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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
序章
16/19

15、賽は投げられた

スピーリトゥス・ベナフィシア魔法学校では半年に1度の休暇前に舞踏会が開かれる。これは実技試験で各学年の10位以内に入った者が、エマ校長から勲章を賜る式典も兼ねている。舞踏会に参加したことのないミラは、もちろん舞踏会がどういうものであるか知らない。いつものお茶会で舞踏会の話が出た時に、ミラは素っ頓狂な声をあげた。


「舞踏会って、魔法で戦う会じゃないんですか!?」


「そっちの武闘じゃないよ。」


ミラの言葉にアルフィーがツッコミを入れた。


「だってこの前の試験が敵と戦う時はどうするって話をしていたから……。実践してみようという会かと思ってました。」


「物騒な会ね。」


「それはそれで楽しそうだけどな。」


アメリアとリズがそう言ってお茶を飲んだ。


「生徒会が主催なんだ。半年頑張った生徒達への労いの気持ちで開催されているよ。あとは、将来否が応でも参加しなくてはいけないから、その練習の場でもあるんだ。」


「モラレス会長忙しそうですよね。お疲れ様です。」


「ありがとう。アルフィーに魔法を教える時間が取れなくてごめんね。ここにも最近顔を出せなくて、困ったよ。この時間は私にとって大切だから。」


「いえ、むしろ今までたくさん時間を頂いてしまっていたので……。次の機会に、僕の成長を見ていただけると嬉しいです。」


「言うようになったね。楽しみにしているよ。」


あれからアルフィーは毎日魔法の特訓を行っている。分からないことは主にイーサンに聞いているようだ。このお茶会の時間に直近の魔法の成果を報告し合い、お互いを鼓舞している。全員が努力を怠らないため、自分の士気も上がる。お茶会に参加したばかりの頃のアルフィーは、この会は魔法を伸ばすのに最高の環境だと思ったという。


「そういえば、舞踏会でのドレスコードは何ですか?私、舞踏会があるの知らなかったのでドレスを持ってきていないのですが……。」


「えっ、ドレスいるの?私、ドレス自体持ってない……。」


ミラにとってドレスは物語の中の人物が着ている、空想の中の衣服だ。アメリアの言葉にミラは戸惑いが隠せなかった。


「それは問題ない。」


「そうそう、それは後でわかるから大丈夫。それよりもミラ、ダンスの方はどう?」


エドワードとリズがそう言うので問題ないのであろう。アメリアとミラはほっと息を吐いた。


「なんでダンスやテーブルマナーの授業があるのか分からなかったんですが、このためだったんですね。なんとか少しは踊れるようになりました。」


「今まで社交をしたことのない生徒もいるからね。すべては今後のためだよ。」


1週間後をお楽しみにとイーサンが言い、今回のお茶会はお開きとなった。




それからというものの、自分の試験の結果よりもエドワードの奇行が気になるミラがいた。エドワードが悩んでいる様子だったのでミラが声をかけると、何かを隠される。様々な色とミラを見比べては、首を傾げる。ミラがエドワードに詰め寄っても、心の内を話してはくれなかった。


「キャベンディッシュさんが最近変なの。」


「奇遇ね。リズもよ。」


お互い魔法の特訓を終えて部屋でのんびりとしている時に、ミラがそう話すとアメリアも同じ悩みを抱えていると言った。


「最近リズが私の匂いを嗅いでくるのよ。……私、臭いのかしら?」


「え!いつもいい香りだよ!甘いお花の匂いで私は好き。」


「ありがとう。少し元気になったわ。」


どうやらリズは、エドワードとはまた別の奇行に走っているようだ。2人で考えていても答えは出なかったので、3年生の授業で変な魔法にかけられたということにして、2人はぐっすりと眠ったのであった。





そして舞踏会の日がやってきた。授業の後に開催されるため、今日の生徒達、特に初めて参加する1年生は朝から浮足立っている。アメリアも楽しみにしているのか、朝の紅茶をとっておきの茶葉で淹れていた。しかし、当日になっても舞踏会のための服が手元にないことを、1年生達は不安に思っていた。そんな不安は、授業が終わったと同時にやってきた正装の3年生達によってかき消された。


「ブラウン。君はこちらだ。」


どうやら3年生達は自分のパートナーに声をかけ、どこかに誘い出しているようだ。普段とは違う装いのエドワードを見て、どんなことが始まるのだろうとミラは期待で胸がいっぱいになった。そして、エドワードに導かれるまま辿り着いた場所は、美しいガラス細工の施された回廊だった。


