14、実技試験
1年生が魔法学校に入学して、半年が経った。制服も夏服に変わり、学校を1歩でも出れば暑い日差しが牙をむく季節となった。そんな中、ミラは空間を冷やす魔法を使い、練習場を冷やしていた。
「魔法の広がり方も、冷気も安定している。これなら明日は問題ないだろう。」
「空気を操作する魔法、本当に難しかったです。できるようになって良かったー!」
明日は特別な実技試験の日。試験の内容は毎年変わるため、対策を取ることができない。この試験で10位以内に入った者は、成績優秀者としてエマ校長から勲章を貰える。これを集めれば集めるほど、魔法使いとしての評価が上がり、将来が堅実なものとなるのだ。ミラはこれをどうしても欲していた。自分の将来のためではない。半年間、毎日ミラの特訓に付き合ってくれたエドワードに、恩返しをするためである。
「キャベンディッシュさん、喜んでくれるかな。」
「ん?魔法が急に不安定になった。ブラウン、集中力が切れている。魔法は集中力も大切だ。」
「は、はい!」
ミラはエドワードが喜ぶ姿を想像して顔を緩めていると、エドワードから集中力の無さを注意され、緩めた顔を戻した。魔法を使っている時は、余計なことを考えてはならない。ミラは再び、空気が冷えるように願いを込める。空気が冷えてくると水が生まれるため、水を蒸発させるためにその水にも願いを込める。そうしてようやく気持ちの良い涼やかな空間が生まれるのだ。ミラはエドワードの好む温度に調節し、それを1時間保った。エドワードは本を読みながら、ミラの成長を心から喜んだのであった。
ミラにとって戦いの朝がきた。見慣れた自分の制服姿を見て、ほっと息を吐く。最初は戸惑いばかりであったこの場所も、気付けばミラにとって落ち着ける場所になっていた。窓の外を見ると、今日も晴天だ。ミラは窓を開けて、ウィンドウボックスの花にじょうろで水をあげた。水が葉の上で転がり、水滴となり、それが落ちて葉が躍動する。ミラはそれを微笑みながら見つめた後、ゆっくりと体を伸ばした。今日は気持ちの良い朝だ。
「ミラ、おはよう。」
「アメリア!おはよう。」
アメリアが日差しで目覚めたようだ。アメリアが支度を始めたため、ミラは先に談話室に行っているねと声をかけて、部屋を出た。ズーマ村にいた頃の寝坊助で慌ただしいミラは、いつの間にかいなくなっていた。
アメリアと共に紅茶を飲み、食堂で朝食を取り、魔法史と言語の授業を受けたあと、その時は来た。オーウェンは助手と共に、実技魔法の教室で生徒達を待っていた。1年生全員が座ったことを確認すると、オーウェンは話を始めた。
「皆さんが入学して半年。初めての魔法はどうでしたか?今日は半年の成果を私に見せてください。皆さんの目の前にある箱の中の部屋が、試験会場です。」
生徒達の前には人数分の箱が置かれており、1つ1つに扉が付けられている。中の様子は、生徒達から見えない仕組みだ。
「どこも中は同じですので、1番端に座っているスミスさんから順に、奥から1人1つの部屋に入れるように、箱の前に移動してください。」
生徒達は順々に動き出し、ミラも箱の前に立った。得体の知れない箱が、生徒達に重圧をかける。今まで1度もこんな授業はなかったからだ。オーウェンは全員が箱の前に立ったことを確認すると、声を出した。
「試験を中断したくなったら左手を挙げてください。では、心の準備が出来た人から扉の中に入ってくださいね。……試験開始!」
ガチャンと生徒達が一斉に扉を開けた。ミラは唾を飲み込み息を深く吐いてから、意を決して扉を開け、箱の中に入って行った。生徒達が全員箱の中に入ったことを確認したオーウェンとその助手達は、透視魔法を使い、箱の中を覗き見た。助手達は手にチェック用紙を持っている。これで生徒達を採点するのだ。
「今年はどのくらい健闘できるかな?」
オーウェンは楽しそうに笑いながら、魔法を使い始めた。
