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記憶の絵本  作者: 霜月鈴
序章
14/19

13、智の海を潜る

それから無事に授業でも魔法を使うことが出来たミラであったが、エドワードとの特訓は毎日行っていた。ミラの魔法の精度はまだ高くはない。さらに言ってしまえば、1年生の中でも実技魔法の成績は悪い方だ。しかし、魔法に対する喜びを思い出したミラは、もう黒い気持ちに囚われることはなかった。初めて魔法を使えたあの夜が、ミラを動かしているのだ。


ひたすら毎日、授業で行ったことの反復を行った。悔しい思いもたくさんした。自分の魔法で自分の身体を傷つけてしまう日もあった。ミラは、それでも魔法の練習を止めなかった。エドワードはそんなミラを見て、とても喜ばしく思っていた。魔法がどんどん自分のものになっていく感覚に喜びを見出した者は、伸びる。深い智の海には底がない。潜れば潜るだけ新しい発見があり、また新しい課題が生まれる。それを続けていくうちに、気付けば莫大な宝をその身に得るのだ。


「末恐ろしいな。」


このまま魔法への情熱が消えなければ、彼女はきっと優秀な魔法使いになれる。エドワードは、ミラに負けていられないなと自己研鑽に励むのであった。





「久しぶりだね。アメリア、ミラ。」


授業の後、寮に戻ろうとしていた2人にアルフィーが声をかけた。2人がアルフィーに挨拶を返すと、アルフィーはにっこりと笑った。


「2年生の教室までアメリアの才女ぶりは届いているよ。君は相変わらずだ。ミラは顔色が良くなったね。適当に生きた方が楽だろう?」


アメリアは自分の事を言われている時は誇らしげに笑っていたが、ミラのことを言われた瞬間、何を言っているのかしらとアルフィーを見た。


「実は、今も毎日キャベンディッシュさんと特訓を続けています。」


まあ、失敗することの方が多いですけど、と言ってミラは笑った。そんなミラの瞳は、以前とは違い輝いている。アルフィーは笑顔で、まぁ頑張ってくれと言ってその場を去った。2人は、爪が食い込む程、アルフィーが強く拳を握っていたことに気付かなかった。





「ミラ!こっちよ!」


本日の特訓を終えて、エドワードとミラは魔法の庭園に行くと、イーサン・リズ・アメリアがすでにテーブルを囲んで座っていた。あれから5人は休日となると魔法の庭園に集まり、アメリアの淹れた紅茶を飲んで、各自が持ち寄ったお菓子を食べるお茶会を開いていた。アメリアはリズに紅茶の美味しい淹れ方も教わっているため、会を重ねるごとに上達している。


「今日の紅茶も美味しい!」


「ありがとう。今日はリズに貰った茶葉で淹れた紅茶なの。」


「マルティネス家は紅茶を取り扱う商会の元締めをしているんだ。皆も好みの紅茶があれば言ってくれ。部屋にいくらでもあるからな。おいエドワード、王家でうちを贔屓にしてくれないか?箔がつく。」


「現王が紅茶を好まないから無理だ。」


「じゃあ、お前の代で頼んだ!」


「気が向いたらな。」


リズは向かせてやるからな!と豪快に笑った。リズは竹を割ったような性格をしているため、エドワードの難しい気質にも楽しく付き合える人だった。ミラも彼女とすぐに打ち解け、このお茶会の時間がとても大切な時間となっていた。