「良い場所を勝ち取れてよかった。」


今は丁度夕日がおちる時間だとエドワードが言った。淡いオレンジ色の光がガラスを通して、廊下を美しく染めていく。ミラがその光景に見とれていると、エドワードがおもむろに何かを取り出した。それは、はたから見ても上質なものと分かる、光沢のある滑らかな薄い桃色の布だった。エドワードはミラに動かないように声をかけ、その布を宙に軽く投げた。布が広がると同時にエドワードが魔法をかける。布がミラの周囲に巻き付き、淡い光を放ち、繊細な皺を作り出す。気付けば、ミラは胸元にスパンコールが光る淡い桃色のイブニングドレスを見にまとっていた。


「すごい……。」


ミラはおとぎ話のような光景に、信じられないといった風にドレスの裾を掴んだ。その感触は確かに存在していて、ミラは興奮で顔を赤く染めた。


「こんな魔法あるんですね!!すごい!洋服も作れちゃうなんて!とっても可愛い!」


ミラは喜びでその場でくるくると回った。回転するとドレスの裾が軽やかに広がり、美しい表情をみせてくれる。なんて細部まで丁寧に作られたドレスなんだろう。こんな服は着たことがないとミラは興奮した。


「制服は魔法で部屋に飛ばしてある。あとこれが必要だな。」


エドワードはどこからか靴と手袋、鞄、アクセサリーを取り出した。どれもこのドレスに合う作りだ。

ミラがすべて身にまとったことを確認すると、満足そうにエドワードが頷いた。


「やはり、ブラウンにはこれが似合うな。アクセサリーはその耳飾りと合うように選んだんだ。」


エドワード曰く、3年生が自分のパートナーに舞踏会用の正装一式を内緒で贈るのが例年の行事となっているのだそうだ。そのため、3年生には1日だけ町に降りることが許されている。最近エドワードが悩んでいたのは、ミラの装いのことだったのだ。


「あと、これを受け取ってくれないか?」


エドワードはとても大切そうに小さな箱を取り出した。


「これ……。」


その中身を見た時にミラは絶句した。それは、ミラが付けている耳飾りと全く同じ装飾だったのだ。


「君のその耳飾りを見た時に、とても驚いた。私も同じものを持っていたからだ。これは父が名前も覚えていない司祭からもらったものだそうだ。片耳しかないそれを、父はお守りとして持っていた。魔法学校に入学する時に、私は父からこれを譲り受けた。学校で私を守ってくれるように祈ったそうだ。……しかし、君の耳飾りを見て思った。これは君が持つに相応しいと。片耳だけでは寂しいだろう。私が持って引き出しの中にしまっているより、君の耳で揺れていた方がきっとこの耳飾りも幸せだ。」


ミラは自分の耳飾りに触れた。これは両親の形見だ。なぜその司祭が耳飾りの片割れを持っていたのかは分からない。しかし、もしかしたら生前の両親が、その司祭に渡したのかもしれない。それなら、今これを持つのは私ではないとミラは思った。


「受け取れません。」


ミラはエドワードに耳飾りを返した。


「なぜだ。」


「これは私の両親の形見だとおばあちゃんに言われました。でも、その片割れが今キャベンディッシュさんの手元にあるのなら、お父さんがキャベンディッシュさんを想って祈りを込められたのなら、これはキャベンディッシュさんが持つべきです。」


「……。」


「もしかしたら、この耳飾りがキャベンディッシュさんと私を引き合わせてくれたのかもしれません!それなら耳飾りに感謝しなくちゃ。私は貴方と出会えて本当に良かったと思っているんです。」