箱の中は真っ暗で、部屋の全貌がつかめない。ミラは光魔法を使って無数の光の玉を生み出し、自分を軸にその光を広げた。部屋の奥に光が届いた瞬間、炎が上がった。ミラは驚き声をあげたが、冷静になれと呟き、水を生み出し炎にそれをかけた。しかし炎は消えず、爆音と共に水は蒸発して何かと共に飛び散り、さらに炎は広がった。ミラは動揺して足がもつれ、その場で転んでしまった。急いで立ち上がろうと地面に手を着くと、地面に何かが撒かれていることに気付いた。これは油だ。油をまとった炎に水は逆効果だったのだ。ミラは迫る炎と、自分のミスに血の気が引いていた。
「落ち着け。落ち着け。落ち着け。何か方法はあるはず……!」
嫌に高鳴る心臓を落ち着かせるために、声を出す。考えを巡らせている時、ミラは入学式でエブリンが使った魔法を思い出した。アレならいけるかもしれないと、ミラは再び地面に触れた。
「壁を作って!」
炎の波からミラを守る壁が地面から生え、ミラの周囲を覆った。壁の外は高温の炎が燃えているようで、ミラにもその熱が伝わる。ミラは昨日エドワードの前で使った空間を冷やす魔法を使った。煙を少し吸ったらしく、喉が痛む。その痛みに意識を持っていかれそうになる。しかし、集中力を切ってはいけないとミラは自分を叱咤した。外の熱さは感じなくなったが、他に自分の身に起こりうることは何だと、ミラは必死に考えた。外の炎が空気を奪っている。この狭い空間では炎が燃え尽きる前に自分の息がもたない。ミラはどうしようかと考えた。空気を増やそうと思ったが、空気には密度を小さくすることをお願いしている。1度に2つの要求をしたことは1度もない。この状況でそれを行うのは得策ではないだろう。少し壁に穴を開けて炎の様子を伺おうとも思った。しかしこの密閉空間でそれを行ったら、開けた瞬間炎が新鮮な空気を求めて大爆発を起こすためそれはできない。色々と考えているうちに、どんどん空気が薄くなり、ミラの思考を邪魔する。
「もう、隣の炎の部屋を水で満たしてしまおう。」
ミラはもうろうとする頭でそう思い、水蒸気を蒸発させることを止めて、水にお願いをした。その瞬間大量の水が地面から吹き出した音が、壁を隔てたミラに聞こえた。壁の温度はみるみるうちに下がり、炎が鎮火されたことが分かった。ミラはほっと一息ついて、再度水にお願いした。水蒸気を蒸発させることをやめたことで、空気中の水分がミラのいる部屋に溜まり、湿度が上がっていたのだ。喉は潤うが、じめじめとして気分の良いものではない。ミラが部屋の湿度を取っていると、外からオーウェンの声がした。どうやら試験は終了みたいだ。ミラは箱側の壁を開け、箱の外に出た。
薄暗い空間にいたため教室の光が眩しく、ミラは目を薄めた。周りを見ると試験を中断した生徒が多かったのか、過半数が元の椅子に座っている。ミラは自分の姿を見てボロボロだと苦笑いし、元の椅子に座ったのであった。
「皆さん、試験お疲れ様でした。この試験は、立ちはだかる課題に魔法でどう立ち向かうのかを見ていました。まず、今回の最適解を発表しますね。探索魔法で部屋の全貌を把握し、油を回収。部屋に異物や敵がいないことを確認して光魔法を使う。炎が上がった時に炎周辺の空気を閉じ込めて鎮火。この流れが1番安全です。」
とても楽しそうなオーウェンが、つらつらと話を始めた。
「暗闇で光魔法を最初に使うと、自分の位置を人に教えてしまいます。もし敵がいた場合、自分には見えない場所から攻撃されてしまうでしょう。今回の炎がそれです。ですから誰も味方がいない時は、まず探索魔法を使い身の安全を確保するのが良いでしょう。そして、自分を害する可能性を排除しましょう。」
生徒達はオーウェンの話を頷きながら聞いている。
「今回はこれができていなくても良いです。次に生かしてください。この試験は先ほども言った通り、皆さんがどんな魔法を使うのかが見たかったので。自分の出来る魔法で、精一杯課題に立ち向かう姿を見られてよかったです。試験の結果は、後日舞踏会の日に発表となります。お楽しみに。本日の授業はこれで終わりです。服が破れた人は私のところにきてください。」
生徒達が食堂へ向かう中、ミラや一部の生徒はオーウェンに回復魔法をかけてもらった。これでミラにとって大切な試験が終わり、日常が戻ってくるのであった。
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