「アメリアとリズさんはとても気が合うみたいだし、パートナー制って本当に相性の良い人が選ばれるのね。」


アメリアとリズが紅茶談義をしているのを見て、ミラがぽつりと呟くと、確かにと皆が頷いた。


「あれはエマ校長お得意の占い魔法だね。前に星の導きがどうとか言っていたよ。……まぁ、私とエドワードのそれは私の不正だけど。」


イーサンの言葉に全員、特にエドワードが驚きの声をあげた。


「ほら、私って3年生の頃から特別優秀だったから……。エドワードに向かって手紙が落ちるように魔法で細工をしたんだよ。君は私が育てたかったからね。」


「いつまでも、兄のように振舞うのはやめていただけますか?」


「手厳しいね。」


イーサンはやれやれといった顔をして、話題を変えた。


「最近2人はどんな魔法を覚えたの?」


「光魔法が使えるようになりました!」


「私は、植物の成長を促す魔法を覚えましたわ。」


イーサンは2人共頑張っているねと2人を褒めた。そうだろうというように、2人のパートナーが頷いたので、イーサンは笑ってしまった。


「植物の成長を促す魔法かぁ。私もそれ使えるようになりたいな。」


「植物が好きなのか?」


リズの問いに、ミラは満面の笑みで答えた。


「おばあちゃんが野菜を育てているから、その手助けになるかなって思ったんです。」


ミラの答えに、エドワードが難しい顔をした。


「ブラウン。それはしてはいけない決まりだ。」


「なぜですか?」


魔法で作物を早く育てることができれば、おばあちゃんの負担を減らすことができるのに。そうミラが思っていると、エドワードはこう答えた。


「ブラウンの畑だけ作物が早く実ったら、周りの人間はその理由を知りたがる。それが魔法の恩恵と知ったら、どうなる?自分もその恩恵を受けたくなるだろう。受けられないと、ブラウンだけずるいと暴徒と化す者も現れるだろう。魔法は世の理とは異なるもの。簡単に世の中に干渉しては、世が乱れる。」


「なるほど……。」


確かに、ズーマ村には魔法と呼ばれるものは存在しなかった。魔法使いがいるのに、なぜ絵本の中でしか魔法の存在を知ることができなかったのか、ミラは疑問だった。エドワードの言った通り、そんな便利なものがあれば利用したくなるのが人間だ。周りの人間に害を及ぼす可能性があるのなら、軽率に使うべきではないのかもしれないと、ミラは思った。そして、そう考えた時にミラの中でまた1つ疑問が生まれた。バシレウスの町で見た、姿を消す魔法は何だったのかと。その瞬間、あの男の背筋が凍るような笑みを思い出し、ミラは考えることを止めた。


こうして楽しいお茶会の時間は過ぎていった。




毎日の特訓の成果か、次の試験でミラの成績は1年生の中でも中間程となった。アメリアは相変わらず首席だ。ミラは、今回の試験の講評を聞き今後に生かすため、オーウェンの研究室に来ていた。オーウェンは、感心ですねと言って詳しくミラに助言をした。結果、ミラが研究室を出る頃には、校舎に人気は少なくなっていた。


次の課題が明確になったミラは、軽い足取りで帰路に就いていた。しかし、渡り廊下から誰かが言い争っている声が聞こえたため、足を止めた。こっそりと様子を伺うと、そこにはアルフィーがいた。


「貴女も諦めが悪いですね。僕は充分やっているじゃないですか。」


「アルフィーは、いつもそうだった!要領が良いから、ある程度は直ぐにできていたね。でも!頑張ればもっと上にいけるのに、なんでやらないの!?」


「向上心のある人間がいれば、そうでない人間もいるんです。僕は後者ですよ。努力したくないんです。いい加減、僕を分かってくださいよ。」


「分からないよ!」


アルフィーは叫ぶ女にため息を吐いた。


「……もし僕が努力して、今と変わらなかったらどうするんですか?頑張って何も得られなかったら、僕の努力した時間を返してくれます?」


「なにそれ……。」


「努力を勧めるのは結構ですが、根拠も無しに勧めないでください。無駄なことはしたくないので。」


「何よ……アルフィーの分からず屋!」


そう言って女は走り去った。ミラはどうしたらいいのか分からず、立ち尽くしていると、踵を返したアルフィーと目が合った。


「ミラ……。今の見た?」


「見ちゃいました……。ごめんなさい!」


「はは、いいよ。彼女は去年パートナーだった人なんだ。昔も、今も、頑張れってうるさくてさ。才能も無いのに、努力なんてしても無駄だろうに。」


アルフィーは遠い目をした。

前にもアルフィーは、才能や努力がどうこう言っていた。なぜ、アルフィーはそんなにもそれらに固執するのか、ミラには分からなかった。


「……才能って、そんなに大切ですか?」


だから、ミラの言葉にアルフィーがこんなにも激怒するとは思わなかったのだ。




「大切に決まっているだろう!!!!ミラはさぁ……。努力して、努力して、最終的に欲しかったものが何も得られなかった人の気持ちを考えたことがある?」


「……。」


「昔は何でも努力した。自由奔放な姉がいたから、姉のようになってはだめだと姉の分まで期待されてさ。結果を出すたびに親も周囲の人間も喜んでくれた。だから、何でもやろうとしたし、何にでもなれる気がしたのさ。でも、毎日毎日、親の機嫌ばかりうかがって、親からは常に誰かと比べられて……。精神的に参ってしまったんだ。そんな時に、ふと姉を見たんだ。ああはなるなと言われていた姉をね。友達と笑いあって、好きなことを好きなだけしててさ……。なんだ、僕よりも幸せそうじゃないかって思ったのさ。……死にたくなったよ。いや、1回死にたいと心から願った。でも、怖くて死ねなかった。」