エドワードはミラの言葉に胸がじんわりと温かくなったのを感じた。そして、エドワードは耳飾りを箱から取り出し、自分の耳に付けた。


「なら、この耳飾りは私の耳で揺れてもらうとしよう。」


「お揃いですね!」


ミラはお揃いの耳飾りを見て笑った。そんなミラを見てエドワードはまた満足そうな顔をした。


「では、行こうか。」


こうしてエドワードはミラの手を引いて、舞踏会会場へと歩き出すのであった。





会場に向かう途中でリズとアメリアに会った。アメリアは真っ赤なイブニングドレスをまとっていて、勝気なアメリアを表すようだった。


「アメリア最高!とっても綺麗!」


「ありがとう。ミラは可愛いわ。キャベンディッシュさん、良いセンスしてるじゃない。」


「えへへ、ありがとう。あれ、アメリアなんかいつもと違う匂いする……?いい匂い。」


「リズが紅茶で香水を作ってくれたのよ。いつも使っている香りと合うように調合してくれたみたい。」


だから私の匂いを嗅いでいたのね、とアメリアは笑った。


「ミラ可愛いじゃん。でもエドワード、詰めが甘いな。」


ミラを見たリズは、そう言って魔法をかけた。下ろしたままだった髪が、綺麗に結われていく。リズの魔法でミラは華やかさを増した。


「髪を忘れていたな……。リズ、感謝する。」


「リズさん、ありがとうございます!」


「良いってことよ!……ん?エドワード、ミラと耳飾りお揃いじゃん。いいな、それ。」


リズはにっこりと笑って耳飾りを指差した。エドワードは耳飾りに触れて、良いだろうと返した。


そして4人で歩いていると、華やかな光と花で溢れた舞踏会会場に辿り着いた。入り口の前でイーサンやエブリンといった生徒会の面々が、生徒達を出迎えている。すると、4人に気付いたイーサンが4人の元に歩いてきた。


「いい夜だね。皆素敵な装いだ。今夜は私達生徒会主催の舞踏会へようこそ。」


「会長、お招きありがとうございます。」


「いいえ。心から楽しんでいってくれると嬉しいな。」


イーサンはそう言って会場の扉を開けた。まずミラの目に入ったのは、磨き抜かれた光をこれでもかと反射する床だ。ミラはあまりの眩しさに目を細めた。エドワードのエスコートで会場に足を踏み入れると、色とりどりのドレスをまとい美しく着飾った、もしくはスマートな燕尾服を身にまとった生徒達が楽しそうに、思い思いの時間を過ごしていた。会場の奥まで進んだ4人も、時間になるまで料理や会話を楽しんだのであった。




生徒全員が入場したのか、扉が閉まり、生徒会の人達が会場の真ん中に移動した。イーサンが全員に挨拶をした後で、夜空を写したような美麗なドレスを身にまとったエマ校長が姿を現した。


「生徒諸君、この半年はどうだったかな?……堅苦しい挨拶は抜きにして、早速本題に入ろうじゃないか。今回の成績優秀者達に敬意を表し、この華やかな場を借りて勲章授与式を行う!」


エマ校長の言葉に、生徒達が大いに沸く。ミラの心臓の高まりも最高潮に高まっていた。


「6年生から順に授与を行う。呼ばれた者は前へ!」


エマ校長が名前を呼ぶ度に、歓声があがる。呼ばれた生徒達も興奮し、とても嬉しそうな顔をして、エマ校長の側に進んでいく。5年生の番になった時に首席としてイーサンの名前が呼ばれ、周囲はとても盛り上がった。イーサンは生徒達に人望があるようだ。イーサンは当然といった余裕のある表情で進んでいく。その背中を見て、エドワードは誇らしそうな、悔しそうな顔をした。そして3年生ではエドワードの名前が首席として呼ばれた。ミラは嬉しくて叫んだが、周囲の歓声によりかき消された。どうやらエドワードは同級生から人気があるようだ。ミラに行ってくると声をかけて、エドワードが前に進んでいく。ミラはエドワードの背中を笑顔で見送った。2年生では、アルフィーの名前は呼ばれなかった。近くで悔しそうだが晴れ晴れとしたアルフィーの顔がミラから見えた。

そして、ついに1年生の順番となった。


「1年生、首席はアメリア・ホワード!」


名前を呼ばれたアメリアは小さく拳を握り、やったわ!と叫んだ。ミラとリズは嬉しくてアメリアに抱き着きおめでとう!と言った。そしてアメリアは2人にありがとうと返し、1年生や上級生達の歓声を背に、前へと進んでいった。皆すごいなぁとミラは心の中で思いつつ、自分の名前が呼ばれることを祈った。ミラ・ブラウン、ミラ・ブラウン……お願い。私の名前を呼んで!ミラの心は緊張と興奮でぐちゃぐちゃになっていた。そして、8人の名前が呼ばれたあと、歓喜の瞬間がやってきた。


「9位、ミラ・ブラウン!」


「……!!」


ミラは喜びのあまり、声が出せなかった。リズはやった!!と叫び、ミラに抱き着いた。そして周囲も口々にミラに賛辞を呈した。ミラは夢心地で、足元をふらつかせながら、前へと進む。半年間の努力が、ようやく実を結んだ瞬間だった。この時の気持ちをミラは生涯忘れることはないだろう。前に着くと、口元を優しく上げたエマ校長と目が合った。


