎる。その資料があればこの国の魔法はもっと発展するでしょう。」


「私も気になるわ。」


イーサン、エドワード、アメリアが研究資料に興味を持ったようだ。しかし、ウンディーネは資料はもうないよと言い、その言葉に3人は落胆の色を隠せなかった。ウンディーネはそんな3人に笑いかけた。


「資料はないよ。……でも、ノアの言葉はある。」


6人はウンディーネを驚きの顔で見つめた。ウンディーネはニヤリと笑い、わざとらしく咳払いをして、言葉を続けた。


「未来の魔法使い達よ!ノア・エヴァンスの研究室へようこそ。ここは魔法の耳飾りを持つ者と共にいる者しか入ることを許されない特別な場所だ。そんな幸運を手にした君達に、更なる幸運と使命を与えよう。得られる幸運は、この魔法の庭園の創り方だ。使命はウンディーネを含めて全部で5人の精霊を見つけること。記憶を辿り全ての精霊を見つけた君達が、僕の望む未来を作ってくれることを期待している。」


ウンディーネは話終えると、6人が話し出す前に両手を広げた。


「さぁ!一緒にノアにまつわる記憶を巡る旅をしよう!!」


その瞬間、ウンディーネの瞳の色が淡い水色から濃紺へと変化した。気付いた時にはもう遅く、6人に対処する時間などない。ウンディーネの深い海のような瞳に飲み込まれるように、6人は意識を失い、その場に倒れたのであった。






とある港町で、1人の男が楽しそうに口を鳴らした。その音に反応して、近くにいた女が男に近付くと、男は女に割れた指輪を見せた。女はその指輪を見て、まぁ!と嬉しそうな声を出した。


「ついに、この時がやってきたのね。」


「ああ。ウンディーネが目覚めた。上手く事が運んでいるみたいだな。」


「あの子には辛い思いをさせてしまうわね……。」


「覚悟の上だ。これはあの子の宿命なんだ。俺達が勝手に課した宿命だ。できるのはあの子しかいないから……どんなに恨まれようが、必ず成功させる。」


女は男を優しく抱きしめた。男は静かに女の腕に手を置き、息を吐いた。しばらく2人は黙ってそうしていたが、男は女の腕から出て、宙に文字を書きだした。男から離れた文字は、その場で消え、遠い誰かへとその文字を届ける。文字が全て消えた数秒後に、羽を持った男が部屋に現れた。


「いつも、貴方は急ですね。私にも用ってものがあるのですよ。」


「そう怒りなさるな。今日はくだらない用事じゃないぜ。」


「まさか……。」


「ついに始まるぞ、エバン。俺達の止まった時が動き始めたんだ!」


カーターは片手を力強く握りしめ、男を見つめた。そこにはいつもの柔和な笑みなどなく、どこまでも冷え切った瞳に口元だけ弧を描く、歪んだ表情をしていた。そんなカーターを見て、男はふっと息を吐いた。そして、遠い過去に思いをはせるのであった。

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