「……。」


「ある時から、自分なりにこれでもかと努力をしても、結果はついてこなくなった。1度の失敗で、周囲や親からも失望された。追い打ちをかけるように、僕は魔法使いに選ばれた。クルス家は、代々司祭をしている家だ。僕だけ魔法使いに選ばれたものだから、家では厄介者さ。……それからだ、努力の意味が分からなくなったのは。必死に頑張って、何も得られなかったんだ。努力ってものがバカみたいに思えるだろう?」


「……。」


「だからお前が嫌いだ、ミラ。才能もないくせに、無駄な努力ばかりして。……アメリアを見てみろよ。あれこそ、才能に愛された者だ。お前はどうやっても、ああはなれないんだよ!努力したって無駄なんだよ!!分かれよ!!!!!」


アルフィーの荒い息遣いが、痛々しい叫びが、ミラの心に突き刺さる。


「分かりません……。アメリアが凄いのは分かります。でも、アメリアが凄いから、私がやらないのは分かりません。」


「なんだと?」


「私は、何かを頑張るのは魔法が初めてです。自分が頑張っているからか、上手にできる誰かを羨ましく思うこともあります。もちろん、悔しくもあります。……でも、こんなに何かに頑張れる自分がいるなんて知らなかったから、嬉しいんです。私は、私の努力を否定したくない。努力が実らなかったとしても、努力できた自分を褒めてあげたい。だって、1つのことにとても頑張れたのだから。その事実は、次にまたやりたいことを見つけた時の、力になるって信じてるから。」


「綺麗事を言うな!!」


アルフィーはミラをきつく睨んだ。


「……クルスさんは、なんで私を諦めさせようとするんですか?」


「……僕のように、無駄な努力をしてから気付いては遅いからだ。その時間が無駄だろう?」


アルフィーは心の中で違うと思った。ミラに諦めさせようとしたのは、努力することを諦めた人を見て、やはり無駄だったと安心したかったからだ。やはり自分が正しかったのだと、自分を肯定したかったからだ。そう思えば、自分が楽だったからだ。アルフィーは自分の心を見つめて、とんだ馬鹿者だと思った。そんな時、ミラの言葉を思い出し、ふと、アルフィーは1つのことが気になった。ミラは自分の喜びのために努力をしていると言っていた。過去の自分は、何を糧に努力をしていたのだろうと。アルフィーは過去を振り返った。そして、辛い日々の中で自分が笑顔になっている場所を見つけて、アルフィーは座り込み、その瞳から涙をぽろぽろとこぼした。



「頑張って結果を出すと、周りが笑顔になるから……それは嬉しかったなぁ。」


アルフィーが小さく呟いた後ミラは何も言わずに、アルフィーにそっとハンカチを差し出した。アルフィーは黙ってそれを受け取り、しばらく動かなかった。そして、涙が落ち着いた時に、ミラの目を真っ直ぐに見てこう言った。


「知っているんだ。アメリアが誰よりも努力していることも。決して、全てがうまくいっている訳では無いことも。才能だと決めつけてしまえば、行動さえしていない自分を正当化できる気がしたんだ。僕だってまた頑張ってみたいよ。……でも出来ないんだ。努力を裏切られるのが怖いんだ。また、誰かに失望されるのが怖いんだ。」


時間は魔法をもってしても有限だ。つまり、努力は何かの犠牲の上で成り立っているのである。何かを続けるには、他の何かができた時間を削ってそれに充てる必要がある。どんなにそれが好きでも、心も体も疲れていくものだ。努力は、誰にでもできることではない。ミラだって魔法が成功した、あの甘い感覚が無ければ続けられないだろう。そして、ミラにはミラの成功を喜んでくれる仲間がいる。それらが、ミラの頑張る力となっているのだ。では、アルフィーはどうだろうか。親や周囲の人の喜びのために、努力をしていたアルフィー。彼は、何かに努力することができる人間だ。この環境でなら、自分自身のために、何かに打ち込むことができるのではないだろうか。