「半年よく頑張ったね。おめでとう。」


エマ校長はそう言って、ミラの左胸付近に銀でできた小さく精巧な勲章を飾った。


「ありがとうございます……。」


ミラは涙でその勲章が霞んでよく見えなかった。しかし、確かに感じる銀の重みが、ミラの努力を称えている。ミラはぼんやりとする頭でエマ校長と握手を交わし、8位の生徒の隣に並ぼうと歩き出した。その時、ミラの視界にエドワードの顔が映った。エドワードがミラに笑いかけている。エドワードが笑った顔を見たのは、ミラにとってこれが初めてだった。その笑顔を見た瞬間、ミラは報われた気持ちになった。キャベンディッシュさんに喜んでもらえてよかった。貴方はそんな風に笑うのねと、ミラはとても幸せな気持ちで歩みを進めるのであった。



勲章授与式が終わり、生徒達はダンスを踊ったり、食事や会話を楽しむ時間を過ごした。ミラにとって初めての公式でのダンスは、エドワードの足を踏んでしまったりと散々だった。足を踏まれたエドワードは、必死に痛みを隠していたという。こうしてミラにとって幸福な舞踏会が幕を閉じた。




生徒会以外の生徒が寮に帰る中、祝賀会をしようというアルフィーの提案で、いつものメンバーは魔法の庭園に向かっていた。


「生徒会の方はいいのですか?」


「少しお茶をしたら、戻って片付けなりなんだりをするよ。」


アメリアの問いに、たくさん働いたから少し休憩してもみんな文句は言わないよと、イーサンは笑った。ミラはエドワードと共に、皆とは少し離れて歩いていた。


「キャベンディッシュさん、やりました!」


ミラは勲章を指さして、得意げに笑った。エドワードはそんなミラを見て微笑ましい気持ちになっていた。


「優秀な成績を収めてくれれば、それで良かったのだがな。」


「え、なにか言いました?」


「いや、なんでもない。」


1年生のパートナーはエドワードにとって、自分の成績を脅かす存在だと思っていた。パートナーの成績が悪ければ、自分の評価も下がるからだ。さすれば、イーサンとの差はさらに開いてしまう。正直、エドワードにとってパートナー制はお荷物だったのだ。しかし、どんなに苦しいことがあっても這い上がり、努力するミラ姿はエドワードの心を動かした。いつの間にか、ミラの成長がエドワードの喜びとなっていたのだ。そして、そんなミラの力になりたいと思うようになっていた。数か月前のエドワードには、考えられないことだ。


「ミラ、この半年頑張ったな。」


ミラは初めて名前を呼ばれたことに、一瞬驚いた顔をしたが、何かいたずらを思いついた顔をしてこう言った。


「これからもご指導お願いしますね、エドワードさん!」


エドワードの豆鉄砲をくらったような、少し間抜けな顔をみて、ミラは花が咲いたように笑った。こうして2人の距離はさらに縮まったのであった。





そうこうしているうちに、魔法の庭園へと辿り着いた。2人はゆっくりと歩いていたため、他の皆はすでにいつもの席に着いているようだ。ミラとエドワードは待たせてしまったと、少し早歩きで魔法の庭園に足を踏み入れた。


魔法の庭園で、シャラリと2人の耳飾りが揺れる。


その瞬間、魔法の庭園の地面が光り出した。あまりに眩い光が息つく間もなく6人を飲み込む。

魔法の耳飾りが揃いし時を、魔法の庭園は、今か今かと首を長くして待っていたのだ。

魔法の庭園は53年の眠りから解き放たれた。庭園中に誰かの笑い声が不気味に響く。

それは、魔法の庭園を創ったノア・エヴァンスのものか、はたまた悪魔か。




パンドラの箱は開けられた。後戻りすることは許されない。



「賽は投げられた:Alea jacta est」これはカエサルが、軍を率いてルビコン川を渡るときに言ったといわれる言葉です。ここに至ったうえは、結果はどうなろうとも断行するほかはないという意味です。


パンドラの箱は、ギリシャ神話でゼウスがパンドラに渡した絶対に開けてはいけない箱のことです。現代では慣用句として「触れてはいけない話題」「首を突っ込んではいけない物事」という意味で使われることが多い言葉ですね。


やっとこの話を書けました!!今までの話は序章です。ここから本題が進んでいきます。よければ続きも読んでいただけると嬉しいです。


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