「じゃあ試しに、魔法を頑張ってみませんか?」


ミラの言葉に、アルフィーは目を丸くした。ミラは微笑み、言葉を続けた。


「今まで忘れていましたが、魔法を使えることは才能ですよ!家族の誰も持っていない才能を、クルスさんは持っているじゃないですか。」


名案だというようにミラは手を叩いた。それを言われたアルフィーはさらに目を丸くした。司祭になれないことがあまりに衝撃的で、この事実にアルフィーは気付いていなかったのだ。いや、気付いていたが、家族に必要とされないものだからと気付かないふりをしていたのかもしれないと、アルフィーは心の中で自虐的に思った。


「しかも、今なら分からないことは先生や上級生に聞き放題!そして……」


ミラはアルフィーの手を握った。


「私がいます。」


あまりに自信満々にミラが言ったので、アルフィーは笑ってしまった。ミラはそんなアルフィーを見て、不満気だ。


「なんで笑うんですか!私が一緒に頑張る仲間になります!心からクルスさんの魔法を応援します。くじけそうになった時に、何もできないけど側にいます。できた時には一緒に喜びます!」


パートナーのキャベンディッシュさんもいるので、彼も仲間ですとミラは言った。勝手に巻き添えにされたエドワードの反応を考え、アルフィーはさらに笑ってしまった。


出会って間もない、今まで嫌なことばかり言ってきた自分に、なんでこんなに優しくできるのだろうとアルフィーは考え、1つの答えに辿り着いた。ミラは、ただのお人好しだ。こんなにも純粋に応援されたら、少しは心も動いてしまうとアルフィーは自分に笑った。


「じゃあ……一緒にやってみようかな。」


その言葉に、ミラはとても嬉しそうに笑った。アルフィーはそんな笑顔を見て、常に頭の片隅にいたもやもやとした気持ちが、晴れていくのを感じるのであった。




後日、いつものお茶会に、アルフィーを連れたミラが現れた。一緒に魔法の特訓をする仲間が増えたのとミラが笑い、少し気まずそうなアルフィーがお邪魔しますと遠慮気味に言った。アメリアやリズ、事前に話を聞いていたエドワードは二つ返事で了承した。しかし、イーサンだけは厳しい顔をした。


「君、目つきがかわったね。心の変化があったのかな?君のパートナーがいつも君のことを気にかけていたのを、私は知っているよ。君はまず、彼女と話をすべきだ。」


1年間彼女は、アルフィーがやる気になるのをずっと待っていたのだ。アルフィーが頑張る気持ちになったことを報告したら、きっと彼女は喜ぶだろう。アルフィーは、彼女に強く当たってしまったことを思い出し、心から謝罪しようと胸に誓った。


「はい。」


そんなアルフィーを見て、イーサンは表情を緩め、いつもの笑顔になった。


「もし困ったことがあれば、私の元においで。あまり時間を作れないかもしれないけれど、力になろう。」


「モラレス会長が、助けてくれるのですか!?ありがとうございます!」


アルフィーがあまりに勢いよく頭を下げるので、皆少し笑ってしまった。リズのお茶にしようという掛け声で、ミラとアルフィーは席に着いた。美しい魔法の庭園で、食べ物のいい香りと、生徒達の楽しそうな声が響き渡る。アルフィーは苦手だった魔法の庭園を少し好きになれたかもしれないと、笑顔のミラを見て思った。こうしてお茶会の人数は5人から6人となり、さらに賑やかになるのであった。


何かを本気で打ち込める人だけが、無限の向上心を持つ人だけが、力を手にすることができます。そして、その努力した人の中でも、効率と適正によって、成果の違いが現れます。何かが欲しいのであれば、努力する他ないのです。


しかし、精神的な負担が上回った場合は、迷わずそれから離れることをお勧めします。これは、自分を守るために大切なことです。精神が壊れてしまうと、元の精神状態に戻るのに多大な時間を要する場合が多いからです。


私事ですが、大人になってからは、何かを諦めるための言い訳をするのが癖になってしまいました。子どもの頃のように何かにひたすら、ガムシャラになってみたい気持ちもあれば、今の楽な生活を手放せない自分がいます。人間は楽を選びたがりますね。1度怠惰になると、なかなか戻れないものです。


何かを掴むためには、それ相応の努力が必要です。努力するかしないかは、個人の自由です。

読んでくださった皆様は、どんな人生をお送りでしょうか?



読んでいただきありがとうございます!よろしければ下の☆☆☆☆☆から評価もお願いします。励みになります!!

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